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第8章√NH 【星界の家族】

第8章14 【母】

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ネイ「......なるほど。今日は、14年前の4月6日。丁度、私が1歳になった時ですか」

 ラナが飛ばした先の時間は、14年前の星界。そして、場所はまだまだ綺麗な頃の屋敷。

 私は、本棚が所狭しと置いてある書庫で、机の上に置いてあった新聞を見て今の時間を確かめた。

 屋敷の中には誰もいない。人の気配がどこにもしないのだ。出かけてるのかな?と思ったが、今はまだ平和と言えど、施錠もせずに出ていくのは不用心すぎるだろう。

 ーーここで何をすればいいのか。何を見ればいいのか。少しくらいヒントを残してくれててもいいじゃないのか?ラナ。

 答えてくれるラナはもういない。恐らく、私をこの時間に飛ばすために、最後の力を使い果たしたのだろう。未来の私ことラナは死んだ。

ネイ「......ジーク、アマツ、シズ、ラヴェリア。聞こえてる?」

ジーク(......聞こえてるよお嬢)

アマツ(我モダ)

シズ(......聞こえております。我が主よ)

ラヴェリア(......ええ。お嬢様のお声は、私達の心にしっかりと届いております)

 皆、ラナの正体を知って、どう答えればいいのか悩んでいる様子だ。隠そうとしたところで、その心の声はしっかりと聞こえてくる。

ネイ「こんなところに来て、何をすればいいって言うのよ......ラナ......」

「誰......?」

ネイ「うわっ......!」

 不意に背後から聞こえた声に、私は思わず尻餅をつく。

ネイ「痛てて......」

「だ、大丈夫......?」

 声の主である女性は、私の前に立つと手を差し出してくる。

ネイ「お母さ......」

 ダメだ。言ってはいけない。

 ーーこの人は、私のお母さんだ。お姉ちゃんがお母さん似だからか、一瞬お姉ちゃんかと思った。でも、この時代のお姉ちゃんは軍に所属しているはず。ここにいるわけがない。

「......?誰かしら?」

 お母さんの方に顔を向けると、抱き抱えられた赤ん坊の私がいる。スヤスヤと寝ていて、これから先に起こる波乱万丈の人生を何も知らない顔だ。

 ここから先の時間で、どうやって私がヴァルガの家に行くのか。それを見届けろってことなの?ラナ。

ネイ「......私は」

「泥棒さん?それとも、迷子さん?」

ネイ「......っ」

 なんて答えればいいのだろう。『ネイ』って名乗るの?いや、この時代のネイはそこにいる。変な混乱を招くだけになるかもしれない。

ネイ「......私の名前はラナ。ちょっと道に迷ってたら、たまたまこのお屋敷を見つけて......」

「そう。なら、ご飯でも食べてく?」

ネイ「......」

 あからさまに怪しい人物なのに、簡単に信用するのか。お母さん、いくらなんでも、鈍感だし、不用心だと思うよ?

「ご、ご主人様!お料理の準備がっああ!」

 物凄い勢いで散りばめられたほんにつまづいて転んだ少女。どう見ても、スピカだ。見た目から、10歳程度かと思われる。となると、未来のあれは24歳?嘘でしょ......私より年上だったの?............当たり前か。長期のメイドなんだし。

「あらあらスピカ。もうちょっと落ち着きを持ちなさい」

「す、すみません......」

 住み込みで長期のメイドをしていたはずだが、まさか14年も経って全然成長しないとは、この時の彼女は思わないだろう。

「あ、あの......この御方は......?」

「旅人さんらしいわよ。スピカ、この人の分のお食事も用意してあげて」

「は、はい!ただいまっわ!」

 また同じところでつまづいた。

「ごめんなさいね。あの子、いつもあんな調子だから」

ネイ「あ、はは......」

 知ってる。未来で、たったの1日で嫌ってほど見たから。

「ほらほら、いつまでもつっ立ってないでこちらにいらっしゃい。スピカのご飯は絶品だから」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 スピカが作った料理。未来で食べたものは割と普通だったが、この時代のスピカの手料理も、割と普通な味だった。

 勝手な偏見だが、ドジっ子メイドなのだから砂糖と塩を素で間違えてもおかしくはないと思うんだけどな。そうなったらそうなったで大迷惑だけど......

「ほら、眠いのは分かるけど、ご飯はしっかり食べましょうねー」

 詳しくは知らないけど、赤ちゃんって1歳くらいになったらもう少し大きくなってるはずだよね?それに、そろそろ好奇心旺盛になって、ご飯もそこそこ食べる時期だと思うのだけれど......

「この子ったら、いつまで経っても成長しなくてね。1歳になっても、全然ご飯を食べないし、はいはいもしないのよ。ずーっと寝てばっか。まあ、泣かないだけ、イデアルよりかは育てやすいのだけれどね」

 ギクッ......

 寝てばっかり......まさか、私って体が全然成長してないんじゃない?龍人にしてはやけに低い身長......いや、お姉ちゃんも低かったけど、お母さんも......低いかな?遺伝?

「でも、泣かないから何をしてあげればいいのかも分からないのよねぇ。本当に困った子だわ」

「私は、可愛げがあって好きですけどね。ところで、そろそろ名前は決めたんですか?」

「それが、まだ思いつかなくてねぇ。本当なら、産まれる前にある程度絞り込んでおくべきだったのだけれど......そこから決めるのが更に難しくてねぇ。ねぇ、あなたは名前、何がいいと思う?」

ネイ「わ、私ですか!?」

 え、ここでなんて答えるべきなの?私の名前はネイだけれど、ここでその名前を言ってもいいの?

ネイ「うーん、私にはよく分かりません」

 分からないって答えておくのが無難だろう。

「そうよね。名前なんて簡単に付けられるものじゃないですもの」

「でも、流石に1歳の誕生日なのですから、そろそろ名付けた方がよろしいかと思います」

「スピカって名前もとっても素敵よね」

「そ、そんな、め、めめめ滅相もございません!!」

 名前......ヒカリは、いつまで経ってもヴァルガが付けた『ラクシュミー』という名前を嫌ってる。

 ーーいや、嫌ってるんじゃなかったな。そんな名前でいることが許されないと思ってたんだったな。心の中にいる彼女の声は、同じ人物である私なら読み取ることが出来る。心理の力を使わなくてもね。

 私は、『ネイ』という名前が好きだ。どんな理由で付けられたのかは知らないけど、この名前を気に入っている。

「どうしようかな~?そんな簡単に名前なんて決められないしな~」

「イデアル様のお名前は簡単に思いついたのですよね?」

「あれはウルガが決めた名前だからね。あの人がいなくなった今、この子の名前は私が付けるべきなんだけど......うーん......何がいいかなぁ?」

 名前なんて、ただのユーザーIDだと思ってたけど、こんなにも悩んで付けてくれてたなんて知ると、もう物としては扱えなくなるな。

 1歳になったばかりの私は、まだ産まれたばかりかのようにスヤスヤと寝ている。お母さんが用意してた離乳食を全然食べずにね。まあ、お母さんが名前のことを考え出して手が止まってしまったのが原因なのだけれど。

「まあいいわ。そのうち、神様が授けてくれるでしょう」

「そ、それでよろしいのでしょうか......」

 お母さん。それ、一生決まんないタイプの奴だから真面目に考えて。そのうち決まるとは思うんだけど。

「すぅ......すぅ......」

 自分が赤ん坊だった時の寝顔を見る。普通の人だったら絶対に有り得ない光景。私はそれを見ている。見ているだけで、特別何かをするわけでもない。

 この時代で何をすればいいのか。このまま、お母さんとスピカと、幼き私が仲睦まじく暮らしているのを見ていればいいのか。分からないことだらけで、気が滅入りそうだ。

 ラナ。あなたが私だと言って、この時代に飛ばしたけど、ここは平和そのものの場所。何年か先で戦争が始まるのだとしても、それは今ではない。

ネイ「......」

 ......もう少し、この時代を見てみるか。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「見て見て」

 昼食後、なぜかお母さんに花壇の場所まで連れられた。

「ほら、綺麗なお花畑でしょう?」

 うん。確かに、これは花壇と言うよりお花畑だ。頭がそうって意味じゃなくて。

ネイ「色とりどりで綺麗ですね」

「そうでしょう。この子も、お花が大好きでねぇ。ここに来ると、いつも目を覚ますのよ」

ネイ「そうなんですか」

「お花が好きだからねぇ。いっその事、お花の名前にしようかしら?」

 ネイって名前の花なんてあったっけ?それとも、何かと何かを組み合わせた感じかな?

 ......いや、私が悩んでたって、お母さんはそのうち私の名前を決めるんだもんね。私が気にすることじゃないか。

「あぅー!あーぃ!」

「ふふふ。まだまだ赤ちゃんねー。そろそろママの一言くらい覚えてもいいのに」

 お母さんは、赤ん坊の私を、優しく花々に触れさせる。赤ん坊の私は、嬉しそうに綺麗な花々を手に取って喜んでいる。

「まだはいはいすら出来ないからねー。本当なら、お花畑の上でお散歩とかも良さそうかなって思ってるのだけど」

ネイ「出来そうにないですね」

「そうなのよ。成長が遅すぎて心配なのよ。でも、こんな辺鄙な場所じゃお医者様にも見せに行くことが出来ないし、あの人もいないしで本当に困ってるのよ。かといって、軍の研修機関にいるイデアルに話すことも出来ないし」

ネイ「......」

 世界の書庫ワールドアーカイブを使えば、赤ん坊の私がどんな状態なのかをすぐに調べることが出来る。そして、対処法があるのなら、それを実行することも出来る。でも、それはしてはいけないこと。そう思えた。

 私は未来人。過去に過度に干渉するのはよくない。もしかしたら、歴史が変わってしまうかもしれない。それに、ここで私の発育不良を治せば、今の私に絶対に影響が出る。

 障害を治すのだから、良いことだらけなのでは?と思われるかもしれないが、私の体が不調だらけのせいで、戦いにおいて全力を出し切ることが出来ていない。もし、全力で戦うことが出来ていれば、歴史が大幅に変わってしまう。

 歴史が変われば、修正のために私はこの世界にいられなくなる。もう、1人であの空間にいるのは嫌だ。

 ーー自分勝手だけど、私はヴァル達と一緒にいたい。特に問題のない歴史を変えてまで私の体を正常にしようとは思わない。

「どうしたの?」

ネイ「......あっ」

 私の顔を覗き込むようにして、お母さんが腰を屈めていた。

「あら、あなたの顔半分......」

 しまった。見られたくないものを見られてしまった。

「......そう。あなた、龍になった事があるのね」

ネイ「......はい」

「......見せて」

 覆いかぶさっていたフードを取り、半分が龍になった私の顔を見せる。

「なるほどねー。足に後遺症が残ってるわね」

ネイ「なんで、分かるんですか?」

「見れば分かるわよ。あなた、時々歩くの辛そうにしてるし」

 そんな細かな仕草まで......

「流石に、ここまでなってしまったら私の力で治すことも、これ以上を自力で治すことも出来ないけど、あなたの龍化した部分なら治してあげられるわ」

 お母さんは私の顔を触って、鱗の部分をしっかりと肌で感じた後、何かの治癒術をかけ始めた。

 急いで世界の書庫ワールドアーカイブにその治癒術を記録していく。

 未登録のデータ。私の6兆年分の記憶の中に無い魔法。全てを知り尽くしたと思っていたけど、こんなところに知らない魔法があったなんて。

「はい。これでもういいわよ」

ネイ「あっ......」

 鱗だった部分が、ちゃんと人間の肌として感じられるようになっている。

「......なんだか、あの人に似てる顔ね」

ネイ「っ......」

 しまった。もしかしたら気づかれてしまうかもしれない。慌ててフードを被り直すが、バレてないだろうか?

「......ふふ、シャイな子ね」

 何も、気づいていないようだ。

 いくら女の子と言えど、お父さん似の顔だったら、お母さんが見れば分かるかもしれない。そんな簡単に気づかれないとは思っていたが、お母さんの観察力は凄まじい。危うく、バレてしまうところだった。

「ご、ご主人様ぁー!っああ!」

 ドジっ子メイドが、今度は石につまづいてこちらにやって来た。

「どうしたの?いつもの事だけど、そんなに慌てて」

「ご、ご主人様!なんか、たくさんの人影がこちらに向かってきてます!しかも、全員、完全武装状態なんです!」

「......スピカ、あなたは地下に逃げてなさい」

「は、はい!ってご主人様はどこに向かうつもりですか!?」

「......私は、この子を守らないといけないの。万が一のために、この子を連れて行ける場所を用意してあるの。だから、スピカは生き残りなさい!」

「は、はい!」

 スピカが大急ぎで屋敷の方へと戻っていく。もちろん、道中にある石につまづくのを忘れずに。

「ごめんね。こんな事になってしまって。あなたも、早くこの屋敷から離れた方がいいわ。殺される前に」

ネイ「......私があなたを守ります」

「っ......そんな事したら、あなたが死んじゃうかもしれないわ!」

ネイ「......一飯分の恩義は返さないといけませんから」

「......分かったわ。それなら、しっかりとこの子を守って」

ネイ「はい」
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