牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十八章「奇跡の十字架」

“死の瞬間”を決める者

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 面白いことに、奴の顔はこっちを見ているが、右手はずっと止まらず紙に字を走らせている。


 =おっお前が…、例の、死の瞬間を決めているって奴か…?=

 =ああ、ヤーマと呼んでくれ、私はお前をゼクスと呼ぶとしよう=

 =…!!=


 どうして俺様の本当の名前を?!目を剥いて驚けば(眼球ないけど)ヤーマは乾いた笑い声をあげた。


 =それほど驚くことではあるまい?かくいうお前の死の瞬間も、私が決めているのだが?=
 =……、なるほど、お前は、全てを知ってるってわけだ…=

 俺様が睨みつけるとヤーマは脱げた肩ですくめて見せた。

 =そんなに怖い顔をしないでくれ、私はそれが仕事なのだから、善悪もないだろう?=
 =…ああ、そうだな。それは…まあ、いいぜ=
 =ほう、思ったよりも大人しいな、それも彼の影響か=

 奴の影響という言葉にとっさにルトの顔が浮かんだ。切なくなる。早く会いたい。抱きしめたい。でも…抱きしめるのは暖かくて睨んでくれる“生きているルト”がいいのだ。

 =で、私に何か用かな? 私はこの通り忙しいので、手早く頼むよ=

 床一面に散らばる紙を指差してそう言ってくる。

 =ああ、わかってる。そう長く迷惑はかけねえ。一つだけ、頼みたいことがあるんだ=
 =ほう…その頼みとは何かな?=

 もしかしたら俺様がここに来た意味も、これから言うセリフも奴にはわかっているのかもしれない。それでもヤーマは何も言わず興味深そうに俺様を見つめてくるだけだ。胡散臭いというか、気味の悪い奴だと思った。

(これで俺様の未来さえも知っているとしたら…いい性格をしているよな)

 なるべく嫌悪を顔に出さないよう、心を落ち着かせて話を切り出した。

 =とある人間の死を、取り消してほしい=
 =…=
 =いや、そいつを殺すなってわけじゃない…、せめてこのタイミングで死ぬのは…やめてほしい、んだ=
 =……=

 ヤーマは何も言わず、目の前の紙に文字を連ね続ける。俺は諦めずその背中に声をかけた。

 =なあ、頼むよ、あんたならできるんだろ? 人間一人の生き死になんていくらでも操作できるはずだ!=
 =…ふう、それはあれかね。お前は私の仕事にケチをつけて、しかもそれを訂正しろって言いたいわけかい?=
 =っそ、そういう意味じゃねえよ、ただ…俺様はっ=


 =ルトを助けたい、か?=


 奴の口から“ルト”という言葉が出てきて鳥肌が立つ。まるでその口だけで、呼ぶだけで殺せてしまいそうな程奴にはそういう恐ろしさがある。俺様が固唾を飲んでヤーマを見つめると


 =ふふ、ふははっ=


 ヤーマは口を歪めて不気味に笑う。目を細め、けれど視線は俺様からそらさず、笑い続ける。その声を聞くだけで全身の毛が逆立った。本能的に察する。このヤーマというやつは、レイスなんかよりずっと死神らしい化け物だ、と。

(こいつが、真の意味の“死神”…!)

 レイスは死を告げるだけ…比べてしまえばかわいいものだった。こいつは死を司り、操ってしまうほどの力を持つ全能の存在。今奴の気が向けば、気に入らない事があれば、一瞬で俺様は殺されてしまうのだ。不気味で、歯が立たなくて、恐れしか抱けない存在。ごくりと、生唾を飲み込む。

 =わりーが…それでも俺様は引けねえ…絶対お前にはルトを助けてもらうぞ!!=
 =ふはは、安心したまえ、お前を殺すつもりはない…ただ、面白くて、つい笑ってしまったよ=
 =は、は???おっ面白い?意味わかんねえ…何が面白いんだよ!!=

 こっちは本気で話してるんだぞと怒鳴りつければヤーマは何もかも知ったような顔でニヤリと笑う。

 =ゼクス、お前はわかっていないようだから教えてあげよう。悪魔と関わった人間は不幸になる、そういう話は聞いた事ないかな=
 =?!=

 言われた言葉が脳の中で反響する。

(悪魔と関わった人間は不幸に…なる?)

 聞いた事はあるが、ただの迷信だと思っていた。思いたかった。だって、そうでなくては。


 =今回の、ルトという人間が死ぬことについてだが、実は半分以上はお前のせいだ=

 =なっ…=


 今度こそ言葉を失った。何も言えなくなる。

(お、俺様のせい、だって…?)

 ただヤーマの言葉の先を待つだけ。息すら忘れてその口の動きを見つめる。

 =よく考えなさい。お前がルトと関わらなければ、これほど強くルトがナイトメア達に関わることはなかっただろう?=
 =…そ、れ、…は=

 反論できない。俺様がいなければ、確かにルトはここまで来れなかっただろう。人間一人、ルトみたいな小さな存在だけではどこかで挫折していたはずだ。

 =そう、お前さえいなければ、出会わなければ、ルトは悪魔や人外と関わることはなかった。人も、悪魔のことも、全て、ルトは嫌ったまま、静かに小鳥と二人で暮らしていただろう=
 =…っ!!!=
 =わかるかい。言ってしまえば、お前が取り憑いたせいでルトはここまで寿命が縮んでしまったんだ。なのに…人生を歪めた張本人のくせにお前は、ふはははっ、それを今度は助けたいだなんて図々しく言ってくるなんて、自分勝手すぎやしないか?=

 目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。ヤーマの言葉だけがわんわんと頭の中を反響していた。

(ルトが今苦しんでいるのも、これから待ち受けている死も…すべて俺様のせい…なのか?)

 信じたくないが、ヤーマがここで嘘をつく理由も見つからない。ぐちゃぐちゃの頭で必死に考えた。それを嘲笑うようにヤーマが高笑いする。


 =ほら、こんなに話、ここ数百年は聞いたことがないだろ?!ふはははっ!!あははは!!=


 笑い転げるようにヤーマは笑い続けた。ヤーマが笑う度に、散らばった紙がひらひらと舞う。

 =ふははっははーひーお腹痛い、ふはははっ!=
 =……で、も=
 =んん?なにかな、ゼクス=
 =それでも…俺様は…ルトを、助けたい…んだ=

 ぼそりと力なく呟いた。顔を上げたヤーマが床に頬杖をついた姿勢のまま見上げてくる。俺様は、打ちのめされもうほとんど反応できない頭で、必死に言葉を紡いだ。

 =俺様のせいで、死にかけてる、なら…余計…ルトは、生きるべきだ=
 =ふはは、そうかそうか。そうだな。お前のせいで死にかけてる。それに同情して庇いに来るのもおかしくはない。だが、私に会いに行こうと思うほど、そんなに人間にいれこむ悪魔も、そうはいない。ある意味、哀れでもある=
 =…人間に…ルトに入れ込むのは、…俺様の勝手、だ=
 =ああ、その通り、個人の勝手だな=

 それも人生だ、といい、ヤーマは起き上がって、ぱんぱんと手を叩いた。


 ひらり


 すると床に散らばる大量の紙の中から一枚、ほとんど黒ずんでいて真っ黒になった紙がヤーマの手元に飛んできた。それを俺様に見えるよう掲げてくる。

 =これがルトという人間の運命を描いた紙だ=
 =!!!=
 =見てわかるようにこんなに黒くなって、もうボロボロだ。紙にはその人間の運命が描かれているんだが、君がこの人間の人生に乱入したせいで、この紙の文字は何度も塗り替えられてきた。おかげでもう書く場所がないほど黒くなってしまっている=

 真っ黒になった紙を見つめた。確かにもう書く場所はなさそうだった。


 =書く場所がない。先が書けない。この先の人生が描けない。つまり…=


 わかるね、と意味深に微笑まれる。


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