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第6章 【龍の涙】

第6章1 【さざ波の音】

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「あー、全然分かんなーい......」

「お前、そんなものもまだ解けねえのかよ」

「ヴァルは解けたの?」

「こういうのはな」

「うん」

「諦めるのが1番だ」

 だと思った。

 こんな難易度の問題を、ヴァルが解けれるわけがない。

「ねぇ、エフィはこれ分かる?」

「......私にも、ちょっと難しいです......」

 エフィがダメなら、もう誰も分からないな。

「すぅー......すぅー......」

 問題作成者のネイは、気持ち良さそうにデッキチェアに座って寝てる。膝に、もふもふとしたシロップも乗せて更に気持ち良さアップだ。

「ネイが羨ましいと思う今日この頃......」

「まあ寝かせておいてやれよ。色々とあって疲れてんだからさ」

「それ、大体は暴れるアンタらのせいだと思うけどね」

「仕方ねえだろ!修行だなんだ言っていきなりこんなビーチに連れて来られちゃ暴れるしかないだろ!」

 なぜそうなる!?

 ところで、なぜ私達がこんなビーチに来てるのかと言うと、話は1週間程前の7月1日にまで遡る。

 ある日、まあいつものようにギルドで仕事をしていた私達だが、大会が近づいているということで、突然計画済みの旅行プランという名の修行プランをそれぞれに渡された。

 大体が5人1組と監視役1人の組み合わせで組まれており、場所は夏でも寒い雪山や、何がいるかも分からない暗闇の森。そして、私達が来てるようなビーチなど様々なプランが組まれていた。

 チームは勝手に決められていたが、どこに行くかはクジ引きで決められた。私達は、その中でも当たりを引いた方なんじゃないかと思う。

 そうこうして、私とヴァル、ヴェルド、シアラ、エフィ、ネイの6人でグランアーク南部の観光名所としても知られているアステリア海岸へ。あ、もちろんの事だけどネイが監視役だ。ヴァルとヴェルドは、フウロになるよりかは余っ程マシだと。

 そんなこんなで、こっちに来てから3日目。夜はネイりんが作った問題を解く作業。ちなみに、1問も解けない。いや、何問か解けそうな問題はあるんだけど、これは鬼畜すぎる。

「これ、やっぱフウロの方が良かったかな。難しすぎて俺には解けん」

「ヴェルド様もですか?運命ですね、私も解けません」

 運命じゃなくて、これは当たり前だよ。ネイりんは、誰に向けてこの問題集を作ったんだろう。少なくとも、私達に向けて作る問題じゃない。

「セリカ、ちょっとずつ瞼が閉じてるぞ」

 そりゃぁ、ネイりんがすやすやと寝てる様子を見てたら、こっちも眠くなる。

「......仕方ねえ。そろそろこいつを起こすか」

「答えを聞くつもり?」

「解けねえんだから仕方ねえだろ。ここでグズグズしてるよりも、さっさと答え聞いて寝た方がいい。てなわけで起きろ!ネイ!」

「......んぁ?誰じゃ......こんにゃ時間に......」

「もうギブだ。答え教えろ」

「んぁ......そんな問題も解けんのか......お主らは......」

「こんな鬼畜問題を解けるのはお前だけだよ!」

「......仕方ないですね......どこが分からないんですか......ふぁあぁ」

「じゃあまず、この『魔法の原理を述べよ』って問題」

「原理なんて考えれば簡単でしょう」

「お前はそうかもしれねえけど、こちとら頭がバカだから分かんねえんだよ」

「......魔法の原理っていうのはですね、魔法がどのようにして発動しているか。それを聞いてるだけです」

「じゃあそう書け。分からなさすぎる」

「じゃあ、原理は分かるんですね」

「んなもん、マナが俺らの体の中で変化して、魔法っていう形で出てくるんだろ?」

「半分正解。半分足りない。魔法はマナだけで発動できるものじゃありませんよ。使用者の心の形が大事なんですよ」

「「「 形? 」」」

「魔法っていうのは、マナを体内に取り入れて、それを思い描いた形にするものなんです。イメージ力が大事ですね。思い描いたものが、形となって体内から出てくる。答えとしては、『体内に取り入れたマナを、思い描いた形にして放出するもの』。これが正解ですね」

「......よく分かんねぇ」

 以下同文。

 やっぱり、ネイは天才なんだなと思う。

「あー、めんどくせぇ。なあネイ。もっと手っ取り早く強くなる方法ってないかな?」

「ありますよ」

「マジで!?どんな方法!?」

「さっき話したことを応用すれば簡単です」

「......?」

「魔法が心の形を写すって話をしましたよね?イメージ力が大事だって」

「......もしかして、心の中で『私は強い』みたいなことを思えば、強くなれるんですか?」

「その通りです。まあ、これは人によっては難しいですけどね」

「えっと......どういう事だ?」

「心の中で、『俺は強い!誰にも負けない!』ってことを信じ込んで思えば強くなれるってことです」

「そんな方法で強くなれたら、誰も苦労しねぇな」

「まあそうですね。ヴェルドはこれは死ぬって思った経験とかないですか?」

「仕事柄、結構出くわすな」

「その時、なんとかして生き残ろうと必死になるでしょう?」

「まあ、死にたくねえからな」

「その気持ちが大事なんですよ」

「......?」

「死んでたまるか!っていう気持ちがあるから一時的に強くなれるんです。九死に一生とかそういう言葉があるでしょう。あれは、死にそうな時程力が出て、なんとか死を免れるから一生を得られるんです。生を諦めなければ、基本死にません。まあ、両手両足縛れてたら無理ですけど」

 今の説明で、何となく分かった。

 要は、強く思えば思うほど、魔法が形として出してくれるって訳だ。普段の私達は、これ以上は無理だと、勝手に限界を決めてるからそれ以上の力が出ないんだな。まあ、私は精霊魔導師だから関係ないけど。

「ヴァルだって、こいつだけは許さねえ、とか思った相手には普段以上の力が出るでしょう?」

「確かに、ラースの時に本気を出せたからな」

「ヴァルの場合、1度使えてしまったら、『ああ、俺こんなのも出来るんだ』ってその時だけの力じゃなくなるんですけどね」

「って事は、自意識過剰な奴が強くなれるってことか?」

「簡単に言えばそういう事ですね。もっと言えば、肉体は関係ないですよ。ただ、ある程度は鍛えておかないと想像以上の力で干からびてしまいますから」

 これはいいことを聞いた。

「あと、皆さん適正属性っていうのがあると思うんですけど、あれは思い込みを進めるだけのものなんですよね」

「何がだ?」

「ヴァルの場合、自分は火属性が得意。ヴェルドは氷属性。シアラは水属性で、エフィさんは風属性ですね。実を言うと、この属性だって、自分はこの属性が得意なんだって思い込んでるからその属性しか扱えないんです」

「へー......」

「複数の属性が使える人は、産まれた時とか、初めて魔法を使った時に色んな属性の魔法を使えたから、それらが使えるようになったんでしょう」

「じゃあ、俺らも思い込めば雷とか氷属性の魔法が使えるってことか?」

「そういう事です。私が全属性の魔法を扱えているのは、そういう事ですよ。魔女に心はないからそういうのとはちょっと違うんですけど」

「どっちだよ」

「魔女は思い込みなんてものがないんですよ」

「嘘だ。嘘に決まってる。お前、普通に自分が天才だって思い込んでるだろ」

「......」

「魔女だって思い込みがあるだろ。ただただ、自分に限界を作らねえから強いってだけだろ」

「べ、別に私は自分が天才だなんて思ってませんよ。ただ、ちょっとみんなよりかは上の存在かなって思ってるだけで......」

 これが自意識過剰ってやつか......。実物があると分かりやすいな。

「なるほど。よく分かった。てことは、俺達は別属性の魔法を習得して、フウロ達を見返せば良いんだな」

「おっ、そう考えると急にやる気が湧いてきた!ちょっくら走り込みに行ってくる!」

「俺も付き合うぞ!」

 こんな真夜中に走り込みだなんて......。騎士団あたりに見つからなければいいのだが......。

「あと、治癒術が得意になる傾向がある風、然、光属性。これも、ただただそうなる人が多いってだけで実際の関係性はありません」

「えぇ!?」

「治癒術は、頭が良ければ誰だって使えますよ」

 頭が良ければ......少なくとも、あのバカ達には無理な話だ。

「ふあぁ~。まあ、努力っていうのは無駄じゃありませんけど、魔法を鍛えるなら心を鍛えることですかねおやすみなさい」

 起きて今何分経った?

「ネイさんってよく寝ますよね」

「ギルドでもいっつも寝てますよね。寝不足なんでしょうか?」

 私が見てる限りだと、1日15時間は寝てるんじゃないかと思う。

 色んな意味で人間じゃない。でも、ネイりんは私達の仲間である。一応大会には参加出来るが、ネイりんは参加はしないとのこと。

 ネイりんが参加したら確実に優勝できる自信がある。面白みは何一つ無くなるけど。

 ただ、大会にはギルドマスターの参加は不可能。一応2代目マスターであったネイりんはそれに則ってるだけに過ぎない。

「『火、水、然、風属性の魔法を組み合わせると、どんな技を放つことが出来るか』」

「なんですか?それ」

「いや、この問題集に書いてあったやつなんだけどさ、これって、似たようなのを近くで見たことある気がするの」

「多分、フウロさんの事じゃないですか?トワイライトソーディアンって呼ばれてる人ですし」

「......でも、私は1度もフウロさんの本気を見た事がありませんね」

 確かに、侵略者との戦い、邪龍教との戦い。それぞれの戦いでフウロが本気を出していた様子はなかった。

 本気を出せないのか、それとも出すほどの相手じゃなかったのか。理由は分からないが、フウロは本気を出さない。だが、全力では戦う。

「この大会で、フウロさんの本気が見れるといいですね。それ程の力を出せる相手が出るかは分かりませんけど」

 フウロと同等か、フウロ以上か。そんな人、私が見てきた限りではヴァルとネイとクロムくらいかな?あとミイ......じゃなくてユミ。

「私はヴェルド様ならフウロさんの本気を出させてくれると思いますけどね」

「ヴェルドもか......」

 いや、でもヴェルドの本気も見たことはないな。まさか、あれ程度で本気だとは思いたくない。

「私は、グリードさんとか、ライオスさんもやれると思いますけど」

 地属性の龍殺しと、雷属性の......何かあったっけ?何もなかった気がするが、強いことに変わりはない。

「......結論なんだけど、いくらフウロに勝ったところでネイりんに勝てる人はいない気がする......」

「それは言わないお約束ですセリカ。ネイさんは比べてはいけない人です」

「......でもさ、この問題集を全部解けれるようになったら、ネイりんまでとはいかなくても、フウロあたりになら勝てそうな気がするんだよね。これって、魔法を奥深くまで理解するようになってるから、全部が理解出来たら......」

「それは、夢のまた夢の話ですね......」

 そうだ。こんな問題を短期間で理解出来るわけがない。

「『魔法を使う時に、なぜ多くの魔道士は技名を叫ぶのか。その理由を述べよ』って、こんなのどうでもいいでしょ......」

「多分ですけど、さっきのネイさんの話を合わせたら、イメージ力を高めるため、じゃないですかね?」

「なるほど......」

 技名を叫べば、自分が何をしたいのかが、はっきり分かる。イメージしやすいから、より強い魔法を放つことが出来る。

 ネイりんは、そういうことを伝えたかったのかな。でも、これじゃ、前の問題を解かないと次の問題も解けない闇ゲーの始まりだ。

 ネイりんを起こすことはもう出来ない。1度でいいからギャフンと言わせてみたい。

「そうだ。エフィ、シアラ。ちょっと耳を貸して」

「「 はい? 」」
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