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【第3章】盗賊退治も淑女の仕事ですわ! ちょっと寄り道ソボク村

大大大ピンチに陥るアレクシス嬢

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 一方そのころ、

「やばいですわ……大ピンチですわ……」

 アレクシスはかつてないほどのピンチに陥っていった。巨大蛙に襲われるよりも淑女としてのピンチ。

「おトイレに行きたいですわ……」

 森を出てから半日。指名手配されているとは夢にも思わず、勝手にピンチに陥っていた。

「やはりお城に寄ってトイレを借りるべきでしたでしょうか……いいえ、城主を置いてけぼりにしながらトイレだけを借りるなんて……コンビニでトイレを借りて何も買わずに出ていくようなはしたない真似は、淑女のすることではありませんわ……」

 そんなやせ我慢をしたばっかりに路頭に迷うような状況。

「本来なら街道を突き進むのが王都への近道ですが、それでは次の街までおトイレに行けませんわ……確か横道にそれ、小川を通り過ぎれば小さな村があるはずですわ……あるはずなのですが、なかなか見えてきませんわ……」

 地図は手元にないが、頭の中に入っている。

「ですがあまり情報が正確ではなかったようですわね……多少、位置にズレがあるようですわ。あとできちんと計測し直してもらわないと……!」

 ペラージョが轍を避けようと高く跳ねる。着地の衝撃は主に下腹部で受ける。

「うっ……今ので余計にそわそわしてきましたわ……! そわそわしすぎてフランソワになってしまいますわ……!」

 そして予定よりも遅れること三十分。ようやく川と村が見えてきた。

「村ですわー! さあペラージョ! もうひと踏ん張りですわ! ご褒美に好きなだけご飯を食べさせてあげますわー! あーでもゆっくりでおねがいします! あまり揺らさないでくださいまし! 後生ですわ!!」

 ジレンマに駆られながらも村へと急ぐ。
 着いたのはソボク村。小さいながらも自然豊かでのどかだった。
 小川では少女が魚を掴もうと水面をにらめっこしていた。そんな微笑ましい光景が目の前にありながら、

「……やばいですわ、早く、おトイレに……もう、限界ですわ……」

 感動もひとしおとはいかない。アレクシスは切羽詰まっていた。
 少女は一人で魚掴みをしていた。近くに大人はいない。なかなか手をこまねているようで夢中になっている。逃がした魚を深追いしてしまう。すると川は、自然は突然と牙を剥く。

「きゃっ」

 突然深くなり足が届かなくなってしまった。おまけに水流に足を取られ、流されてしまう。
 悲鳴を上げようにも口には大量の水が流れ込む。呼吸もままならない。
 そのままなすすべなく飲み込まれる、かと思われたが、

「お怪我はありませんでしたか?」

 いつの間にか少女は淑女アレクシスの腕の中に抱かれていた。人助けのためなら、お気に入りのドレスが濡れなど気にしない。それがアレクシス・バトレだった。

「げほっ、がほっ!」
「まあ水をたくさん飲んでしまわれたのですね。落ち着いてください。もう大丈夫ですからね」

 とんとんと背中を叩く手はどこまでも優しかった。

「ありがとう、ございました……」
「まあ、きちんとお礼を言えるなんてよくできた子ですわ。おうちまで送ってさしあげますわ。ええ、それはもう、大至急、可及的速やかに」

 家へと走るアレクシスの足は馬よりも早かった。
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