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1.聖女、少年と遭遇しました
うららかに差し込む木漏れ日の中、朽ちかけた遺跡のような場所に、少年の楽しそうな鼻歌が響く。
十二、三歳ぐらいの彼は、淡い金髪にくりくりした青い目。全体的に身体の線が細く、いかにも物語に出てくる美少年といった風情だった。袖と裾からちらりと見える、繊細でしなやかな手足の白さが、午後の柔らかな日差しをほのかに浴びてまぶしい。上はシャツの袖をまくりあげて半袖にしており、その上にケープを羽織っている。下はサスペンダーつきの短いズボンで、黒くシンプルなソックスガーターがひっそりと膝下に自己主張していた。
彼はすっかり年月を経たせいで木々に侵食された、かつて何かの神殿だったであろう屋根の淵に腰掛け、ぷらぷらと足を宙に泳がせている。そこに突如凜とした声がかかった。
「少年、一人ですか? 旅人なのか冒険者なのか、いずれにせよこのような場所で一人歩きをするのはいささか不用心に思いますよ。あなたのような年若い人ならなおさらです」
少年が弾かれるように目を丸くして声の聞こえてきた方に目を向ければ、凜とした様子の女性が歩いて行くる。頭の後ろ、高い部分でくくった髪は黒、目は宝石のように美しい緑色。ゆったりした白布でできたワンピースを腰紐で留め、落ち着いた色合いのショールを身にまとっていた。
「お姉さんこそ、こんなところに何しに来たの? 連れはいる? 危ないのはそっちも一緒じゃない? っていうかそっちの方が危ないんじゃない?」
少年が愛想良く、けれど親しみの中にからかいを込めて屋根の上から返すと、彼女は近づいてきてショールの中からペンダントを取り出し、見えやすいように掲げる。金属製のコインのようなそれには、柔和な微笑みを浮かべた女性の姿が光輪とともにかたどられていた。
「私は聖女です。今は休暇中でついでに旅の途中なのですが、通りかかったのも何かの縁。ここらに最近出没するという不届き者を説得しに来たのです」
「はあ、聖女様――へえ、聖女様! 実物は初めて見た、なーるほど……って、説得? なーにそれ」
身分証明に納得した少年は、次に彼女の言葉に首をかしげた。
彼女はいかにも生真面目な顔をきりりとすませて答える。ぴんと伸びた姿勢と低めで落ち着いた声のせいで大分大人びて見えていたが、よく見れば女性というよりまだ少女という年頃かもしれない。実際は、十八――いや十七歳ぐらいだろうか。さほど声を張り上げていないのによく通る、聞き取りやすい声質をしていた。
「昨晩泊まった宿屋からの情報ですが、最近このあたりの街道に、通る人を襲う何者かがいるとのことです。人なのか、人外なのか。何者の仕業にせよ、とにかく対話が可能なのでしたら文明的解決を試みたいと思います」
「面白い事言う人だなあ。襲うってことは追いはぎの類い?」
「いえ、それがちょっと様子が違うらしい。さすがに人が怪我をしたり流通の邪魔になるほどの被害になれば、届け出が出されて近くの警備隊が動くはずです。私が探している相手は、どうやらたとえばおかしなものを見せて驚かすとか、荷物にいつの間にか見覚えのないものをしのばせるとか、そういう……まあ子供じみた手口をくりかえしているそうなのです。幸い、今の所命に別状のある事件は起こっていませんが――」
聖女の言葉を聞いている少年の目がつかの間歪み、あどけない顔に似つかわしくない冷たい色が一瞬浮かぶ。彼が彼女の言葉をやや遮るように口を開いたときには、元通りの無邪気で明るい笑みに戻っていた。
「なら、放置しとけばいいじゃない? ただ通りすがりの人に、騒ぐほどのことでもない悪戯をするだけなんでしょう? 近くの人達だって通報してないんでしょ? 被害らしい被害だって出てないんじゃないか」
「害がない――そうですね。だからこそ、正体と意図を確かめておきたいのです」
「えー、なんでー。わざわざご多忙の聖女様が休暇を削ってまで手をかけるような案件じゃないと思うけどなあ」
「何故と言われましても。困っている人がいるなら手をさしのべるのが我々の仕事ですし、一飯一泊のもてなしもいただいてしまいましたし、別にこのぐらいのついでなら」
「……本当に、面白い事言うね、あんた」
まるで聖女の鑑、お手本のような返答が何か勘に障ったのだろうか。彼女がまったく自然な態度でその言葉を口にするのも。
少年の声にはいつの間にか棘が混じり、彼の青色の瞳が再びすうっと細くなる。
「じゃ、お好きなようにやってみれば。お得意の奇跡の力とやらでさ――まあ、できればの話だけどね?」
少年が言い終わった瞬間、状況は一変する。
音もなく少女の背後から忍び寄っていたそれは、彼の言葉をきっかけにしてぐんと伸び上がり、少女の身体に巻き付く。
「くっ――なんだこれは!?」
謎めいた少年の方に気を取られすぎていたのだろう、完全に不意打ちの形を喰らった聖女は紐のように伸びた不定形の塊に絡め取られる。少女の身体に巻き付いた紐は半透明で粘性を帯びている。最初こそ全身に巻き付いてきたそれを、懐からさっと抜きはなった短剣で斬りつけたり、振り払おうとした彼女だったが、斬撃も打撃もぬるぬるとぷよぷよな感触によって消されてしまう。
彼女の手からすぐに短剣が滑り落ちた。なおももがいて無駄な抵抗を続けようとしている彼女の前に、遺跡の屋根から優雅に飛び降りた少年が立ちはだかって笑う。
「紹介が遅れちゃったね。初めまして、聖女様。僕がその、話題の不届き者なんだよ。せっかくだから張り切ってサプライズしてみたけど、どう? びっくりしてくれた?」
緑色の目が丸くなって瞬きするのを見ると、美貌の少年は満足そうににたりと顔をゆがめた。
十二、三歳ぐらいの彼は、淡い金髪にくりくりした青い目。全体的に身体の線が細く、いかにも物語に出てくる美少年といった風情だった。袖と裾からちらりと見える、繊細でしなやかな手足の白さが、午後の柔らかな日差しをほのかに浴びてまぶしい。上はシャツの袖をまくりあげて半袖にしており、その上にケープを羽織っている。下はサスペンダーつきの短いズボンで、黒くシンプルなソックスガーターがひっそりと膝下に自己主張していた。
彼はすっかり年月を経たせいで木々に侵食された、かつて何かの神殿だったであろう屋根の淵に腰掛け、ぷらぷらと足を宙に泳がせている。そこに突如凜とした声がかかった。
「少年、一人ですか? 旅人なのか冒険者なのか、いずれにせよこのような場所で一人歩きをするのはいささか不用心に思いますよ。あなたのような年若い人ならなおさらです」
少年が弾かれるように目を丸くして声の聞こえてきた方に目を向ければ、凜とした様子の女性が歩いて行くる。頭の後ろ、高い部分でくくった髪は黒、目は宝石のように美しい緑色。ゆったりした白布でできたワンピースを腰紐で留め、落ち着いた色合いのショールを身にまとっていた。
「お姉さんこそ、こんなところに何しに来たの? 連れはいる? 危ないのはそっちも一緒じゃない? っていうかそっちの方が危ないんじゃない?」
少年が愛想良く、けれど親しみの中にからかいを込めて屋根の上から返すと、彼女は近づいてきてショールの中からペンダントを取り出し、見えやすいように掲げる。金属製のコインのようなそれには、柔和な微笑みを浮かべた女性の姿が光輪とともにかたどられていた。
「私は聖女です。今は休暇中でついでに旅の途中なのですが、通りかかったのも何かの縁。ここらに最近出没するという不届き者を説得しに来たのです」
「はあ、聖女様――へえ、聖女様! 実物は初めて見た、なーるほど……って、説得? なーにそれ」
身分証明に納得した少年は、次に彼女の言葉に首をかしげた。
彼女はいかにも生真面目な顔をきりりとすませて答える。ぴんと伸びた姿勢と低めで落ち着いた声のせいで大分大人びて見えていたが、よく見れば女性というよりまだ少女という年頃かもしれない。実際は、十八――いや十七歳ぐらいだろうか。さほど声を張り上げていないのによく通る、聞き取りやすい声質をしていた。
「昨晩泊まった宿屋からの情報ですが、最近このあたりの街道に、通る人を襲う何者かがいるとのことです。人なのか、人外なのか。何者の仕業にせよ、とにかく対話が可能なのでしたら文明的解決を試みたいと思います」
「面白い事言う人だなあ。襲うってことは追いはぎの類い?」
「いえ、それがちょっと様子が違うらしい。さすがに人が怪我をしたり流通の邪魔になるほどの被害になれば、届け出が出されて近くの警備隊が動くはずです。私が探している相手は、どうやらたとえばおかしなものを見せて驚かすとか、荷物にいつの間にか見覚えのないものをしのばせるとか、そういう……まあ子供じみた手口をくりかえしているそうなのです。幸い、今の所命に別状のある事件は起こっていませんが――」
聖女の言葉を聞いている少年の目がつかの間歪み、あどけない顔に似つかわしくない冷たい色が一瞬浮かぶ。彼が彼女の言葉をやや遮るように口を開いたときには、元通りの無邪気で明るい笑みに戻っていた。
「なら、放置しとけばいいじゃない? ただ通りすがりの人に、騒ぐほどのことでもない悪戯をするだけなんでしょう? 近くの人達だって通報してないんでしょ? 被害らしい被害だって出てないんじゃないか」
「害がない――そうですね。だからこそ、正体と意図を確かめておきたいのです」
「えー、なんでー。わざわざご多忙の聖女様が休暇を削ってまで手をかけるような案件じゃないと思うけどなあ」
「何故と言われましても。困っている人がいるなら手をさしのべるのが我々の仕事ですし、一飯一泊のもてなしもいただいてしまいましたし、別にこのぐらいのついでなら」
「……本当に、面白い事言うね、あんた」
まるで聖女の鑑、お手本のような返答が何か勘に障ったのだろうか。彼女がまったく自然な態度でその言葉を口にするのも。
少年の声にはいつの間にか棘が混じり、彼の青色の瞳が再びすうっと細くなる。
「じゃ、お好きなようにやってみれば。お得意の奇跡の力とやらでさ――まあ、できればの話だけどね?」
少年が言い終わった瞬間、状況は一変する。
音もなく少女の背後から忍び寄っていたそれは、彼の言葉をきっかけにしてぐんと伸び上がり、少女の身体に巻き付く。
「くっ――なんだこれは!?」
謎めいた少年の方に気を取られすぎていたのだろう、完全に不意打ちの形を喰らった聖女は紐のように伸びた不定形の塊に絡め取られる。少女の身体に巻き付いた紐は半透明で粘性を帯びている。最初こそ全身に巻き付いてきたそれを、懐からさっと抜きはなった短剣で斬りつけたり、振り払おうとした彼女だったが、斬撃も打撃もぬるぬるとぷよぷよな感触によって消されてしまう。
彼女の手からすぐに短剣が滑り落ちた。なおももがいて無駄な抵抗を続けようとしている彼女の前に、遺跡の屋根から優雅に飛び降りた少年が立ちはだかって笑う。
「紹介が遅れちゃったね。初めまして、聖女様。僕がその、話題の不届き者なんだよ。せっかくだから張り切ってサプライズしてみたけど、どう? びっくりしてくれた?」
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