触手につかれた俺の話

らんね

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9 とある辞めホストの場合 その1

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「あれ、エイちゃん? エイト兄ちゃんじゃん!」

山のふもとの椅子代わりの岩に腰かけて、ボーッとしていた俺に声をかけてきたのは、親戚のケイだった。

「なんだ、ケイか」

コイツはウチのばあさんの弟の孫で、最近俳優として売れてきているヤツだ。その売れっ子が、変装もせずに一人でこんなところまで来るのか。

「奇遇だね、エイちゃんもこっちに来てたんだ」
「ああ、なんか自然に帰りたくなってな」

しかし芸能人感を出すわけでもなく、人懐っこいのはガキの頃の親戚の集まりで「兄ちゃん、兄ちゃん」とまとわりついていた頃そのままだ。
 やさぐれちまった俺とは、大違いだな。


俺の仕事はホストだ。けど実は、俺はそもそも女の子の機嫌をとってイチャイチャするのが好きなわけではない。むしろ、性的な接触が苦手だ。
 というのも幼少期から中学二年くらいまで、俺は自分で言うのもなんだが、そこらの女子なんて目じゃないくらいすごく可愛かった。それで女子には僻まれ、男子にはからかわれて育ったのだ。自分でこの顔を選んで生まれたわけではないのに、酷い損である。
 それが高校に入学したころにイケメンにチェンジできたとたん、男子に僻まれ女子に絡まれるようになった。彼らの手のひら返しに俺は辟易として、誰ともつるまずボッチで学生生活を過ごしたのだ。
 それが大学四年の夏、断り切れなかった飲み会にげんなりしながら参加した際の帰り道、ホストにスカウトされた。そのスカウトが妙に押しが強くて、自分はこういう性格でホストに向いていないと正直に言うと、「キミこそホストになるべきだ!」と力説されてしまう。曰く、「喰われたくないななら、喰う側に擬態していれば安心だ」という意見に、何故かその時の俺は妙に納得してしまったのだ。
 就職先も決まっていなくて焦っていたのもあり、ホストは人間関係を円滑にするスキルを養えるから、それを学習してから会社員になればいいじゃないか、と囁かれ。なら就職先が決まるまで、と思ってやってみたのだ。
 けどそれが俺の性格に反して、案外ウケがよかった。自分としてはただ客の傾向をパターン分けして、そのパターンごとの会話テンプレを数種類用意しているだけだ。けれどそれが「対応がきめ細かい」「気遣いがすばらしい」と評判になり、売れっ子ホストにまでなってしまい、会社員に転職せずにズルズルと続けていたわけである。
 けれどホストとして売れれば売れる程に人間の闇というか、嫌な部分を目の当たりにしてしまう。それで若干人間不信になってしまい、俺をスカウトした先輩が辞めて別の仕事をするって言うもんだから、俺も同じタイミングで辞めようと思ったわけだ。
 貯金はたんまりあるのでしばらく食うには困らないが、このままダラダラと過ごすのも、それなりにストレスである。けれど重たい気分がどうにもできなくて、ふと思い立ってこの田舎にある実家に帰って来たところだ。


俳優として成功しつつあるケイを目映く思いながら、ふと生乾きの髪が目に付く。

「ケイはあの滝遊びか? お前ってガキん時からアレ好きだなぁ」

ケイは両親に連れられてこの田舎に帰って来ると、いつも山にある滝つぼに遊びに行っていた。田舎のガキ共には見飽きられた風景でも、都会っ子にはいつだって新鮮で面白いのだ。俺もたまに付き合って遊んだが。

「だって、気持ちいいじゃん」

馬鹿にされたと思ったケイが、口先を尖らせてブーブー言う。が、俺もなんだかあの滝つぼが懐かしくなってきた。

「そうだなぁ……気分転換に俺も泳ぐか」

ボーッと山の方を見ている俺の様子に、ケイは俺のことをなんとなく察したらしい。

「よくわかんないけど、お疲れ様?」
「おぅ」
「じゃあね」

そう挨拶をして家に帰っていくケイを、俺はひらりと手を振って見送る。

「あ、滝には卵がいるけど、どうだろう。いいよね?」

ケイがふとそんなつぶやきを漏らしたのは聞こえなかった俺は、「よいしょ」と年寄りくさい掛け声を上げて立ち上がり、滝つぼ目指して山を登っていった。
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