悪でいい

ああた

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退却戦

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「トウヤ様!どこに向かわれるのですか!」
トウヤの目付け役のハルトマンは タイカーン本軍の左翼を抜けて、本軍のちょうど左に位置する森林を目がけて進むトウヤの後を部隊の行軍をまとめながら追っていた。
「ハルト、これからのタイカーン家はどうなると思う?」
「今考えることではないでしょう!」
「ふん、考えるまでもない。衰退の一途を辿るだけだ。」
「・・・」
「兄は学問、武芸のどちらにも秀でる秀才だが、この衰退を止める能はないだろう。」
「兄君のドール様は去年の初陣で見事に敵将の首を討ち取られました。」
「兵力差あっての事だ。歳の割には有能という程度ではこの状況で父上の跡を継ぐことは無理だ。」
「しかし、チャオブ様は健在です、お家の再興も可能でしょう、、、」
「統制のない3万で5万を抑えきれず死ぬ、もしくは、少数で隠れて逃げ、公爵の称号を汚す汚名を被る。」
「・・・」
ハルトマンは現実から目を背けないトウヤにならい、現状を打開する策をひとまず考えることにした。
「父上なら、前者を選ぶ。別れの言葉でも言っておくべきだった。」
「中後方のドール様の部隊だけでも撤退を補助しますか?」
「もう左翼を出た。その選択は既に捨てている。」
「しかし、森林に入って何をするのですか?」
「腐っても父上の率いる3万だ。敵も侮っては来ない。」
リヴァ帝国 三大名家の中でも最大勢力を誇るタイカーン家、また、チャオブ・タイカーンは三大名将にも名を連ね、タイカーン家はこれまで安泰とされてきた。
ゆえに、ハルトマンもチャオブの死が濃厚となった現実を受け止めきれなかったのである。
「敵が森に潜む前に森を押さえると?」
「いや、既に敵部隊が潜んでいるだろう。」
「!?」
「どのくらいの兵がいると思う?」
「いるかも怪しいですが、千くらいでしょうか。」
「敵軍も我らがタイカーン軍も主力の中央部隊に両翼の数千の部隊という布陣をとっていた。」
「たしかに、しかし今は!」
「ああ、どう見ても薄くなっている。」
「よく、気づかれましたね、こんな混乱した状況で、、、あれ?」
「そうだ、敵の右翼の部隊は左翼の部隊に比べ、明らかに旗の数、のろしの数が多い。」
※このとき、アリ王国軍から見ると、森は右にある。
「なるほど、移動を隠すためですね!」
「・・・」
「って!半分ほどに薄くなってるって事は、、、」
「うーん、1万5千は下らんな。」
「3千でどうするのですか?」
「俺はあまり目が良くない。ハルトに言われるまでその規模は把握してなかった。」
「(おわった、、、)」
「だが、可能の範囲内だ。」
「どう、あの数を倒すのです、、、?」
「でかい森だ、しばらく潜んで、残った3万5千と帝国軍3万弱の戦闘が激化してから横を突くつもりだろう。」
「はあ、それで倒し方は?」
「目標は倒す事ではない、決着まで、カマール部隊を抑えておく事だ。」
「それなら、可能かもしれませんが、、、
なぜカマールがいると?」
「1万を超える超大軍だ。森の中で指揮をとろうとするのはカマールくらいだろう。」
※ちなみに、カマールがカルロス暗殺の首謀者だという事はまだ知られていない。
「、、、どこまで冷静なんですか。まあ、今は『それをどう抑えるか』ですよね。」
「考えるような事か?」
「?」
「森林は草木が生い茂っている。しかも、カマール部隊は身を隠すために森の奥に潜んでいる。」
「はい?」
「森の輪郭の草木を燃やせば良いのだ。」
「簡単におっしゃりますが、燃え広がるのに時間がかかりますし、出るタイミングを見計らうため、敵は観察もしているでしょう。」
「カマール部隊は我らの本軍に集中している、つまり、右しか見ていないのだ。下から燃やせば、どんな風が吹こうとも大量の薪がある限り、全体に燃え広がる。このところ、運良く雨も降っていなかったからな。」
「火をつけるだけなら、3千の兵で十分ですね、、、」
「昔、帝国の陸軍学校に通っていたが、そこで複雑な戦法は成功率が下がることを実感した。」
「それで、放火とは。単純そのものですね。」
「分かったら、部隊の指揮に戻れ。」
トウヤ部隊の先頭集団の千人弱の兵が森の近くまで進撃していた。
「やはり、進軍速度が速すぎて、大半が遅れています。少し待ちましょう。」
「いや、千人を下るとはいえ、500人以上居るだけで目立つんだ。すぐに火をつけ始める。」
「分かりました。皆の者!!松明を持て!」
長期戦を予想していた帝国軍は、多くの者が腰に松明を携帯していたため、数は足りていた。
「着火石で火をつけておけ、着き次第、すぐに燃やし始める。」
「はい!」
ハルトマンは内心、カマール部隊に気づかれ、壊滅させられるかもしれないという恐怖に陥っていた。
「怖いか?」
「怖いですよ、、、」
「同じだ、俺も極めて怖い。」
トウヤは少し笑って言った。
「でも、やるしかありませんね。」
「カマール部隊が我らに気づき、千以上の兵を即座に向かわせ、森の中で統制をとって、俺らを討ち取る。これは、冷静に考えればほぼ起こり得ない。」
「カマールも人間ですからね。」
「そう、そして、父上も人間だ。普段なら、、、いや、今でも、森林から横を突かれる事くらい予測し、気づくかもしれない。ただ、現実から目を背けてしまっているのだ。」
「チャオブ様はどのようなお気持ちなのでしょう。」
「『もし、森林に潜んでいれば負け。』と割り切っているのだろう。だが、それは将としては失格だ。有り得る、対策すべき事から目を背けるのだから。」
「しかし、ただでさえ、自身より多数の兵と正面で戦っているのですから、仕方ないでしう。」
「だからこそ、負けは決まっているのだ。」
「火をつけた後、我々はどうしますか?」
「単純な予想だが、カマールは下から火が上がったとなれば、右にすぐに打って出るだろう。」
「確かに!しかし、そうなれば、この作戦に意味は無いのでは、、、」
「それに対して我々がすぐに用意できるのは千人くらいだ。」
「中止しましょうか?」
「いや、下側は後で追いつく2千に任せ、この千人の機動力を活かし、右から火をつける。」
「カマール部隊と正面衝突しますよ。」
「そこがこの作戦の肝だ。森林は草木に覆われ、大軍が一挙に出るにしては、出口が小さい。しかも、そこを火で囲めば、敵は上側から出るか、火の中を突破するか。それしか選択肢は残されない。」
「だから、火をしっかり燃え広がらせないと、いけないのですね。」
「正直、迷ってるがな。父上の軍のことを考えれば、迎え撃ちたい。」
「・・・」
「いや!迎え撃つ!せっかく、右側の出口を狭め、実質の兵力差を縮めるのだ。上側から悠々と出られてたまるか!3千の兵で迎え撃つ!」
「、、、承知しました!」
「そのためには、ひとまず2千の兵との合流を果たす。下側をしっかり燃やすぞ!」
「右側を燃やすことを遅らせれば、敵は上側には逃げませんね。」
「だが、右側を燃やす時機が遅ければ、燃やす前に右側から出られ、早ければ、上側から出られる。つまり、我々は敵が右に逃げようと移動する時に右側を燃やさなければならない。」

同時刻 カマール部隊

「カマール様、東側の兵が森が燃えてると騒いでいます!」
カマール部隊の副官 タールはカマールに昔から仕える平民出身の名将かつスパイである。カルロス暗殺はタールがカマールに命じられ、実行した。
「誰かの不始末か?」
「いえ、集団による故意の仕業かと。」
「敵か?」
「おそらく、、、」
「チャオブ殿は我が軍の主力と対峙してるはずだが。」
「すぐに、正体を調べさせます。」
「ああ、頼む。」

トウヤ部隊

「いつ頃、右側に移りますか?」
「流石はカマール。すぐに部隊の動揺を鎮めやがった。」
「敵は慎重ですね。」
「スパイも来るはずだ。」
「どうします?」
「俺は家柄は帝国随一だが、陸軍学校では平均の成績だった。優秀なスパイであるタールを抱えるほどだ。カマールは俺の情報をかなり握っていると思われる。」
「・・・」
「退いてみるか。」
トウヤは笑いながら言った。
「迂回して、右に移るのですね。カマールはどう考えますかね。」
「錯乱したバカ息子とでも思って欲しいな。」

カマール部隊

「情報が入りました。」
「長は誰だ?」
「トウヤ・タイカーンの旗です。本人と見て間違いないかと。数は約3千です。」
「たしか、兄のドール殿は優秀だが、そいつは凡人と聞く。」
「『森に潜んでいるのは分かっている。』とでも、言いたげですな。」
「ふっ、そんな事、気づくのは普通だ。肝心なのは、気づいても止められない事だ。」
その時、スパイの1人がタールに情報を話した。
「トウヤ部隊が退き始めたようです。」
「調子に乗っているだけだ。無視しろ。少し目立ってしまったが、味方と敵の主力が完全に衝突した時に打って出る。」
「かしこまりました。」

トウヤ部隊

「おいおい、森に退いていく輩がいるぞ。」
「スパイでしょうか。」
「間違いない、敵は我々を無視するつもりだ。」
「やりましたね!」
「よーし、迂回して森の右側へ移動する。」
「皆の者!トウヤ様に続けー!」

同時刻 チャオブ軍

「チャオブ様、ドール様がお見えです。」
「通せ。」
「は!」

「どうした?」
「父上、ここは私が食い止めます。お逃げ下さい!」
「ドール、帝国軍の誰もカルロス様の暗殺は予測してなかった。敵軍にいるカマールだって、それを分かっている。」
「数千でも、5万を2時間は抑えられます。」
「出来んのだよ、、、」
「そんなに、公爵の意地にこだわるのですか
?」
「違う、こんなに混乱している大軍を率いて逃げる事は不可能に近く、少数で逃げようとも、左の森から敵の追撃あう。」
「やはり、敵は森に潜んでいるのですか?」
「信じたくは無いがな。数によっては既に勝敗が決しているまである。」
「タイカーン家はどうなります?」
「我らはここで名誉の討ち死にを遂げて、トウヤに家を任せようと思ったが、どうも逃げてはいないらしい。」
「南に向かったようですね。」
「すまんな、ドール。私はこう、乱れてしまった世の中ではトウヤを後継にしたいのだ。」
「はは、、、嫡男としては、納得いかない所もありますが、世間では私の方が良いと言われております。尚更ここは、私のみが名誉の討ち死にをし、父上はトウヤを祭り上げるべきです。」
「私が逃げ、仮に捕らえられば、それこそタイカーン家は名実ともに立ち直れない。我々は戦い抜く。」
「お供致します。」

トウヤ部隊

「トウヤ様、味方と敵の主力が衝突しました。」
「これで、カマールが動くはずだ。着き次第、火を付け始めよ!」

カマール部隊

「皆の者!これより我々はチャオブ・タイカーンを討つ!進めー!」
「ぉおーー!」
森で長時間の待機を強いられたカマール部隊の士気は最高潮であった。

トウヤ部隊

「最高のタイミングだ。敵はこちらに迫っている!既に火力は十分!皆の者!迎撃の布陣を広げろ!」
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