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乙姫の裏切り 後編
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乙姫が過去を語り終えるとちょうど分岐点。城へ続く道、そして牢もとい勉強部屋に続く道。
「……あれから努力を重ねた。さよりとも最低限との接触に留め続けた。だが私は弱い。どうしても心の奥で願ってしまったのだ。この日々がいつか報われますように……また、さよりと気兼ねなく、しこりもなく、あの頃のように話せる日が来ますようにと……結局その日は訪れなかったがな」
乙姫は見上げる。高く伸びた森林は空を覆い隠す。
「……」
竜之助はかける言葉が見つからなかった。
壮絶な過去を知ったからかといえば、そうではない。
彼にとって彼女の過ちはよく聞く話。幼子であろうと欺き、陥れなければ生き残れないのが今の時代。
衝撃を受けたとするならばそれが彼女の過去であり体験だったからだ。生娘だと思っていたのにとっくに経験済みだったような期待が外れてしまったからだ。
穢れを知らぬ高貴な女性であり、暗い冷たい海底に沈んでも引き揚げてくれると思っていた。
しかし彼女も同じ。海中をもがく同類だった。
(それでも……)
それでも竜之助は言葉を探す。渦の中に巻き込まれている身、鯨に飲み込まれた身でも彼女の力となる、助けとなる、言葉を必死で探す。
「行くぞ、竜之助」
乙姫は暗がりの方向へ進もうとする。それは何故か檻の方向。
「ひめ、さ……ん」
呼び止めようとして、ようやく竜之助は自身の異変に気付く。
(あれ……頭が……身体も……うごかな……)
地面に膝を着ける。怪我がいよいよ命を脅かし始めたか、否。
「……ようやく薬が回ってきたようだな。あかめの特製だというのに、まったく大した男だ……」
竜之助の異変を予知していたかのように乙姫は落ち着いていた。
「まさか……さっきの……」
「そうだ、さっきの水に混ぜておいた。安心しろ、毒ではない。睡眠薬だ」
睡魔に抗えず湿った泥に手が着く。
「どう、して……ひめさ……」
「……竜宮家の御役目を果たすためだ。後は私に任せて、ゆっくりと休んでくれ」
竜之助は暗闇に飲み込まれた。
誰よりも信じていた乙姫の裏切りによって。
「……あれから努力を重ねた。さよりとも最低限との接触に留め続けた。だが私は弱い。どうしても心の奥で願ってしまったのだ。この日々がいつか報われますように……また、さよりと気兼ねなく、しこりもなく、あの頃のように話せる日が来ますようにと……結局その日は訪れなかったがな」
乙姫は見上げる。高く伸びた森林は空を覆い隠す。
「……」
竜之助はかける言葉が見つからなかった。
壮絶な過去を知ったからかといえば、そうではない。
彼にとって彼女の過ちはよく聞く話。幼子であろうと欺き、陥れなければ生き残れないのが今の時代。
衝撃を受けたとするならばそれが彼女の過去であり体験だったからだ。生娘だと思っていたのにとっくに経験済みだったような期待が外れてしまったからだ。
穢れを知らぬ高貴な女性であり、暗い冷たい海底に沈んでも引き揚げてくれると思っていた。
しかし彼女も同じ。海中をもがく同類だった。
(それでも……)
それでも竜之助は言葉を探す。渦の中に巻き込まれている身、鯨に飲み込まれた身でも彼女の力となる、助けとなる、言葉を必死で探す。
「行くぞ、竜之助」
乙姫は暗がりの方向へ進もうとする。それは何故か檻の方向。
「ひめ、さ……ん」
呼び止めようとして、ようやく竜之助は自身の異変に気付く。
(あれ……頭が……身体も……うごかな……)
地面に膝を着ける。怪我がいよいよ命を脅かし始めたか、否。
「……ようやく薬が回ってきたようだな。あかめの特製だというのに、まったく大した男だ……」
竜之助の異変を予知していたかのように乙姫は落ち着いていた。
「まさか……さっきの……」
「そうだ、さっきの水に混ぜておいた。安心しろ、毒ではない。睡眠薬だ」
睡魔に抗えず湿った泥に手が着く。
「どう、して……ひめさ……」
「……竜宮家の御役目を果たすためだ。後は私に任せて、ゆっくりと休んでくれ」
竜之助は暗闇に飲み込まれた。
誰よりも信じていた乙姫の裏切りによって。
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