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8 卑怯だと罵ってくれて構わない2
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ハッとして騎士を見た。
クリスの目に優しく微笑んでいる騎士が映る。けれどそれは少し、悲しそうに見えた。気のせいかもしれない。
けれど、ようやく気付く。
もしかしたら僕は、騎士様に、ひどいことを言ったのかもしれない。
どう答えたら良いのかわからずオロオロしていると、騎士が深い息を吐くのがきこえた。
「君を悪く言った人間とは、絶対に気が合わないな。間違いない」
むっつりとしてぼやいた騎士は、オロオロするクリスを見て、にこりと笑う。
「つまり、だ。私は君にイライラしないし、君が怖くなってしまうなら、ゆっくりと待つことのできる、余裕のあるいい男、ということになるな」
そう笑った顔が悪戯めいて見えて、クリスはぽかんとする。けれど騎士の冗談に気付いて、ふふっと笑いをこぼした。
ほんとうに騎士様は優しい。
「そうですね、騎士様は僕が出会った人の中で、一番いい男、です」
「……っ、あ、いや……」
自分で言ったくせに、いい男と言われて騎士が動揺する。
クリスが笑うと、彼は「まいったな……」と気恥ずかしそうに首の後ろを掻いた。
胸が温かくなる。騎士の気持ちが真っ直ぐに伝わってくる。クリスを本当に心配してくれているのだ。気遣ってくれているのだ。クリスが少しでも気楽にいられるように、こんなにも。
騎士様は、僕を心から助けようとしてくれている。
甘えても、いいのかな。本当に、いいのかな……。
クリスを傷つけた人とは別の人間だと言った、騎士の悲しそうな声を思い返して、クリスは勇気を振り絞る。
「僕、騎士様のお言葉に甘えても、いいですか?」
「よかった、これで安心して眠れるよ」
騎士が破顔した。一方、クリスは首をかしげていた。
……? なんの話? 返事をはぐらかされたのかな? でもそんな意地悪さはないし、なんだか嬉しそうだし……?
騎士の一足飛びの返事はクリスには通じなかったようだ。騎士が慌てて説明する。
「ここで君と別れていたら、君がどうなったか心配で、眠れないところだった。君の言葉を聞いて、やっと安心できる」
そう言いなおした騎士は、大きく安堵の息をつくと、手を差し出した。
「さて。君はすぐ遠慮して逃げそうだから、荷物を渡しなさい」
「え?」
「人質を貰わないと、安心できない」
騎士の顔は笑っているが、やたらとすごみを感じる物だ。にこにこと笑う騎士に、クリスは小さく笑う。
笑っているのに、凄みがあるのに、クリスの目には、なんとなく拗ねているように見えた。そしてそれが、かわいらしく見えてしまったのだ。
「人質って」
声を上げて笑ったクリスに、騎士が真剣な顔をして頷いた。
「卑怯だと罵ってくれて構わない」
「どうしてそうなるんですか!」
クリスがけらけらと笑っていると、やがて騎士も楽しげに笑い出した。けれど、差し出した手は譲る気はなさそうで、微動だにしない。
それも面白くて、クリスはクスクスと笑ったまま、「重いですよ」と、差し出した。
なんと言ってもクリスの全財産である。少ないとはいえ、そこそこの重量だ。
「大切に預かろう」
騎士は重々しくうなずいて受け取ると、ひょいと軽々肩にかけた。
「……騎士様が持つと、小さくて、軽そうですね」
「一応、肉体労働なのでな」
「……僕も、それなりに力はあるつもりなんですけど」
細身ではあったが食堂では重い物を毎日運ぶため、力はあるのだ。けれど、相手は騎士である。鍛え方が違うのは、その体つきで一目瞭然だ。
荷物を持ってもらうことに申し訳なく思いつつも、一緒に彼の家に行って良いのだという実感がじわじわとわいてきて、クリスの口元は勝手に緩んでしまう。
「じゃあ、うちへ帰ろうか」
騎士が笑って、もう一度手を差し出してきた。
これは、どうすれば良いんだろう。まさか、繋ぐのだろうか。
まるで、子供のような扱いだなと、クリスの頭の片隅によぎったが、なんとなくうれしくて、大きな手の上に、ぽすんと自分の手をのせてみる。
すると騎士の手が、優しく、けれどぎゅっと握りしめてきた。
それがあたたかくて、うれしかった。
クリスの顔がふわりとうれしそうに緩むのを、騎士がまぶしそうに見つめていた。
「少し雨脚も強くなってきたが、まだ大丈夫だろう。走るぞ」
手を繋いだままクリスは走った。なんとなく楽しくなって笑うと、騎士も笑っていた。
こうしてクリスは、憧れの騎士様の家の、居候になった。
クリスの目に優しく微笑んでいる騎士が映る。けれどそれは少し、悲しそうに見えた。気のせいかもしれない。
けれど、ようやく気付く。
もしかしたら僕は、騎士様に、ひどいことを言ったのかもしれない。
どう答えたら良いのかわからずオロオロしていると、騎士が深い息を吐くのがきこえた。
「君を悪く言った人間とは、絶対に気が合わないな。間違いない」
むっつりとしてぼやいた騎士は、オロオロするクリスを見て、にこりと笑う。
「つまり、だ。私は君にイライラしないし、君が怖くなってしまうなら、ゆっくりと待つことのできる、余裕のあるいい男、ということになるな」
そう笑った顔が悪戯めいて見えて、クリスはぽかんとする。けれど騎士の冗談に気付いて、ふふっと笑いをこぼした。
ほんとうに騎士様は優しい。
「そうですね、騎士様は僕が出会った人の中で、一番いい男、です」
「……っ、あ、いや……」
自分で言ったくせに、いい男と言われて騎士が動揺する。
クリスが笑うと、彼は「まいったな……」と気恥ずかしそうに首の後ろを掻いた。
胸が温かくなる。騎士の気持ちが真っ直ぐに伝わってくる。クリスを本当に心配してくれているのだ。気遣ってくれているのだ。クリスが少しでも気楽にいられるように、こんなにも。
騎士様は、僕を心から助けようとしてくれている。
甘えても、いいのかな。本当に、いいのかな……。
クリスを傷つけた人とは別の人間だと言った、騎士の悲しそうな声を思い返して、クリスは勇気を振り絞る。
「僕、騎士様のお言葉に甘えても、いいですか?」
「よかった、これで安心して眠れるよ」
騎士が破顔した。一方、クリスは首をかしげていた。
……? なんの話? 返事をはぐらかされたのかな? でもそんな意地悪さはないし、なんだか嬉しそうだし……?
騎士の一足飛びの返事はクリスには通じなかったようだ。騎士が慌てて説明する。
「ここで君と別れていたら、君がどうなったか心配で、眠れないところだった。君の言葉を聞いて、やっと安心できる」
そう言いなおした騎士は、大きく安堵の息をつくと、手を差し出した。
「さて。君はすぐ遠慮して逃げそうだから、荷物を渡しなさい」
「え?」
「人質を貰わないと、安心できない」
騎士の顔は笑っているが、やたらとすごみを感じる物だ。にこにこと笑う騎士に、クリスは小さく笑う。
笑っているのに、凄みがあるのに、クリスの目には、なんとなく拗ねているように見えた。そしてそれが、かわいらしく見えてしまったのだ。
「人質って」
声を上げて笑ったクリスに、騎士が真剣な顔をして頷いた。
「卑怯だと罵ってくれて構わない」
「どうしてそうなるんですか!」
クリスがけらけらと笑っていると、やがて騎士も楽しげに笑い出した。けれど、差し出した手は譲る気はなさそうで、微動だにしない。
それも面白くて、クリスはクスクスと笑ったまま、「重いですよ」と、差し出した。
なんと言ってもクリスの全財産である。少ないとはいえ、そこそこの重量だ。
「大切に預かろう」
騎士は重々しくうなずいて受け取ると、ひょいと軽々肩にかけた。
「……騎士様が持つと、小さくて、軽そうですね」
「一応、肉体労働なのでな」
「……僕も、それなりに力はあるつもりなんですけど」
細身ではあったが食堂では重い物を毎日運ぶため、力はあるのだ。けれど、相手は騎士である。鍛え方が違うのは、その体つきで一目瞭然だ。
荷物を持ってもらうことに申し訳なく思いつつも、一緒に彼の家に行って良いのだという実感がじわじわとわいてきて、クリスの口元は勝手に緩んでしまう。
「じゃあ、うちへ帰ろうか」
騎士が笑って、もう一度手を差し出してきた。
これは、どうすれば良いんだろう。まさか、繋ぐのだろうか。
まるで、子供のような扱いだなと、クリスの頭の片隅によぎったが、なんとなくうれしくて、大きな手の上に、ぽすんと自分の手をのせてみる。
すると騎士の手が、優しく、けれどぎゅっと握りしめてきた。
それがあたたかくて、うれしかった。
クリスの顔がふわりとうれしそうに緩むのを、騎士がまぶしそうに見つめていた。
「少し雨脚も強くなってきたが、まだ大丈夫だろう。走るぞ」
手を繋いだままクリスは走った。なんとなく楽しくなって笑うと、騎士も笑っていた。
こうしてクリスは、憧れの騎士様の家の、居候になった。
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