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ケンちゃんと悪くない魔女?

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 土曜日の中央公園には魔女が出る――そんなウワサ話が広まったのは、三年生に上がってすぐ、今年の四月くらいからのことだった。
 おさななじみのタクミから聞いた話だと、土曜日の夕方になると、長いすその真っ黒いワンピースを着て、長いかみの毛を一本の三つあみにして、真っ赤な口べにをつけたあやしい女の人が、オオカミみたいに大きな犬をつれて現れるらしい。
「タクミ、そんな話を信じてるなんてバッカじゃねえの」
 笑いとばしたのはユーダイだった。ユーダイは高学年にまちがわれるくらい体も大きいし、力も強い。すぐに怒るし、ジャイアンみたいに気分屋で、ぼくはこのユーダイが苦手だ。でも、家が近所だから、集団下校でいっしょに帰らないといけない。
「オレも信じてなかったんだけどさ、見たんだよ。この前、中央公園に行ったときに、ウワサ通りの見た目の、美人だけどあやしい女の人がいたんだ。あれはきっと魔女だって。なあ、カイト?」
 タクミは大マジメな顔をして、となりを歩いていたカイトに話しかけた。二人は同じサッカークラブに入っていて、なかがいいのだ。
「ああ、おれも見た。一組のヤツに聞いた時は、あんまり信じてなかったんだけどさ、見てみるとぜったいにあれは魔女だと思うって」
 カイトまで大マジメに言う。カイトは人の言うことをなんでも信じるし思いこみもはげしいタイプだから、あんまり信用できない。
「なあ、ケンちゃんはどう思う?」
「えっ、ぼく?」
 急にタクミから話をふられてびっくりして聞き返した。
「ぼくは、よく分からないや。だって、魔女かどうかなんて、見た目だけで分かるものじゃないと思うし、でも、二人がそうだって言うならそうなのかもしれないし……」
 タクミやカイトは心の底から信じてるみたいだから、ちがうと思うと言うのも気が引けるし、かといって、魔女なんて本当にいるとも思えないし、こまってしまった。
「なんだよケンタ、はっきりしねえな。そんなんだからお前はチビなんだぜ」
 ユーダイはどっちつかずなぼくの言葉にいらついたように言った。
「小さいのは、べつに、関係ないだろ」
「チビのくせに言い返してんじゃねえよ」
「うわっ」
 言い返せば、ユーダイにかたをおされて突き飛ばされた。二、三歩よろめいて、しりもちをついてしまう。上級生とはだいぶ前に分かれて、家が同じ方面のこの四人しかいないから、今ユーダイはムテキなのだ。
「だいじょうぶか、ケンちゃん? ユーダイ、つきとばすことないだろ!」
 タクミがあわててぼくに手をかしてくれて、ユーダイに注意した。
「そんなに強くおしてねえよ。かってにケンタが転んだんだろ。そいつが弱っちいのをおれのせいにすんなよ」
 注意されてもまったく悪いと思っていない様子でユーダイが言い切るのを聞いて、はずかしさとくやしさで、カッと顔が熱くなった。
「ユーダイの力でおしたら、ほとんどのヤツは転んじゃうよ。ケンちゃんは前ならえで一番前だし、なおさらじゃんか」
 カイトもぼくをかばうように言ってくれるけど、その言葉がなおさらミジメだった。
「二人とも、ぼくはだいじょうぶだから」
 イライラが目に見えてきたユーダイに、二人までつきとばされたらたまったものじゃない。立ち上がって、いたいのをがまんしながら言えば、ユーダイは、はなで笑ってぼくを見下ろした。
「おチビのケンちゃんは、かばってもらえてよかったなあ! 魔女の話がこわいビビリのくせに、そうやってヘラヘラしてるの、見ててムカつくんだよ」
 ユーダイは怒ったように言って、またぼくのかたをおした。今度は転ばなかったけど、ぼくだってここまで言われたらくやしい。思わずユーダイをにらみ上げれば、ユーダイもにらみ返してきた。
「ケンちゃん、やめとけ。くやしいのは分かるけど、相手はユーダイだぞ」
 しっかり者でいつも冷静なタクミが間に入ろうとしてくれたけど、ユーダイはおかまいなしにタクミをおしのけて、ぼくにむき合った。
「なんだよその目、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
 ユーダイはドスのきいた声で言う。
「ち、小さいのは本当だけどさ、ぼく、ビビリなんかじゃない!」
 ありったけの勇気で言い返せば、ユーダイはバカにしたように、ニヤリと口元をゆがめる。
「じゃあ、証明してみせろよ」
 ユーダイが一歩、ぼくの方にふみ出して言うので、思わず後ずさった。
「証明?」
「ビビリじゃないって言うなら、証明してみろよ」
 ユーダイに言われて言葉につまる。
「そうだ、明日ちょうど土曜日だから、中央公園の魔女みたいなヤツに、魔女なのかどうか聞いて来い。それができたら、ビビリじゃないって認めてやるよ」
 ユーダイはひらめいたように言った。
「でも、知らない人に話しかけちゃいけないって……」
 先生にもお母さんにもそう言われている。そのうえ、魔女かもしれない人に話しかけるなんてとんでもないことだ。
「ほら、やっぱりビビリじゃねえか。証明できねえんだから、チビでビビリのケンタで決定な」
 どこまでもバカにしたように言われて、頭に血が上った。
「――分かった、じゃあ話しかけてくるよ」
 そこまで言われて引き下がれるわけない。キッとユーダイをにらんで言い返した。
「ケンちゃん、やめとけって、あぶないよ」
「そうだよ、悪い魔女かもしれないのに」
 タクミとカイトが心配して止めてくるけど、引き下がりたくなかった。だいたい、ぼくは魔女だと信じていない。
「いいんだ、ぼくはビビリじゃないって証明してみせる」
「分かった。じゃあ明日、四時に中央公園に集合な。タクミ、カイト、お前らも証人として来い。にげたらショーチしねえぞ」
 ユーダイに言われて大きくうなずく。それを見て、カイトとタクミもしぶしぶうなずいた。


 そして、土曜日の四時。ぼく達は中央公園の大イチョウの木の下に集合した。中央公園はこのあたりでも大きな公園で、遊具もあればドッグランもあるし、ランニングコースもある。土日はクレープや焼き鳥を売る車も来た。タクミとカイトの話だと、その魔女らしき人は、先週、四時過ぎに大イチョウから二十メートルくらい離れたベンチで、犬を連れてクレープを食べていたらしい。
 ぼく達は大イチョウの後ろから、ベンチの様子をうかがう。
「お前らがにげずに来たのはほめてやるけどよ、本当にその魔女みたいなヤツも来るんだろうな?」
 信じていない口ぶりだったのに、しっかり大イチョウに体をかくしながら、ユーダイが言った。どっちがビビリだ、と言いたくなるけど、正直ぼくだってキンチョーしている。
「先週はここで見たんだ。他のヤツの話でもこの辺で見かけたってよく聞くし、きっと来ると思う」
 タクミがカイトに同意を求めるように言い、カイトもそれにうなずいた。
「あっ! 来た!」
 そんなことを話していたら、ベンチに視線をもどしたカイトが、こうふんした様子で言った。
 ぼくもあわててベンチの方を見れば、確かにウワサで聞いた通りの黒いワンピースで一本の三つ編みの女の人が、シベリアンハスキーっぽい大きな犬を連れてベンチの方に歩いてきていた。
「うわ、マジで魔女みたいなカッコしてんだな」
 少し引いたようにユーダイが小声で言った。自然とみんな身をよせあうように大イチョウの後ろにかくれる。
「ほら、言っただろ」
「魔女もだけど、あのデカい犬も、こえーよな」
 タクミとカイトも小声で言った。
 そうするうちに、女の人はベンチにこしかけて、肩にかけていたカバンをベンチの空いた方におき、手に持っていたクレープを食べ始めた。犬は女の人の足元に大人しくふせている。しばらく移動しなさそうな様子だ。ぼく達は顔を見合わせる。
「ほらケンタ、行ってこいよ」
 ユーダイもどこかキンチョーしたように言った。ぼくもこわい気持ちがあるけど、ここまで来たら行かないわけにはいかない。
「い、行ってくる」
 小声で答えれば、タクミとカイトが、両手で拳をにぎって、がんばれ、ヤバイと思ったらすぐにげろ、と口々に言ってくれた。それにうなずいて、ぼくは足をふみ出す。すぐそこなのに、一歩一歩がとてつもなく遠く感じられた。
 女の人のすぐ近くに来て、足を止める。Tシャツのすそをにぎりしめて、息を吸い込んだ。
「あの、すみません!」
 チョコバナナクレープを食べている魔女らしき女の人に、ぼくはついに勇気をふりしぼって話しかけた。
「ん、私かい?」
 口の中のクレープを飲みこんで、女の人はぼくを見た。思ったより低い、ハスキーな声だ。答えてくれたことに、ひとまずほっとする。だいじょうぶ、言葉は通じるみたいだし、話も聞いてくれそうだ。足元の大きな犬も、ぼくのう方を見ているけど、地面にふせたままでちょっと安心する。
「あの、急にすみません。えっと、お姉さんに、聞きたいことがあって……」
 ドキドキして声がうわずる。女の人は、どぎまぎしているぼくを急かすこともなく、黒々とした目でじっとぼくを見つめた。
「聞きたいこと? 私は、この街に越してきたばかりでね。答えられることだといいんだが」
 言葉づかいはあまり女の人らしくなかったけど、やさしい口調で言ってくれる。ぼくは意を決して顔をあげた。
「あの、お姉さんは、魔女ですか?」
 おそるおそる口を開けば、女の人は目を丸くしてから、突然、高らかに笑い出した。
「あっはっはっは! 少年、どうしてそう思ったんだい」
 ひとしきり笑ってから、女の人は面白そうにぼくへ問う。
「みんながお姉さんのことを魔女だって言うし、魔女みたいなかっこうをしてるから……」
「なるほど」
 正直に答えれば、女の人は一つうなずいた。

「良かったねえ、少年――私が悪い魔女じゃなくて」

 そして、女の人は真っ赤なくちびるを、にんまりとゆがめて言う。ぼくはそれを見て、冷やあせが出た。ゆで卵みたいに白いはだに、長いまつげ、つり上がった目は大きくて、遠くから見てもきれいな人だと思ったけど、近くで見るとなおさらきれいだった。目元の紫っぽいおけしょうや真っ赤な口べにをした、こわいくらいの美人が、ミステリアスに笑って言う言葉は、それだけで魔法みたいだ。この人は、『悪い魔女』ではないと言ったけど、つまり、『悪くない魔女』だということだろうか。
「もし私が悪い魔女だったら、君は今頃トカゲに変えられて、丸飲みにされているところだよ。命拾いしたねえ」
 声をひそめて言った女の人の口ぶりを聞いて、本物かもしれない、と思った。
 だって、魔女じゃなかったら魔女じゃないと言うか、バカな話と笑いとばすはずだ。小学生のこんな質問につき合ってくれる大人がいるわけない。
「ご、ごめんなさい」
 丸飲みにされる自分を想像したら、よけいに冷やあせが出て、思わずあやまった。そんなぼくの様子に、女の人は――魔女は、くすりと笑う。
「いや、いいんだ。好奇心旺盛なことは悪いことじゃない。ただ、見た目で判断して軽率に質問をすると、相手によっては気分を害するし、そのせいでひどい目に遭うこともあるからねえ。初対面の人間に、不躾に見た目のことをあれこれ言うべきではないね」
 黒々とした魔女の目が、真っ直ぐにぼくにむけられる。分からない言葉もあったけど、言い聞かせるような口調に自然とうなずいていた。
「はい。ほんとに、すみませんでした」
 確かに、魔女の言う通りだ。ぼくだって、知らない人からいきなり背が低いことを言われたらイヤな気持ちになる。
「うん、素直なのは良いことだね。反省してくれたらいいんだ。君は、みんなの代表で聞きに来たのかい」
 魔女は、みんなが顔を出して様子をうかがっている大イチョウ木の方をちらりと見て言った。ぼくもそっちを向けば三人があわてて首をひっこめるのが見える。
「いえ、代表っていうほどかっこいい感じじゃなくて……ええと、ぼくがビビリじゃないって、証明しないといけなくて」
 うつむいて口ごもってしまう。ぼくがビビリだと言われたことを知らない人に話すのは、はずかしいしなんだか変な感じがした。
「君は、いじめられているのか」
 魔女は、おどろいた様子で少し心配そうに聞いてきた。
「ち、ちがいます。イジメってほどのことじゃ、ないです。ぼくがビビリじゃないなら、魔女かどうかお姉さんに聞いてこいって言われたんです。ぼく、小さいから、たまには、やれるんだってところを見せないと、友達にバカにされるし」
 ぼくは早口で言い訳した。初めて会う人から、友達にイジメられるような弱いヤツだと思われたくなかった。
「小さいというだけでバカにしてくるような人間は、そもそも友達でもなんでもないと、私は思うがねえ」
 魔女は心配そうな眼差しのまま、ため息まじりに言う。
「君のコンプレックスを利用して、いいように使っているだけの人間と一緒に居て、君は楽しいのかい、少年」
 魔女は少し怒ったような顔で言って、真っ直ぐにぼくを見た。
「楽しくないけど、でも、バカにされたままもくやしくて……それに、バカにしてきたのは一人なんです。あとの二人は、ぼくをかばおうとしたら、証人としてついて来いって言われて。それで、連れてこられただけなんです。二人は、ぼくの味方です」
 見ず知らずの子どものために怒ってくれる魔女は、意外といい魔女なのかもしれない。かばってくれたタクミやカイトまで悪いヤツだと思われたみたいだったので、急いで説明した。
「ああ、それはすまない。事情も知らずに悪かったね。まあ、小学生のうちは世界が狭いから、ガキ大将に逆らえないのもある程度、仕方ないのかもしれないが」
 魔女は苦笑いした。
「少年、バカにされて悔しかったかもしれないが、嫌なことは嫌と言っていいし、それで馬鹿にしてくるような奴は、こちらから見下してやればいいんだよ。さっきも言った通り、世の中には悪い魔女もいるし、悪い人間の大人なんてもっと沢山いるからね。偶々、今回は私が、子供をさらってどうこうしようという人間ではなかったから良かったものの、知らない大人に不用意に話しかけるなんて、危ないことはするべきではないよ」
 魔女は、さとすように言った。あと、相手を見下してもいいなんて、大人の口から初めて聞いて、ちょっとびっくりした。大人がそんなことを言っていいんだろうか。やっぱり魔女だから、人間を見る目が違うのかもしれない。
「ごめんなさい。これからは気をつけます」
 きちんと目を見て話してくれて、ぼくは素直に反省できた。確かに、人間でも悪い大人は世の中にたくさんいるだろう。
「うん、分かってくれればいいんだ。それに、君を馬鹿にしてくるガキ大将も、随分と視野が狭いらしい。少年、君は今、何年生だい?」
「えっと、三年生です」
 話の流れが見えないままとりあえず答えれば、魔女はにっこり笑った。
「なんだ。それなら成長期は、まだこれからじゃないか。いつか君が、彼の身長を追い越す日が来るかもしれないよ」
 魔女に言われて、びっくりした。ぼくがユーダイより大きくなるなんて、イメージがわかない。
「そんなこと、考えたこともなかったです」
 目を丸くして正直に言えば、魔女は、ゆかいそうに笑う。
「そうかい。それじゃあ、君が成長期になったらそのガキ大将より大きくなる魔法をかけてあげよう」
「えっ、そんな魔法があるんですか!?」
 ぼくはびっくりして大声で聞き返してしまった。
「しぃっ! 声が大きい」
 魔女は口べにと同じ真っ赤な色の長いツメの人差し指をくちびるの前で立てて、ぼくをいさめた。
「今すぐ大きくなるような魔法ではない。時間をかけてゆっくり発動する魔法さ。それでもいいかい?」
 魔女は笑って言う。ぼくは思いもよらないできごとに、さっきとはちがう、うれしいドキドキで大きくうなずいた。
「よろしい、それでは目を閉じなさい」
 魔女に言われてきつく目を閉じる。
「マジクマジカラマジクマジカリマジマジキマジカルマジケレマル! よし、目を開けていいよ」
 魔女が早口に呪文をとなえ終わったのを聞いて、目をあけた。
「……これで、本当にぼくの方が大きくなれますか?」
 とくに体に変わった感じがしないから、よく分からないまま聞けば、魔女はマジメな顔をした。
「この魔法は、実は条件付きの魔法でね。それが守れないと効果がなくなってしまうんだ」
「えっ、どんなジョーケンですか?」
 せっかく魔法をかけてもらったのに、それが消えてしまったら大変だ。ぼくも、しんけんに聞いた。
「好き嫌いせずに何でもよく食べること、成長期が終わるまでは夜の十時には寝ること、適度に身体を動かすこと。この三点を守りなさい。そうすれば魔法はきちんと発動するだろう。逆に、これが守れなかったら発動しないからね」
 魔女が言う『条件』というのが、思ったよりもふつうのことでほっとした。それくらいなら、ぼくでもできそうだ。
「分かりました。守ります」
「うん、よろしい」
 そう言ってうなずけば、魔女はやさしく目を細める。
「あと、くれぐれもこの魔法のことと、私が魔女かどうかということについては、秘密にしておくように」
 魔女は声をひそめて言った。
「えっ、でもぼく、魔女かどうか聞いてこないといけなくて」
 みんなに伝えしないといけないのに、秘密にしないといけないなんて、こまってしまった。
「ああ、君はちゃんと聞いたじゃないか。『お姉さんは魔女ですか』って。でも、答えをもらって来いとは言われていないんだろう」
「え? アリですか、そんなの……?」
 魔女はへりくつを言う。でも確かに、ぼくは言われた通りに聞いたし、こうして話をしているのもみんな見ているわけで、約束を破ってはいないことは分かるだろう。
「アリだアリ。大体、こんな得体の知れない女に話しかける勇気があるのは事実だ。将来、大物になる気配がするよ。ビビリの汚名は返上していいだろう。胸を張ってみんなの元に帰りなさい」
 魔女はにっこり笑って言った。
「そうだ、話してきた証拠にこれを持って行くといい」
 魔女はベンチの空いた方においていた黒いカバンをあさって、黒い表紙でスマホより二回り大きいくらいの大きさのスケッチブックを取り出した。真っ赤なツメの指でペラペラとページをめくっていくので、ぼくはその画用紙をながめる。どのページにも水彩でリアルな花や植物が描かれていた。すごく上手だ。
「私が描いた絵なんだが……うん、これなんかどうだい」
 見たことのない白い花が描いてあるページを見せて、魔女は言った。
「えっ、お姉さんが描いたんですか? すごい、本物みたいです! これは、なんの花ですか」
 ぼくの周りの大人でもこんなに絵の上手い人はいない。描かれている花は、あつみのあるだ円形の白い花びらで、真ん中のおしべ・めしべのところは黄色い。細長い緑の葉っぱの植物だ。魔女だから絵も上手いのかもしれないと思いながらたずねた。
「ありがとう。これはエーデルワイスだよ」
 魔女は少してれくさそうに笑って答える。
「名前、聞いたことがあります。この前、リコーダーのテストがありました」
 音楽の時間に習ったリコーダーの曲に、そんな名前の曲があった。でも、こんな花だとは知らなかった。
「懐かしいな。私も昔、習った覚えがある。エーデルワイスはドイツ語で『気高い白』という意味だよ。小さい草花だが、花言葉は『勇気』なんだ。君にふさわしい花じゃないかな。どれ、一筆添えてあげよう。少年、君の名前は?」
 魔女は、カバンからエンピツを取り出して聞いた。
「ケンタです。健康の『健』に、太いの『太』で、『健太』です」
「分かった、良い名前だね。しかし小学三年生はどのくらい漢字が読めるんだろうか」
 名前をほめたり、一人言を言ったりしながら、魔女はきれいな字で、さらさらと事情を書いてくれた。
『健太くんはわたしに「魔女まじょですか」と聞きました。でも、私の都合つごうでそれについては教えられません。その代わりにこの絵をあげます。君達きみたちも健太くんの勇気ゆうきみとめること。また、知らない大人に話しかけるのは##危__あぶ__ないので、今後こんご絶対ぜったいにやめるように。』
 書き終わって漢字に読みがなまでつけてくれると、びりっとスケッチブックからエーデルワイスの絵を破り取って、ぼくに差し出した。魔女に認められて、ぼくは言いようもなくほこらしい気持ちがこみ上げてきた。
「君の勇気を讃えて、これを進呈しよう。友達にも見せてやるといい。私のお墨付きだ、もうビビリなんて言われることはないだろうさ」
 そう言って魔女はニヤリと笑う。
「ありがとうございます!」
 知らない人から物をもらってはいけないとお母さんからも先生からも言われていたけど、これはぼくの勇気の証として手元にほしかった。きれいな絵だし、『気高い白』なんてとてもかっこいいし、魔女のオスミツキだし。
「うん、どういたしまして。さて、あまり知らない人と話していると君が怒られてしまうかな。そろそろ皆の元に戻りなさい」
「はい!」
 魔女にうながされ、ぼくはうれしくって、走ってみんなの待つ大イチョウの下にもどっていった。


 大イチョウの後ろにいる三人のところにもどれば、タクミとカイトがぼくにとびついて来た。
「ケンちゃん、大丈夫だった?」
「魔女に何かされなかった?」
 心配そうに聞いてくる二人に笑ってみせる。
「大丈夫。悪いことはされなかったし、ちゃんと『魔女ですか』って聞いてきたよ」
 ぼくが答えれば、二人はほっとしたように息をついた。
 二人のうしろにいたユーダイは、決まりが悪そうにこちらを見て、ふきげんな顔で口を開く。
「話してたのは見たけど、お前、本当に魔女かどうか聞いてきたんだろうな?」
 ユーダイがえらそうに言ってもこわくない。なんたって、さっき、もっとこわい思いをしてきたのだから。
「ちゃんと聞いてきたよ。ほら、これ、あの人が『証拠』として持って行くようにって、くれたんだ」
 魔女が一言書いてくれたエーデルワイスの絵をユーダイに差し出せば、タクミとカイトもそれをのぞきこんだ。
「本当だ、すっげえ……!」
「ていうかこれ、『教えられない』って書いてあるけど、ぜったい魔女だろ! 魔女から勇気を認められるって、ケンちゃんすごいな!」
 タクミとカイトが感動したように言う。ユーダイも目を真ん丸くしていた。
「ケンタ……お前、たいしたヤツだな」
 ユーダイはひとしきり絵と文をながめてから、ぼくを見て言った。それは、これまでのバカにした調子じゃなくて、心底、認めたような口ぶりだった。
「ビビリじゃないって分かってもらえたなら、いいんだ」
 今は見上げないといけないユーダイだって、いつか身長をおいぬく日が来ると思うと、こわくない。
「ああ、認めるよ、ビビリじゃないって! 正直おれ、あの人がこっちに気付いた時、心ぞうが止まるかと思ったし。そんなヤツと話してきたって、ホントすげえよ、ケンタ」
 そう言ってユーダイは、ぼくに拳を差し出した。ぼくはそれに自分の拳をぶつける。和解のしるしだ。ユーダイに認められる日が来るなんて、思ってもみなかった。ユーダイの後ろで、タクミとカイトもガッツポーズしている。
「ありがとう。でも、知らない大人に話しかけるのは、もうこれきりにするよ」
 肩をすくめて笑って言った。

「あの人が悪い魔女だったら、最初の質問で、トカゲにされて丸飲みにされてたからね」
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