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◇◇◇

「身の程知らず、レオナールさまと別れなさいよ!」

 わたくしは記念広場に足を運び、そこで呼び出し相手から威勢良く指を突きつけられていた。

 記念広場は校庭から大階段を上った先にある、石碑が置いてあるだけの場所だ。わざわざ石碑を磨きに大階段を上る物好きなんてなかなかいないから、いつも閑散としている。

 わたくしを呼び出した女学生は、ふわふわしたピンクブロンドの髪を風に揺らしていた。童顔で背が低い彼女は、実際には一学年だけ下なのだが、中等部以下に見えがちだった。

「ミーニャ=ベルメール……?」
「聞こえなかったの? レオナールさまと別れてって言ったの、この泥棒猫!」
(わたくし、一応正式な婚約者なので、泥棒猫はあなたの方なのでは……?)

 わたくしが困惑すれば、ピンク髪の平民女学生――ミーニャ=ベルメールは重ねて宣言し、バアンと胸を張る。

 ミーニャは今年魔法の才能が認められ、高等部に平民枠で入学したらしい。はじめてレオナールの腕にぶら下がっている彼女を見たとき、「今までと趣が違うな……?」とちょっと感じた記憶がある。

 わたくしは基本、レオナールや彼の連れている遊び相手がわたくしいびりを始めたときは、聞かないふりをした。そうすればすぐに、彼らはわたくしをつまらない奴めと追い払ってくれるのだ。

 貴族のご令嬢からしてみれば、わたくしなんて相手にならないほどの三下に過ぎない。だからといって、わたくしを押しのけて侯爵夫人になるつもりもない。何しろ婚姻自体は現デュジャルダン侯爵閣下の意向である。

 要するに貴族社会では、わたくしは圧倒的底辺でありつつ、強者の庇護を受けている立場でもあり、いびられているなりに結構安定した生活を送れていたのである。

 ところがミーニャは平民であるためか、貴族令嬢たちとは異なっていた。

 いちゃつき現場を目撃したわたくしが無反応であれば、物を取られたと言い出す。それも相手にしなければ、あちらからぶつかってきて制服を汚されたと騒ぎ立てる。
 今までであれば目をつぶってさえいればやり過ごせたことが、ミーニャ相手だとうまくいかない。わたくしの評判なんて元々悪いのだから下がりようがないと言えばそうだけど、どうして放っておいてくれないのだろう……?

 わたくしが放課後の呼び出しに応じたのは、無視すればまたあることないこと騒がれるのではないかと危惧したからだ。この際だし、一度しっかり話し合っておこうと考えた。

「ええと、その……あなたがレオナールさまと仲がいいことは、わたくしも知っています。そのことにわたくしから異議申し立てをするつもりはありません。ただ、わたくしたちの婚約は家同士が決めたことであり、わたくしにはどうすることも――」
「あたし、好きな人と運命の赤い糸で結ばれている女なの。わかる?」
「…………へっ?」
「あたしこそ真実の恋人なのに、あんたみたいな女があたしの上にいることが納得できないのよ。愛人程度で終わるつもりはないわ――最低でも、侯爵夫人よ」

 わたくしはきょとんとした。何を言われているのか、理解が追いつかなかった。

 ピンク髪の女学生は、怪しく目を輝かせ、間抜けなわたくしに向かって手を広げる。

「だから、あんたは邪魔なの――消えちゃえ!!」

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