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2 まだ、食い足りないのか……?

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 私の中で、これまでの彼との一年が脳裏を駆け抜けていく。
 その時、私達は食堂から戻ったばかりで、自室で立ち話をしていたのだ。
 すっかり団にも慣れて、そろそろ私のもとで守らなくても良さそうだと判断し、誰か同室になりたい者はいるかと問いかけたところだった。そのうち部屋替えするかもしれないから考えておけ、と。

「いや、あの、俺……」

 と、彼は何やらモゴモゴと言いかけてはつぐみを繰り返し、そして冒頭の言葉である。
 意味がわからない。

「お腹が空いたって……まだ、食い足りないのか……? 飴でも食うか……?」

 今は夕食直後である。夜食にすらまだ早い。
 私の手持ちの食べ物というと、実家への土産に買った飴ぐらいしかなく、心のなかで妹にすまないと謝りながら言うと、彼は「それは姪っ子ちゃんにやってください……」と、べそをかきながら答える。姪にやるために買った話を覚えていたらしい。
 じゃあ、他になにかないかと考えていると、「副団長……」と、か細い縋りつく声がした。
 涙目で見上げてくる顔は相変わらず整った顔立ちだ。少々筋張った男臭さがにじむようになったものの、その目は涙にうるんで随分と憐れったらしい。
 イタズラをしたあとの犬が許しを請うような、なんとも言えぬあざとさを感じつつ、ガシガシと頭を撫でてやる。
 途端にふにゃりと緩む表情は、嬉しくてたまらないと言外に伝えてくる。

 スキンシップの好きな男だ。なので入団当時は余計に勘違いをする輩も出て来たものだ。色気こそないのだが、妙に人の庇護感をくすぐるというか。未だにそれは健在だが。
 私も妙にこの男には甘くなる。素直で真面目で一所懸命な男だ。ついつい可愛がってしまう。
 入団したての頃は本当に危うかった。
 無事、ここまで鍛えることができてよかった。
 撫でられるがままになっていた彼は、うっとりと呟いた。

「……やっぱり、副団長のせいき、おいしい……」

 つぶやかれた言葉への違和感に、ん? となる。

「もっと、もっと、なでてくだしゃい……」

 ふにゃふにゃとした、酔っ払ったような様子でたたらを踏むと、彼は突然ぺしゃりと座り込んだ。そして私の足にしがみつき、さっきまで撫でていた手のひらに頭をこすりつけてくる。

「……んん?」

 言われるがままぐしゃぐしゃと撫でてみるものの、彼の様子が明らかにおかしい。

「副団長、副団長……」

 はぁはぁと息を荒くしてすがりついて足に体をこすりつける。

「…………」

 何やってるんだ、こいつは。
 酔っ払いというか……発情中というか……。いやまさか……と思いつつ、座り込んでいるやつの股間におそるおそる目をやって、それから天を仰いだ。
 なんてこった。……フル勃起じゃないか。
 気付きたくなかった。今何がこいつに起こっているんだ。腹が減ってるんじゃなかったのか。

「もっと、もっと、なでて……」

 グリグリ押し付けられる頭……と見せかけて、お前、顔で私の股間をぐりぐりしてるんじゃ……? という疑惑が浮かぶ。
 一見甘えているようにも見えるが、思いっきり股間に顔を埋める姿勢だった。

「……」

 無言で頭を掴み、ぐっと顔を押しのける。

「い゛だだだだ……ふくだんちょ、ひどい……」

 何をやってるんだ、お前は。
 どこまで本気でどこまで冗談だ。
 痛くなりそうな頭を抑えながら「……飯を食いに戻るか?」と、話を元に戻してみる。部屋替えの話はまた今度だ。

「……めし。めし、くいたいです……」

 はぁはぁ荒い息を吐きながら、彼は何度もうなずき、おもむろに私のズボンに手をかけた。
 ……は?
 なんで飯と言いながら私のズボンを下げようとする。
 慌てて自分のズボンを押さえると、絶望した彼の顔が目に映る。愕然とした様子で「……なんで……」とか細い声を漏らした。
 まて。それは私のセリフだ。

「……ごはん……」

 そう呟いて、彼がボロボロと涙をこぼし始めた。
 まてまてまてまて。なんでお前は私の股間に向かってごはんとか言ってるんだ。私の一物はご飯じゃない。

「……どうしたんだ……」

 途方にくれてつぶやく私と、「ふくだんちょうごはんくだしゃ……」と泣きながらズボンを引きずり降ろそうとする彼と。状況はなかなか混迷を極めている。
 まさか本当に酔っ払ってるのか、いつもと様子が違いすぎる。いつ酒を飲んだんだ? まるで駄々をこねる子供のようだ。
 しかし、どう思い返すも酒は飲んでいないはずだ。さっきまでは正常だった。

「一物はごはんじゃない」
「いやだ、くだしゃい、おねが……い……も、むり……」

 ふらりと彼の体がよろけて、慌てて支えようとした。
 その時だ。
 ぼふんと、一瞬にして彼の様相が変わった。

「……つの………?」

 そこには角の生えた、一目で人外とわかる彼の姿があった。
 騎士団の天敵ともいえる、魔性がそこにいた。

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