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第1章 【獣の爪痕】

第1章1 【始発】

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「ふん、ふふん、ふんふんふん♩」

 今日はいい天気。春らしく穏やかで、優しく撫でてくるような風が吹いている。こんな日なら、鼻歌くらい歌ったって、誰も奇妙な目で見はしないだろう。

 私はギルドまでの道のりを、軽くスキップするようにして歩いていた。

 私がグランメモリーズに入ってから1ヶ月。この間実に色んなことが……って言いたいところだけど、流石は最弱のギルド。マジで大きな仕事がやって来ない。私が前まで勤めてたところはそんなに大きくなかったが、割と大きめな仕事はたくさん舞い込んで来ていた。

 ーーまあ、私が望んでたのはこういうところだし、いくら精霊魔法を使ったとは言えど、仕事が舞い込んでこない限りは目立たないでしょ。

「ただ1つだけ不満があるとすれば……」

 私は外からでも聞こえてくる喧しい音を聞き流し、ギルドの扉を開ける。すると、目の前に広がってきた光景はーー

ヴァル「テメェ!俺のプリン食っただろ!」

ヴェルド「ああ、放置されてたんでな。このままだと腐ると思って食ってやったぞ、ありがたく思え!」

ヴァル「何がありがたく思えだよ!あれは俺が楽しみに取っておいたやつなんだぞ!」

ヴェルド「たかがプリン1つでギャァギャァ言うとかガキかお前」

ヴァル「んだとぉ?」

ヴェルド「あぁ?」

 プリンでまた喧嘩するとか、この人達に脳みそはついてないのかな?

 ーーと、いった感じに、このギルドは喧しすぎる。

 主にこの2人を初め、日々ギルド内では喧嘩が絶えない。周りの人は我関せずと自分のことに集中するし、喧嘩に巻き込まれたらそのまま巻き込まれに行く。で、最終的にはーー

フウロ「やめんか馬鹿者!」

「「 だっ!? 」」

 フウロが取っ組み合う2人の頭に拳骨を落とした。

 ーーそう、この2人を初めとし、ギルド内での暴走が止まらなくなった暁にはフウロが出陣するのである。ミラさんもどこか怖い雰囲気があったけど、フウロはそれが目に見える文超怖い。

 とは言え、私相手にはかなり好意的に接してくれるため、私もまたフウロに対しては恐怖心などを抱かず、好意的に接している。頼りになる先輩でもあるしね。

フウロ「全く、プリンの1つや2つで騒ぐなお前ら」

「「 は、はい…… 」」

 立ち去り際に、フウロは皿に盛られたプリンを1つ、恐縮するヴァルの前に置いた。優しい……

フウロ「すまんな、いつもいつもこんなものを見せてしまって……」

 こちらに気づいたフウロが、無理矢理笑顔を作り出してそう言ってきた。

「いえ、もう慣れましたから」

 なるべく気を使わせまいと、私は不満を胸の中に押し込めてそう言う。

フウロ「あんまり慣れてはほしくなかったんだがな、ハハッ」

 うわぁ、なんかいつもの覇気が見えないくらいに疲れてる……。鬼姫には鬼姫なりの悩みがあるようです……?

フウロ「あ、そうだセリカ。今日からしばらく空いてるか?」

「今日から?まあ、空いてますけど」

フウロ「そうか。ーーセリカ、うちに珍しく大きな仕事がやって来たんだ。それも、私宛にな」

「そうですか……」

 私の予定を確認してきたこと、大きな仕事、フウロ宛、そしていきなり私にその事実を言ってきたこと……。嫌な予感がする……!

「……もしや、私について来いと?」

フウロ「よく分かったな」

 よく分かったも何も、察しろって言ってるようなもんだったじゃん……

フウロ「セリカ、魔獣を見たことはあるか?」

「まあ、一応召喚魔法使って戦う魔導師な訳ですし、何回かは見た事ありますけど……」

フウロ「だろうな。この世界において、魔導士なのに魔獣を見たことのない奴など、余っ程生温い人生を送っているやつくらいだ」

 つまり、私は修羅の道を進んでいると……

フウロ「依頼の内容はな、私が昔世話になった村で、最近魔獣による騒ぎが頻発しているらしい。その原因を探るため、王国騎士団が調査に赴いたらしいんだが、どうにも奇妙な話でな」

「何が?」

フウロ「ビックリするほどに丸く整った形の瘴気団が発見されたらしい」

 はぇ~丸い瘴気団ですかー。

フウロ「一応、騎士の1人が絵にして描いたものがこれだ」

 フウロが私の前に、丸い円形のものが描かれた紙を置く。私はそれをじっくりと見て、確かにこれは奇妙な話だと思った。

「これ、話拗らせてるとかじゃないんですか?」

フウロ「私もそれは疑った。しかし、騎士団全員が全員同じことを主張するものだからな、信憑性は高いと思う」

 ……コンパスでも使って描いたんじゃないかと思うくらいには綺麗な円。普通、瘴気団は常に歪な形をしていて、形が絶え間なく変化していくものだ。それに加え、周囲のマナの流れを乱し、生物の生命活動に異変をもたらす。

「因みにこれ、モヤとか描いてないですけど、そういったものは?」

フウロ「無かったらしい……」

「無かった……」

 これは益々奇妙だ。瘴気なんて名前を付けられるくらいなんだから、普通はある程度団から離れてしまった瘴気が辺りを漂っている。しかし、そんなものがなく、全部が全部1個の瘴気団として固まっているってなると、この瘴気団はただの瘴気団じゃない。まあ、最初からただの瘴気団じゃなかったんだけど、ちょっと危険な物だ。

 だって、瘴気団ってのは、乱れたマナが集まってできるものであり、魔獣を作る要因となるもの。オマケに、私達普通の人間が近づいても精神がイカれてしまうのだから、その密度が普通の何倍以上もあるものに近づくってのは、正直勘弁願いたい。

「……フウロさん。辞退していいですか?」

フウロ「何を言っている。この話を聞いた時点で乗ったも同然だろう」

「まさかの拒否権無し!?」

フウロ「ふっ、安心しろ。そこのバカ2人も一緒だ」

「「 ゑゑ(・д・。)!? 」」

 すっかり大人しくなり、空いた耳をこちらに向けていた2人が揃って声を上げる。

フウロ「先に言っておく。拒否権はない」

ヴェルド「ふざけんな!魔獣退治ならともかく、瘴気団の調査とか死にたくねぇよ!」

 いや、たかが瘴気団で死にはしないと思う。……数日寝込む可能性はあるけど。

ヴァル「そうだそうだ!魔獣退治ならいいが、瘴気団とかたまったもんじゃねぇ!」

 あんたら魔獣だけならいいんかい!私、魔獣だけでも嫌なんだけど!

フウロ「決まりだな。何、安心しろ。調査自体は私が主導で行う。お前らは魔獣退治に専念しろ。因みに、もう一度言っておくが拒否権は無い」

「「「 えぇー…… 」」」

 ……

 ……

 ……

 こうして、私のグランメモリーズでの初の大仕事が幕を開けたのである。
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