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1章
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しおりを挟むこれはこれで嫌な感じの軍人につかまった。このくらいの大きさの町なら、大佐なんて、駐屯地で最も位が高いんじゃないか……?
げんなりするが、この軍人の隣だと萎縮しているようにでも見えるだろう。だいたい人は見た目でいいように判断してくるものだ。
付き添う軍人の意図がわからないまま、ルカは無言でチラチラと男の様子をうかがってみるが、男はその視線にうっすらと笑みを浮かべただけで、何の意図もつかめない。
なにを考えている。
妙に落ち着かないが、なぜかその隣を歩くのは嫌な気持ちはしなかった。
「食材を買うのなら、この辺りだ」
店が建ち並ぶ通りにまで来ると、男はいくつか見繕って店の説明をし始める。
「……男性なのに、お詳しいですね……」
東国では家事全般は女の仕事だ。こうして、どこでなにが買えるかなど説明できる男は珍しい。
「……独り身なもんでな。……一通りは自分でできる」
威圧感のある男がむっつりとして目をそらしながら呟く様子は、妙にかわいげがあって、ルカは思わず吹き出してしまった。
「ご自身のことを、ちゃんとできる方は素敵です」
慌てて女性らしさを装って、堪えきれない笑いをクスクスとこぼせば、男は困ったように首の後ろを掻いて黙り込んだ。
大柄な男が困惑する様子は妙にかわいげがあって悪くない。ルカは、ささやかな満足感を覚えた。
そのまま何軒か見て回ると、思い出したように付け加える。
「後は、どこに住んでいるかにもよるが、異国民街のアパートであれば、物売りが来ることも多い。そっちの方が町に出るより安全だ。この辺りにまで出てくるときは、一人でないほうがいい」
「ありがとうございます。……軍人さん、お優しいんですね」
普通に町の説明をする男の様子に、気の緩んだルカが柔らかな笑みを浮かべた。
一瞬息をのんだ男が、低い声で唐突に呟いた。
「……一条という。一条正臣だ」
「……まさおみ、さま」
自己紹介されてしまった。
ルカが顔を上げると、無表情でじっとうかがうように男が見つめていた。
……これは、私も名乗るべきだろうか。
軍人が眉間に深い皺を寄せて、厳しい顔で見下ろしてくる。
これは、ちゃんと名乗るか、試されているのか? やはり、疑われているのだろうか。
戸惑いは僅かな怯えとなって、ルカはつい言葉に窮してしまった。
「……あの?」
更にぐっと眉間に皺を寄せた男は、ややあって深い息をついた。そして困ったように眉を下げてルカを見る。
「いや、すまない。……そうか、西国では、名前の方を、呼ぶのだな」
「え? ……あ!」
そうだった!! 店では西国の客が多かったために、特に客としてではなく知り合ったときは、親しみを込めるために姓ではなく、名前を呼ぶのが日常だった。しかし、この国では、よほど仲がよくない限り下の名前を呼ばない。知っていたのに。
ルカは動揺していた自分にようやく気付き、さっと血の気が引く。
何やっているんだ、私は。
慌てて取り繕うも、今更だった。
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