ワケあり父娘《おやこ》

ルクス

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ワケあり父娘《おやこ》1

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これはある父と娘の物語である

【いつも通り】
僕は尾日 豊次(おび とよつぐ)
業績そこそこの会社で係長を務めるサラリーマンだ。
人からの頼みは断れず、何でも引き受けてしまう典型的なお人好しで名前もそう読めてしまうせいか、あだ名は"お人好しさん"

そんな僕には青衣(あおい)という娘がいる。
4月に3年生になった現役の女子高生だ。
特に目立った反抗期もなく親子仲良く暮らしている、ごくごく普通の家庭なのだ。


「おはよう青衣。 今日も弁当作ってくれてありがとうな。」
「あっ、お父さん。 自分の作らなきゃだからついでだよ。」
「ついでだなんて...。 それより今日早く行かなきゃならないんじゃなかったか?」
「そうだ!! 朝一で課題出すんだった。 早くしないと!」
そう言うと青衣は慌てて弁当をカバンに入れてエプロンを外すと朝食もそこそこに出ていった。
「青衣は今日も元気そうだな。 僕もそろそろ出るかな。 それよりも...。」
ボソボソと呟きつつ豊次も家を出た。「40歳を目前にすると色々考え事が増えてくるな。 特に我が家の場合は色々ありすぎる。」
などとつまらない独り言を並べるうちに会社に着いていた。
自分のデスクに着くとPCを起動させつつ午後の会議の書類に目を通して、いつもと変わらぬ時間を過ごしていた。


「あぁぁぁ~~~!!! 遅れちゃうよ!!」
そう言いながら私は自転車のペダルを交互に強く踏みしめた。

私は尾日 青衣。お父さんと二人暮らしのJK3。
お母さんは私が生まれてすぐ死んじゃったらしくて顔も知らない。
でも、その分お父さんは私を優しく大切に育ててくれたから寂しくない。

「夏樹先生! 昨日出しそびれた課題です!!」
「尾日か。 いつもは課題なんて忘れないお前が珍しいな。」
「いや、最近なんだかぼぉっとしちゃって。」
「理由はどうあれ忘れ物はしないように。」
「はい。」
こうして青衣は朝のホームルーム前に課題を出し、教室に向かった。
「青ちゃん おはよー。」
「柚希ちゃん おっはー!」
親友と挨拶を交わした青衣もまた、いつもと変わらぬ時間を過ごしていた。

そう、この時までは。


【告白】
「たっだいま~。」
「おかえり。 今日は早かったな。」
「だって短縮授業だし部活はミーティングだけだったもん。 って言うかお父さんは何でいるの。」
「父さんはちょっと体調不良で早退きしたんだ。 それより夕飯できてるから先に風呂入っておいで。」
「わかった。 無理だけはやめてね、私の頼りはお父さんだけなんだから。」
「ぉ、おう。」
娘の一言が嬉しいはずなのだが、豊次の心にある一物がそれを許さなかった。

二人とも風呂を済ませ、豊次お手製の夕飯を食べていた。
「今日さ、柚希ちゃんが数学の問題解けなくて困ってたら敬汰くんがさらっと教えててカッコよかったな。」
「その敬汰くんは頭いいんだな。」
「当たり前じゃん! だってテストなんてほとんど満点だよ。 かえって怖い。」
「青衣はどうなんだ?」
「私はねぇ...下の上くらい。」
「頑張れ~。」
「わかってるし!! 頑張ってるし!!」
食卓には白米と味噌汁、鮭の西京焼きにぬか漬け。
ありきたりなメニューだが、二人の会話がそれを何倍も美味しくした。

そんな時間はあっという間に過ぎ去って、青衣はソファーでまったり携帯を見ていた。
「青衣。 ちょっと大事な話があるんだ。」
「どうしたの、急に畏まっちゃって。」
「とりあえず来なさい。」
豊次の表情はいつにもなく真面目で沈んでいた。 
青衣が椅子に座ると豊次は一枚の手紙を差し出した。
「何この手紙? もしかして親戚の不幸とか。」
「まあ読みなさい。 それから詳しく話すよ。」
そう言われて青衣は文面に目を落とした。

『豊次さん、お元気でお過ごしでしょうか。 私は相変わらずな生活を送っております。 あれから18年が経ち、そろそろ青衣も就職を考えているのではないでしょうか。 今回このようなお手紙を差し上げたのは、私の刑期もあと数ヶ月であけるのでご報告と青衣を引き取る件について豊次さんにご相談したかったからです。豊次さんには青衣をここまで育てて頂いて感謝しております。 良ければ己の罪滅ぼしの意味でも青衣を引き取りたいと思います。 是非、ご返事をお聞かせください。  石川豪』

「ねぇお父さん、どういう事? 私を引き取るって何の話? それにこの石川豪って誰なの。 刑期って犯罪者って事?」
「落ち着きなさい。 実は青衣が大きくなったら話そうと思っていたんだが、僕は本当の父親じゃないんだ。 君の父親はこの石川豪さんだ。」
「どうしてお父さんはお父さんのフリをしてたの。 どうして!」
「ここにある通り君の父は今、刑務所にいる。 彼は人を殺めてしまったんだ。 僕の妻と娘をね。」
「えっ...。」
そして豊次は経緯を洗いざらい語った。 
石川とは古い友人で仲良くしていたが、些細な金のトラブルで揉めた末、脅すつもりが誤って豊次の妻子を殺してしまった事。
彼が逮捕時にまだ幼い青衣を残して母親が病死してしまった事。
そして、まだ彼が青衣の事を大切に思っている事を。

「それが青衣の過去の全てだ。」
「私が...お父さんの子供じゃない...。 人殺しの娘...。」
「僕も信じたくはないよ。 あんな揉め事がこんな悲しい現実を生むなんてね。」
「 一つ聞いてもいい? 何でお父さんは自分の妻子をうばった人の娘なんて育てようと思ったの。」
「確かに僕は妻と子供を殺されて恨んだし、君を引き取る事も拒んださ。 でもね君のお母さんに最期に頼まれたんだよ。 私達を恨んでも憎んでも構わないが君だけは、青衣だけはちゃんとした大人にして欲しいって。それで僕は揉め事の種を生んでしまった自分を戒める為にも君を育てる事を決めたんだ。」 
青衣の心は悲しみや怒り、そして豊次への感謝の情で溢れていた。

その晩、青衣は目を泣き腫らして寝た。
「すまんな青衣。 できる事なら何も言わず幸せなまま暮らしていたかったよ。」
豊次は呟きながら青衣の頭を撫でると自分の部屋に戻った。


【決意】
翌朝になったが、さすがに昨日の今日ではお互い話しかけづらいのか二人とも無言の時間がほとんどだった。
しかし、互いの動きを理解しているからか何も言わずとも滞りなく生活できる事が皮肉にも思えた。

それから一週間は以前の半分程まで会話も減り、家の中も少し落ち着かない様子が続いた。
そんなある日の夕飯時の事だった。
「やっぱり私、本当のお父さんに会ってみたい。」
それは青衣の口から何の前触れもなく飛び出した。
「もちろんお父さんが嫌とかそういうのじゃないんだけど、やっぱり自分の本当のお父さんがどんな人か気になるし、どうしてこんな事になったのか自分で確かめたいの。 ダメ?」
「ダメなもんか。 青衣がそうしたいと思うのならやればいいよ。 きっとアイツも喜ぶだろうしね。」
「ありがとう!」
親子に少しだけ笑顔が戻った気がした。


週末、豊次と青衣は豪がいる刑務所に面会に訪れた。
そこは規模が小さいとは言え、数百人の囚人がいるというだけあって二人とも雰囲気に少し怯えていた。
面会室に案内され、少し待っていると強化ガラス越しに一人の男が現れた。
刑務官が20分の面会時間を言い渡すと部屋を後にした。
「あなたが私の...お父さんですよね。」
「もしかして青衣か。 俺が最後に見た時はまだ赤ちゃんだったのに、こんなに立派な女性になったんだな。」
「豪、久しぶりだな。 僕の娘というかお前の娘は順調に育ってくれてるよ。」
「豊次、俺はお前の大切な家族を...本当にすまない。 それに青衣まで育ててもらって、一生かけてもこの罪を償うことも恩を返す事もできないかもしれない。 本当にすまない。」
豪は涙を浮かべながら頭を下げた。
「もういいとは言わないが今を大切にしてくれ。 それより今日来たのは青衣にお前の口から真実を話してくれ。」
そして豪は事の真相を語った。
時折声をくぐもらせながら語られたのは豊次の話とほぼ同じ内容だった。
「以上が俺の過去《あやまち》の全てだ。 豊次と青衣には本当にすまない事をした。」
少し間をおいて
「豪さんにも色々あったんですね。 私、お父さんに話を聞いてすっごく恨んでたんです。 何でそんな事したんだろうって、でも豪さんから話を聞けたら少し落ち着いた気がします。」
さすがの豊次も青衣の言葉に内心、驚いていた。
そして面会時間も終わり豪は深々と頭を下げると刑務官に連れられ戻って行った。

帰りの車中、二人とも黙ったままだったが青衣は少し思い詰めた表情をしながら
「お父さん、私ね...豪さんと暮らしてみたいの。」
「えっ。」
本当の父親に会ったら遅かれ早かれこういう話になるのは豊次も予想していたが、思ったより早い告白に少し動揺してすっとんきょうな声をあげてしまった。
「いきなりごめんね。 豪さんと会って話をしてたら本当はいい人かもしれないって思って、それでもっと知りたくなったの。 お父さんには申し訳ないと思うでも私はそうしたい。」
「何を言うかと思ったら。 お父さんは賛成だよ。」
思わず青衣は目を見開いた。
「お父さんはもちろん青衣がいなくなるのは寂しい。 でもね、それ以上に現実を理解して自分の考えを言ってくれた事の方が嬉しいんだ。 だから僕に引け目を感じたり気を遣ったりしないでやりたい様にやればいいよ。」
「ありがとう。本当にありがとう!」
そして車は家路を辿っていった。


【別れの前夜】
「いよいよ明日だな。」
「そうだね。 少し寂しいな、やっぱりやめようかな。」
「こら、そういう事言うもんじゃないぞ。」
豊次はちっちゃな嘘をついた。

明日は豪が出てくる日、そして青衣が出ていく日。
青衣は軽く荷造りをしていた。
「ちゃんと荷物は持って行けよ。 もう戻ってこれないんだから。」
「わかってるよ。  言われなくても。」
青衣の返事はささやくようだった。 
18年自分を育ててくれた豊次との別れはやはり辛いらしい。
「そうだ。 これも持っていくといい。」
そう言って豊次は綺麗にラッピングされた小さい箱を手渡した。
「何これ、開けていいの?」
「待った! それは僕、尾日豊次が父親として送る餞別だから向こうに行ったら開けて欲しいんだ。」
青衣は小箱をそっと段ボールの一番上に入れた。


【旅立ちの朝】
いよいよ朝になった。
豪の家はここから2kmないくらいのところで電車を使えば高校も今までどおり通える距離だ。
正直遠くないが豊次にとっては十二分に遠くへ行ってしまう気がした。

今日も青衣が朝食を作り豊次が起きてくる。
いつもと同じ光景。
「これも最後なんだな。」
「また会いに来てね。」
「あぁ。」
それだけの会話を交わし、朝食を食べた。

9時になり、豪がトラックに乗って来た。
「青衣を迎えに来ました。 」
「豪、よく来たな。 これから色々あると思うが二人で乗り越えて頑張れよ。」
「あぁもちろんさ。それより豊次、こんな俺のために本当にありがとう。」
「こちらこそ18年間、青衣を育てさせてくれてありがとう。 青衣を育てていくうちに僕自身も色々と成長出来た気がするよ。」 
古い友人達は長い時を経て、一人の少女のを通してまた友情を再確認したようだった。

それから30分ほどかけて荷物の入った段ボールを三人でトラックに積んでいった。
「これで準備完了か。 じゃあ青衣、元気でな。 何かあったら豪...お父さんを頼りなさい。」
「わかってるってば。」
「名残惜しいとは思うが時間だ。 行こうか。」
「じゃあこれから青衣を頼むよ豪。 青衣もこれから家族で楽しく暮らせ。」
「うん、じゃあバイバイ "豊次お父さん"。」
青衣の別れの挨拶に豊次はこっそり涙した。
最後まで自分を父親として接してくれた娘の優しさに感涙が止まらない。
「本当にありがとう。 二人で楽しい人生を歩めよ。」

ほのかに暖かい春の青空の下、豊次は遠ざかるトラックから見えるバイバイを告げる二人の腕をいつまでも見つめていた。
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