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第8章√NH 【星界の家族】

第8章2 【恐怖の克服】

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ヴァルガ「じゃあ、行ってくる」

エルナ「......」

ヴァルガ「昨日のことは忘れろ。覚えていても苦しむだけだ」

エルナ「......たまには、飯を食いに帰ってきな。いつでも大歓迎だ」

ヴァルガ「......元気でな」

 ヴァルガは大きな鞄を持ってこの家を立ち去って行く。

エルナ「ヒカリー!あんたも親父さんの見送りくらいしたらどうだーい?」

 ......誰があんな奴の見送りをしなきゃならないんだ。

 ーー数十分して、やっとあいつの姿が消えた。

 そろそろ覚悟を決めるべき時......

ヒカリ「エルナばあちゃん......」

 震える足を抑えながら、ゆっくりと玄関に立ち続けているエルナのところに向かう。

エルナ「......」

ヒカリ「ねぇ、お姉ちゃんを作った時に生まれた、あの黒い化け物。どこにやったの?」

エルナ「あんたの実家の裏。そこに埋めたよ」

ヒカリ「......確認したいことがあるの」

エルナ「......分かったよ」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 リビングに書いた人体錬成の陣。

 そこに置かれた、人体の錬成に必要な物。子供の小遣いでも買えるほど、安価な材料の集まり。

 錬成陣を起動し、もう一度姉に会えると思いながら、錬成を進めていく。

 途中で、流れが変わった。

 錬成陣の光が赤く染まり、私の体が錬成に巻き込まれていく。

 そして、次に見えた景色は真っ白な空間に、数々の本棚が並んだ景色。私は、歴史から消されかけたが、なんの運命か、現実に戻ることが出来た。

 そして、再び世界が暗転し、次に見えた景色は、黒い怪物が蠢いている光景。

 気持ち悪くなって、何度も「違う」と叫んで、そして、血の滴る空間で、1人泣いていた。

 今から、あの忌々しい記憶と決別する。そのために、私はあの怪物を、姉ちゃんなのかどうかを確認しなければならない。

エルナ「ここだ。この辺に、あの怪物を埋めた」

 何の変哲もないただの地面。この下に......

エルナ「......今なら、まだ引き返せるよ」

ヒカリ「っ......ダメ。ここで引き返したら、2度と前に進めなくなる」

エルナ「......ほら、スコップだ」

 いよいよ始まる。

 私が、前を向いて進むために......

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 どれだけ掘り進めたのかは分からない。

 スコップを、1回地面に差し込む度に、心臓がバクバクと音を立てている。

ヒカリ「っ......」

 凄まじいまでの吐き気。

エルナ「やっぱり、やめた方がいいんじゃないのか?これは、あんたにとっての最大のトラウマのはずだ」

ヒカリ「っ......ダメ。ここで逃げるわけにはいかない」

 頭がグラグラと揺れている。本格的にダメかもしれない。

ネイ(私が替わりましょうか?)

ヒカリ「......これは、私の問題。ネイは関わらないで」

ネイ(......分かりました)

 そう、これは私の問題。ネイには一切関係ない。私が解決しなければならない問題。

ヒカリ「......掘り当てた」

エルナ「......」

 骨の形も、臓器も、何もかもがグチャグチャになっている。それでも、髪の毛くらいはキチンと残っている。

 それを、バケツに貯めた水につけて、汚れを落とす。

ヒカリ「......姉ちゃんの髪色は、綺麗な桜色だった」

エルナ「......」

ヒカリ「汚れは落としきった。それでも黒い」

エルナ「......骨の長さも、グチャグチャだが、これくらいの長さなら男くらいの身長があったと予想出来る」

ヒカリ「......」

エルナ「......これは、あんたの姉ちゃん、アテナじゃないって事だ」

 ......

 ......

 ......

エルナ「なあ、ラクシュミー。あんたは、これで良かったのかい?」

ヒカリ「......」

エルナ「......なあ、ラクシュミー」

ヒカリ「......これで、良いんだ」

エルナ「......あんた、笑ってるのかい?」

ヒカリ「ふっ......ハハッ......ハハハッ......」

エルナ「あんた!やっぱり、やめた方が良かったんだよ!あんたの心はーー」

ヒカリ「大丈夫」

エルナ「......ラクシュミー?」

ヒカリ「もう大丈夫。私は、見つけるべきものを見つけた」

エルナ「......」

ヒカリ「......エルナばあちゃん。私、もう1つの家族を探してくる」

エルナ「......ああそうかい」

ヒカリ「......それが、私の、私達の道だと思うから」

エルナ「......たまには、飯を食いに帰ってきな。中にいるネイも」

ヒカリ「うん......」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

エルナ「星界って場所への行き方は分かっているのかい?」

ネイ「はい。世界の移動なら、私くらいなら余裕で出来ますよ」

エルナ「......やっぱり、多重人格ってのは、あたしには理解できないよ」

ネイ「アハハ、まあ無理はないですよ。若い人達だって理解できないものなんですから」

エルナ「そうかいそうかい。それで、ヒカリだったかな?あの子はどうした」

ネイ「私の中で、今必死に調べ物をしています」

エルナ「......あんたにも言っておくが、たまには飯を食いに帰ってきな。いつでも大歓迎だよ」

ネイ「はい。必ず、帰ってきます。次は、アルテミスとか、他の仲間達を連れて」

エルナ「次は大所帯になりそうだねぇ。この家、思い切ってリフォームしてみようか」

 ヒカリは超えるべき壁を越えた。

 私も、超えるべき壁かどうかは分からないけれど、本当の家族に会いたい。

 私の足は、もう1つの世界。『星界』に向かっている。

エルナ「じゃあな、ネイ、ヒカリー」

ネイ「......またいつか」

 遠くで手を振るエルナさんに向けて、私も大きく手を振り返す。

ジーク(なあ、そろそろ俺達が出てきてもいいか?)

ネイ「随分と空気が読めるようになりましたね」

アマツ(我等モソナタトハ長イ付キ合イ)

ラナ(流石に、ヒカリとその親父さんが言い争っているところに僕達は出ないさ)

シズ(本当なら、我は止めに出たかったがな。ラナに無理矢理止められた)

ラヴェリア(全く、大人しくなったかと思えば、シズは考えなしに行動する癖が残っていますね)

 そういえば、ここにももう1つの家族がいた。

 どいつもこいつも、親でもなければ、兄弟にも感じられないような奴らばっかりだけど、それでも私にとっては大事な家族。

ネイ「さて、どの辺かは分かりませんけど、そろそろ転移陣を張りますか」

ジーク(そんな適当でいいのか!?)

ネイ「だって、場所は分かりませんし、向こうについてから探すしかありませんよ」

 星界と呼ばれる世界にいると知っただけ。家族を探すとは言ったが、結局はノープラン。

ヒカリ(場所なら大まか調べはついている。ただ、座標が少し離れているから歩く必要はある)

ネイ「なるほど。じゃあ、行きますか」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 転移陣が開いた。

 あいつは、星界へと旅だったようだ。

ヴァルガ「なら、俺も事を進めなければな」

 あいつを守るため。そう言えば聞こえはいいが、俺は逃げただけかもしれない。

 龍人の少女。彼女が言った言葉には、あいつの名前が含まれていた。

 星界と結界。2つの世界を結ぶ架け橋になる存在。そうであるラクシュミーを、俺は守らなければならなかった。だが、そうして動いた結果が、あいつの心を壊すことになってしまった。

 何をやってんだろうな、俺は。

 血が繋がっていなくとも、俺とあいつは家族であるはずだった。なのに、育児の全てをアテナに任せて、俺は奴らの計画を防ぐための旅に出た。

 奴らの計画は終了直前にまで行っている。逆転できるタイミングは、ほんの一瞬。

 ヒカリに、ネイに辛い思いをさせるわけにはいかない。

 あいつらが、本当の家族に会う前に、全てを終わらせる。それが、俺のやるべき事。

ヴァルガ「......ケリをつけよう。ウルガ」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 星界。

 そこは、龍人だけが住む世界。

 ヴァル達の住む、『水界』と同じように、他の世界からは完全に隔離された世界。

 転移陣を上手く扱えるものでなければ、その世界に降り立つことはできない。

 この世界では、2つの勢力が衝突を繰り返していた。

 世界の破壊を目論む『殲滅軍』。そして、それに対抗する『星界軍』。


「隊長、敵は南部より、ゼルノ要塞を目標に攻め込んで来ます」

「うむ。報告ご苦労」

「......隊長、我らでは兵力差的に押し切られる可能性があります」

「......南東部に、兵を進ませろ。敵の不意をつき、挟み撃ちにする」

「了解。直ちに指示を出してきます」

 全てを破壊するものと、現状維持を目指すもの。2つの間には、いかなる時も『休息』など訪れない。

 ......

 ......

 ......

「......それは、本気ですか?」

「ああ、本気だ。イデアルを前線に出す。これしか打開策はない」

「......ですが、彼女はまだ不安定な状態です。そんな状態で出すことはーー」

「構わん。記憶はもう作り込んでいるのだろう?なら大丈夫だ」

「......了解致しました」

 ......

 ......

 ......

 世界を奪い取るのは、『殲滅軍』か、『星界軍』か......それを決めるのは、戦場に立つ彼らではない。

 世界の運命に取り残された、たった1人の少女。いや、たった1つの家族。


 これは、ただの戦争ではない。世界の命運をかけた、『家族』の戦い。
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