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1章
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さて、本当なら一気に1年だとか2年だとかを経て言葉はぺらぺら!今では宮廷マナーもバッチリです!という私をご紹介したいのだが、まったく時の流れというのは無駄に緩やかで、シュヴェルツと初夜を過ごしてからまだ3日しか経っていない。
その3日の間にどんな進歩があったかというと、とりあえず総勢5人のメイドさんが私に言葉を教えてくれるようになったということである。
3日という短い時間であっても、起きている間中「これはカーテン」「これは窓」と言葉遊びをしていれば、少しは覚えてくる。
ただし、私が覚えているのはほとんど名詞であって、動詞や形容詞ではない。形容詞は勿論、動詞を覚えるのはやっぱり難しく、尋ねにくいのである。
動詞で覚えた単語といえば、走る動作をして覚えた「あるく」と食事をするときの「たべる」、それに「ねむる」「いる(ある)」「たつ」「すわる」くらいだろうか。
名詞なら、たまご、こうちゃ、ぱん、かーてん、まど、いす、べっど、つくえ、くつ、はな、かびん、みず、かべ、どあ、かみのけ、はな、くち、め、て、あし、などなど。
言葉を覚える、というのははっきり言って物凄く面倒で憂鬱なことだ。
とりあえず生活のために覚えねばならないので覚えるが、正直そろそろ飽きてきた。だいたい、この部屋に閉じこもって全てを覚えられるかといえばそんなわけはないのだ。
ということで、3日目の朝、つまり今日、びしりと窓の外を指差して「まど、あるく!」と言って外に行きたいのだと身振り手振りで訴えた。
メイドさんたちは最初はそれはなりません絶対に駄目です、というふうな様子だったが、それでも私がドアをがちゃがちゃしたり、いっそ窓から、などと身を乗り出したりすると、一人が慌ててどこかに飛び出ていった。
メイドさんたちに宥められソファに座らされ、紅茶やお菓子を勧められたので、とりあえずお茶をしていると、ノックの一つもなしにいきなりドアが開く。
メイドさんが帰ってきたのかと視線を移せば、そこにいたのは3日ぶりに顔を見るシュヴェルツで、私は思わず顔を歪めた。
「しゅべるつ……」
何の用だ、と胡乱な視線を向けると、シュヴェルツは「リツ、お前、外に出たいなどと言っているらしいな」と腕を組んで眉を顰めた険しい表情で言い放った。
意味が分からない。私も腕を組んでシュヴェルツを睨み上げる。
そうしてからびしりと外を指差すと、シュヴェルツは「駄目だ」と何事かを口にした。
どうやらシュヴェルツを呼びに行っていたらしいメイドさんはドアのところでハラハラとこちらを見つめていて、周りのメイドさんたちはシュヴェルツの言葉にほっと安心したような表情を浮かべる。
リアンだけはあまり表情を変えずに、空になったカップに紅茶を注いでくれた。
しかし今の言葉は何て意味だろう、駄目だと言われたのだろうか。
眉をひそめて首を傾げると、シュヴェルツは「いいか、外に出たいなら早く言葉と作法を覚えろ」などと言い放ち、部屋から出て行こうとする。
シュヴェルツに付いて来た男の人2人によって部屋のドアが大きく開かれ、私はソファから立ち上がった。
そんな私に、アリーは「まあ、お見送りしてさしあげるのですね」とホワホワしながら言葉を紡ぐ。
他のメイドさんたちもふんわり微笑んで微笑ましいだとか何とか言っている。ドアを開けた男の人も同様である。
そんないくつもの暖かい視線を受けつつ、私は「しゅべるつ!」と大きく声を上げ、だっとその大きな背中にダッシュをきめる。
大声に不審な表情をしてこちらを振り返ったシュヴェルツのお腹に「でーい!」と渾身のタックルを決め、一瞬げほっとむせ返ったシュヴェルツの脇をすり抜けて私は脱兎のように廊下に駆け出したのだった。
もし廊下が真っ直ぐだったら、すぐに掴まっていたかもしれない。
しかしこの塔の廊下はゆるやかなカーブを描いていて、そして部屋を出てすぐは階段になっているのである。
細い手すりの棒にひょいとお腹を乗せて、階段を滑り降りる。
久しぶりに階段の手すりで滑り降りなんていう子供らしいことをやったわけだが、おおっ、ちょっと楽しい!
階段の踊り場でとんと着地して、再び手すりを滑り降りる。上から「リツ様!」とメイドさんの声が聞こえたような気がしたが、悪いけれどもう我慢ならない。いい加減外に出たいのだ。
こちらの世界にやって来てから2週間とちょっとも我慢したのだから、そろそろこちらの好きにさせてもらう!
最後の階段を滑り降りて、すたんと床に着地する。
外、外!と3日前にシュヴェルツの部屋へ向かったときと同じ廊下を駆け足で進み、出口に向かった。
しかし、そういえばそうだった。見張りの人間がいるのだった。
ということで、私は出口を目前にしてぴったりと歩みを止めることとなった。
3秒ほど「どうしよう」と悩んだ挙句、私はシュヴェルツの真似をして無駄に偉そうに胸を張って一歩を踏み出してみた。
どこかに抜け道は!とか、何か方法はないものか!と思わなかったわけではないが、そんなもの探していたら掴まって部屋に連れ戻されるに決まっている。
階段の上から騒がしい声がだんだん近付いてくるのを耳で拾い、私はいかにも疚しいことなどありません!という風に少しだけ早足でこつこつとすぐそこの出口に歩き始めた。
見張りの人たちは足音に気付いてこちらをそっと振り返り、私の姿を視界に入れて「え?」というような表情をする。
ともすればダッシュで逃げたくなる自分を抑え、私はきゅっと眉を寄せた。
眉を寄せる、その仕草だけで見張りの2人は慌てて頭を下げる。
うわっ、い、いきなり何だ!
そう思ったものの、彼らが私の逃亡の邪魔をするつもりはなさそうなので、私はだっと駆け出したのであった。
『外、だー!』
2週間ぶりの日光浴!と手入れされた芝生の上に腰を下ろす。
人の目に付かないようにと低木の陰にぴったりと寄り添うようにして座り込んだ。
久しぶりの外は、石造りで何やら陰気くさい塔の中とは違って開放感に溢れている。気持ちいい、と伸びをして、ごろんと寝転がった。
たしかに、たしかにいきなりこんな変な世界にやって来て、何の不便もなく過ごせるのは彼女たちのおかげなのだが、本当に本当に息が詰まるのだ。
みんな優しくて嫌いじゃない。大好きだけど、それでも朝起きて夜眠るまで、始終誰かが傍にいるのはたいへんストレスがかかる。
一人きりの時間など取れるはずがなく、眠るときさえも必ず誰かが傍にいるのである。これでは精神的に参ってしまう。
だから、せめてこんな狭苦しい部屋―――広さ的には全く狭くは無いのだが、何となく狭苦しく感じてしまう―――ではなくて、外に行きたいと何度お願いしても返事はノー。
そうなればもう、無理やり外に出るしかないではないか。
私には私の自由を守る権利があるのだ!
そう思いつつ、塔から少しばかり離れた低木の陰でごろごろして5分ほど経った頃、辺りが騒がしくなった。
何が起こったのだろうと眠さを堪えつつむにゃむにゃと声を拾おうとしたのだが、いかんせん怒声のような声は聞こえるものの、内容は理解できない。
変な人でも侵入してきたのだろうか。
首を傾げつつ、とりあえず見つからないようにと、木の陰どころか中に潜り込むようにして辺りを窺う。
だんだん人が増えてきて、本当に何が起こったのだろうとドキドキしてしまった。
そして騒がしくなって30分ほどしたとき、私はやっと「もしや」と思い当たったのである。
もしかして、私か?
浮かんだ考えに、まさか、と思いつつ、冷や汗が滲んだ。
だって、そうだ。何のために彼女たちが私のお世話なんてしてくれているのか全く分からないが、私に何の価値もないなら、こんなことしてくれるはずはないのだ。
衣食住をすべて一級品で用意して、そしてわざわざ人まで付ける。
いったい何のためにそんなことをしているのかは分からないが、とりあえず彼女たちにとって、私は価値のある存在なのだろう。
『……どうしよう』
ぽつりと呟いて、体をもぞもぞさせる。
いや、まさかこんなに騒がれるだなんて思ってもみなかったのだ。そりゃ、まあ、ちょっとは困るかと思ったけど、まさかこんなことになるとは―――そう思いつつ、よじよじと木の下から這い出た。
仕方ない、これで今の場所から放り出されなどしたら私はおそらく確実に死ぬ。戻ろう。
そう思ってよいしょと立ち上がると、「リツ様っ」と悲鳴のような声が上がった。
「りあん」
ぱちぱちと瞬きをして、それから覚えたての単語『申し訳ありませんでした』(ごめんなさい、の意味だ)を口にしようとしたとき、リアンは転びそうになりながらこちらに駆け寄ってきた。
そうして「リツ様!」とやっぱり声を上げて、私をぎゅうと抱きしめたのである。
こちらの世界の人間は総じて背が高く、私よりも身体能力がいいということは先日お話したと思うが、勿論リアンも背が高い。
ということで、私はリアンの胸にばすんと顔を埋めるはめになってしまった。
わ、わあ!い、いい匂いがする!
コロンなのか何なのか、ふわりと甘い匂いがして、ドキドキしてしまう。
いつも冷静平常心がモットーのようなリアンがこんな大層なリアクションをしてくれるとは思っておらず、私はこんなときだというのにちょっぴり驚いた。
アリーなら想像できるが、まさかリアンがこんな風に抱きしめてくれるなんて!
リアンは私と視線を合わせるように膝を折り、今の感動シーンはいったいどこに消えたのか、険しい表情で私を見つめた。
「リツ様。何故このようなことをなさるのです。何故このような―――外に出たいというお気持ちは分かりますが、このようなことをして、皆が心配するとは思わないのですか」
何やら怒られているらしいが、意味が全く把握できない。
私は首を傾げて「なに?」と尋ねた。入園前の子供の如くの使用頻度を誇る「なに?」は、現在の私の場合『これは何ですか?』と『意味が分かりません』の両方の意味で使用されている。
リアンは私の「なに?」に眉をひそめて言葉を詰まらせた。リアンの眉をひそめる表情は他の人の困ったときの表情なのだと、最近の私はやっと分かってきたところである。
困った様子のリアンの肩をたすたすと叩き、「なに?」と今まで隠れていた低木を指差す。
「はな?」
木も“はな”というのか?と尋ねると、リアンは「これは“木”です」といつものように平坦な声音で言葉を紡いだ。
「き」
ではあれは、と今度は背の高い木を指差す。リアンは「あれも“木”です」と言葉にした。
ふんふんと頷き、これは?と今度は芝生を叩く。
そのときだった。
「リツ!」
と今度は怒声が上がったわけである。
誰の声かなんて言うまでもなく分かるだろう。
「このじゃじゃ馬が!何をしている!」
―――シュヴェルツだ。
その3日の間にどんな進歩があったかというと、とりあえず総勢5人のメイドさんが私に言葉を教えてくれるようになったということである。
3日という短い時間であっても、起きている間中「これはカーテン」「これは窓」と言葉遊びをしていれば、少しは覚えてくる。
ただし、私が覚えているのはほとんど名詞であって、動詞や形容詞ではない。形容詞は勿論、動詞を覚えるのはやっぱり難しく、尋ねにくいのである。
動詞で覚えた単語といえば、走る動作をして覚えた「あるく」と食事をするときの「たべる」、それに「ねむる」「いる(ある)」「たつ」「すわる」くらいだろうか。
名詞なら、たまご、こうちゃ、ぱん、かーてん、まど、いす、べっど、つくえ、くつ、はな、かびん、みず、かべ、どあ、かみのけ、はな、くち、め、て、あし、などなど。
言葉を覚える、というのははっきり言って物凄く面倒で憂鬱なことだ。
とりあえず生活のために覚えねばならないので覚えるが、正直そろそろ飽きてきた。だいたい、この部屋に閉じこもって全てを覚えられるかといえばそんなわけはないのだ。
ということで、3日目の朝、つまり今日、びしりと窓の外を指差して「まど、あるく!」と言って外に行きたいのだと身振り手振りで訴えた。
メイドさんたちは最初はそれはなりません絶対に駄目です、というふうな様子だったが、それでも私がドアをがちゃがちゃしたり、いっそ窓から、などと身を乗り出したりすると、一人が慌ててどこかに飛び出ていった。
メイドさんたちに宥められソファに座らされ、紅茶やお菓子を勧められたので、とりあえずお茶をしていると、ノックの一つもなしにいきなりドアが開く。
メイドさんが帰ってきたのかと視線を移せば、そこにいたのは3日ぶりに顔を見るシュヴェルツで、私は思わず顔を歪めた。
「しゅべるつ……」
何の用だ、と胡乱な視線を向けると、シュヴェルツは「リツ、お前、外に出たいなどと言っているらしいな」と腕を組んで眉を顰めた険しい表情で言い放った。
意味が分からない。私も腕を組んでシュヴェルツを睨み上げる。
そうしてからびしりと外を指差すと、シュヴェルツは「駄目だ」と何事かを口にした。
どうやらシュヴェルツを呼びに行っていたらしいメイドさんはドアのところでハラハラとこちらを見つめていて、周りのメイドさんたちはシュヴェルツの言葉にほっと安心したような表情を浮かべる。
リアンだけはあまり表情を変えずに、空になったカップに紅茶を注いでくれた。
しかし今の言葉は何て意味だろう、駄目だと言われたのだろうか。
眉をひそめて首を傾げると、シュヴェルツは「いいか、外に出たいなら早く言葉と作法を覚えろ」などと言い放ち、部屋から出て行こうとする。
シュヴェルツに付いて来た男の人2人によって部屋のドアが大きく開かれ、私はソファから立ち上がった。
そんな私に、アリーは「まあ、お見送りしてさしあげるのですね」とホワホワしながら言葉を紡ぐ。
他のメイドさんたちもふんわり微笑んで微笑ましいだとか何とか言っている。ドアを開けた男の人も同様である。
そんないくつもの暖かい視線を受けつつ、私は「しゅべるつ!」と大きく声を上げ、だっとその大きな背中にダッシュをきめる。
大声に不審な表情をしてこちらを振り返ったシュヴェルツのお腹に「でーい!」と渾身のタックルを決め、一瞬げほっとむせ返ったシュヴェルツの脇をすり抜けて私は脱兎のように廊下に駆け出したのだった。
もし廊下が真っ直ぐだったら、すぐに掴まっていたかもしれない。
しかしこの塔の廊下はゆるやかなカーブを描いていて、そして部屋を出てすぐは階段になっているのである。
細い手すりの棒にひょいとお腹を乗せて、階段を滑り降りる。
久しぶりに階段の手すりで滑り降りなんていう子供らしいことをやったわけだが、おおっ、ちょっと楽しい!
階段の踊り場でとんと着地して、再び手すりを滑り降りる。上から「リツ様!」とメイドさんの声が聞こえたような気がしたが、悪いけれどもう我慢ならない。いい加減外に出たいのだ。
こちらの世界にやって来てから2週間とちょっとも我慢したのだから、そろそろこちらの好きにさせてもらう!
最後の階段を滑り降りて、すたんと床に着地する。
外、外!と3日前にシュヴェルツの部屋へ向かったときと同じ廊下を駆け足で進み、出口に向かった。
しかし、そういえばそうだった。見張りの人間がいるのだった。
ということで、私は出口を目前にしてぴったりと歩みを止めることとなった。
3秒ほど「どうしよう」と悩んだ挙句、私はシュヴェルツの真似をして無駄に偉そうに胸を張って一歩を踏み出してみた。
どこかに抜け道は!とか、何か方法はないものか!と思わなかったわけではないが、そんなもの探していたら掴まって部屋に連れ戻されるに決まっている。
階段の上から騒がしい声がだんだん近付いてくるのを耳で拾い、私はいかにも疚しいことなどありません!という風に少しだけ早足でこつこつとすぐそこの出口に歩き始めた。
見張りの人たちは足音に気付いてこちらをそっと振り返り、私の姿を視界に入れて「え?」というような表情をする。
ともすればダッシュで逃げたくなる自分を抑え、私はきゅっと眉を寄せた。
眉を寄せる、その仕草だけで見張りの2人は慌てて頭を下げる。
うわっ、い、いきなり何だ!
そう思ったものの、彼らが私の逃亡の邪魔をするつもりはなさそうなので、私はだっと駆け出したのであった。
『外、だー!』
2週間ぶりの日光浴!と手入れされた芝生の上に腰を下ろす。
人の目に付かないようにと低木の陰にぴったりと寄り添うようにして座り込んだ。
久しぶりの外は、石造りで何やら陰気くさい塔の中とは違って開放感に溢れている。気持ちいい、と伸びをして、ごろんと寝転がった。
たしかに、たしかにいきなりこんな変な世界にやって来て、何の不便もなく過ごせるのは彼女たちのおかげなのだが、本当に本当に息が詰まるのだ。
みんな優しくて嫌いじゃない。大好きだけど、それでも朝起きて夜眠るまで、始終誰かが傍にいるのはたいへんストレスがかかる。
一人きりの時間など取れるはずがなく、眠るときさえも必ず誰かが傍にいるのである。これでは精神的に参ってしまう。
だから、せめてこんな狭苦しい部屋―――広さ的には全く狭くは無いのだが、何となく狭苦しく感じてしまう―――ではなくて、外に行きたいと何度お願いしても返事はノー。
そうなればもう、無理やり外に出るしかないではないか。
私には私の自由を守る権利があるのだ!
そう思いつつ、塔から少しばかり離れた低木の陰でごろごろして5分ほど経った頃、辺りが騒がしくなった。
何が起こったのだろうと眠さを堪えつつむにゃむにゃと声を拾おうとしたのだが、いかんせん怒声のような声は聞こえるものの、内容は理解できない。
変な人でも侵入してきたのだろうか。
首を傾げつつ、とりあえず見つからないようにと、木の陰どころか中に潜り込むようにして辺りを窺う。
だんだん人が増えてきて、本当に何が起こったのだろうとドキドキしてしまった。
そして騒がしくなって30分ほどしたとき、私はやっと「もしや」と思い当たったのである。
もしかして、私か?
浮かんだ考えに、まさか、と思いつつ、冷や汗が滲んだ。
だって、そうだ。何のために彼女たちが私のお世話なんてしてくれているのか全く分からないが、私に何の価値もないなら、こんなことしてくれるはずはないのだ。
衣食住をすべて一級品で用意して、そしてわざわざ人まで付ける。
いったい何のためにそんなことをしているのかは分からないが、とりあえず彼女たちにとって、私は価値のある存在なのだろう。
『……どうしよう』
ぽつりと呟いて、体をもぞもぞさせる。
いや、まさかこんなに騒がれるだなんて思ってもみなかったのだ。そりゃ、まあ、ちょっとは困るかと思ったけど、まさかこんなことになるとは―――そう思いつつ、よじよじと木の下から這い出た。
仕方ない、これで今の場所から放り出されなどしたら私はおそらく確実に死ぬ。戻ろう。
そう思ってよいしょと立ち上がると、「リツ様っ」と悲鳴のような声が上がった。
「りあん」
ぱちぱちと瞬きをして、それから覚えたての単語『申し訳ありませんでした』(ごめんなさい、の意味だ)を口にしようとしたとき、リアンは転びそうになりながらこちらに駆け寄ってきた。
そうして「リツ様!」とやっぱり声を上げて、私をぎゅうと抱きしめたのである。
こちらの世界の人間は総じて背が高く、私よりも身体能力がいいということは先日お話したと思うが、勿論リアンも背が高い。
ということで、私はリアンの胸にばすんと顔を埋めるはめになってしまった。
わ、わあ!い、いい匂いがする!
コロンなのか何なのか、ふわりと甘い匂いがして、ドキドキしてしまう。
いつも冷静平常心がモットーのようなリアンがこんな大層なリアクションをしてくれるとは思っておらず、私はこんなときだというのにちょっぴり驚いた。
アリーなら想像できるが、まさかリアンがこんな風に抱きしめてくれるなんて!
リアンは私と視線を合わせるように膝を折り、今の感動シーンはいったいどこに消えたのか、険しい表情で私を見つめた。
「リツ様。何故このようなことをなさるのです。何故このような―――外に出たいというお気持ちは分かりますが、このようなことをして、皆が心配するとは思わないのですか」
何やら怒られているらしいが、意味が全く把握できない。
私は首を傾げて「なに?」と尋ねた。入園前の子供の如くの使用頻度を誇る「なに?」は、現在の私の場合『これは何ですか?』と『意味が分かりません』の両方の意味で使用されている。
リアンは私の「なに?」に眉をひそめて言葉を詰まらせた。リアンの眉をひそめる表情は他の人の困ったときの表情なのだと、最近の私はやっと分かってきたところである。
困った様子のリアンの肩をたすたすと叩き、「なに?」と今まで隠れていた低木を指差す。
「はな?」
木も“はな”というのか?と尋ねると、リアンは「これは“木”です」といつものように平坦な声音で言葉を紡いだ。
「き」
ではあれは、と今度は背の高い木を指差す。リアンは「あれも“木”です」と言葉にした。
ふんふんと頷き、これは?と今度は芝生を叩く。
そのときだった。
「リツ!」
と今度は怒声が上がったわけである。
誰の声かなんて言うまでもなく分かるだろう。
「このじゃじゃ馬が!何をしている!」
―――シュヴェルツだ。
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