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二人のそれから
溺愛攻め様なのに不憫属性(前)
しおりを挟む付き合いだして十年が経ち、俺は、出会った頃の彼の年齢を越えた。
数年前には薄々感じていたことだが、彼は、意外に臆病だ。
飄々としてつかみ所がなく、そんな素振りを全く見せないところが本当に憎たらしいが、それが何となく分かるようになってきただけでも、少しは近づけたと言うことだろうか。
俺は未だ彼との同居に至っていない。
付き合いだしてからずっと懇願している同居を拒まれ続け、会社が一緒なのが悪いのかと、泣く泣く転職したのは、もう六年も前。会社で会えないのは嫌だったが、同棲できるのならそれも悪くないと思ったからこその決断だった。
そしたら今度は「お前の住所は、会社にばれてるだろ。無理だ」ときた。
引っ越しも考えたが、現状、立地や予算の関係上、ここより良いところを見つけられなかった。何より彼がそれを嫌がった。おそらくオレのマンションが親からの生前分与であったのも拒絶の原因のひとつだろう。
親に与えられたマンションに、年上の男が転がり込む……というのが受け入れられないらしい。完全に親の手を離れて、管理も権利の保管も全て自分でしているし、最初から親が勝手に入れないようにしてあるのだから気にするなと言っても、無理なのだろう。
最近分かってきたが、断り文句の数々は、ただの口実だ。「同棲するつもりがない」という前提があった上で、それを正当化する理由を並べているのだろう。
もし彼が俺との同居を望んでいたのなら、少し俺と彼が条件を譲歩していくだけでクリアできていけるものばかりだ。
そちらがその気ならと、その口実をつぶしていって逃げ道をふさいでいくつもりだが、その時はきっと正面から断られるのだろう。そう思うと、いろいろとやるせなさがこみ上げるのだが、何も手を打たないよりはましだ。
ここを売り払って少しグレードと立地条件は落ちるが別の所を、と一度は強行しようとしたが、親心を無駄にするなと全力で嫌がられた。
オレが引っ越そうとするのが彼と同棲のためだとバレているからだ。たぶん強行しても同棲には至ってくれない。だがもっと良いところが見つかったら、絶対に買い換えるつもりでいる。例え本意が見透かされても「よりいい部屋に住みたい」と押し切ることができるからだ。
そこまでされるとお人好しの彼は、それなりに断りづらさを感じるだろう。
六年前、会社も別れ、同棲も出来ず、会える時間は瞬く間に減った。
そこからは彼に飽きられないよう必死だった。新しい仕事は忙しい、お互いに会える時間も少なければ、身体をつなげることになると多くて月に数回だ。
そんな少ない逢瀬の中で、彼が自分がゲイだということに負い目を抱いている、ということに気付いたのはいつ頃だっただろう。
さりげなくフェードアウトされそうになったり、直接的に別れを示唆されたり、結婚を勧められたりと、気付く根拠は山のようにあった。
全て、元々は異性愛者である俺の未来を思ってだろう。
無表情なポーカーフェイスと、厳つくて動じる様子のない態度、そして皮肉気に笑うその小憎たらしい様子からは、本当に分かりづらいが、彼は臆病で卑屈な心を隠し持っている。
会社が別れてから先は、彼を引き留めるのに必死な数年間だった。
代わりに彼のことを知ることも出来たと思っている。そして、少しだけ彼からも信用されていると自信が持てるようになってきた。
彼は、俺のことを本当に好きなのだろうと思う。俺を信用していると言った言葉もきっと嘘ではないし、実感もある。
しかし、人の心の内とは多くの矛盾を抱えている。
彼は俺のことを信用していると言ったその心情とは別に、俺との関係が続くとは、おそらく思っていない。
そんなことは、おくびにも出さない彼だが、同棲を受け入れてくれない理由が、今なら少しだけ理解できる。
彼は俺より大人なのだ。俺よりも世間が見えていて、俺よりも怖いものがたくさんあった。
そして何より、あの頃の俺は成人していたとしても、彼にとって庇護すべき若年者だった。
俺は彼に守られていたのだろう。彼が離れようとするのも、その一環だと思っている。その庇護はもういらないのに、未だ継続中だ。
愛しているから傍にいたい俺と、愛しているから離れようとする彼と。天秤はギリギリ俺の意志を尊重する方に傾いているが、いつ傾きが変わってもおかしくない。
だから俺は示す必要があった。俺のことは俺が決めるのだと。俺のためを第一に考える必要はないのだと。あなたが俺を守る必要はないのだと。あなたが俺を心配する必要はないのだと。「俺のため」を、あなたが勝手に決めるなと。
あなたが好きで傍にいたい気持ちは変わってないのだと伝え続けた。
でも一人で立ちすぎると、それもまた原因となって、彼は逃げようとする。
自分は必要ないと、役に立たない人間が共にいて良いはずがないだろうと。彼は自身の価値を低く定めて離れようとする。
だから必要以上に頼り、甘えもした。
有能な彼の卑屈さは、時に酷くやっかいで、反面甘やかでもあった。
愛情だけでは人の心を留めることは難しい。
愛情に裏打ちされる関係など、引き留める力としては些細な物だ。なぜなら人の心は変わる物だから。一度でも疑いを持ってしまえば、簡単に離れる事さえある。
だから利害関係があると人は安心する。
人は、愛情の授受だけでは己の価値に不安を抱くのだ。
愛されているということよりも必要とされているということの方が、時に強く人をつなぎ止める。
彼の役に立てなくて、彼にとっての俺の価値が分からなくて苦しんだ末に思い至った結論だ。
どうすれば良いのかと、つなぎ止めようと必死だった。
俺が彼のためにできる事なんてそう多くはない。
けれど家事がからっきしの彼の世話を焼くことで、俺の料理を「おいしい」と彼が微笑んで平らげるだけで、役に立てるのだと思えた。
たかだかそれだけのことに俺が安心するように、彼もまた俺が頼ることで必要とされているのだと安心するのだ。
だから俺は彼に甘えた。繰り返すささやかな甘えに、彼は力の抜けた笑みをこぼす。
打算を含んで始めたその行為は、今となってはたとえようのない幸せのひとつとなったのは、うれしい誤算だ。
彼をつなぎ止める手は、できる限り多い方がいい。
つなぎ止めるために、必死だった。
今になって思えば、良い判断だった。必死すぎて、彼に関わる方向以外でのアプローチをしなかったのだから。
彼が飄々としすぎていて、会えなくても気にした様子もなく、それに憤りを感じたこともあった。それ故に求めて欲しくて嫉妬を煽ることさえも考えた。時には男同士という未来のない関係に不安を覚え、逃げることも。
その時にうっかり選択肢を間違えて、怒りや別れ、もしくは女との関係を示唆でもしていたらと思うと、恐ろしい。そんなことをすればおそらく彼は、あっさりと身を引いただろう。下手すると、もう二度と会えないように、跡形も残さず行方が探れないような場所に消えてしまっていたかもしれない。
今なら彼の性格も少しは分かってきたけれど、当時は分かってなかった。そんな手段をとりかねなかった自分を知っているからこそ、その時の綱渡りを思って、ぞっとした。
試行錯誤を積み重ねたこの数年。そうして少しずつ信頼を積み重ね、俺が本当に彼と離れるつもりはないのだと、一生のパートナーと思っているのだとすり込んできた。
それを彼が心底受け入れてくれた時、同棲に至れるのではないかと思っている。
けれど、ようやく信頼され始めたんじゃないかという最近になって、また爆弾が落とされた。
父親からの電話だ。
甘ったれて傲慢だった俺が、割にまともになっていることに気付いた父親から、家を継げと言われる始末。
俺がいざという時は実家を継げば良いと思っていた頃は、お前の居場所などないとかほざいていたくせに、だ。
ようやく彼が俺の家で半同棲状態でくつろぐようになった今、何故それを言うのか。
帰る気などないというのに、愚痴がてら彼にその話をすると「心配なら帰るのもありじゃないのか」と言われた。
冗談じゃない。
話した時点でその反応を予測していたとはいえ、本当に言われるとさすがに堪える。彼は簡単に俺を、彼の言うところの「真っ当な人生」に戻そうとする。
彼の執着心のなさに、俺も時々泣きたくなる。
かといって、話をしないという選択肢も、俺にはなかった。
彼は有能すぎる。中途半端に隠して密かにバレようものなら、瞬く間に縁を切られかねない。
気がついたらいなくなっていた、とか、現実になりかねなくて恐ろしい。半同棲状態に持ってきている今なら尚更、思わぬところでバレそうだ。隠し事なく俺の意志を明確にしておかないと、あの人はすぐにでも身を引いてしまうだろう。
なにより十年以上かけて俺自身が彼に慣らされてきたのだ。信頼の全てをあずけられる居心地の良さを知ってしまった以上、手放せるわけがない。無意識に彼に頼ってしまうほど俺を飼い慣らしておいて、今さら捨てるだなんて許さない。
最善は、素直に相談する、この一択だ。
下手に隠すより素直に話す方が俺自身が楽だと分かっているし、俺よりも適切な指摘をしてくれるという甘えもある。
そして、彼がどう判断するのかも目の前で確認することが出来る。侮れない人だからこそ、オープンになれるし、オープンにせざるを得ない。
正直なところ、惚れた腫れた以外では、未だに全く頭が上がらない。何かあれば彼に相談してしまう。
大抵のことは人に相談するのは面倒だし、むしろ不愉快に感じることのほうが多い。だから基本は自分で解決する方が楽だと感じるのに、彼に対しては甘えがでる。そして甘えてしまう俺の期待を彼が裏切ったことは一度たりともないから、彼はすごいのだ。
彼は俺のことをやたらと高く評価してくれているようだが、残念ながら、俺は未だに彼には敵わない。
悔し紛れにそうぼやこう物なら「まだ、年の功が効いているのか?」と、うっすらと皮肉気に笑うのだ。そうして俺は彼が自分の上にいることに、少し安心する。
甘えることのできる心地よさは、何とも捨てがたい魅力があるのだ。
刷り込みというのは、こういうことなのかとしみじみと思う。が、それがまた気持ちいいのだから、どうしようもない。
確かに俺が彼より秀でている部分もある。彼が俺に甘えている部分も相応にあると自負している。しかしそれがなんだというのだ。誰にでも得手不得手がある、ただそれだけのことだ。
俺はこれからも自分にはないものをたくさん持っている彼に憧れ、尊敬し続けるのだろう。そして、そのことを幸せに思うのだ。
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