異界探偵譚

ミナセ ヒカリ

文字の大きさ
上 下
4 / 14
第1章【無意識世界の事件簿】

Page:4 「異世界への挑戦」

しおりを挟む
 ーー翌日、放課後。

「おう、来たな」

 今日から本格的に異世界パトリアムの攻略が始まった。まず手始めに、神代がこの屋上をアジトにしようなどと言い出し、まあ特に誰も来ない場所だからいいかとここに集まっている。

「お前、一応言っておくが……」

「無茶はしない。だろ?」

 俺の懸念を察し、「大丈夫だって」と気楽に返事をしてくる。まあ、いざと言う時のストッパーは俺なわけだし、今日はそこまで深入りする予定はないから大丈夫だろう。

「じゃあ行くぞ」

《異世界への挑戦を開始します》

 街並みと俺たちの服装が変わる。そして、屋上から入ったはずなのだが、今回出たのは宮殿の入口前。

「どうも、特定の場所からショートカット、なんてズルは出来なさそうだな」

「ま、別に今はこっちの奴らに話を聞くだけだし、特に気にするこたねぇだろ」

「それもそうだな」

 無駄話はここまでにして、早速俺たちは宮殿へと足を踏み入れた。入口は前回同様、敵の姿は無い。とりあえず、昨日も利用したあの客室に向かう。

「やっぱここは敵が入って来ねぇのかな?」

「理由になるかどうかは分からんが、どうもここは保健室みたいだ」

「保健室ぅ?」

 俺は学校の案内図に記載された地図を広げ、神代に現在の位置を知らせる。

「こんなパンフどこで手に入れたんだ?」

「転校手続きの日にもらった。普段は文化祭とかで配っているらしい」

「あれか。捨てたわ」

 だろうな。お前の顔を見てればそんな性格だろうとすぐに分かる。

「今いるのが、元の世界では保健室だった場所。見た目はこの世界用に色々変わっているが、概ね位置は合致している」

「ってぇことは、あの広間は玄関ってわけか。確かに、うちの下駄箱周り広いしな。でも何で無くなってんだ?」

「雰囲気に合わせるためだろう。もしくは、ドミネーターがいらないと考えているから消えたとか」

「有り得ねぇ……って言えねぇんだよな、この世界」

「とりあえず、今日はこの本校舎を中心に調査しようと思う。本校舎は基本的に各学年のクラスしか置いてない。調査対象も生徒に絞られるし、安全だと思う」

「お前、結構調べてきたんだな」

「準備はしておくに越したことはない。で、今の案でいいか?」

「もちろん良いぜ。まずはゆっくり確実にってこったろ?」

「そういうことだ。それじゃあ行くぞ」

 保健室を飛び出し、まずは階段を上って2階の3年生のクラスルームから調査を始める。

「む!何者だ!」

 階段を上った先で早速甲冑が出現。

「神代頼むぞ」

「まっかせろ!ファム!」

 神代の手から放たれた火球は、真っ直ぐ勢いをつけて甲冑に……

「当たるか!こんなもの!」

 当たることなく、簡単にかわされてしまった。

「大人しくしろ!」

 甲冑の持つ大きな剣が降り掛かってくる。それを剣で受け止めてみたが、ガチんっと重たい衝撃がのしかかってきて膝が崩れそうになる。

 ゲームのように都合良くはいかない。これはちゃんとリアルの話だということを認識させられる。だがーー

「へっ!隙だらけだ!ファム!」

 俺が攻撃を受け止めてる間に、神代が再び攻撃を仕掛ける。今度はちゃんと当たり、甲冑を燃やし尽くした。

「暁!今がチャンスだぜ!」

 俺は甲冑を飛び越えて後ろに回り、神代と挟み撃ちの形で銃を突きつけた。

「ま、待ってくれ!俺はあいつの命令通りに動いただけなんだ!」

「なら、何か知っていることを話せ」

「わ、分かった!何が知りたい!?答えられることなら何でも答える!」

 俺は神代の方を向き、軽く合図をした。

「お前が言うあいつってのは誰のことだ!?」

「い、伊吹!伊吹先生だ!」

 やはりな。昨日の奴の反応といい、ドミネーターは伊吹で確定っぽい。

「お前は何をされた!伊吹にどんな目に遭わされてる!」

「……っ!伊吹には逆らえない!逆らったら、あいつみたいに何をされるか分かったもんじゃない!大人しく媚びを売ってればいいんだ!そうすれば殴られずに済む!居場所を奪われずに済む!」

 今回は割とハッキリした主張をしてくる。セルボスの中でも、人間のように個体差があるみたいだ。

「お前らも、伊吹には逆らわない方がいい。殺されたくなければ……!」

 そう言い終えると、そいつは消えてしまった。前回と違い、発狂した様子はなかったが、どうも消滅する原因には何か別のものもありそうだ。まあ、今回はこれ以上引き出せる気はしなかったし、他に聞きたいことがあれば別のを捕まえるまでだ。

「殺されたくなければ……か。神代、お前は確か……」

「腕が使い物にならなくなっちまったよ。まあ、リハビリで私生活にそんな困らねぇくらいには治ったけども」

 神代は腕を奪われたくらいで、殺されたと表現するには大袈裟すぎる。もしや……?

「誰か、実際に殺された人間がいる?」

「……有り得ねぇって、言えねぇんだよな」

 もし仮に殺人にまで発展した事例があるのだとすれば、その証拠がどこかにあるはずだ。それを探し当てれば、伊吹を追い詰められるかもしれない。

 俺はそのことを神代に話し、とにかく今は色んな奴に話を聞くしかないと先に進んだ。

「待ってくれ!あいつに逆らわなければ平穏に終わるんだよ!推薦をもらえたんだ!もう何も関わりたくねぇんだよ!」

 こんなふうに、3年生ということもあってか、割と受験絡みの話を交えてくるやつが多かった。本音の塊というが、その本音が「受験だから~」で埋め尽くされてしまうと実際に欲しい情報が聞けない。

 3年のクラスルームではもう得られる情報は少なそうだと話し、俺たちは2年のクラスルームに上がった。

「城って言う割にはさ、あんまあの甲冑いねぇよな」

「……無意識の集合体と言っていただろ。ということは、今は放課後だから」

「教室にはほとんど残ってねぇ。ってぇことか」

 何ともまあよく出来た世界だと思う。この調子だと、現実で何らかのアクションを起こせばそっくりそのままこちらの世界にも影響するような気がするな。いや、事実、この城そのものがそういった影響によって作られた場所なのだろうが。

 2年のクラスルームも、3年とほとんど変わらず、やはりクラスルームというだけあってか特にめぼしいものは無かった。甲冑と戦ったって、返ってくる答えは大体「伊吹には逆らうな」「殴られても黙ってるしかないんだ」くらいなもの。名前も一応聞いてみてはいるが、この様子だと現実の方でははぐらかされてしまいそうだ。

 せめて、何かもっと重要そうなことを握ってるやつを捕まえたいのだが、この世界にいる奴は全員伊吹に何かをされた者達であり、たまたま覗いてたとかそんな奴は見ない。1年のクラスルームも同様だ。そもそも1年はまだ伊吹の被害がそこまで及んでいないのか、数が少ない。

「はぁ、こんだけやっても何もねぇってマジか」

「何も無くはない。ヴェントとファムをたくさん使ったおかげか、ヴェンターとファーマーを習得している」

「今どうでもいいぜそんなの……」

 流石に疲れが来ているな。どうも、左上にあるこの青いバーは魔法を使うために消費するMP的なものであり、神代が前に出て積極的に戦っていたため、もう残りが尽きかけている。俺の方はまだ半分くらいあるが、片方が動けなくなってしまったのでは危険だ。今日はもう脱出した方がいい。

「今日は撤退しよう。無茶して死んだら元も子もない」

「はぁ……そ、そうだな……」

「一応今日話を聞いたやつの名前はメモしてある。明日はこっちじゃなく、現実の方で調査を進めよう」

「おっけー……。っつぁ、疲れた……」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「はぁ。ちょっと体力落ちちまったかな……」

「体力関係あるのか?」

「あると思うぜ……。だってよ、ゲームだってMPはスタミナみたいな表現されてんじゃん?」

「そういうものなのか」

「そういうもんだよ。っはぁ、腹減った。飯食いに行こうぜ」

 別に、と断りかけたが、断る前に神代に「行こうぜ行こうぜ!」と背中を叩かれてしまった。押しに弱いなと思うものの、まあ悪くはないかと付き合うことにする。

 やって来たのは大手某牛丼チェーン店。大手の牛丼チェーンなんて種類が多いからよく分からんだろうと言われそうだが、まあ大体どこも似たようなものだろう。

「牛丼メガ2つ!」

「またお前か!タッチパネルで注文しな!って何回も言ってんだろ!」

「へへっ」

 常連みたいなやり取りをし、神代はカウンター席に着いた。俺もその隣に座る。そして注文を済ませ、運ばれてきた巨大な牛丼を見るやいな、神代はものすごい勢いでかぶりついた。

 こういうところで育ちの良さ、悪さが出るのだろうと思いながら、俺も牛丼に箸をつける。流石、大当たりではないがハズレは絶対に無い店の味。安心感が違う。

「俺さ、昔あいつに腕やられたって話しただろ?」

 飯を食うさながら、突然神代がそんな話題を振ってくる。

「詳しい事情は聞いてない」

「そういやそうだったな。じゃあ、伊吹がなんであんなに恐れられてるのかってのも……」

「そういえば気にしたことがなかったな」

 ただ何となく、そういうもんかと思ってパトリアムを攻略してた。事情があるなら聞いておきたいな。

「始めは去年の夏頃だったんだ。あいつは俺の入学した年と同じ時期に転任してきたって先行でな、まあ最初こそ優しいし、頼りがいがある奴だったんだよ」

 最初こそ、か。典型的だな。

「俺、元々弓道部に入っててよ、自分で言うのもなんだけど、まあ中学の時は全国優勝するくらいには凄くて、この学校にもスポーツ推薦で入ったんだ。推薦なら特待生ってことになって、学費も免除されるしな。お袋には楽してもらいたかったから、そうした」

「なるほど」

「で、夏休みに入ってからだ。毎年大体この時期に大会の予選があんだけどよ、クソ暑い中必死こいて練習してたらいきなり呼び出されてさ。何されたと思う?」

「……さあ?」

「意味もなく殴られてさ、俺が先輩を殴ったとか意味分かんねぇ主張されてよ!それでそんなわけないって言っても殴るのやめられなくてさ、揉み合いになって、腕潰されちまったんだ」

「……」

「誰も俺の言い分なんか聞いちゃくれなかったんだ。なぜか俺が最初に手を出したことになっててよ、腕が潰れたのも当たりどころが悪かったとかでせーとーぼーえいにされちまってさ。母さん、泣きながら謝ってた。何も、悪くねぇのに……」

 そこまで言い終えると、神代は「はぁー!」と深く溜息をつき、牛丼の皿から手を離した。もう半分食い終わってることに驚いたが、やけ食いみたいなものなんだろうなと察する。

「それからなんだよ。あいつがこの学校で威張るようになったのは。誰も何も言えねぇ!俺っていう最高に悪い例が出来ちまったからな」

「なるほどな」

 そりゃ、誰だって神代のようになりたくないと考えるのは自然なことだ。

「俺、あいつが許せねぇ。別に俺一人が酷い目に遭って終わるってんなら、まあ、許せはしねぇけど、もう事故に遭ったんだって諦めがついたんだ。……けどよ、他の奴らもひでぇ目に遭わされてさ、挙句の果てには母さんにまで何かしようってんだ。もう黙って見てられる状況じゃねぇだろ!」

 ドン!と他の客がいるにも関わらず熱くなる神代。慌ててハッとなり、「すんません、すんません」と周りに謝る。

「お前はさ、特に見ず知らずの相手だってのに助けてくれたよな」

「……まあ、それこそ黙って見てられる状況じゃなかったからな」

「俺、心底カッコイイと思ったんだよ。今度は何されるか分かったもんじゃねぇって、ビビって、それ以上何も出来なかった俺と違って、お前は躊躇わず助けてくれた。本当、カッコよかった。お前は俺のヒーローだよ」

「……」

 照れくさいことを言う。そういうのは俺なんかに対して言うな。俺はただーー

「……俺はただの偽善者だ」

「謙虚な奴だな、お前。まあでも偽善でも何でもいいよ。お前が俺を助けてくれたことに変わりはねぇし、これからもあいつを倒すまでは付き合ってくれんだろ?」

「……まあ、ここまで来たらな」

「うしっ!これからもよろしく頼むぜ!暁!」

 まあ、こういうのも悪くはないだろう。
しおりを挟む

処理中です...