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突然ですが、1ヶ月後にこのゲームはサ終します!
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赤い空。黒い輪郭を帯びた太陽。重たい重力がかかったようにゆっくりと動く世界。
この日、この世界は終わりを迎える。人類が貴重な時間を捧げて積み上げてきたものが全て無へと帰す日。
まあ、これ全部ゲームでのお話なんだけど。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一ヶ月前。
《ユーザーの皆様へ》
太陽がギンギラと輝き、見てるだけで頭の中がバーベキューされそうな猛暑が続く2025年7月31日。それとは真反対に暗く冷たい空気が流れる我が部屋でそれは唐突にやって来た。
《平素よりゴールデンユートピアをご利用いただき、誠にありがとうございます。この度、誠に勝手ながらゴールデンユートピアは2025年8月30日をもちましてサービスを終了させていただくこととなりました。つきましてはーー》
今や当たり前のようにコンテンツとして拡がってゆくオンラインゲーム。そこに"サービス"と"終了"の2つの単語を組み合わせた字面は唐突な消失感を与える。
「終わった……?終わったぁぁぁぁぁ!?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一日目。
「いやぁ、クソゲークソゲーと散々罵倒して来たが、いざ本当に終わるって言われると、なんかこう胸に来るものがありますなぁ!」
無精髭兜イケおじアバター。職業格闘者《モンク》、ドクターY。
「つっても終わるってのは前々から言われてたよ。未だに定期的にサーバーが落ちるようなゲームだし今更言われてもねぇって感想だよ」
長身イケメンハーフエルフアバター。職業狩猟者《ハンター》、イマジン。
「いえいえイマジン氏。クソゲーと言うのはそう言われ出してからが本番ですぞ。世の本当のクソゲーと言うのは見向きもされないゲームと言えるのかすら怪しいもののことを言いますぞ。それに対しゴルピアはイベントを開催する度相も変わらずクソゲーだとトレンドに上がるほどプレイヤーは多かったから、多くの人は予想外の出来事だったと思いますぞ。まあ我も1年続くかどうかと分析してましたが」
※ゴルピア=ゴールデンユートピアの略称。
長文高速詠唱型語尾が昔のオタクでもそうは話さないだろうロリツインテアバター。職業治癒術師《ヒーラー》、ミカン。
「黙れオタク。貴様の意見など知ったこっちゃない。私の、俺の貴重な時間が失われたんだぞ!?どうしてくれますの!」
デレを失ったツンデレお嬢様アバター。口調を男っぽくしてるけどたまに出るボロで中の人は確実に育ちのいい女性だと思ってるというか声可愛いから確実にそうな職業剣士《ナイト》、ギルガメッシュ。
「ちなみにその失われた時間ってどのくらいですか?」
「このゲームを始めたのは一週間ほど前だ」
「じゃあほぼほぼノーダメージじゃねぇですか!このゲーム基本無料だから金の損失もねぇですよ!」
ツッコミ兼視点担当《しゅじんこう》、和風メイド服ヒロインアバター。職業魔導士《ウィザード》、クラウド。
以上5名。このゴールデンユートピアで出会い、小規模ギルド『自由が欲しい』を結成して早半年。気付けばボイスチャットでゲームをする程に距離が縮まってきた関係性の私達による、サービス終了までの一ヶ月が始まります(1人だけ一週間のド新人いるけど)。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二日目。
《サービス終了を記念して、最難関ダンジョン『魔神の行く末』を実装しました》
サービス終了記念って何だよと思いながら閉じた本日のお知らせ。
「で、これ最難関って言ってるけど実際実装と同時に駆け込み乗車のごとく突撃してきたミカンさんどうでした?」
「いやぁ、このゲームの悪いところが全て詰め込まれてるって感想ですな。まず初手ランダム属性100%割合ダメージが飛んで来て貴重なパッシブ枠を各種属性軽減に当てはめないとボッシュートですぞ。しかもこのゲームパッシブは4つまでしか付けられないから火、水、風、光と付けてしまえば残り1つの闇属性で飛んできた時に墓送りにされるクソ運ゲですな。しかもコンテは禁止だから死ぬと強制街送還。そしてフルパ20人想定の体力とギミックの物量を押し付けてくるからこの運ゲで1人でも欠けるともうリセットボタン押すしかないですぞ」
「へい!イマジンさん!要約!」
「クソダンジョン」
「ありがとうございました!……じゃねぇですよ!最後だからってここの運営やりたい放題しに来てるじゃないですか!」
「まあもう勝ったところで得られるのは数日すれば消えてしまう達成感。しかし人は例えどんなものでも成功体験というものを積み重ねて前に進んでいくのですぞ。小さな一歩が明日を彩る。例えゲームだとしてもその日が無駄だったなんて思わず何か前に進んだと実感することが成功への秘訣ですぞ」
「急に深そうなこと語り出したけどオタクにそんなこと言われても響かないですよ。テメェがやってんのは日がな一日モニターの前に張り付いて狂ったようにゲームに勤しんでるだけじゃねーですか」
「そうだそうだ!」
「中々酷い言われようですな。しかし我、実は不思議に思ってることがあるんですぞ」
「何が?」
「どうして皆して我のことをオタクと言うのか疑問でしかないですぞ。そんな言われるほど世間一般の言うオタクのイメージには当てはまらないと思いますぞ」
そんな古のオタクみたいな喋り方しててオタクじゃないはさすがに無理だろう、と思ったけど言わんとしてることは分からんでもない。
「まあ最近のオタクはもっと普通の人間っぽく振る舞うもんね。ってかオタク自体もう日本人の魂に刻まれたレベルで普通の感性になってるし」
「いえそうじゃないですぞ。我、一応現役東大生でモデルのバイトをしてるんですぞ」
「嘘つけぇ!!テメェみてぇな幼女アバター使うイケメン東大生いてたまるか!」
「クラウドさん落ち着いて!」
「これが落ち着いてられるかぁ!んな絵に書いたような勝ち組エリートがこんなクソゲーに勤しんでるだとぉ!?私はそんな事実受け入れたくないし、そもそもそんなオタク口調で喋るイケメン東大生いてたまるか!設定を盛るな!」
「いえ本当ですぞ。学生証もあるし、なんならネットで三木海翔と調べていただければすぐ出てくると思いますぞ」
スマホ起動!Google先生、三木海翔を調べて!
検索結果:三木海翔 モデル
三木海翔は国立大学法人東京大学に通う現役東大生モデルであるーーWikipedia
「いや有名人名乗るだけだったら誰でも出来るから」
《ピロン》
ん?何やらボイスチャット用のメッセージに新着が。
丁度スマホを持っているしと、そちらの方でメッセージを確認してみる。するとそこにはスタイリッシュだが程よく肉付きのいいイケメンが『自由が欲しい』と書かれたメモ用紙と東大生のものと思われる学生証を手に自撮りした写真が送られてきていた。
「いやぁ本当、我ながら言うのもなんですが中々イケメンだと自負してるんですぞ。でもなぜか彼女が出来たことなくて、おかげで年齢=彼女無しになってしまいましたぞ」
「それ九割超えて十割喋り方のせいだよ」
「うわぁ、勿体ねぇイケメン。でも天は人に二物を与えなかったかぁ」
「いや、頭と容姿の良さで既に二は与えられてますよ。三が無かっただけです」
「あ、折角ですし、このゲームのサービス終了をリアルで集まって見届けるのはどうですぞ?クラウド氏とも会ってみたいですし、折角ならいい関係にーー」
「あ、お断りしますぅ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
三日目。
《グラビトンブレス》
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
最難関ダンジョン『魔神の行く末』その最奥。そこで構えるこのゲーム最強のボス『魔神』。ちょっとは名前考えろよと思ったけどまあその辺のやる気のなさとは裏腹に敵の攻撃はクソゲーを通り越していた。
「何だよ!折角開幕5分の1の運ゲーを20人全員で乗り切ったと思ったら、次は広範囲束縛技に回復無効空間!?」
「我のアイデンティティとクラウド氏の補助が全くの無意味と化しましたな」
「ははは!無鉄砲に殴れば動きを止められ、後ろからのサポートは絶対に許さない。かと言って繊細な動きを突き詰めようとすれば来るのはタイムアップ。外科手術ですらもう少しは猶予がありますな!」
「外科手術って、人の命とゲームをごっちゃに考えるのもどうかと思いますよ」
「いやいや。私のような年寄りにもなってくると人の命は経験で治せますが、ゲームはそうもいかなくなってくるもんです。指先の器用さには自信があるのですが、キーボードを叩くのは慣れないですな」
「ちょっと待たれよ。ドクターY氏ガチ医者ぞ?」
「ええそうですが」
速報。ギルドメンバーの一人がガチ凄い人だった。
「ちょっと待って!医者がモンク!?なんでこんな残念オタクがヒーラーやってて医者がモンクやってんですか!逆でしょ!」
「人の命を助けることに人生をかけて早30年。そろそろ人を治すばっかりは飽きるなと思って壊す側の人間になろうと」
「「 怖ぇよ! 」」
あまりのサイコパス発言に二人の声が奇跡のシンクロを遂げる。
「医者がモンクやってるのもあれですけど、その動機が大分危険ですよ!30年……30年で魔がさしてついやっちゃったなんてこと無いですよね!?」
「いえいえとんでもない。流石に公私の切り替えは出来ています。まあたまに『あ、この臓器綺麗だな。いくらだろう』と思うことはありますが」
「別の"私"が混ざってない!?え、やってないよね!?やってないよね!?」
「ちょっと待たれよ。ドクターY氏、もしや米村総合病院の医院長ではないか?」
「院長!?」
「そうですが」
「そうなの!?ってかオタク何で分かった!?」
「いえ、ただの直感ですぞ。前に大学の講義に特別講師として招かれた御仁と声、話し方が一緒だなと思った次第で。あと医者という話とドクターXみたいにつけたドクターYのYで点と点が繋がっただけですな」
「コミュニティ狭いな」
「ほう、そういう君は喋り方が特徴的だった三木くんかな?」
「覚えてくれてましたかドクターY氏!いえ、米村先生!」
何で昨日の話ここで繋がるんだよ……。
「勉強にバイトにゲーム。実に充実していていい目をしている。その調子で頑張りなさい。生き方は人生の彩りだ。たくさん学び、たくさん世界を知り、そしていつか次の世界を作りなさい」
「はい!先生!」
何でこの高学歴組、ちょいちょい良い話風なこと言い出すんだろう。ってかゲームの中でリアルの話をしないでくれ。私が置いてかれてる。
「そして何より大切なこと!……腰は大事にしなさい」
「医者の不養生!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
四日目。
《サービス終了が決まったのにも関わらず、貴重な時間を注ぎゲームをプレイして頂き誠にありがとうございます。本日、ユーザーの皆様からの要望を受け、『魔神の行く末』におけるボスの行動パターンを変更させて頂きました。引き続きゲームをお楽しみください》
挨拶の部分に書いてる人の人格が出てきてるような気がするが、もう終わってしまうゲームだから無敵になってるのだろう。さてさてーー
「で、変更内容というのは?」
「HPが1.5倍になっていたですぞ。オマケにタンク職にすればギリギリ受かっていた攻撃が軒並み強化されてもうどのジョブでも攻撃を受けることが許されなくなりましたなぁ」
「クリアさせる気ないねこれ。運営に弄ばれてる気分だよ」
「まあ、終わるまで一ヶ月切ったからもうやりたい放題なんでしょ。なんかうちのギルドメンバーも終わるからってリアル情報勝手に暴露してくし」
「む、ならばわた俺の情報もバラした方がいいのか?」
「ギルさんギルさん。普通バラさないんですよ。高学歴二名がなんかノリでそうなっちゃっただけで、インターネットってのはリアル情報を欠片でも公開しちゃ怖ーい目に遭うこともあるんですよ」
「そうなのか」
「そうなんですよ~」
付き合いはかなり短いが、ギルガメッシュことこのギルさん。オンラインゲームは愚か、インターネットすら初心者の疑惑がある。この令和の時代、インターネットと関わりを持たず大人になるなんて余っ程の家庭じゃないと有り得ないが、今こんな話をした手前聞くのはやめておこうと思う。
「インターネットという所は怖い場所なのだな」
「あ、この人プロフィールに柔道東京オリンピック銅メダリストって書いてあるよ~」
「秒でバレてる!」
しかもプロフィールとかいういつでも見れる場所に……!
「な、なぜだ!なぜ貴様が私のプロフィールを見れている!?」
「おやおやギルガメッシュ氏。ゲーム内で設定したプロフィールは非公開に設定しておかないと誰でも見れるのですぞー。加入申請が来た時に一通り見て我はとっくに知ってましたぞー」
「いやしかし、ただの銅メダリストなら絞りこめるだけで特定は出来まい!」
「東京の柔道女子で銅メダル日本人って1人だけじゃなかった?」
※この作品は、実在する団体、人物とは一切関係ございません。
私はテレビもネットのニュースも見なかったから知らなかったけど、そんな簡単に特定出来るような人だったんだな、この人。ってかうちのメンバーもうこれで五分の三有名人なんだけど何だこれ?
「で、恐らく人生の大半を柔道に捧げてきた大和なでしこギルさんはなぜこんなクソゲーを?」
「普段人と格闘してばっかりだから、たまには勇敢な騎士になりたいなと思った次第だ」
「「「 カッコイイ! 」」」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
五日目。
『Hey Guys!本日は皆様に素敵なお知らせがございます。なんとこの度ナイスガイからの要望を受け、『魔神の行く末』特攻武器の販売を開始しました!』
魔神切り:1万円(リアルマネー価格)
「ふざけんのも大概にしろよ!なんでサ終決まったゲームが最後の最後に悪足掻きで稼ごうとしてんだよ!潔く終われよ!」
「ちなみに課金アイテムで未消費分があったとしても返金はしないらしいですぞ。それどころか運営元の経営が傾いてるという噂があってスタジオが畳まれるのではないかとネットでは阿鼻叫喚の嵐ですぞ」
「で、なんでミカンさんちゃっかり課金アイテム買ってるんですか」
「ふっ。ここまで来たら負けられぬ戦いですぞ。例え泥水をすすり、汚い靴をなめ、目の前にぶら下げられたそれが罠だとしても、勝つためならどこまでも生き汚くなってやるもんですぞ」
「頼むから東大生、こんな無駄なことに時間と金使わないで日本のために勉強してくれよ。社会の塵を観察しに来なくていいんだよ」
「何を言うでござるか。誰しもが社会の塵ですぞ。そんな塵が大量に集まり大きな山を作る。そう、我々は巨大な塵山を形成し次の者がより高くを望めるよう日々を生きていくんですぞ。無駄だと思えた今日は誰かの明日になると信じて」
クソ、東大生だから無駄に深いことばっか言ってくる!
「でもそう言いながら今あなたまた新しく課金してましたね!?ボイチャから小さく『ペイ!』って音聞こえましたよ!よりにもよってQR決済ですか!」
「東大生はまだ社会的信用が無いでござる。故にクレカは作れないのですぞ。さぁ!無駄話はこれくらいにして今日もあの魔境へと挑みますぞ!」
カンカン!キン!ドガーン!(超簡略化された戦闘音)
「何の役にも立たねぇじゃねぇですか!」
ダンジョン挑戦後削れた体力は僅か二十分の一。いや、三十分の一くらいか?前より悪化してる気がする。
「うーむ、特攻商売だからこれで勝つると思ったのに……あ!」
今嫌なタイプの「あ!」が聞こえた。
「この武器、よく見ると特攻の効果は体力を半分以下に削ってからじゃないと発動しないと書かれてますぞ」
「「 …… 」」
読もう!説明文!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
七日目。
日が過ぎるのは早いもので、サ終宣告から気付けば一週間が過ぎた今日この日。
「この特攻武器というものだが、買ってみたのはいいものの一切効いている気がしない。誰か、原因が分かる者はいるか?」
「銅メダリストぉぉぉぉ!!」
以下、昨日の出来事説明のため省略。
「つまり、私は詐欺に遭ったと言うのか……」
「えー、まぁ、平たく言うとそんな感じですね。まさか買ってるバゴホッゴホッ!情弱がここにいるとは思いませんでしたよ」
「クラウドさん、それバカって言った方がまだ優しい言い方じゃなかった?」
「ダメですよイマジンさん。この中身お嬢様ファイターはネットの深淵で使われるタイプの言葉には疎いんです。バカの方が単純に効いちゃうから言っちゃダメですよ」
「全部聞こえてるぞ。二人とも中々酷い物言いだな!?」
「いやだって、こんな詐欺商品に真っ先に引っかかるとか、ギルさん将来家に訪問販売が来たとかメッセージにアマ○ンの宅配に伺ったけど居なかったとかいうのに絶対引っかかるから今のうちに勉強しといた方がいいですよ。いやこれバカにしてるわけでもなんでもなくて、ギルさん天然さと優しさが極振りされてる人だから確実に騙されるタイプの人間です」
「そうなのか。じゃあ、今まで届いていた件のメッセージは全部嘘だったのか。今日も丁度宅配に伺ったというメッセージと共に青色に光る文字があったから……」
「押したのか!?まさかそれ!押したのか!?」
「……押したぞ。そうしたら何やら色々入力するところがあってな」
悲報。時既に遅かった。
「……めよう」
「ん?」
「始めよう!インターネット教室!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
八日目。
「つまりですな、この令和の時代。わざわざ他人の家に足を運んで詐欺商品を売り付けるのは時代遅れもいいところですぞ。時代は大SNS時代。俺の財宝か?欲しけりゃくれてやるぜ……。探してみろこの世の全てをそこに置いてきた。と言われワンピース求め海へ飛び出した時代は完全フィクションのものとなり、財宝の代わりに個人の情報をネットという海をサーフィンして掻き集める時代。どんなに隠し通そうとしたところでネットの海賊たちはありとあらゆる手段でその情報《たから》を狙ってくるですぞ」
「教授、素人質問で恐縮なのだが、なぜそうまでして個人情報を集めたがるのだ?」
「良い質問ですな。今の時代カモと呼ばれる騙しやすそうな人物の選定にはとにかく数を打って当てていく戦法に切り替わってるんですぞ。騙せない奴は最初の一発を的確に避けるから相手をする意味が無いですぞ。しかし、一発目が当たった相手は別ですぞ。そいつからありとあらゆる個人情報を抜き、その情報を元に揺すりをかけたり周りの人間関係を芋づる式に掘り起こしたりとであくどい商売の卵にするんですぞ。一度目が当たる奴は二度目も当たるですぞ」
長文すぎて半分以上聞き流したけど、このオタク東大生なだけあってちゃんと分かる説明するな。東大生なんだからもうちょっと要点まとめて話してほしいけど。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
九日目。
「えーじゃあ、この間ギルさんが引っかかった宅配業者を装った詐欺について解説しましょう。この配達に伺ったけどうんたらこうたらで後ろに青色の文字がついているやつ。これまず基本情報としてURLと言います。これ押すとそのサイトに飛ばされます」
「教授。素人質問で恐縮なのだがーー」
「やめろその言い方!怖いんですよ!」
「そうなのか。では質問なのだが、そのサイトというのは何だ?」
「マジか……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十日目。
「昨今詐欺というものも多様化している。かつてオレオレ詐欺と呼ばれたものは母さん助けて詐欺や親心利用詐欺と言われ、最終的にその他と統括して偽電話詐欺と呼ばれるようになった。そんな時代が複雑に広がる中、昔からある詐欺商品として有名なものがある。分かるかい?」
「全く分からないな」
「良いカモしてますねこの人。予備知識すら無いですよ」
「だね。まあこれはあくまで一例なのだが、ウォーターサーバーという、最早典型的とまでなったものがある」
「それならこの間契約したところだが、まさか詐欺だったのか!?人当たりの良さそうな人だったからそんなわけないと思ったのだが……」
「「 …… 」」
この人そのうち投資詐欺に遭いそうだな。いやもう遭ってるかもしれないけど。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十一日目。
「この時の患者は苦労した。何せあちこちに癌が転移していてもう助かる見込みが無かったからな。しかし、私、失敗しないので意地とプライドで成功させました。その人はそれから二十年ほど生きて天寿を全うしましたよ」
「意地とプライド凄いな!いや違う!今やってるのインターネット教室!誰も凄腕の医者の成功体験なんて聞こうとしてないから!」
「教授!素人質問で恐縮なのだが、なぜその後二十年生きたと分かるのだ?」
「なぜって、私が二十代後半初めて主治医として担当した患者だからですな」
「院長すげぇぇぇぇ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十二日目。
「いくらか研究して分かったことがあるでござる」
「ほう」
「どうもボスの初回行動ですが、あれ各プレイヤー毎にランダムではなく全員に同じ属性で100%ダメージを与えてくる仕様であることが判明したですぞ」
「つまり全員耐性を同じにして行けば五分の一の確率で二十人全員死ぬか生きるかに持っていけると」
「そうですぞ」
「ミカンさん、いつログインしてもいるけど、一日何時間遊んでるの」
「大学生の夏休みは暇ですぞ。一日36時間張り付くことも容易ですぞ」
「一日の限界超えてる!勉強しろ東大生!」
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十三日目。
「クラウドさん。もし良かったら8月31日空いてるかな?夏祭りにでもどうかなって思ってるんだけど」
「……イマジンさん。私とあなた、リアルでの接点は無いはずなんですけどなんで近場に住んでる前提の誘い方するんですか」
「なぜって、クラウドさん水咲《みずさき》中の生徒でしょ?」
「……」
「沈黙は肯定の意だよ」
「なんで分かったんですか!?怖い!単純に怖いんですけど!」
「いや、うちの妹が学校に全然来ない不登校仲間がいるって言っててね。いやまあそうだったらいいなって思ってカマかけてみただけなんだけど」
「……」
絶対他にも理由がある気がするし、そもそも私に不登校仲間なんていないけどーー不登校は事実ーーこれ以上聞くのは怖いからやめといた。
「で、どうかな。もし本当だったらうちの妹と一緒に横浜の花火大会に行かない?」
「……とりあえず考えときます。行けたら行きます」
「それ行かない人の言い方だね。まあいいよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十四日目。
流石に毎日ゲームしてるのもどうかと思ったので、今日は久しぶりの外出。外に一歩目を踏み出し、三十秒後デスクに戻る。
「外暑いんだけど」
「日本の夏はどんどん長く暑くなっておりますからな。いやはや、この間軽く散歩していたら次の瞬間には真っ白な天井でした」
「医者ー!あなた診る側の人間!何診られる側に回ってるんですか!」
「本当。腰だけじゃなく熱にも気を付けようと思いましたな」
「全く困ったものだ。暑いからという理由で最近では夏に試合をすることも合宿をすることも無くなってきている。肉体をいくら鍛えても暑さはダメだ」
「へー、やっぱりスポーツ選手でも暑いのダメなんだ」
「元々人間という生き物が自分の体温より3℃高い場所になると活動困難になるという研究結果が出てますからな。特に日本は高温多湿。湿度が高い環境というのは乾燥している場所より耐えられる温度が低くなります」
「この人医者だからめっちゃタメになる話してくれる!でもモンクやってるのやっぱり怖ぇ!」
「……そういえば、ミカンさんがまだ入ってきていないな。いつもなら私が入る頃にはとっくにいるのだが」
「そう言えば見かけないですね。何か昼間の予定があったら聞いてもないのにメッセ送ってくるのに……」
この時、頭の中に高速で色んなワードが駆け巡った。
外暑い。真っ白な天井。日本は多湿だから耐えられる気温が低め。そして今日の都心外気温、34℃で湿度80%。
「オタクぅぅ!!!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十五日目。
「いやはや死ぬかと思ったですぞ。一面に綺麗なお花畑が見えましたぞ」
「何で熱中症で倒れてその翌日には平気でゲーム出来てるんだよ!不死身か!」
オタク口調東大生、無事生存。倒れた翌日くらいゆっくり休養しろと言ってみたが、どうも彼にはゲームしてる方が休みになるらしい。そんなんで一徹二徹してるから体力落ちて熱中症になるんじゃね?とこの話を聞いた誰もがそう感じるであろう。実際そうだろうと思ってる。
「いやしかし、本当に冗談では済まされない事態になってましたな。ギルガメッシュくんが見つけ出さなければ今頃どうなっていたことか」
これも結構意外な話だったのだが、最終的にぶっ倒れていたのを発見したのはギルさんだった。
熱中症で倒れた疑惑が出たすぐ後、誰も住所知らないしそもそも家にいるかどうかすらも分からない状況で、天才外科医による素晴らしい推理が展開された。まず始めに大学へ連絡し、本人が来ていないことを確認。しかしその日来る予定があったことを聞き出し最寄り駅から大学までのエリアに絞ることへ成功。その後、もし病院に運ばれていないのだとしたら人目につきにくい場所を移動中に倒れたのではないかと推察が立てられ、絞り込まれた路地を院長とたまたま近所に住んでいたギルさんで捜索。無事発見の流れとなる。
「あの暑い中を飲水無しで歩くとは自殺行為だぞ!いくら日陰でもこの炎天下の中、水分はとてつもない速さで失われるのだからな!」
「いや、我も途中の自販機で買おうとしたですぞ。しかし、たまたま財布の持ち合わせがなく、電子マネーの方は残高が二桁に突入してたですぞ」
「それこの間無駄課金したせいでしょ!あの課金無かったらまだ一万くらい残ってたはずじゃねーですか!」
課金してお金無くなって死にましたとか、一番やりたくない死に方である。何かあった時のために常に5千円くらいはスマホに入れとこうと決意した私であった(そもそも出る予定が無い)。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十六日目。
《チャオ!ユーザーの諸君!ねぇねぇ最難関ダンジョン実装されたのに未だクリア出来なくてどんな気持ち?ねぇねぇ今どんな気持ち?おめぇらじゃ絶対クリア出来ねぇように設計してっからな!明らかな罠なのに課金アイテムまで買ったおバカさんも数名いるってな!ウケる。まあでもそれ、ちゃんと効くよう設計してあるから詐欺にはなんねぇんだよな。世の中なんでも人の話を最後まで聞かねぇやつが損していく。早押しクイズだって出し抜こうとして最初の五文字くらいで押すやつは大抵正解せずもっと聞いてればちゃんと答えられた問題を落とすだろ?悔しかったら頑張って体力半分まで削ってみな!まあこんなクソゲーの悪い部分全部乗せのクソボスを半分まで削れるやつがいるとは思わねぇけど!あ、そうそう。今日は特に用もねぇんだがな、上司がうるさくてよー!ちょっとくらいヒント載せろって。そんなことしたって勝てるわけねぇのにバカだよなぁ?あ、今の内緒な。まあどうせもうやめる会社の終わるゲームだから何書いても大丈夫なんだけどよ、それでーー》
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十七日目。
「昨日の怪文書何だったんだろうな」
「人が折角ツッコんじゃいけないと思って飛ばしたのに、何触れようとしてるんですか」
「いや、やっぱり無敵の人っていうのはああいうのを言うんだろうなって思って。で、うちのギルドで唯一まともに攻略しようとしてるミカンさん。現状は?」
「運営の煽りに火をつけられて参加ユーザーは増えてますぞ。まあ誰一人として体力半分まで削れてないからこの一万装備も未だ木の棒同然の価値しかないですがな」
「なんかもうここまで来るとちゃんと倒して終わりたいですよね」
「しかし、相当やり込んでいるはずのオタクが精鋭二十人結成して挑んでも無理なのだろう?そもそもこれ、勝てるように設計されてるのか?」
「昨日の怪文書にも書いてあった通り、勝てるよう設計はされてないですぞ。クソギミックの連発がキツイのはもちろんでござるが、単純に敵の攻撃がワンパン即死ラインに設定されてて超キツイですぞ。その上攻撃の後隙に別の攻撃を挟んでくるせいでターン制バトルにすらさせてもらえないですぞ」
私も何回か挑んでみたけど、あれはゲームじゃなかった。ゲームだったら普通どんなに強い敵でも、この攻撃の後にはこれだけの反撃を入れることが出来るって感じで明確なオンとオフが存在する。特にアクションゲームなんだから尚更やり込んでいけばオンオフのタイミングは見つかってくるはずだ。しかしこのクソゲー、そんな常識はここに無い。オフのタイミングなんて存在しないから一生喰らったら即死の攻撃を避け続けるだけなのだ。
「今までこのタイプのクソゲーは飽きるほどやって来たでござるが、ここまで酷いのも中々見なかったですぞ。そもそもこれデバッグもまともにしてないですぞ」
「教授、素人質問で恐縮なのだが、デバッグとは何だろうか」
「不具合が無いかどうかのテストプレイですよ。準備体操みたいなものです」
「なるほど。つまり、準備体操をしていないのなら、思わぬところで壊してしまう箇所があるのではないか?」
要するにバグってことね。
「へい東大生!そこんとこどうなんですか!」
「今有志で必死に死にゲーを繰り返しながら試してるところですぞ。ちなみに成果はゼロですぞ」
「だそうです」
クソゲーなのにバグが無いなんて珍しい。突貫工事みたいに出した強敵なら何かしらあるもんだろうにね。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十八日目。
「見つかったですぞォォォォ!」
その日はダンジョン帰りのオタク東大生による、脳が割れるほどの叫びで始まった。
「何が見つかったのかね、ミスターミカン」
「バグですぞ!」
「見つかったの!?」
「見つかったのか!?」
「見つかったんだな!?」
「このゲーム、毒付与というステータス異常があるのは知ってますかな?」
毒か……。大概のボスに効かないし、効いてもダメージ少ないから誰も採用しなかったんだよね。毒が強いゲームなんて稀だから気にも留めなかったけど。
「なんとこのゲームの敵、完全耐性を持たれていても8192分の1の確率で通ることがあることが判明したですぞ!」
「確率ひっく!」
「そして毒を通してしまえば後は逃げ続けるだけ!一度通った毒は永続的にダメージを与え続けるからこれで勝てますぞ!」
「ちなみにそれ、何時間かかる想定なんだい?」
「計算したところ、リアル時間一ヶ月くらい与え続ければ倒せる想定ですぞ」
「「「 …… 」」」
やめるか、このゲーム。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十九日目。
《ユーザーの皆さーー》
プツンとお知らせの中身なぞ確認せずウィンドウを閉じる。どうせ今回もくだらないことが書いてあるのだ。読むだけ時間の無駄というものだろう。え?こんなクソゲーに時間を費やしてる時点で全部無駄じゃないかって?
……ぐぅ。
「……新しいバグが見つかったですぞ」
「バグよりチート使った方がもう早いんじゃないですか」
※チート=ここではゲームを改造し遊ぶことを指す。
「それは流石にルール外だからダメですぞ。やるなら最後の手段ですぞ。まあそれはさておき、見つかったバグというのは、このラスボス戦を根底から覆すとんでもないものですぞ」
毒が通用するってのも割と地がひっくり返ったけどな。リアル一ヶ月は割に合わなさすぎたけど。
「このゲーム、一度何らかの理由でゲームが強制終了した後、一分以内であればもう一度同じパーティが挑んでいるところに加入出来るのは知ってるでござるか?」
「あー、うん。ギルさんがしょっちゅうパソコンいじっておかしくしてるから起きますよね」
「流石にもうやってないぞ。電子機器が繊細な物であるという事はよく学ばせてもらったからな」
その調子でインターネットリテラシーも完璧なものにしてもらいたい。
「で、それがどうしたというのか?ミスターミカン」
「問題はその再加入時における挙動にあるですぞ。再加入する時に別のパーティからの加入申請を受けるとウィンドウが重なるですぞ。その時ボタン連打してると両方の加入申請を承諾することになるですぞ」
「「「 つまり? 」」」
「自分は最初に挑んでいた方のボスに挑んでいる状態になりつつ、実際に入っているダンジョンは別のパーティから申請がかかった方になるですぞ」
……よ、よく分からんがなんか凄いことしてるってのは分かる。
「この時重要なのが、自分はあくまで最初に突入していたダンジョンで戦っていることになっているということですぞ」
「それがどうなるって言うんですか」
「簡単に結論を言うと、別のダンジョンで与えたダメージが今"いることになっている"ダンジョンの敵にダメージを与えていることになっているですぞ」
……
……
……
「あれもしかしてなんかめちゃくちゃ凄いこと言ってる!?」
「凄いなんてもんじゃないですぞ!この時プレイヤーは別のダンジョンで戦っているわけござるから、あの当たったら即死のクソゲーをやらず楽にダメージを与えることが出来るですぞ!」
「おお!」
「しかし、これには欠点があるですぞ」
「お、おお……?」
「別ダンジョンで与えられるダメージには当然限りがあるですぞ。そのダンジョンのボスを倒してしまえばもうそれ以上は与えることが不可能ですぞ。そして計算したところ、挑める最大人数の二十人が現状最多体力のダンジョンに潜ってそれぞれダメージを与えたとしても、ラスボスの体力は残り二割ほど残る計算ですぞ」
それ中国人の一割が知ってるみたいなスケールでの話されてるな。じゃあもう無理じゃん。
「結局のところどんなに頑張っても二割は絶対に自力で削らなければならないということか」
「それも全員がその方法で削った場合の話だからね。実際やるなら1人残さないといけないし、そうなると削らなきゃいけない体力は更に増える。そしてあのラスボスとタイマンはらせるのも無理があるし、最低でも三人くらいはラスボスに残しておきたいところだね。だろう?ミカンさん」
「そうでござるイマジン氏。そこで我々このゴルピアを最後の日まで遊び尽くすと誓った同士は手を組むことにしたでござる」
「手を組む?」
「来たるサービス終了一日前の八月二十九日。二十ギルド想定参加人数百人越えのルール違反だとは言わせまいな?大規模レイドバトルを実施するでござる!」
「結局ルール外のやり方じゃねーですか!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十日目。ラスボス戦まで残り十日。
カタカタ……カタカタカタカタカタ……ガチャ!タターン!カタカタタタタタ……。
「なんで私達が最重要任務であるラスボス攻略隊を担うことになったんですかね」
「一万円する課金装備を買ったバカタレが二人いるからでござる」
「じゃあそのバカタレ二名だけ残してくださいよ。私達巻き込まれる必要ないじゃないですか」
「忘れたとは言わせないでござるぞクラウド氏。このゲームのレイド戦において、バフと回復は同じチームメンバーにしか効かないですぞ。バカタレ二名を支えられるのは我々自由が欲しいのメンバーだけですぞ」
……というわけで、私達は来るべき日に備えてラスボスの行動をひたすら避ける練習をしています。いくらインチキで体力削れるからって、結局耐えなきゃいけないことに変わりないからね。ってことで、もう心を無にする気持ちで避けるだけで精一杯の攻撃を最低一時間は耐えれるようにしようと修行中です。辛い。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十一日目。ラスボス戦まで残り九日。
「ドクターY殿。最近腰の調子が悪い気がするのだが、医者という目線から見て何が原因か分からないだろうか?」
「そうですな。そう言えばギルガメッシュさん。あなたここ最近ログイン時間が増えたように見受けられますが」
「ああ。大役を買わせてもらった分活躍しなければならないからな。丁度今は休暇中だし、ガッツリ腰を据えて練習している」
「……これ、本当ならばミカンくん辺りに言うべきことですがな、長時間座ってゲームをするのはやめなさい。確実に腰がやられます。起き上がるのが辛くなります。立ち続けられなくなります。長時間の手術を気合いだけで乗り越えなければならなくなります。腰は!腰は大事にしろぉぉぉぉぉ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十二日目。ラスボス戦まで残り八日。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……
「ねぇ、なんかさっきから誰かのキーボード叩く音がずっとうるさいんですけど」
「多分ミカンさんだね。今日も飽きずにずっと戦ってるらしいよ」
「あの人次は座りっぱが原因で倒れるんじゃないですかね」
「流石に食事、排泄、その他生理現象で立ち上がるだろう」
「バカ言っちゃダメですよ。ガチのオタクは机の上に飯置いて用はペットボトルで済ませてっていうバカタレもいるんですからね。ミカンさんは確実にそっちのタイプですよ」
「「 …… 」」
「……ところで、何か静かになったと思わない?」
「ミカンさん!ミカンさん!生きてたら返事して!オタクぅぅぅぅぅぅ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十三日目。ラスボス戦まで残り七日。
「いやぁ、死ぬかと思ったですぞ」
「何で入院してないんですかこの人!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十四日目。ラスボス戦まで残り六日。
本日は決戦に備えた予行練習。五パーティほどが集まり、実戦での動きを簡易的に行ってみる。
「よし!では皆の者!行くですぞ!突撃でござるぅぅぅぅ!!」
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
「なんか見たことないログ並んでる!」
「本番はここからですぞ!」
"○○が復帰しました"
"○○が復帰しました"
"○○が復帰しました"
"○○が復帰しました"
"○○が復帰しました"
「うわぁぁぁ!!でも人がいないぃ!」
「まだ驚くには早いですぞ!」
こうしてる間にも私達は必死に敵の攻撃を避け続ける。誰も攻撃しない。否、出来ない状況で、理由は分かっているけどもなぜか敵の体力が凄まじい勢いで減り出す。
「五パーティ程度の参加人数でも十分すぎる削りですぞ!」
「でもやっぱ半分には届かないんですね」
「これで届いたら理論上避けてるだけで勝てるっていう話になるからね」
「そうですぞ。やはり、半分を切ってからの体力は一万装備組で削っていくですぞ!その為にも、今日は半分を切ってからの動きを徹底的に研究するですぞ!」
「あ、ごめん。攻撃当たった」
ーー ゲームオーバー ーー
このカタカナでGAMEOVERを表現されるのも微妙にダサいんですよこのゲーム。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十五日目。ラスボス戦まで残り五日。
「で、結局半分以下からの攻略法は掴めたんですか?」
「ふっふっふっ。もちろん徹夜とこんなクソゲーに熱意を持った同士達により、ある程度のパターンは掴めたですぞ!前半の避けゲーに比べたらまだ戦えるですぞ!」
「おお!じゃあ何とかなるんですね!」
「そうでござる!……そうでござる……」
「「「 …… 」」」
空気が少しだけ重たい。活路が開いたラスボス戦。もうあとは最後の戦いだけだとなるこの状況で、なぜみんなの口が重たいのか。
「……ギルさん、今日から柔道教室の講師に呼ばれたんですってね」
「とんでもないタイミングですな」
「戦力大幅ダウンって所かな。結構笑えない状況だねぇ」
「大変なことになったですぞ」
どうするラスボス戦!?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十六日目。ラスボス戦まで残り四日。
「……」
ゴルピアの課金アイテムショップを眺めること小一時間。ギルさんが抜けた穴を埋めるため、課金すべきかどうかを情けなく悩んでしまっている。
買いたくねぇ……。もう残り五日で終わるゲームに一円も払いたくねぇ。でもラスボス倒すところは見てみたいし……
サ終が決まってすぐくらいの時にこんなの買うのは情弱バカと言ってしまった手前、こんなの買うのはプライドが許さないのである。
「でも二人はいないと削りが厳しいってオタク言ってたしなぁ」
ギルド内に突如として発生した無言の圧力。誰がその穴を埋めるのか。直接責任のなすり付けあいなんて起きなかったけど、自分以外の誰かが買えというオーラを皆が無言で発していた。
「でもこんなの買ったら負けですよ……」
買うか、買わないか。
「第一一万円ってのが微妙どころか普通に高いんですよ。今時のインフレした大手のタイトルでも、ギリギリ税抜きで一本ゲームが買える値段を、ただの特攻装備ごときに払いたくねぇんですよ。本当、課金って何でこんなに無駄に高いんですかね。そんなお金あったらもっと有意義な使い方があるしうんたらかんたら」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十七日目。ラスボス戦まで残り三日。
「買いました」
「買ったよー」
「じゃあ私も買うよ!畜生!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十八日目。ラスボス戦まで残り二日。
「劇的に効率が変わったでござるな」
「そりゃ、バカタレ課金装備四人も集まれば変わりますよ。……はぁ」
後悔してるかどうかと問われれば、してる!とハッキリ答える。確かに、ラスボスへのダメージ量は凄まじく向上した。これなら本当にやり切れるかもってくらい。しかし、なんだろう。この晴れない気持ちは。課金したことへの後悔ってのは、その結果に関わらずずっしりと胸に来るものがある。例えピックアップされてる最高レアを当てたとしても、例え今までクリア出来なかったダンジョンをクリア出来たとしても、なぜかずっと敗北感が後をつけてくるのだ。
しかし、もうここまで来てしまったんだ。後は突っ切るだけだろう。何だかんだとあったサ終前一ヶ月の日々も、あともうちょっとで終わる。夏が過ぎ去ってしまう前に、ひと夏の花火を咲かせに行こう。まあここ最近夏長すぎだけども。
しかし翌日、思わぬ悲劇がユーザー達を襲う!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十九日目。ラスボス戦まで残り一日。
《親愛なるバカ共へ。イエーイ!なんかバグを使ってラスボスを攻略しようとしてるらしいね!?まさかそんなバグがあると思わなかったよ!ハハハ!あ、今ちょっと不安感じちゃった?大丈夫大丈夫。もう終わる直前のゲームでそんなめんどくさいバグ修正とかしないし出来ないから!でもこのまま倒されちゃうと悔しいから、ラスボスのステータスを変えておいたよ!じゃ、アディオス!》
「……」
その日、ユーザーは思い出した。自分たちがこの運営の手のひらの上にあるということを、これみよがしに泳がされていたことを。クソゲーに囚われていた己のバカ度合いを。
「……まさか、体力が十倍に設定されるとは、癌の転移より恐ろしい事態になりましたな」
「一周まわって乾いた笑いすら出ないね……」
「我は自分のことをバカだと自負していたですぞ。しかし、ここまで滑稽にされたのは初めてですぞ」
「……」
運営の奇行。もう為す術が無い。このまま挑んだところで、十倍にまで増えてしまったんじゃ例の作戦で半分以下まで持っていけない。
今、私の中にあるこの感情はなんだろうか。運営にバカにされた屈辱?やってきた事全てが無駄になった消失感?否違う。
「私の渋沢栄一返せぇぇぇぇ!!」
課金への後悔だ。
だーから課金する時は慎重になれとあれほど自分に言い聞かせたのに、勢いに任せてやっちゃうから。
「何だか暗い空気が溜まっているな」
「お、お主は!」
「ただいま諸君。小学生相手の指導は中々骨の折れるものだった。しかし今日、ここに俺は帰って来たぞ!」
「あのすみません。今更ギルさん帰ってきたところでもうどうしようもないんですよ」
「……いや、どうしようもないことはないですぞ!」
「はい?」
「ついさっき同士のN氏から連絡があったですぞ!」
「誰!?」
「巨大ギルド自由の翼のリーダーですぞ!」
このゲーム、巨大ギルドとかいう概念あったんだ。っていうか、どことなく棒巨人と戦う少年漫画を連想してしまうのはなぜだろう。
「最初の頃に毒がバグで効くという話をしたのは覚えてるでござるか?」
「現実的じゃないって話だったね」
「そうですぞ。毒は現実的ではないでござる。しかし、割合魔法ならどうですぞ?」
「「「 ……? 」」」
「このゲームの割合魔法、今までずっとただの攻撃魔法と思われていたでござるが、なんと状態異常判定だったことが判明したですぞ!ついさっき!」
「……でもそれって、結局何千分の一っていう確率の壁を超えなきゃなんでしょ?」
「そこで切断バグですぞ。別のダンジョンに行って与えたダメージは共有される。それは状態異常によるダメージも同様ですぞ!毒は固定ダメージ、しかし割合魔法はその敵の現在体力を基に算出されるダメージですぞ!これを使えば、各プレイヤーが適当な敵に最大威力の20%グラビティを当てればラスボスの体力をガンガン削れるですぞ!理論値はこれから計算するでござるが、半分は確実に削れるですぞ!」
「ちょっとオタク早口すぎる!誰か結論だけ言って!」
「要するに我々はまだ負けていないということですな」
「この個性も特徴も何も無い平凡なギルドで出会った五人。最後の決戦にて、勝つですぞ!」
「いや結構個性だらけだったよ!特にこの一ヶ月!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
三十日目。ラスボス戦当日。
「決戦の時が、来たですぞ」
サ終するゲームだろうが、金は惜しまない残念東大生ロリツインテアバター。治癒術師《ヒーラー》から改め侍《サムライ》、ミカン。
「長いようで短かったこのゲーム。名残惜しいですが、最後の時にしましょうな」
激しい腰痛持ちだがその腕は神の手と呼ぶに相応しい。無精髭兜のイケおじアバター。医者だが格闘者《モンク》、ドクターY。
「俺はこのゲームでみんなと出会えたことに感謝している。自分の知らない世界を知った。例え世間の評判が最低だとしても、俺はこのゲームが好きだ。だから、引導を渡す!」
たった一ヶ月でそのキャラは一人称を除き崩れ落ち、ただのネット音痴であることが判明した五輪柔道銅メダリストお嬢様アバター。剣士《ナイト》、ギルガメッシュ。
「勝ちたいね。ここまで来たんだ。勝って終わりにしよう。あ、クラウドさん例の件考えた?」
結局こいつだけ素性が分からなかった長身イケメンハーフエルフアバター。狩猟者《ハンター》、イマジン。
「その話終わってからでいいですか」
そう言えば私もここの面子には何の素性も明かさなかった気がする。まあ明かすつもりなんて毛頭無いし、知れば微妙な空気になるから絶対言わない。和風メイド服ヒロインアバター。魔導士《ウィザード》、名前は例の世界に名を轟かせたRPGゲームから取ってきましたクラウド。
以上五名。サ終まで残り二十四時間を切ったこの日、決戦の地に降り立つ!
「改めて見ると何だこのクソダサアベンジャーズ。ちいかわの方がまだ戦えるぞ」
不安しかないが、ここにいる五人はこの日のために渋沢栄一を捧げてきた愛すべきバカタレ共だ。泣いても笑っても今日、ラスボスの先にあるエンディングを見る!
「では同士諸君!突撃ですぞー!!」
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
「うわぁ!予行演習の時より多いぃ!!」
この後は「○○が復帰しました」が同じ数だけ並ぶので以下省略。
「まずは全員死に物狂いで逃げるですぞぉぉぉ!!」
いつもより気合いの入るミカンの声を合図に、全員が敵の攻撃範囲から必死に逃走を開始する。
決して広いとは言えないフィールド。予告が出てからの早すぎる攻撃。一部勘で避けなければならない攻撃もあるが、この一週間みっちりと頭に叩き込んできた。それに、グラビティ戦術なら行動パターンが切り替わる半分まで削るのは早い!
「もう少しで半分だよ!気を抜かないで!」
「……皆さん。一つ大変なお知らせが入って来ました」
「どうしたでござる!ドクターY氏!」
「急患です。私はこれから対応に向かいます」
「医者ぁぁぁぁ!」
始まって五分と経たないうちにまさかの緊急事態発生!うん、医者だもん。仕方ないよ。ゲームより命が大切だよ。だから私達は止めない。止めない……けど!
"ドクターYが戦闘不能になりました。ダンジョンから離脱します"
放置されたドクターYのアバターは、何の慈悲もなく攻撃を当てられやられてしまった。
「い、いやまだ大丈夫ですぞ!本来ならば二人いれば火力は足りる計算でしたぞ!ちょっとサポートが心許なくなるだけですぞ!」
「おい!気を取られるな!半分を切ったぞ!」
ここから行動パターンが変わる。予定と違い四人になってしまったけど、ミカンの言う通り戦えないわけじゃない。むしろバカタレアベンジャーズは四人いるから火力で押し切れる!
「で、ここから俺はどうすればいい!?」
「ギルガメッシュ氏!攻撃の頻度が落ちたからと言って止まってはいけないですぞ!今すぐ動くですぞ!」
「え!?」
"ギルガメッシュが戦闘不能になりました。ダンジョンから離脱します"
「「「 …… 」」」
そういやこの人直前に帰ってきたせいで、半分以下からの行動パターン知らなかったな。
「このダメンジャーズ、詰めが甘過ぎでは?」
「ま、まだ三人いるですぞ!」
こんな予想外のグダグダが発生してる間も、敵の体力は減り続けている。どこか別の場所で頑張ってくれている人達が必死に稼いでくれている。しかし、グラビティで削るという都合上、減りが段々と遅くなって来ている。
「やっぱりこの辺りが頭打ちなんだね。でも、今までで一番最高の状態だ!」
イマジンが先陣を切り、ダガーナイフで素早く定期的にダメージを与え、ミカンが刀でヒットアンドアウェイで攻撃を繰り出す。そこに私が魔法で強化をかけつつ後ろから隙あらばと攻撃を仕掛ける。
二人いなくなったけど、結局時間が少し伸びるってだけで全然戦えるじゃん!……と思っていた。
「……!」
残り体力5%程を切った瞬間、ラスボスの攻撃に一瞬の遅れが入った。この必死に戦い続ける中でその事に気付けたのはただの奇跡だったのだろう。同じく、ミカンもその事に気付いたようで、二人揃って同じ疑問符を浮かべる。
ーーだが、そこから行動に移せたのはミカンだけだった。私は気になりながらも攻撃を続け、まずその事に気付いていないイマジンも同じだった。
《ゼロ・グラビティ》
一瞬遅れた攻撃の後放たれたフィールド全域を覆う攻撃。グラビティという名前がついていながら、パッシブに付けた耐性を無視して体力が100%削れる。唯一付けていない闇属性に引っかかったのか?いや違う。こちらの現在体力の四倍くらいのダメージを喰らっている。
「四百パーセント割合!?」
勝負は一瞬にして決してしまった。ここまで積み上げてきたにも関わらず、最後は理不尽を極めた攻撃でゲームオーバー。しかも、こんな攻撃残された時間で対処法を見つけ出すなんて……
「まだ!終わっていないですぞ!」
「オタク?」
「初めにこの戦いはルール無用と定められたでござる。そして、我々はこのゲームを愛した全てのユーザーにエンディングを届け、かの傍若無人な運営に敗北を叩きつけるために戦っているでござる!」
見れば、なぜかミカンの体力だけが一ミリも減ることなく生存している。
「お、オタク!まさか!」
「どうせ終わるゲーム。ならば最後くらいプライドを捨ててやるですぞ!こんな事もあろうかと無敵チートを用意しておいたですぞ!ついでに攻撃力強化チートも付与させてもらうですぞ!」
「おいオタク!それはモラル的にダメ!」
「何を言うですぞ。我は初めにチートは最後の手段と言ったでござる。そしてここが、"最後"ですぞ」
あ、ダメだ。この人もう完全に自分の世界に入ってる……。
「向こうが無慈悲を叩きつけるなら、こちらは無用で跳ね返すまでですぞぉぉぉぉ!!」
やってる事はアレだが、無敵チートにより完成されたミカンは、たった一人で残りの体力をとんでもない速さで削っていく。今までの苦労は何だったのだと聞きたいが、あくまで最後の手段なのだ。それに、ここから再挑戦しようにもさっきの割合ダメージを耐える手段がパッと出てこない今、もう為す術はこれくらいしかない。
「行け!オタク!」
「やれ!オタク!」
「頑張れオタク!」
「誰一人我のユーザーネームで呼んでくれないでござる!しかし!勝つ!」
あと少し、あとほんのちょっと。もう少しでエンディングに手が届きかけたその瞬間!
《あれぇ?なんで体力1まで削れちゃったのかなぁ?おかしいなぁ?本当ならその前のグラビティで絶対死んじゃうはずだったのに。こんなの"チート"でも使わないと辿り着けないよねぇ?対策してないと思った?ざんねーん!対策済みでぇぇぇぇす!》
"ミカンの接続が切断されました"
「「「 …… 」」」
やめるか、このゲーム。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
三十一日目。最終日。
八月三十日。遂に来てしまった今日この日。
「振り返ってみればくだらない思い出ばかりでした」
「良い思い出とも言えるよ。ま、くだらないという意見には賛成だね」
ドクターYは急患の様子をまだ見なくてはならないからと今日はログインして来ていない。ギルガメッシュも指導した小学生達からバーベキューの誘いがあってそっちを優先したらしい。そしてミカンはアカウント停止を喰らったためそもそもログイン出来ない。何やってんだ東大生。
ということで、今日私達のギルドでサ終の瞬間を見届けているのは私とイマジンの二人だけ。何だか寂しいものだ。
「というか何か全体的に動きがもっさりしてる気がするんですけど気のせい?」
「サ終の瞬間を見届けようと、普段ログインしない人、ちょっと前にやめてしまった人、ただの冷やかしって感じで普段の数十倍近く人が集まってるからね。そりゃ、多少ゲームの動作も不安定になるよ」
サ終の瞬間というか、サ終まで二十四時間を切った瞬間、空が赤く染まり、あのラスボスが黒い輪郭を帯びた太陽に被さるようにして現れた。まさかの世界滅亡オチかい!と誰もが思ったものの、私達の作戦が失敗してしまったせいでこの世界は終わってしまうのだ。そういう設定にしとこう。初めから勝たせる気が無かったのは、この世界を終わらせるためなのだから、そういうことで納得しておこう。
「あ、ラスボスがエネルギー集め出した」
「いよいよって事だね。ところで最後に聞いときたいんだけど」
「……後で待ち合わせ場所連絡しときますから、今はちゃんと見届けましょう」
巨大なラスボスがこの世界に向けて真っ赤なビームを放って来る。その無駄に派手なエフェクトがバチバチと空を駆け巡り、それが影響してるのか余計にゲームの動作が重くなる。重力技を扱っていたラスボスらしく、ただの偶然だがそれっぽい世界の終焉が訪れる。
「さよなら、クソゲー」
街にビームが落ち、メラメラ?キラキラ?なんかよく分からん詰め込まれたエフェクトが大量に放出される。コマ送りかってくらい画面がカクカクと動く。
そしてーー
"エラーが発生しました。この表示が何度も出る場合は下記のカスタマーサポートまでご連絡ください"
「あ、サーバー落ちた」
……締まんない終わり方。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それから数時間後。
ところ変わり我が家の涼しい要塞から一転、メラメラとお日様煌めく横浜駅前。8月ももう終わりかけだってのにこの鍋で煮られてるような暑さは嫌になる。オタクが倒れたのも納得だ。
さてさて、なぜそんな出歩きたくない暑さの中私がこうして表に出たのか。まあ特に深い理由は無い。単純に人との待ち合わせである。
で、その待ち合わせの人物というのが……
「やぁやぁ、もしかしてだけど君がクラウドさんかな……」
「……わざとらし。わたした、僕達知り合いでしょ。先輩」
「あら、バレてたか」
「……」
待ち合わせ相手というのは他でもない。ゲームの中じゃイマジンを名乗り、今はチャラチャラした格好でまるでナンパのように話しかけてきた人物。本名雪解雨 雫《ゆきげあめ しずく》。私の一コ上の先輩である。あ、ちなみに私は十五歳。
「おかしいと思ったんですよ。ただゲームしてるだけで一切個人情報バラしてないのにそんな簡単に特定出来るわけないって。カマかけるにしてももうちょっと情報はいるでしょって。……既に知り合いなら声とか雰囲気で分かったんだろうなって納得しましたよ」
「そうだね。一匹狼を貫く割には寂しがり屋で、喋れば意外と元気なのに正面切っての人との付き合い方が分からない。それが俺たちだろ?」
「はぁ」
勝手に人のことを分かったような口きいて、これだからこの人の誘いは断りづらいんだ。ウザい癖に無駄に欲しい言葉をくれる。だから、この人が卒業してから私は学校に行かなくなった。辛いだけ、楽しくないだけの場所に、唯一心を許せた人までいなくなってしまったのだ。こんな情けない私を誰も責めないでほしい。私だってなれるなら普通になりたいのだから。
「にしても、君は変わってないようで安心したよ」
「先輩こそ。男装癖により磨きがかかったようで何よりです」
「あれ?嫌味に受け取られた?」
「分かってるなら言わないでください」
先の発言で述べたように、先輩はこんな形で女性なのである。と言っても、いわゆるそっち系の人間ではない。性自認はちゃんと女で、この男装と男っぽさを意識した喋り方は本人の趣味。そんでもって美形と来たもんだから、体の成長に合わせて大人っぽさも増されてる今、学校ではさぞモテていることだろう。
対して私の方はと言うと……
「……何ですか?ジロジロ見て」
「いや。相変わらず"美桜"は出会った時のように可愛いなと思って」
「今更褒めたって何も出て来ませんよ」
先輩が男装だと言うのなら、逆に私の方は女装と言うべきだろう。最も向こうと違い、こちらは本気。性自認は女で、格好も今言われた通り女の子らしい可愛さを意識したコーデで来ている。ついでに顔付きは女の子寄りの丸顔で、パッと見ただけなら100%の確率で人を騙せられる自信がある。それが私、『曙色 美桜《あけいろ みお》』の本当の姿。
あくまで私がやってる事はただの模倣に過ぎない。本物になることのない空虚な偽物。ちゃんとした女の子として産まれていたら、今のこの惨めな生き方も変わっていただろうかと何度も呪ったくらい。
「えーっと、じゃあ行こっか?」
「どこに?」
「酷いなぁ。夏祭り行こうって約束したじゃん」
「妹さん来てませんよ」
「夏風邪」
「……」
なーんか色々嘘つかれてる気がしなくもないけど、もうここまで来てしまったんだ。少し付き合ってサッと帰ろう。うんそうしよう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「で、何で服屋?」
これまた場面は急に変わり、ここは市内のどっかよく知らないショッピングセンターの中。冷房が効いてて心地よく、今いるフロアは人も少ないため結構快適だ。
「だって美桜、去年の夏とコーデ変わってないじゃん」
「別に一緒でいいでしょ。見せる相手のラインナップなんて先輩以外更新されてないんだから」
「相変わらずだね。学校、やっぱり行ってないのかい?」
「はぁ……。知ってるくせに聞く?普通」
「……」
この質問をしてきたのが先輩以外の人間であったのなら、私はとっくに帰り支度をし始めている頃だろう。いや、例え先輩であったとしてももうしていいくらい。今日は何となく虫の居所が悪い。
「ごめん。今のは俺の言葉選びが間違ってた」
「分かってるんならいいんですよ。あんまり僕を不機嫌にさせないでください」
私から滲み出る黒いオーラでも見たのだろうか。ニコニコとしていた先輩はちょっと困ったような面持ちでそう謝ってきた。
「何だか、今日は穏やかじゃないね」
「穏やかじゃないのはいつもの事ですよ。毎日毎日嫌なことばっか考えてくだらない娯楽の中に逃げ込んでる。こんなんじゃダメだって分かってるのにどうしたらいいか分かんないからまた嫌なことだけ考えてる。ずっと、それの繰り返しでーー」
「ダーメ!」
つい俯きがちに暗く呟いたそれを、先輩は明るく、私の頬を挟むように掴んで持ち上げ目線を合わせてくる。
「また悪い癖が出てるよ。俺がいないくらいで溜め込みすぎだよ」
「……ごめん」
「気持ちが沈んでるところに暗いことばっかり考えようとするからどんどん沈んでくんだよ。こういう時は好きなこと、楽しいことして、不安なことなんて考えない!それでも考えちゃいそうになるんだったら、何とかなる!そんなお気楽な考えでいればいいんだよ」
「……」
やっぱり先輩だ。欲しい言葉、慰めてほしい言葉、なんでも言ってくれる。
あーあ、私も先輩みたいに強くなれたらいいのに。そうなればきっと、こんな苦しい思いもしなくて済んだのになぁ。
「ほらほら、古い服来てるから気分が落ち込むんだよ。新しいもの身に付けて明るく行こう!」
「……何それ。ふざけてる?」
「ふざけてるよ。そうした方が楽しいだろ?」
「……そうだね」
ご最もな意見ですこと。
「じゃあ先輩。これから二時間くらい僕自身のキャラデザに付き合ってもらいますよ?」
「構わないよ。可愛い美桜を俺に見せてくれ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ま、まさか三時間コースになるとは思わなかったよ……」
「ふん。上手く口車に乗せた先輩の責任ですよ。僕のキャラデザがほんの二時間で終わるわけないじゃないですか」
買いたいものがあったら奢ってくれると言われたので、先輩が持つ紙袋の中には今日買った服が割とずっしり来る重さで入っている。ついでに安物だったけど浴衣にも着替えてみた。折角お祭りに行くんだもん。こういうの着てた方が雰囲気あるし、何気にこういうのに袖通したことなかったから丁度いい機会。
「今月……ちょっと厳しくなっちゃったな……」
「僕の物欲を舐めてかかるからですよ」
「まあ、元気になったみたいだから良かったかな」
「本当になったと思ってます?」
「生半可には思ってないよ。多分今日だけ元気で明日からまたナーバスになるんだろうなぁって思ってるし、学校は絶対行かないだろうし」
「ひっど……あれだけ持ち上げといてそんなこと言うんだ」
「まあね。ちょっとハマってただけのゲームが終わったくらいであんな落ち込みぶりだったんだから、これ程度で普段の美桜を明るくすることが出来るだなんて思ってないよ」
「……」
「でも、キッカケくらいにはなっただろう?その調子で、なんて無責任なことは言わないけど、少しでも笑ってくれてた方が俺は嬉しい」
「……ふっ」
僕が本当に女の子だったら、こんなカッコイイ人放っておかないのになぁ。あ、でも先輩見た目がこれなだけで女か。まあでも、罪作りな性格してるって言うか、存在そのものが罪っていうか。
「先輩って、悪い人ですよね」
「そうかな。……じゃ、悪い人からついでに1つお願いでもしようか」
「お願い?」
「そ。もしちゃんと高校に行く気があるんだったら、俺が通ってるところに来ない?って話。もちろん、進路なんだからこんな軽い理由で選んでなんて言わないけど、俺みたいなのがそこそこいる所だし、案外居心地のいい場所になるんじゃないかな?」
「……はぁ」
結構無理矢理な流れを作ったように聞こえたけど、これを伝えるのが目的だったのだろう。受験……か。学校行かなくなってからすっかり考えなくなったな……。
正直、こんな生活しといてなんだけど親に迷惑をかけたくないって気持ちはある。だから、一番手っ取り早く不安を解消させてあげられる手段が受験……ってのも分かってる。でも……
「どうせまた同じことの繰り返し……」
場所が変わったって私の事は何も変わらないし、時が過ぎれば周りの反応もまた同じように戻るだけ。それで私はまた上手く生きられない。
「……美桜。嘘をついたって良いんだよ」
「……」
「君もこの一ヶ月で知っただろう。ゲームの中でやってる事と、現実でやってる事に大きなギャップを抱えてる人達。どっちが本当の彼らなのかは俺達に知る由もないけど、両方とも本当で、両方とも嘘の彼らなのかもしれない。全部を受け入れてもらう必要なんてないんだよ。知られたくないことなら無理に教えなくていい。良い子ちゃんでいなくていい。なりたい自分に、嘘の自分になってしまえばいい。楽かどうかは知らないけど、楽しい自分でいた方がずっと面白く見えるって彼らが教えてくれただろ?」
楽しい自分……。
医者だけどモンクやってたり、オタク口調なのにイケメンの高学歴だったり……。確かに、見てる分には凄く面白かったし、本人たちも楽しそうな空気を出していた。
まあ、全部が正解とは思わない。逆に、全部が不正解とも思わない。みんな、それぞれの生き方があって、楽しくあろうとただもがいてるだけなのかもしれない。
そのもがいてる姿が、たまたま面白く見えて、たまたま楽しくて、たまに苦しくて。それでも……
「先輩」
「ん?」
「変わりたい……とは思わないけど、僕、やっぱり苦しいだけなのは嫌だよ」
「……」
「だから、また、キッカケになってくれる?」
私は凄く弱い。ちょっとしたことでナーバスになって、すぐに自分を傷つけたがる。だから、先輩みたいな助けてくれる人が必要なんだ。
「大丈夫。そう言えるようになった美桜は、何でもキッカケに出来るよ」
太陽がまだメラメラと煌めく夏の日。
私は少し、前に進めたような気がした。
「ところで夏祭りって、何時からでしたっけ?」
「5時過ぎだったから、まだ一時間くらいあるね」
「そっかー。みんなに用事がなけりゃ感想会くらい出来たなぁ」
「ーーですから、我は皆の者に感動のエンディングを届けるために頑張っただけですぞ!それなのに、あのクソ運営はちっともーー」
「分かった。その話はもういいやめろ。そんな事より公園の隅で不安になるような倒れ方をするな!」
「一夏に三度も倒れられるのはある意味才能ですな。いやはや全く笑い事ではないのですが」
……今すれ違った集団、なんか聞き覚えのある声がしたような。
「ねぇ、先輩。あの人達って」
「やや!?どこからかクラウド氏の声がするですぞ!」
「何を言っているオタク。そんなわけがーー」
「多分それ、気のせいじゃないです。ってか、その声ギルさん!?」
「やや。世間は狭いですな」
ーー暦の上での夏は終わる。でも、私達の少しだけ変な居場所はまだ続く、かもしれない……?
この日、この世界は終わりを迎える。人類が貴重な時間を捧げて積み上げてきたものが全て無へと帰す日。
まあ、これ全部ゲームでのお話なんだけど。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一ヶ月前。
《ユーザーの皆様へ》
太陽がギンギラと輝き、見てるだけで頭の中がバーベキューされそうな猛暑が続く2025年7月31日。それとは真反対に暗く冷たい空気が流れる我が部屋でそれは唐突にやって来た。
《平素よりゴールデンユートピアをご利用いただき、誠にありがとうございます。この度、誠に勝手ながらゴールデンユートピアは2025年8月30日をもちましてサービスを終了させていただくこととなりました。つきましてはーー》
今や当たり前のようにコンテンツとして拡がってゆくオンラインゲーム。そこに"サービス"と"終了"の2つの単語を組み合わせた字面は唐突な消失感を与える。
「終わった……?終わったぁぁぁぁぁ!?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一日目。
「いやぁ、クソゲークソゲーと散々罵倒して来たが、いざ本当に終わるって言われると、なんかこう胸に来るものがありますなぁ!」
無精髭兜イケおじアバター。職業格闘者《モンク》、ドクターY。
「つっても終わるってのは前々から言われてたよ。未だに定期的にサーバーが落ちるようなゲームだし今更言われてもねぇって感想だよ」
長身イケメンハーフエルフアバター。職業狩猟者《ハンター》、イマジン。
「いえいえイマジン氏。クソゲーと言うのはそう言われ出してからが本番ですぞ。世の本当のクソゲーと言うのは見向きもされないゲームと言えるのかすら怪しいもののことを言いますぞ。それに対しゴルピアはイベントを開催する度相も変わらずクソゲーだとトレンドに上がるほどプレイヤーは多かったから、多くの人は予想外の出来事だったと思いますぞ。まあ我も1年続くかどうかと分析してましたが」
※ゴルピア=ゴールデンユートピアの略称。
長文高速詠唱型語尾が昔のオタクでもそうは話さないだろうロリツインテアバター。職業治癒術師《ヒーラー》、ミカン。
「黙れオタク。貴様の意見など知ったこっちゃない。私の、俺の貴重な時間が失われたんだぞ!?どうしてくれますの!」
デレを失ったツンデレお嬢様アバター。口調を男っぽくしてるけどたまに出るボロで中の人は確実に育ちのいい女性だと思ってるというか声可愛いから確実にそうな職業剣士《ナイト》、ギルガメッシュ。
「ちなみにその失われた時間ってどのくらいですか?」
「このゲームを始めたのは一週間ほど前だ」
「じゃあほぼほぼノーダメージじゃねぇですか!このゲーム基本無料だから金の損失もねぇですよ!」
ツッコミ兼視点担当《しゅじんこう》、和風メイド服ヒロインアバター。職業魔導士《ウィザード》、クラウド。
以上5名。このゴールデンユートピアで出会い、小規模ギルド『自由が欲しい』を結成して早半年。気付けばボイスチャットでゲームをする程に距離が縮まってきた関係性の私達による、サービス終了までの一ヶ月が始まります(1人だけ一週間のド新人いるけど)。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二日目。
《サービス終了を記念して、最難関ダンジョン『魔神の行く末』を実装しました》
サービス終了記念って何だよと思いながら閉じた本日のお知らせ。
「で、これ最難関って言ってるけど実際実装と同時に駆け込み乗車のごとく突撃してきたミカンさんどうでした?」
「いやぁ、このゲームの悪いところが全て詰め込まれてるって感想ですな。まず初手ランダム属性100%割合ダメージが飛んで来て貴重なパッシブ枠を各種属性軽減に当てはめないとボッシュートですぞ。しかもこのゲームパッシブは4つまでしか付けられないから火、水、風、光と付けてしまえば残り1つの闇属性で飛んできた時に墓送りにされるクソ運ゲですな。しかもコンテは禁止だから死ぬと強制街送還。そしてフルパ20人想定の体力とギミックの物量を押し付けてくるからこの運ゲで1人でも欠けるともうリセットボタン押すしかないですぞ」
「へい!イマジンさん!要約!」
「クソダンジョン」
「ありがとうございました!……じゃねぇですよ!最後だからってここの運営やりたい放題しに来てるじゃないですか!」
「まあもう勝ったところで得られるのは数日すれば消えてしまう達成感。しかし人は例えどんなものでも成功体験というものを積み重ねて前に進んでいくのですぞ。小さな一歩が明日を彩る。例えゲームだとしてもその日が無駄だったなんて思わず何か前に進んだと実感することが成功への秘訣ですぞ」
「急に深そうなこと語り出したけどオタクにそんなこと言われても響かないですよ。テメェがやってんのは日がな一日モニターの前に張り付いて狂ったようにゲームに勤しんでるだけじゃねーですか」
「そうだそうだ!」
「中々酷い言われようですな。しかし我、実は不思議に思ってることがあるんですぞ」
「何が?」
「どうして皆して我のことをオタクと言うのか疑問でしかないですぞ。そんな言われるほど世間一般の言うオタクのイメージには当てはまらないと思いますぞ」
そんな古のオタクみたいな喋り方しててオタクじゃないはさすがに無理だろう、と思ったけど言わんとしてることは分からんでもない。
「まあ最近のオタクはもっと普通の人間っぽく振る舞うもんね。ってかオタク自体もう日本人の魂に刻まれたレベルで普通の感性になってるし」
「いえそうじゃないですぞ。我、一応現役東大生でモデルのバイトをしてるんですぞ」
「嘘つけぇ!!テメェみてぇな幼女アバター使うイケメン東大生いてたまるか!」
「クラウドさん落ち着いて!」
「これが落ち着いてられるかぁ!んな絵に書いたような勝ち組エリートがこんなクソゲーに勤しんでるだとぉ!?私はそんな事実受け入れたくないし、そもそもそんなオタク口調で喋るイケメン東大生いてたまるか!設定を盛るな!」
「いえ本当ですぞ。学生証もあるし、なんならネットで三木海翔と調べていただければすぐ出てくると思いますぞ」
スマホ起動!Google先生、三木海翔を調べて!
検索結果:三木海翔 モデル
三木海翔は国立大学法人東京大学に通う現役東大生モデルであるーーWikipedia
「いや有名人名乗るだけだったら誰でも出来るから」
《ピロン》
ん?何やらボイスチャット用のメッセージに新着が。
丁度スマホを持っているしと、そちらの方でメッセージを確認してみる。するとそこにはスタイリッシュだが程よく肉付きのいいイケメンが『自由が欲しい』と書かれたメモ用紙と東大生のものと思われる学生証を手に自撮りした写真が送られてきていた。
「いやぁ本当、我ながら言うのもなんですが中々イケメンだと自負してるんですぞ。でもなぜか彼女が出来たことなくて、おかげで年齢=彼女無しになってしまいましたぞ」
「それ九割超えて十割喋り方のせいだよ」
「うわぁ、勿体ねぇイケメン。でも天は人に二物を与えなかったかぁ」
「いや、頭と容姿の良さで既に二は与えられてますよ。三が無かっただけです」
「あ、折角ですし、このゲームのサービス終了をリアルで集まって見届けるのはどうですぞ?クラウド氏とも会ってみたいですし、折角ならいい関係にーー」
「あ、お断りしますぅ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
三日目。
《グラビトンブレス》
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
最難関ダンジョン『魔神の行く末』その最奥。そこで構えるこのゲーム最強のボス『魔神』。ちょっとは名前考えろよと思ったけどまあその辺のやる気のなさとは裏腹に敵の攻撃はクソゲーを通り越していた。
「何だよ!折角開幕5分の1の運ゲーを20人全員で乗り切ったと思ったら、次は広範囲束縛技に回復無効空間!?」
「我のアイデンティティとクラウド氏の補助が全くの無意味と化しましたな」
「ははは!無鉄砲に殴れば動きを止められ、後ろからのサポートは絶対に許さない。かと言って繊細な動きを突き詰めようとすれば来るのはタイムアップ。外科手術ですらもう少しは猶予がありますな!」
「外科手術って、人の命とゲームをごっちゃに考えるのもどうかと思いますよ」
「いやいや。私のような年寄りにもなってくると人の命は経験で治せますが、ゲームはそうもいかなくなってくるもんです。指先の器用さには自信があるのですが、キーボードを叩くのは慣れないですな」
「ちょっと待たれよ。ドクターY氏ガチ医者ぞ?」
「ええそうですが」
速報。ギルドメンバーの一人がガチ凄い人だった。
「ちょっと待って!医者がモンク!?なんでこんな残念オタクがヒーラーやってて医者がモンクやってんですか!逆でしょ!」
「人の命を助けることに人生をかけて早30年。そろそろ人を治すばっかりは飽きるなと思って壊す側の人間になろうと」
「「 怖ぇよ! 」」
あまりのサイコパス発言に二人の声が奇跡のシンクロを遂げる。
「医者がモンクやってるのもあれですけど、その動機が大分危険ですよ!30年……30年で魔がさしてついやっちゃったなんてこと無いですよね!?」
「いえいえとんでもない。流石に公私の切り替えは出来ています。まあたまに『あ、この臓器綺麗だな。いくらだろう』と思うことはありますが」
「別の"私"が混ざってない!?え、やってないよね!?やってないよね!?」
「ちょっと待たれよ。ドクターY氏、もしや米村総合病院の医院長ではないか?」
「院長!?」
「そうですが」
「そうなの!?ってかオタク何で分かった!?」
「いえ、ただの直感ですぞ。前に大学の講義に特別講師として招かれた御仁と声、話し方が一緒だなと思った次第で。あと医者という話とドクターXみたいにつけたドクターYのYで点と点が繋がっただけですな」
「コミュニティ狭いな」
「ほう、そういう君は喋り方が特徴的だった三木くんかな?」
「覚えてくれてましたかドクターY氏!いえ、米村先生!」
何で昨日の話ここで繋がるんだよ……。
「勉強にバイトにゲーム。実に充実していていい目をしている。その調子で頑張りなさい。生き方は人生の彩りだ。たくさん学び、たくさん世界を知り、そしていつか次の世界を作りなさい」
「はい!先生!」
何でこの高学歴組、ちょいちょい良い話風なこと言い出すんだろう。ってかゲームの中でリアルの話をしないでくれ。私が置いてかれてる。
「そして何より大切なこと!……腰は大事にしなさい」
「医者の不養生!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
四日目。
《サービス終了が決まったのにも関わらず、貴重な時間を注ぎゲームをプレイして頂き誠にありがとうございます。本日、ユーザーの皆様からの要望を受け、『魔神の行く末』におけるボスの行動パターンを変更させて頂きました。引き続きゲームをお楽しみください》
挨拶の部分に書いてる人の人格が出てきてるような気がするが、もう終わってしまうゲームだから無敵になってるのだろう。さてさてーー
「で、変更内容というのは?」
「HPが1.5倍になっていたですぞ。オマケにタンク職にすればギリギリ受かっていた攻撃が軒並み強化されてもうどのジョブでも攻撃を受けることが許されなくなりましたなぁ」
「クリアさせる気ないねこれ。運営に弄ばれてる気分だよ」
「まあ、終わるまで一ヶ月切ったからもうやりたい放題なんでしょ。なんかうちのギルドメンバーも終わるからってリアル情報勝手に暴露してくし」
「む、ならばわた俺の情報もバラした方がいいのか?」
「ギルさんギルさん。普通バラさないんですよ。高学歴二名がなんかノリでそうなっちゃっただけで、インターネットってのはリアル情報を欠片でも公開しちゃ怖ーい目に遭うこともあるんですよ」
「そうなのか」
「そうなんですよ~」
付き合いはかなり短いが、ギルガメッシュことこのギルさん。オンラインゲームは愚か、インターネットすら初心者の疑惑がある。この令和の時代、インターネットと関わりを持たず大人になるなんて余っ程の家庭じゃないと有り得ないが、今こんな話をした手前聞くのはやめておこうと思う。
「インターネットという所は怖い場所なのだな」
「あ、この人プロフィールに柔道東京オリンピック銅メダリストって書いてあるよ~」
「秒でバレてる!」
しかもプロフィールとかいういつでも見れる場所に……!
「な、なぜだ!なぜ貴様が私のプロフィールを見れている!?」
「おやおやギルガメッシュ氏。ゲーム内で設定したプロフィールは非公開に設定しておかないと誰でも見れるのですぞー。加入申請が来た時に一通り見て我はとっくに知ってましたぞー」
「いやしかし、ただの銅メダリストなら絞りこめるだけで特定は出来まい!」
「東京の柔道女子で銅メダル日本人って1人だけじゃなかった?」
※この作品は、実在する団体、人物とは一切関係ございません。
私はテレビもネットのニュースも見なかったから知らなかったけど、そんな簡単に特定出来るような人だったんだな、この人。ってかうちのメンバーもうこれで五分の三有名人なんだけど何だこれ?
「で、恐らく人生の大半を柔道に捧げてきた大和なでしこギルさんはなぜこんなクソゲーを?」
「普段人と格闘してばっかりだから、たまには勇敢な騎士になりたいなと思った次第だ」
「「「 カッコイイ! 」」」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
五日目。
『Hey Guys!本日は皆様に素敵なお知らせがございます。なんとこの度ナイスガイからの要望を受け、『魔神の行く末』特攻武器の販売を開始しました!』
魔神切り:1万円(リアルマネー価格)
「ふざけんのも大概にしろよ!なんでサ終決まったゲームが最後の最後に悪足掻きで稼ごうとしてんだよ!潔く終われよ!」
「ちなみに課金アイテムで未消費分があったとしても返金はしないらしいですぞ。それどころか運営元の経営が傾いてるという噂があってスタジオが畳まれるのではないかとネットでは阿鼻叫喚の嵐ですぞ」
「で、なんでミカンさんちゃっかり課金アイテム買ってるんですか」
「ふっ。ここまで来たら負けられぬ戦いですぞ。例え泥水をすすり、汚い靴をなめ、目の前にぶら下げられたそれが罠だとしても、勝つためならどこまでも生き汚くなってやるもんですぞ」
「頼むから東大生、こんな無駄なことに時間と金使わないで日本のために勉強してくれよ。社会の塵を観察しに来なくていいんだよ」
「何を言うでござるか。誰しもが社会の塵ですぞ。そんな塵が大量に集まり大きな山を作る。そう、我々は巨大な塵山を形成し次の者がより高くを望めるよう日々を生きていくんですぞ。無駄だと思えた今日は誰かの明日になると信じて」
クソ、東大生だから無駄に深いことばっか言ってくる!
「でもそう言いながら今あなたまた新しく課金してましたね!?ボイチャから小さく『ペイ!』って音聞こえましたよ!よりにもよってQR決済ですか!」
「東大生はまだ社会的信用が無いでござる。故にクレカは作れないのですぞ。さぁ!無駄話はこれくらいにして今日もあの魔境へと挑みますぞ!」
カンカン!キン!ドガーン!(超簡略化された戦闘音)
「何の役にも立たねぇじゃねぇですか!」
ダンジョン挑戦後削れた体力は僅か二十分の一。いや、三十分の一くらいか?前より悪化してる気がする。
「うーむ、特攻商売だからこれで勝つると思ったのに……あ!」
今嫌なタイプの「あ!」が聞こえた。
「この武器、よく見ると特攻の効果は体力を半分以下に削ってからじゃないと発動しないと書かれてますぞ」
「「 …… 」」
読もう!説明文!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
七日目。
日が過ぎるのは早いもので、サ終宣告から気付けば一週間が過ぎた今日この日。
「この特攻武器というものだが、買ってみたのはいいものの一切効いている気がしない。誰か、原因が分かる者はいるか?」
「銅メダリストぉぉぉぉ!!」
以下、昨日の出来事説明のため省略。
「つまり、私は詐欺に遭ったと言うのか……」
「えー、まぁ、平たく言うとそんな感じですね。まさか買ってるバゴホッゴホッ!情弱がここにいるとは思いませんでしたよ」
「クラウドさん、それバカって言った方がまだ優しい言い方じゃなかった?」
「ダメですよイマジンさん。この中身お嬢様ファイターはネットの深淵で使われるタイプの言葉には疎いんです。バカの方が単純に効いちゃうから言っちゃダメですよ」
「全部聞こえてるぞ。二人とも中々酷い物言いだな!?」
「いやだって、こんな詐欺商品に真っ先に引っかかるとか、ギルさん将来家に訪問販売が来たとかメッセージにアマ○ンの宅配に伺ったけど居なかったとかいうのに絶対引っかかるから今のうちに勉強しといた方がいいですよ。いやこれバカにしてるわけでもなんでもなくて、ギルさん天然さと優しさが極振りされてる人だから確実に騙されるタイプの人間です」
「そうなのか。じゃあ、今まで届いていた件のメッセージは全部嘘だったのか。今日も丁度宅配に伺ったというメッセージと共に青色に光る文字があったから……」
「押したのか!?まさかそれ!押したのか!?」
「……押したぞ。そうしたら何やら色々入力するところがあってな」
悲報。時既に遅かった。
「……めよう」
「ん?」
「始めよう!インターネット教室!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
八日目。
「つまりですな、この令和の時代。わざわざ他人の家に足を運んで詐欺商品を売り付けるのは時代遅れもいいところですぞ。時代は大SNS時代。俺の財宝か?欲しけりゃくれてやるぜ……。探してみろこの世の全てをそこに置いてきた。と言われワンピース求め海へ飛び出した時代は完全フィクションのものとなり、財宝の代わりに個人の情報をネットという海をサーフィンして掻き集める時代。どんなに隠し通そうとしたところでネットの海賊たちはありとあらゆる手段でその情報《たから》を狙ってくるですぞ」
「教授、素人質問で恐縮なのだが、なぜそうまでして個人情報を集めたがるのだ?」
「良い質問ですな。今の時代カモと呼ばれる騙しやすそうな人物の選定にはとにかく数を打って当てていく戦法に切り替わってるんですぞ。騙せない奴は最初の一発を的確に避けるから相手をする意味が無いですぞ。しかし、一発目が当たった相手は別ですぞ。そいつからありとあらゆる個人情報を抜き、その情報を元に揺すりをかけたり周りの人間関係を芋づる式に掘り起こしたりとであくどい商売の卵にするんですぞ。一度目が当たる奴は二度目も当たるですぞ」
長文すぎて半分以上聞き流したけど、このオタク東大生なだけあってちゃんと分かる説明するな。東大生なんだからもうちょっと要点まとめて話してほしいけど。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
九日目。
「えーじゃあ、この間ギルさんが引っかかった宅配業者を装った詐欺について解説しましょう。この配達に伺ったけどうんたらこうたらで後ろに青色の文字がついているやつ。これまず基本情報としてURLと言います。これ押すとそのサイトに飛ばされます」
「教授。素人質問で恐縮なのだがーー」
「やめろその言い方!怖いんですよ!」
「そうなのか。では質問なのだが、そのサイトというのは何だ?」
「マジか……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十日目。
「昨今詐欺というものも多様化している。かつてオレオレ詐欺と呼ばれたものは母さん助けて詐欺や親心利用詐欺と言われ、最終的にその他と統括して偽電話詐欺と呼ばれるようになった。そんな時代が複雑に広がる中、昔からある詐欺商品として有名なものがある。分かるかい?」
「全く分からないな」
「良いカモしてますねこの人。予備知識すら無いですよ」
「だね。まあこれはあくまで一例なのだが、ウォーターサーバーという、最早典型的とまでなったものがある」
「それならこの間契約したところだが、まさか詐欺だったのか!?人当たりの良さそうな人だったからそんなわけないと思ったのだが……」
「「 …… 」」
この人そのうち投資詐欺に遭いそうだな。いやもう遭ってるかもしれないけど。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十一日目。
「この時の患者は苦労した。何せあちこちに癌が転移していてもう助かる見込みが無かったからな。しかし、私、失敗しないので意地とプライドで成功させました。その人はそれから二十年ほど生きて天寿を全うしましたよ」
「意地とプライド凄いな!いや違う!今やってるのインターネット教室!誰も凄腕の医者の成功体験なんて聞こうとしてないから!」
「教授!素人質問で恐縮なのだが、なぜその後二十年生きたと分かるのだ?」
「なぜって、私が二十代後半初めて主治医として担当した患者だからですな」
「院長すげぇぇぇぇ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十二日目。
「いくらか研究して分かったことがあるでござる」
「ほう」
「どうもボスの初回行動ですが、あれ各プレイヤー毎にランダムではなく全員に同じ属性で100%ダメージを与えてくる仕様であることが判明したですぞ」
「つまり全員耐性を同じにして行けば五分の一の確率で二十人全員死ぬか生きるかに持っていけると」
「そうですぞ」
「ミカンさん、いつログインしてもいるけど、一日何時間遊んでるの」
「大学生の夏休みは暇ですぞ。一日36時間張り付くことも容易ですぞ」
「一日の限界超えてる!勉強しろ東大生!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十三日目。
「クラウドさん。もし良かったら8月31日空いてるかな?夏祭りにでもどうかなって思ってるんだけど」
「……イマジンさん。私とあなた、リアルでの接点は無いはずなんですけどなんで近場に住んでる前提の誘い方するんですか」
「なぜって、クラウドさん水咲《みずさき》中の生徒でしょ?」
「……」
「沈黙は肯定の意だよ」
「なんで分かったんですか!?怖い!単純に怖いんですけど!」
「いや、うちの妹が学校に全然来ない不登校仲間がいるって言っててね。いやまあそうだったらいいなって思ってカマかけてみただけなんだけど」
「……」
絶対他にも理由がある気がするし、そもそも私に不登校仲間なんていないけどーー不登校は事実ーーこれ以上聞くのは怖いからやめといた。
「で、どうかな。もし本当だったらうちの妹と一緒に横浜の花火大会に行かない?」
「……とりあえず考えときます。行けたら行きます」
「それ行かない人の言い方だね。まあいいよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十四日目。
流石に毎日ゲームしてるのもどうかと思ったので、今日は久しぶりの外出。外に一歩目を踏み出し、三十秒後デスクに戻る。
「外暑いんだけど」
「日本の夏はどんどん長く暑くなっておりますからな。いやはや、この間軽く散歩していたら次の瞬間には真っ白な天井でした」
「医者ー!あなた診る側の人間!何診られる側に回ってるんですか!」
「本当。腰だけじゃなく熱にも気を付けようと思いましたな」
「全く困ったものだ。暑いからという理由で最近では夏に試合をすることも合宿をすることも無くなってきている。肉体をいくら鍛えても暑さはダメだ」
「へー、やっぱりスポーツ選手でも暑いのダメなんだ」
「元々人間という生き物が自分の体温より3℃高い場所になると活動困難になるという研究結果が出てますからな。特に日本は高温多湿。湿度が高い環境というのは乾燥している場所より耐えられる温度が低くなります」
「この人医者だからめっちゃタメになる話してくれる!でもモンクやってるのやっぱり怖ぇ!」
「……そういえば、ミカンさんがまだ入ってきていないな。いつもなら私が入る頃にはとっくにいるのだが」
「そう言えば見かけないですね。何か昼間の予定があったら聞いてもないのにメッセ送ってくるのに……」
この時、頭の中に高速で色んなワードが駆け巡った。
外暑い。真っ白な天井。日本は多湿だから耐えられる気温が低め。そして今日の都心外気温、34℃で湿度80%。
「オタクぅぅ!!!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十五日目。
「いやはや死ぬかと思ったですぞ。一面に綺麗なお花畑が見えましたぞ」
「何で熱中症で倒れてその翌日には平気でゲーム出来てるんだよ!不死身か!」
オタク口調東大生、無事生存。倒れた翌日くらいゆっくり休養しろと言ってみたが、どうも彼にはゲームしてる方が休みになるらしい。そんなんで一徹二徹してるから体力落ちて熱中症になるんじゃね?とこの話を聞いた誰もがそう感じるであろう。実際そうだろうと思ってる。
「いやしかし、本当に冗談では済まされない事態になってましたな。ギルガメッシュくんが見つけ出さなければ今頃どうなっていたことか」
これも結構意外な話だったのだが、最終的にぶっ倒れていたのを発見したのはギルさんだった。
熱中症で倒れた疑惑が出たすぐ後、誰も住所知らないしそもそも家にいるかどうかすらも分からない状況で、天才外科医による素晴らしい推理が展開された。まず始めに大学へ連絡し、本人が来ていないことを確認。しかしその日来る予定があったことを聞き出し最寄り駅から大学までのエリアに絞ることへ成功。その後、もし病院に運ばれていないのだとしたら人目につきにくい場所を移動中に倒れたのではないかと推察が立てられ、絞り込まれた路地を院長とたまたま近所に住んでいたギルさんで捜索。無事発見の流れとなる。
「あの暑い中を飲水無しで歩くとは自殺行為だぞ!いくら日陰でもこの炎天下の中、水分はとてつもない速さで失われるのだからな!」
「いや、我も途中の自販機で買おうとしたですぞ。しかし、たまたま財布の持ち合わせがなく、電子マネーの方は残高が二桁に突入してたですぞ」
「それこの間無駄課金したせいでしょ!あの課金無かったらまだ一万くらい残ってたはずじゃねーですか!」
課金してお金無くなって死にましたとか、一番やりたくない死に方である。何かあった時のために常に5千円くらいはスマホに入れとこうと決意した私であった(そもそも出る予定が無い)。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十六日目。
《チャオ!ユーザーの諸君!ねぇねぇ最難関ダンジョン実装されたのに未だクリア出来なくてどんな気持ち?ねぇねぇ今どんな気持ち?おめぇらじゃ絶対クリア出来ねぇように設計してっからな!明らかな罠なのに課金アイテムまで買ったおバカさんも数名いるってな!ウケる。まあでもそれ、ちゃんと効くよう設計してあるから詐欺にはなんねぇんだよな。世の中なんでも人の話を最後まで聞かねぇやつが損していく。早押しクイズだって出し抜こうとして最初の五文字くらいで押すやつは大抵正解せずもっと聞いてればちゃんと答えられた問題を落とすだろ?悔しかったら頑張って体力半分まで削ってみな!まあこんなクソゲーの悪い部分全部乗せのクソボスを半分まで削れるやつがいるとは思わねぇけど!あ、そうそう。今日は特に用もねぇんだがな、上司がうるさくてよー!ちょっとくらいヒント載せろって。そんなことしたって勝てるわけねぇのにバカだよなぁ?あ、今の内緒な。まあどうせもうやめる会社の終わるゲームだから何書いても大丈夫なんだけどよ、それでーー》
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十七日目。
「昨日の怪文書何だったんだろうな」
「人が折角ツッコんじゃいけないと思って飛ばしたのに、何触れようとしてるんですか」
「いや、やっぱり無敵の人っていうのはああいうのを言うんだろうなって思って。で、うちのギルドで唯一まともに攻略しようとしてるミカンさん。現状は?」
「運営の煽りに火をつけられて参加ユーザーは増えてますぞ。まあ誰一人として体力半分まで削れてないからこの一万装備も未だ木の棒同然の価値しかないですがな」
「なんかもうここまで来るとちゃんと倒して終わりたいですよね」
「しかし、相当やり込んでいるはずのオタクが精鋭二十人結成して挑んでも無理なのだろう?そもそもこれ、勝てるように設計されてるのか?」
「昨日の怪文書にも書いてあった通り、勝てるよう設計はされてないですぞ。クソギミックの連発がキツイのはもちろんでござるが、単純に敵の攻撃がワンパン即死ラインに設定されてて超キツイですぞ。その上攻撃の後隙に別の攻撃を挟んでくるせいでターン制バトルにすらさせてもらえないですぞ」
私も何回か挑んでみたけど、あれはゲームじゃなかった。ゲームだったら普通どんなに強い敵でも、この攻撃の後にはこれだけの反撃を入れることが出来るって感じで明確なオンとオフが存在する。特にアクションゲームなんだから尚更やり込んでいけばオンオフのタイミングは見つかってくるはずだ。しかしこのクソゲー、そんな常識はここに無い。オフのタイミングなんて存在しないから一生喰らったら即死の攻撃を避け続けるだけなのだ。
「今までこのタイプのクソゲーは飽きるほどやって来たでござるが、ここまで酷いのも中々見なかったですぞ。そもそもこれデバッグもまともにしてないですぞ」
「教授、素人質問で恐縮なのだが、デバッグとは何だろうか」
「不具合が無いかどうかのテストプレイですよ。準備体操みたいなものです」
「なるほど。つまり、準備体操をしていないのなら、思わぬところで壊してしまう箇所があるのではないか?」
要するにバグってことね。
「へい東大生!そこんとこどうなんですか!」
「今有志で必死に死にゲーを繰り返しながら試してるところですぞ。ちなみに成果はゼロですぞ」
「だそうです」
クソゲーなのにバグが無いなんて珍しい。突貫工事みたいに出した強敵なら何かしらあるもんだろうにね。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十八日目。
「見つかったですぞォォォォ!」
その日はダンジョン帰りのオタク東大生による、脳が割れるほどの叫びで始まった。
「何が見つかったのかね、ミスターミカン」
「バグですぞ!」
「見つかったの!?」
「見つかったのか!?」
「見つかったんだな!?」
「このゲーム、毒付与というステータス異常があるのは知ってますかな?」
毒か……。大概のボスに効かないし、効いてもダメージ少ないから誰も採用しなかったんだよね。毒が強いゲームなんて稀だから気にも留めなかったけど。
「なんとこのゲームの敵、完全耐性を持たれていても8192分の1の確率で通ることがあることが判明したですぞ!」
「確率ひっく!」
「そして毒を通してしまえば後は逃げ続けるだけ!一度通った毒は永続的にダメージを与え続けるからこれで勝てますぞ!」
「ちなみにそれ、何時間かかる想定なんだい?」
「計算したところ、リアル時間一ヶ月くらい与え続ければ倒せる想定ですぞ」
「「「 …… 」」」
やめるか、このゲーム。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十九日目。
《ユーザーの皆さーー》
プツンとお知らせの中身なぞ確認せずウィンドウを閉じる。どうせ今回もくだらないことが書いてあるのだ。読むだけ時間の無駄というものだろう。え?こんなクソゲーに時間を費やしてる時点で全部無駄じゃないかって?
……ぐぅ。
「……新しいバグが見つかったですぞ」
「バグよりチート使った方がもう早いんじゃないですか」
※チート=ここではゲームを改造し遊ぶことを指す。
「それは流石にルール外だからダメですぞ。やるなら最後の手段ですぞ。まあそれはさておき、見つかったバグというのは、このラスボス戦を根底から覆すとんでもないものですぞ」
毒が通用するってのも割と地がひっくり返ったけどな。リアル一ヶ月は割に合わなさすぎたけど。
「このゲーム、一度何らかの理由でゲームが強制終了した後、一分以内であればもう一度同じパーティが挑んでいるところに加入出来るのは知ってるでござるか?」
「あー、うん。ギルさんがしょっちゅうパソコンいじっておかしくしてるから起きますよね」
「流石にもうやってないぞ。電子機器が繊細な物であるという事はよく学ばせてもらったからな」
その調子でインターネットリテラシーも完璧なものにしてもらいたい。
「で、それがどうしたというのか?ミスターミカン」
「問題はその再加入時における挙動にあるですぞ。再加入する時に別のパーティからの加入申請を受けるとウィンドウが重なるですぞ。その時ボタン連打してると両方の加入申請を承諾することになるですぞ」
「「「 つまり? 」」」
「自分は最初に挑んでいた方のボスに挑んでいる状態になりつつ、実際に入っているダンジョンは別のパーティから申請がかかった方になるですぞ」
……よ、よく分からんがなんか凄いことしてるってのは分かる。
「この時重要なのが、自分はあくまで最初に突入していたダンジョンで戦っていることになっているということですぞ」
「それがどうなるって言うんですか」
「簡単に結論を言うと、別のダンジョンで与えたダメージが今"いることになっている"ダンジョンの敵にダメージを与えていることになっているですぞ」
……
……
……
「あれもしかしてなんかめちゃくちゃ凄いこと言ってる!?」
「凄いなんてもんじゃないですぞ!この時プレイヤーは別のダンジョンで戦っているわけござるから、あの当たったら即死のクソゲーをやらず楽にダメージを与えることが出来るですぞ!」
「おお!」
「しかし、これには欠点があるですぞ」
「お、おお……?」
「別ダンジョンで与えられるダメージには当然限りがあるですぞ。そのダンジョンのボスを倒してしまえばもうそれ以上は与えることが不可能ですぞ。そして計算したところ、挑める最大人数の二十人が現状最多体力のダンジョンに潜ってそれぞれダメージを与えたとしても、ラスボスの体力は残り二割ほど残る計算ですぞ」
それ中国人の一割が知ってるみたいなスケールでの話されてるな。じゃあもう無理じゃん。
「結局のところどんなに頑張っても二割は絶対に自力で削らなければならないということか」
「それも全員がその方法で削った場合の話だからね。実際やるなら1人残さないといけないし、そうなると削らなきゃいけない体力は更に増える。そしてあのラスボスとタイマンはらせるのも無理があるし、最低でも三人くらいはラスボスに残しておきたいところだね。だろう?ミカンさん」
「そうでござるイマジン氏。そこで我々このゴルピアを最後の日まで遊び尽くすと誓った同士は手を組むことにしたでござる」
「手を組む?」
「来たるサービス終了一日前の八月二十九日。二十ギルド想定参加人数百人越えのルール違反だとは言わせまいな?大規模レイドバトルを実施するでござる!」
「結局ルール外のやり方じゃねーですか!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十日目。ラスボス戦まで残り十日。
カタカタ……カタカタカタカタカタ……ガチャ!タターン!カタカタタタタタ……。
「なんで私達が最重要任務であるラスボス攻略隊を担うことになったんですかね」
「一万円する課金装備を買ったバカタレが二人いるからでござる」
「じゃあそのバカタレ二名だけ残してくださいよ。私達巻き込まれる必要ないじゃないですか」
「忘れたとは言わせないでござるぞクラウド氏。このゲームのレイド戦において、バフと回復は同じチームメンバーにしか効かないですぞ。バカタレ二名を支えられるのは我々自由が欲しいのメンバーだけですぞ」
……というわけで、私達は来るべき日に備えてラスボスの行動をひたすら避ける練習をしています。いくらインチキで体力削れるからって、結局耐えなきゃいけないことに変わりないからね。ってことで、もう心を無にする気持ちで避けるだけで精一杯の攻撃を最低一時間は耐えれるようにしようと修行中です。辛い。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十一日目。ラスボス戦まで残り九日。
「ドクターY殿。最近腰の調子が悪い気がするのだが、医者という目線から見て何が原因か分からないだろうか?」
「そうですな。そう言えばギルガメッシュさん。あなたここ最近ログイン時間が増えたように見受けられますが」
「ああ。大役を買わせてもらった分活躍しなければならないからな。丁度今は休暇中だし、ガッツリ腰を据えて練習している」
「……これ、本当ならばミカンくん辺りに言うべきことですがな、長時間座ってゲームをするのはやめなさい。確実に腰がやられます。起き上がるのが辛くなります。立ち続けられなくなります。長時間の手術を気合いだけで乗り越えなければならなくなります。腰は!腰は大事にしろぉぉぉぉぉ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十二日目。ラスボス戦まで残り八日。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……
「ねぇ、なんかさっきから誰かのキーボード叩く音がずっとうるさいんですけど」
「多分ミカンさんだね。今日も飽きずにずっと戦ってるらしいよ」
「あの人次は座りっぱが原因で倒れるんじゃないですかね」
「流石に食事、排泄、その他生理現象で立ち上がるだろう」
「バカ言っちゃダメですよ。ガチのオタクは机の上に飯置いて用はペットボトルで済ませてっていうバカタレもいるんですからね。ミカンさんは確実にそっちのタイプですよ」
「「 …… 」」
「……ところで、何か静かになったと思わない?」
「ミカンさん!ミカンさん!生きてたら返事して!オタクぅぅぅぅぅぅ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十三日目。ラスボス戦まで残り七日。
「いやぁ、死ぬかと思ったですぞ」
「何で入院してないんですかこの人!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十四日目。ラスボス戦まで残り六日。
本日は決戦に備えた予行練習。五パーティほどが集まり、実戦での動きを簡易的に行ってみる。
「よし!では皆の者!行くですぞ!突撃でござるぅぅぅぅ!!」
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
「なんか見たことないログ並んでる!」
「本番はここからですぞ!」
"○○が復帰しました"
"○○が復帰しました"
"○○が復帰しました"
"○○が復帰しました"
"○○が復帰しました"
「うわぁぁぁ!!でも人がいないぃ!」
「まだ驚くには早いですぞ!」
こうしてる間にも私達は必死に敵の攻撃を避け続ける。誰も攻撃しない。否、出来ない状況で、理由は分かっているけどもなぜか敵の体力が凄まじい勢いで減り出す。
「五パーティ程度の参加人数でも十分すぎる削りですぞ!」
「でもやっぱ半分には届かないんですね」
「これで届いたら理論上避けてるだけで勝てるっていう話になるからね」
「そうですぞ。やはり、半分を切ってからの体力は一万装備組で削っていくですぞ!その為にも、今日は半分を切ってからの動きを徹底的に研究するですぞ!」
「あ、ごめん。攻撃当たった」
ーー ゲームオーバー ーー
このカタカナでGAMEOVERを表現されるのも微妙にダサいんですよこのゲーム。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十五日目。ラスボス戦まで残り五日。
「で、結局半分以下からの攻略法は掴めたんですか?」
「ふっふっふっ。もちろん徹夜とこんなクソゲーに熱意を持った同士達により、ある程度のパターンは掴めたですぞ!前半の避けゲーに比べたらまだ戦えるですぞ!」
「おお!じゃあ何とかなるんですね!」
「そうでござる!……そうでござる……」
「「「 …… 」」」
空気が少しだけ重たい。活路が開いたラスボス戦。もうあとは最後の戦いだけだとなるこの状況で、なぜみんなの口が重たいのか。
「……ギルさん、今日から柔道教室の講師に呼ばれたんですってね」
「とんでもないタイミングですな」
「戦力大幅ダウンって所かな。結構笑えない状況だねぇ」
「大変なことになったですぞ」
どうするラスボス戦!?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十六日目。ラスボス戦まで残り四日。
「……」
ゴルピアの課金アイテムショップを眺めること小一時間。ギルさんが抜けた穴を埋めるため、課金すべきかどうかを情けなく悩んでしまっている。
買いたくねぇ……。もう残り五日で終わるゲームに一円も払いたくねぇ。でもラスボス倒すところは見てみたいし……
サ終が決まってすぐくらいの時にこんなの買うのは情弱バカと言ってしまった手前、こんなの買うのはプライドが許さないのである。
「でも二人はいないと削りが厳しいってオタク言ってたしなぁ」
ギルド内に突如として発生した無言の圧力。誰がその穴を埋めるのか。直接責任のなすり付けあいなんて起きなかったけど、自分以外の誰かが買えというオーラを皆が無言で発していた。
「でもこんなの買ったら負けですよ……」
買うか、買わないか。
「第一一万円ってのが微妙どころか普通に高いんですよ。今時のインフレした大手のタイトルでも、ギリギリ税抜きで一本ゲームが買える値段を、ただの特攻装備ごときに払いたくねぇんですよ。本当、課金って何でこんなに無駄に高いんですかね。そんなお金あったらもっと有意義な使い方があるしうんたらかんたら」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十七日目。ラスボス戦まで残り三日。
「買いました」
「買ったよー」
「じゃあ私も買うよ!畜生!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十八日目。ラスボス戦まで残り二日。
「劇的に効率が変わったでござるな」
「そりゃ、バカタレ課金装備四人も集まれば変わりますよ。……はぁ」
後悔してるかどうかと問われれば、してる!とハッキリ答える。確かに、ラスボスへのダメージ量は凄まじく向上した。これなら本当にやり切れるかもってくらい。しかし、なんだろう。この晴れない気持ちは。課金したことへの後悔ってのは、その結果に関わらずずっしりと胸に来るものがある。例えピックアップされてる最高レアを当てたとしても、例え今までクリア出来なかったダンジョンをクリア出来たとしても、なぜかずっと敗北感が後をつけてくるのだ。
しかし、もうここまで来てしまったんだ。後は突っ切るだけだろう。何だかんだとあったサ終前一ヶ月の日々も、あともうちょっとで終わる。夏が過ぎ去ってしまう前に、ひと夏の花火を咲かせに行こう。まあここ最近夏長すぎだけども。
しかし翌日、思わぬ悲劇がユーザー達を襲う!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二十九日目。ラスボス戦まで残り一日。
《親愛なるバカ共へ。イエーイ!なんかバグを使ってラスボスを攻略しようとしてるらしいね!?まさかそんなバグがあると思わなかったよ!ハハハ!あ、今ちょっと不安感じちゃった?大丈夫大丈夫。もう終わる直前のゲームでそんなめんどくさいバグ修正とかしないし出来ないから!でもこのまま倒されちゃうと悔しいから、ラスボスのステータスを変えておいたよ!じゃ、アディオス!》
「……」
その日、ユーザーは思い出した。自分たちがこの運営の手のひらの上にあるということを、これみよがしに泳がされていたことを。クソゲーに囚われていた己のバカ度合いを。
「……まさか、体力が十倍に設定されるとは、癌の転移より恐ろしい事態になりましたな」
「一周まわって乾いた笑いすら出ないね……」
「我は自分のことをバカだと自負していたですぞ。しかし、ここまで滑稽にされたのは初めてですぞ」
「……」
運営の奇行。もう為す術が無い。このまま挑んだところで、十倍にまで増えてしまったんじゃ例の作戦で半分以下まで持っていけない。
今、私の中にあるこの感情はなんだろうか。運営にバカにされた屈辱?やってきた事全てが無駄になった消失感?否違う。
「私の渋沢栄一返せぇぇぇぇ!!」
課金への後悔だ。
だーから課金する時は慎重になれとあれほど自分に言い聞かせたのに、勢いに任せてやっちゃうから。
「何だか暗い空気が溜まっているな」
「お、お主は!」
「ただいま諸君。小学生相手の指導は中々骨の折れるものだった。しかし今日、ここに俺は帰って来たぞ!」
「あのすみません。今更ギルさん帰ってきたところでもうどうしようもないんですよ」
「……いや、どうしようもないことはないですぞ!」
「はい?」
「ついさっき同士のN氏から連絡があったですぞ!」
「誰!?」
「巨大ギルド自由の翼のリーダーですぞ!」
このゲーム、巨大ギルドとかいう概念あったんだ。っていうか、どことなく棒巨人と戦う少年漫画を連想してしまうのはなぜだろう。
「最初の頃に毒がバグで効くという話をしたのは覚えてるでござるか?」
「現実的じゃないって話だったね」
「そうですぞ。毒は現実的ではないでござる。しかし、割合魔法ならどうですぞ?」
「「「 ……? 」」」
「このゲームの割合魔法、今までずっとただの攻撃魔法と思われていたでござるが、なんと状態異常判定だったことが判明したですぞ!ついさっき!」
「……でもそれって、結局何千分の一っていう確率の壁を超えなきゃなんでしょ?」
「そこで切断バグですぞ。別のダンジョンに行って与えたダメージは共有される。それは状態異常によるダメージも同様ですぞ!毒は固定ダメージ、しかし割合魔法はその敵の現在体力を基に算出されるダメージですぞ!これを使えば、各プレイヤーが適当な敵に最大威力の20%グラビティを当てればラスボスの体力をガンガン削れるですぞ!理論値はこれから計算するでござるが、半分は確実に削れるですぞ!」
「ちょっとオタク早口すぎる!誰か結論だけ言って!」
「要するに我々はまだ負けていないということですな」
「この個性も特徴も何も無い平凡なギルドで出会った五人。最後の決戦にて、勝つですぞ!」
「いや結構個性だらけだったよ!特にこの一ヶ月!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
三十日目。ラスボス戦当日。
「決戦の時が、来たですぞ」
サ終するゲームだろうが、金は惜しまない残念東大生ロリツインテアバター。治癒術師《ヒーラー》から改め侍《サムライ》、ミカン。
「長いようで短かったこのゲーム。名残惜しいですが、最後の時にしましょうな」
激しい腰痛持ちだがその腕は神の手と呼ぶに相応しい。無精髭兜のイケおじアバター。医者だが格闘者《モンク》、ドクターY。
「俺はこのゲームでみんなと出会えたことに感謝している。自分の知らない世界を知った。例え世間の評判が最低だとしても、俺はこのゲームが好きだ。だから、引導を渡す!」
たった一ヶ月でそのキャラは一人称を除き崩れ落ち、ただのネット音痴であることが判明した五輪柔道銅メダリストお嬢様アバター。剣士《ナイト》、ギルガメッシュ。
「勝ちたいね。ここまで来たんだ。勝って終わりにしよう。あ、クラウドさん例の件考えた?」
結局こいつだけ素性が分からなかった長身イケメンハーフエルフアバター。狩猟者《ハンター》、イマジン。
「その話終わってからでいいですか」
そう言えば私もここの面子には何の素性も明かさなかった気がする。まあ明かすつもりなんて毛頭無いし、知れば微妙な空気になるから絶対言わない。和風メイド服ヒロインアバター。魔導士《ウィザード》、名前は例の世界に名を轟かせたRPGゲームから取ってきましたクラウド。
以上五名。サ終まで残り二十四時間を切ったこの日、決戦の地に降り立つ!
「改めて見ると何だこのクソダサアベンジャーズ。ちいかわの方がまだ戦えるぞ」
不安しかないが、ここにいる五人はこの日のために渋沢栄一を捧げてきた愛すべきバカタレ共だ。泣いても笑っても今日、ラスボスの先にあるエンディングを見る!
「では同士諸君!突撃ですぞー!!」
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
"○○の接続が途切れました。復帰を待っています"
「うわぁ!予行演習の時より多いぃ!!」
この後は「○○が復帰しました」が同じ数だけ並ぶので以下省略。
「まずは全員死に物狂いで逃げるですぞぉぉぉ!!」
いつもより気合いの入るミカンの声を合図に、全員が敵の攻撃範囲から必死に逃走を開始する。
決して広いとは言えないフィールド。予告が出てからの早すぎる攻撃。一部勘で避けなければならない攻撃もあるが、この一週間みっちりと頭に叩き込んできた。それに、グラビティ戦術なら行動パターンが切り替わる半分まで削るのは早い!
「もう少しで半分だよ!気を抜かないで!」
「……皆さん。一つ大変なお知らせが入って来ました」
「どうしたでござる!ドクターY氏!」
「急患です。私はこれから対応に向かいます」
「医者ぁぁぁぁ!」
始まって五分と経たないうちにまさかの緊急事態発生!うん、医者だもん。仕方ないよ。ゲームより命が大切だよ。だから私達は止めない。止めない……けど!
"ドクターYが戦闘不能になりました。ダンジョンから離脱します"
放置されたドクターYのアバターは、何の慈悲もなく攻撃を当てられやられてしまった。
「い、いやまだ大丈夫ですぞ!本来ならば二人いれば火力は足りる計算でしたぞ!ちょっとサポートが心許なくなるだけですぞ!」
「おい!気を取られるな!半分を切ったぞ!」
ここから行動パターンが変わる。予定と違い四人になってしまったけど、ミカンの言う通り戦えないわけじゃない。むしろバカタレアベンジャーズは四人いるから火力で押し切れる!
「で、ここから俺はどうすればいい!?」
「ギルガメッシュ氏!攻撃の頻度が落ちたからと言って止まってはいけないですぞ!今すぐ動くですぞ!」
「え!?」
"ギルガメッシュが戦闘不能になりました。ダンジョンから離脱します"
「「「 …… 」」」
そういやこの人直前に帰ってきたせいで、半分以下からの行動パターン知らなかったな。
「このダメンジャーズ、詰めが甘過ぎでは?」
「ま、まだ三人いるですぞ!」
こんな予想外のグダグダが発生してる間も、敵の体力は減り続けている。どこか別の場所で頑張ってくれている人達が必死に稼いでくれている。しかし、グラビティで削るという都合上、減りが段々と遅くなって来ている。
「やっぱりこの辺りが頭打ちなんだね。でも、今までで一番最高の状態だ!」
イマジンが先陣を切り、ダガーナイフで素早く定期的にダメージを与え、ミカンが刀でヒットアンドアウェイで攻撃を繰り出す。そこに私が魔法で強化をかけつつ後ろから隙あらばと攻撃を仕掛ける。
二人いなくなったけど、結局時間が少し伸びるってだけで全然戦えるじゃん!……と思っていた。
「……!」
残り体力5%程を切った瞬間、ラスボスの攻撃に一瞬の遅れが入った。この必死に戦い続ける中でその事に気付けたのはただの奇跡だったのだろう。同じく、ミカンもその事に気付いたようで、二人揃って同じ疑問符を浮かべる。
ーーだが、そこから行動に移せたのはミカンだけだった。私は気になりながらも攻撃を続け、まずその事に気付いていないイマジンも同じだった。
《ゼロ・グラビティ》
一瞬遅れた攻撃の後放たれたフィールド全域を覆う攻撃。グラビティという名前がついていながら、パッシブに付けた耐性を無視して体力が100%削れる。唯一付けていない闇属性に引っかかったのか?いや違う。こちらの現在体力の四倍くらいのダメージを喰らっている。
「四百パーセント割合!?」
勝負は一瞬にして決してしまった。ここまで積み上げてきたにも関わらず、最後は理不尽を極めた攻撃でゲームオーバー。しかも、こんな攻撃残された時間で対処法を見つけ出すなんて……
「まだ!終わっていないですぞ!」
「オタク?」
「初めにこの戦いはルール無用と定められたでござる。そして、我々はこのゲームを愛した全てのユーザーにエンディングを届け、かの傍若無人な運営に敗北を叩きつけるために戦っているでござる!」
見れば、なぜかミカンの体力だけが一ミリも減ることなく生存している。
「お、オタク!まさか!」
「どうせ終わるゲーム。ならば最後くらいプライドを捨ててやるですぞ!こんな事もあろうかと無敵チートを用意しておいたですぞ!ついでに攻撃力強化チートも付与させてもらうですぞ!」
「おいオタク!それはモラル的にダメ!」
「何を言うですぞ。我は初めにチートは最後の手段と言ったでござる。そしてここが、"最後"ですぞ」
あ、ダメだ。この人もう完全に自分の世界に入ってる……。
「向こうが無慈悲を叩きつけるなら、こちらは無用で跳ね返すまでですぞぉぉぉぉ!!」
やってる事はアレだが、無敵チートにより完成されたミカンは、たった一人で残りの体力をとんでもない速さで削っていく。今までの苦労は何だったのだと聞きたいが、あくまで最後の手段なのだ。それに、ここから再挑戦しようにもさっきの割合ダメージを耐える手段がパッと出てこない今、もう為す術はこれくらいしかない。
「行け!オタク!」
「やれ!オタク!」
「頑張れオタク!」
「誰一人我のユーザーネームで呼んでくれないでござる!しかし!勝つ!」
あと少し、あとほんのちょっと。もう少しでエンディングに手が届きかけたその瞬間!
《あれぇ?なんで体力1まで削れちゃったのかなぁ?おかしいなぁ?本当ならその前のグラビティで絶対死んじゃうはずだったのに。こんなの"チート"でも使わないと辿り着けないよねぇ?対策してないと思った?ざんねーん!対策済みでぇぇぇぇす!》
"ミカンの接続が切断されました"
「「「 …… 」」」
やめるか、このゲーム。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
三十一日目。最終日。
八月三十日。遂に来てしまった今日この日。
「振り返ってみればくだらない思い出ばかりでした」
「良い思い出とも言えるよ。ま、くだらないという意見には賛成だね」
ドクターYは急患の様子をまだ見なくてはならないからと今日はログインして来ていない。ギルガメッシュも指導した小学生達からバーベキューの誘いがあってそっちを優先したらしい。そしてミカンはアカウント停止を喰らったためそもそもログイン出来ない。何やってんだ東大生。
ということで、今日私達のギルドでサ終の瞬間を見届けているのは私とイマジンの二人だけ。何だか寂しいものだ。
「というか何か全体的に動きがもっさりしてる気がするんですけど気のせい?」
「サ終の瞬間を見届けようと、普段ログインしない人、ちょっと前にやめてしまった人、ただの冷やかしって感じで普段の数十倍近く人が集まってるからね。そりゃ、多少ゲームの動作も不安定になるよ」
サ終の瞬間というか、サ終まで二十四時間を切った瞬間、空が赤く染まり、あのラスボスが黒い輪郭を帯びた太陽に被さるようにして現れた。まさかの世界滅亡オチかい!と誰もが思ったものの、私達の作戦が失敗してしまったせいでこの世界は終わってしまうのだ。そういう設定にしとこう。初めから勝たせる気が無かったのは、この世界を終わらせるためなのだから、そういうことで納得しておこう。
「あ、ラスボスがエネルギー集め出した」
「いよいよって事だね。ところで最後に聞いときたいんだけど」
「……後で待ち合わせ場所連絡しときますから、今はちゃんと見届けましょう」
巨大なラスボスがこの世界に向けて真っ赤なビームを放って来る。その無駄に派手なエフェクトがバチバチと空を駆け巡り、それが影響してるのか余計にゲームの動作が重くなる。重力技を扱っていたラスボスらしく、ただの偶然だがそれっぽい世界の終焉が訪れる。
「さよなら、クソゲー」
街にビームが落ち、メラメラ?キラキラ?なんかよく分からん詰め込まれたエフェクトが大量に放出される。コマ送りかってくらい画面がカクカクと動く。
そしてーー
"エラーが発生しました。この表示が何度も出る場合は下記のカスタマーサポートまでご連絡ください"
「あ、サーバー落ちた」
……締まんない終わり方。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それから数時間後。
ところ変わり我が家の涼しい要塞から一転、メラメラとお日様煌めく横浜駅前。8月ももう終わりかけだってのにこの鍋で煮られてるような暑さは嫌になる。オタクが倒れたのも納得だ。
さてさて、なぜそんな出歩きたくない暑さの中私がこうして表に出たのか。まあ特に深い理由は無い。単純に人との待ち合わせである。
で、その待ち合わせの人物というのが……
「やぁやぁ、もしかしてだけど君がクラウドさんかな……」
「……わざとらし。わたした、僕達知り合いでしょ。先輩」
「あら、バレてたか」
「……」
待ち合わせ相手というのは他でもない。ゲームの中じゃイマジンを名乗り、今はチャラチャラした格好でまるでナンパのように話しかけてきた人物。本名雪解雨 雫《ゆきげあめ しずく》。私の一コ上の先輩である。あ、ちなみに私は十五歳。
「おかしいと思ったんですよ。ただゲームしてるだけで一切個人情報バラしてないのにそんな簡単に特定出来るわけないって。カマかけるにしてももうちょっと情報はいるでしょって。……既に知り合いなら声とか雰囲気で分かったんだろうなって納得しましたよ」
「そうだね。一匹狼を貫く割には寂しがり屋で、喋れば意外と元気なのに正面切っての人との付き合い方が分からない。それが俺たちだろ?」
「はぁ」
勝手に人のことを分かったような口きいて、これだからこの人の誘いは断りづらいんだ。ウザい癖に無駄に欲しい言葉をくれる。だから、この人が卒業してから私は学校に行かなくなった。辛いだけ、楽しくないだけの場所に、唯一心を許せた人までいなくなってしまったのだ。こんな情けない私を誰も責めないでほしい。私だってなれるなら普通になりたいのだから。
「にしても、君は変わってないようで安心したよ」
「先輩こそ。男装癖により磨きがかかったようで何よりです」
「あれ?嫌味に受け取られた?」
「分かってるなら言わないでください」
先の発言で述べたように、先輩はこんな形で女性なのである。と言っても、いわゆるそっち系の人間ではない。性自認はちゃんと女で、この男装と男っぽさを意識した喋り方は本人の趣味。そんでもって美形と来たもんだから、体の成長に合わせて大人っぽさも増されてる今、学校ではさぞモテていることだろう。
対して私の方はと言うと……
「……何ですか?ジロジロ見て」
「いや。相変わらず"美桜"は出会った時のように可愛いなと思って」
「今更褒めたって何も出て来ませんよ」
先輩が男装だと言うのなら、逆に私の方は女装と言うべきだろう。最も向こうと違い、こちらは本気。性自認は女で、格好も今言われた通り女の子らしい可愛さを意識したコーデで来ている。ついでに顔付きは女の子寄りの丸顔で、パッと見ただけなら100%の確率で人を騙せられる自信がある。それが私、『曙色 美桜《あけいろ みお》』の本当の姿。
あくまで私がやってる事はただの模倣に過ぎない。本物になることのない空虚な偽物。ちゃんとした女の子として産まれていたら、今のこの惨めな生き方も変わっていただろうかと何度も呪ったくらい。
「えーっと、じゃあ行こっか?」
「どこに?」
「酷いなぁ。夏祭り行こうって約束したじゃん」
「妹さん来てませんよ」
「夏風邪」
「……」
なーんか色々嘘つかれてる気がしなくもないけど、もうここまで来てしまったんだ。少し付き合ってサッと帰ろう。うんそうしよう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「で、何で服屋?」
これまた場面は急に変わり、ここは市内のどっかよく知らないショッピングセンターの中。冷房が効いてて心地よく、今いるフロアは人も少ないため結構快適だ。
「だって美桜、去年の夏とコーデ変わってないじゃん」
「別に一緒でいいでしょ。見せる相手のラインナップなんて先輩以外更新されてないんだから」
「相変わらずだね。学校、やっぱり行ってないのかい?」
「はぁ……。知ってるくせに聞く?普通」
「……」
この質問をしてきたのが先輩以外の人間であったのなら、私はとっくに帰り支度をし始めている頃だろう。いや、例え先輩であったとしてももうしていいくらい。今日は何となく虫の居所が悪い。
「ごめん。今のは俺の言葉選びが間違ってた」
「分かってるんならいいんですよ。あんまり僕を不機嫌にさせないでください」
私から滲み出る黒いオーラでも見たのだろうか。ニコニコとしていた先輩はちょっと困ったような面持ちでそう謝ってきた。
「何だか、今日は穏やかじゃないね」
「穏やかじゃないのはいつもの事ですよ。毎日毎日嫌なことばっか考えてくだらない娯楽の中に逃げ込んでる。こんなんじゃダメだって分かってるのにどうしたらいいか分かんないからまた嫌なことだけ考えてる。ずっと、それの繰り返しでーー」
「ダーメ!」
つい俯きがちに暗く呟いたそれを、先輩は明るく、私の頬を挟むように掴んで持ち上げ目線を合わせてくる。
「また悪い癖が出てるよ。俺がいないくらいで溜め込みすぎだよ」
「……ごめん」
「気持ちが沈んでるところに暗いことばっかり考えようとするからどんどん沈んでくんだよ。こういう時は好きなこと、楽しいことして、不安なことなんて考えない!それでも考えちゃいそうになるんだったら、何とかなる!そんなお気楽な考えでいればいいんだよ」
「……」
やっぱり先輩だ。欲しい言葉、慰めてほしい言葉、なんでも言ってくれる。
あーあ、私も先輩みたいに強くなれたらいいのに。そうなればきっと、こんな苦しい思いもしなくて済んだのになぁ。
「ほらほら、古い服来てるから気分が落ち込むんだよ。新しいもの身に付けて明るく行こう!」
「……何それ。ふざけてる?」
「ふざけてるよ。そうした方が楽しいだろ?」
「……そうだね」
ご最もな意見ですこと。
「じゃあ先輩。これから二時間くらい僕自身のキャラデザに付き合ってもらいますよ?」
「構わないよ。可愛い美桜を俺に見せてくれ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ま、まさか三時間コースになるとは思わなかったよ……」
「ふん。上手く口車に乗せた先輩の責任ですよ。僕のキャラデザがほんの二時間で終わるわけないじゃないですか」
買いたいものがあったら奢ってくれると言われたので、先輩が持つ紙袋の中には今日買った服が割とずっしり来る重さで入っている。ついでに安物だったけど浴衣にも着替えてみた。折角お祭りに行くんだもん。こういうの着てた方が雰囲気あるし、何気にこういうのに袖通したことなかったから丁度いい機会。
「今月……ちょっと厳しくなっちゃったな……」
「僕の物欲を舐めてかかるからですよ」
「まあ、元気になったみたいだから良かったかな」
「本当になったと思ってます?」
「生半可には思ってないよ。多分今日だけ元気で明日からまたナーバスになるんだろうなぁって思ってるし、学校は絶対行かないだろうし」
「ひっど……あれだけ持ち上げといてそんなこと言うんだ」
「まあね。ちょっとハマってただけのゲームが終わったくらいであんな落ち込みぶりだったんだから、これ程度で普段の美桜を明るくすることが出来るだなんて思ってないよ」
「……」
「でも、キッカケくらいにはなっただろう?その調子で、なんて無責任なことは言わないけど、少しでも笑ってくれてた方が俺は嬉しい」
「……ふっ」
僕が本当に女の子だったら、こんなカッコイイ人放っておかないのになぁ。あ、でも先輩見た目がこれなだけで女か。まあでも、罪作りな性格してるって言うか、存在そのものが罪っていうか。
「先輩って、悪い人ですよね」
「そうかな。……じゃ、悪い人からついでに1つお願いでもしようか」
「お願い?」
「そ。もしちゃんと高校に行く気があるんだったら、俺が通ってるところに来ない?って話。もちろん、進路なんだからこんな軽い理由で選んでなんて言わないけど、俺みたいなのがそこそこいる所だし、案外居心地のいい場所になるんじゃないかな?」
「……はぁ」
結構無理矢理な流れを作ったように聞こえたけど、これを伝えるのが目的だったのだろう。受験……か。学校行かなくなってからすっかり考えなくなったな……。
正直、こんな生活しといてなんだけど親に迷惑をかけたくないって気持ちはある。だから、一番手っ取り早く不安を解消させてあげられる手段が受験……ってのも分かってる。でも……
「どうせまた同じことの繰り返し……」
場所が変わったって私の事は何も変わらないし、時が過ぎれば周りの反応もまた同じように戻るだけ。それで私はまた上手く生きられない。
「……美桜。嘘をついたって良いんだよ」
「……」
「君もこの一ヶ月で知っただろう。ゲームの中でやってる事と、現実でやってる事に大きなギャップを抱えてる人達。どっちが本当の彼らなのかは俺達に知る由もないけど、両方とも本当で、両方とも嘘の彼らなのかもしれない。全部を受け入れてもらう必要なんてないんだよ。知られたくないことなら無理に教えなくていい。良い子ちゃんでいなくていい。なりたい自分に、嘘の自分になってしまえばいい。楽かどうかは知らないけど、楽しい自分でいた方がずっと面白く見えるって彼らが教えてくれただろ?」
楽しい自分……。
医者だけどモンクやってたり、オタク口調なのにイケメンの高学歴だったり……。確かに、見てる分には凄く面白かったし、本人たちも楽しそうな空気を出していた。
まあ、全部が正解とは思わない。逆に、全部が不正解とも思わない。みんな、それぞれの生き方があって、楽しくあろうとただもがいてるだけなのかもしれない。
そのもがいてる姿が、たまたま面白く見えて、たまたま楽しくて、たまに苦しくて。それでも……
「先輩」
「ん?」
「変わりたい……とは思わないけど、僕、やっぱり苦しいだけなのは嫌だよ」
「……」
「だから、また、キッカケになってくれる?」
私は凄く弱い。ちょっとしたことでナーバスになって、すぐに自分を傷つけたがる。だから、先輩みたいな助けてくれる人が必要なんだ。
「大丈夫。そう言えるようになった美桜は、何でもキッカケに出来るよ」
太陽がまだメラメラと煌めく夏の日。
私は少し、前に進めたような気がした。
「ところで夏祭りって、何時からでしたっけ?」
「5時過ぎだったから、まだ一時間くらいあるね」
「そっかー。みんなに用事がなけりゃ感想会くらい出来たなぁ」
「ーーですから、我は皆の者に感動のエンディングを届けるために頑張っただけですぞ!それなのに、あのクソ運営はちっともーー」
「分かった。その話はもういいやめろ。そんな事より公園の隅で不安になるような倒れ方をするな!」
「一夏に三度も倒れられるのはある意味才能ですな。いやはや全く笑い事ではないのですが」
……今すれ違った集団、なんか聞き覚えのある声がしたような。
「ねぇ、先輩。あの人達って」
「やや!?どこからかクラウド氏の声がするですぞ!」
「何を言っているオタク。そんなわけがーー」
「多分それ、気のせいじゃないです。ってか、その声ギルさん!?」
「やや。世間は狭いですな」
ーー暦の上での夏は終わる。でも、私達の少しだけ変な居場所はまだ続く、かもしれない……?
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