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1章
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オリヴィア様が私の部屋にやって来た、その日の夜のことだ。
隣の部屋の扉の開く音が聞こえた瞬間、私はうとうとしながら寝転がっていたソファから飛び降りた。
そして戸棚から鍵を取り出し、シュヴェルツの部屋と繋がるドアに、鍵を差し込む。
かちゃんと音を立てて開いたドアをごんごんと叩いて、「しゅべるつ」と部屋の主の名前を呼んだ。
「しゅべるつ、どあ、ひらく」
ドアを開けてくれと頼めば、逡巡するような間があったあと、ドアはゆっくりと開かれた。
灯りの点いていない部屋は薄暗く、窓の外の月の明かりだけが頼りだ。
「くらい」
その一言だけで、灯りは点けないのかという意味を込めたのだけど、シュヴェルツには何となく通じたらしい。
「もう寝るのだから、灯りは必要ない」
少し疲れた様子のシュヴェルツは、そう言ってベッドに腰掛ける。
細く、けれど深い溜息が零され、私はオリヴィア様のことを口にする前に、「なに?」と尋ねた。
お仕事が忙しいのか?
そういう意味を込めた私の言葉は、けれどシュヴェルツには上手く伝わらなかったらしい。
シュヴェルツは面倒くさそうに服を脱ぎながら「それはこちらの台詞だ」と呟く。
疲れた様子で夜着に着替えたシュヴェルツは、どさりとベッドに体を沈め、目を閉じた。
もう寝てしまうのか。オリヴィア様のことを言おうと思ったのだけど、こんなに疲れているときに叱るのも可哀想かと思い直す。
―――仕方ない、明日にしよう。
私はそう思い、ベッドに伏せたシュヴェルツを見つめた。
ゆっくり疲れをとれよ、と心の中で労って、足音を立てないようにそろそろと部屋から出ようとする。
すると「リツ」と声がかかり、私はふいとシュヴェルツを振り向いた。
さっき目を瞑ったはずのシュヴェルツは、やっぱりベッドに体を置いたまま、視線だけをこちらに向けていた。
「何か用があったんだろう」
「よう?」
「何か、私に、言うことが、あったんじゃないのか」
「しゅべるつに、いう……はい、あるます」
うん、言うことはあったんだけど、と頷く。
「何だ」
別に今じゃなくてもいいのだけど、と思いつつ、それでもその言い方が分からなかったので、私はとりあえず、「毎日ご苦労様!」の意味を持つ労いの言葉を捜した。
ええと、たしかこの前読んだ小説に何かそれっぽい文章があったはず、と思い出す。
挿絵まで付けられた頁にあった会話文だ。その挿絵には仕事から帰ってきた様子の男性と、その男性を迎える女性の姿があった。
そのときの会話分なのだから、きっと「おつかれさま」の意味を持つ文章のはずだ。
小説というのはやっぱり日常生活で使用できる例文が多くて助かるなぁなどと思いつつ、私は口を開いた。
「おかえりなさい、だーりん。まずはごはんにする?おふろにする?それともわたし?」
(いつもおつかれさま。ご飯はもう食べた?お風呂にはもう入った?私?私は先に済ませたけれど、の意味のはずだ)
そう言うと、シュヴェルツは「お前はいったい何の本を読んだんだ!」と慌てて起き上がった。
「ほん?よむ、たくさん!」
ちゃんと本を読んで勉強していないんだろうと叱られたのだと思い、毎日ちゃんと本の朗読をしているに決まっているだろうと私も怒る。
人がどれだけ努力していると思っているのだ!
「たくさん!」と言葉を重ねれば、シュヴェルツは「読む本を選べ!」と返してくる。
「え、えらう?なに?」
それは意味が分からないと眉を寄せれば、シュヴェルツは今度こそ疲れきったのか、「もういい」と言葉を残して布団を被った。
むっと眉を寄せつつその様子を見つめ、けれどやっぱり気になってそろそろとベッドに近づいた。
「しゅべるつ」
小さく呼んでみて、返事をしてくれないのなら私も部屋に戻ろうと思ったけれど、シュヴェルツは最後の力を振り絞って「何だ」と問うてきた。うつぶせになっているので、声がくぐもって少し聞き取りづらい。
シュヴェルツの疲れた様子を眺め、こんな疲れた日に姉から彼女と仲直りしろなんて言われたら嫌だろう、なんて考える。
ていうか私だったら「関係ないでしょ!放っといてよ!」と本気で怒る自信がある。
ということで、私は布団を被ったシュヴェルツに近づき、その頭に手を置いた。
そのままよしよしと頭を撫でて、ついでに「いいこ、いいこ」とお姉さんらしく優しい言葉をかけてあげる。
男のくせにさらさらの髪は触ってみるとなかなか気持ちよく、これが絹糸のような、と称される髪なのかなぁなんてくだらないことを考えた。
私の髪も最近(メイドさんたちが)お手入れを頑張ってくれているおかげで結構さらさらになってきたと思うんだけど、さすがにこれほどではない。
どれだけお手入れを頑張ったらこんな髪になるのだ。
でもこんなに柔らかい髪だと、将来髪が抜け落ちたりしないものだろうか。
少し心配になって、ぎゅうぎゅうと頭皮マッサージをするが、シュヴェルツの反応はない。寝たのだろうか。
それなら私ももう部屋に戻ろうかと思ったけれど、そういえば肩も凝ってそうだし、とついでに肩も揉んでやることにした。
鉄板か!と思うような肩を揉み解そうとするけれど、横からマッサージをするというのは物凄くやりにくい。
それならばと靴を脱ぎ、よいせとベッドに上る。
そしてそのままよいせとシュヴェルツの背中の上に跨ろうとしたところで、「何をしているんだお前は」と、ほとんど眠る寸前のような声が聞こえた。
『マッサージ』と日本語で返せば、シュヴェルツは「まっさーじ?」と間抜けな発音で言葉を返してくる。
うむと頷き、「はなす、ない」と頭を枕に軽く押し付けた。
いいから黙ってろ、と言いたかったのが通じたのか、それとも反応するのが面倒だったのか、シュヴェルツは言う通りにしてくれる。
それからせっせと肩を揉み解し、ついでに背中までマッサージしていると、静かな寝息が聞こえてきた。
どうやら本気で眠ってしまったらしい。
シュヴェルツが何をしているのかよく分からないけれど、大変そうだなぁと眉を寄せる。
お姉ちゃんはいつも見守っているぞ!手伝えないけど!と心の中で声を上げ、せめて少しは楽になるようにと丁寧に凝りを解してやる。
その大きな背中を眺めつつ、肩凝りがひどい父を思い出した。
―――お父さん、元気かなあ。
兄や弟では力が強すぎるし、母では力が弱すぎるしということで、父の肩揉み係はずーっと私だったのだけど、お父さんの肩と腰は大丈夫だろうか。心配だ。
遠くにいる父のことを思いつつ、目の前のシュヴェルツの背中や腰の凝りを解していると、だんだん私も眠くなってきた。
きっとこれで明日は少しは楽になるだろうとあくびをしつつ、シュヴェルツの背中から下りる。
小さくおやすみを告げてから、部屋に戻ろうとドアを力いっぱい押した。
しかし、眠いのとマッサージで疲れたのでうまく力が入らず、ドアはなかなか動こうとしない。
1,2分は頑張ってみたものの、ついに面倒になって、私は先日のようにシュヴェルツの部屋にあったブランケットを拝借してソファに寝転がることにした。
寝心地のいいソファで手足をいっぱいに伸ばして、ぼんやりと窓の外を見つめる。
月は眩く、そういえば昔の人が月は故郷と繋がっているとか何とか詠っていたな、なんて国語の授業で習ったことを思い出した。
この世界の月は私の故郷のものとは違うもので、それが少し悲しかったけれど、私はゆっくりと目を閉じた。
それでもきっと、私が世界を超えてしまったように、きっとどこかで何かが私の世界と繋がっているのかもしれない―――なんて考えながら。
その日、私は何だか変な夢を見た。
どこかの森の泉の周りを、変な格好をした男の人が囲んでいる。
ゼフィーが着ているような、踵まですっぽりと覆ってしまうローブのようなものを纏った人たちだ。
その人たちから少し離れたところに、何人かのお仕着せを着た女の人―――多分メイドさんなんだろう―――と、シュヴェルツが着ているような中世の偉い人が着ていそうな服を着た男の人たちが見えた。
全員合わせて100人は居そうだけれど、半分はローブを着た男の人で、彼らは皆一心に何かを唱えているようだった。
額に汗がにじみ、握る拳に血が滲んでいる人も居る。
彼らが言葉を紡いでいくと同時に、だんだん泉の中央が明るくなっていく。
薄暗い森に、発光する泉。その対照的な二つは、なんだかとても不気味だ。
発光する泉の傍らで、メイドさんたちはタオルのような大きな布や、簡易なドレスらしきものを用意しだす。
そして、一瞬、爆発でも起こったのかと思うほど眩い光が目を射た。
視界が真っ白になるような、そんな光だった。
目がちかちかするような光が収まると、泉の中央には、さっきまでは居なかったはずの長い黒髪の女の人がいた。
ブラウンのワンピースを着た女の人は、呆然と辺りを見渡して、何かを呟く。
二十歳くらいだろうか。少し大人っぽい、いかにも女子大生!という感じの女の人だ。
腰まで水に浸かってしまった彼女は、寒さのせいなのか、それとも理解できない現状のせいなのか、ぶるりと体を震わせた。
同時にメイドさんたちはタオルを持って泉に入り、彼女にそれを被せる。
そしてメイドさんたちに促され、泉から上がった女の人に、誰かが、低い声で尋ねた。
「―――お前が私の花嫁か?」
女の人は、言葉の意味が理解できなかったかのように、僅かに首を傾げた。
隣の部屋の扉の開く音が聞こえた瞬間、私はうとうとしながら寝転がっていたソファから飛び降りた。
そして戸棚から鍵を取り出し、シュヴェルツの部屋と繋がるドアに、鍵を差し込む。
かちゃんと音を立てて開いたドアをごんごんと叩いて、「しゅべるつ」と部屋の主の名前を呼んだ。
「しゅべるつ、どあ、ひらく」
ドアを開けてくれと頼めば、逡巡するような間があったあと、ドアはゆっくりと開かれた。
灯りの点いていない部屋は薄暗く、窓の外の月の明かりだけが頼りだ。
「くらい」
その一言だけで、灯りは点けないのかという意味を込めたのだけど、シュヴェルツには何となく通じたらしい。
「もう寝るのだから、灯りは必要ない」
少し疲れた様子のシュヴェルツは、そう言ってベッドに腰掛ける。
細く、けれど深い溜息が零され、私はオリヴィア様のことを口にする前に、「なに?」と尋ねた。
お仕事が忙しいのか?
そういう意味を込めた私の言葉は、けれどシュヴェルツには上手く伝わらなかったらしい。
シュヴェルツは面倒くさそうに服を脱ぎながら「それはこちらの台詞だ」と呟く。
疲れた様子で夜着に着替えたシュヴェルツは、どさりとベッドに体を沈め、目を閉じた。
もう寝てしまうのか。オリヴィア様のことを言おうと思ったのだけど、こんなに疲れているときに叱るのも可哀想かと思い直す。
―――仕方ない、明日にしよう。
私はそう思い、ベッドに伏せたシュヴェルツを見つめた。
ゆっくり疲れをとれよ、と心の中で労って、足音を立てないようにそろそろと部屋から出ようとする。
すると「リツ」と声がかかり、私はふいとシュヴェルツを振り向いた。
さっき目を瞑ったはずのシュヴェルツは、やっぱりベッドに体を置いたまま、視線だけをこちらに向けていた。
「何か用があったんだろう」
「よう?」
「何か、私に、言うことが、あったんじゃないのか」
「しゅべるつに、いう……はい、あるます」
うん、言うことはあったんだけど、と頷く。
「何だ」
別に今じゃなくてもいいのだけど、と思いつつ、それでもその言い方が分からなかったので、私はとりあえず、「毎日ご苦労様!」の意味を持つ労いの言葉を捜した。
ええと、たしかこの前読んだ小説に何かそれっぽい文章があったはず、と思い出す。
挿絵まで付けられた頁にあった会話文だ。その挿絵には仕事から帰ってきた様子の男性と、その男性を迎える女性の姿があった。
そのときの会話分なのだから、きっと「おつかれさま」の意味を持つ文章のはずだ。
小説というのはやっぱり日常生活で使用できる例文が多くて助かるなぁなどと思いつつ、私は口を開いた。
「おかえりなさい、だーりん。まずはごはんにする?おふろにする?それともわたし?」
(いつもおつかれさま。ご飯はもう食べた?お風呂にはもう入った?私?私は先に済ませたけれど、の意味のはずだ)
そう言うと、シュヴェルツは「お前はいったい何の本を読んだんだ!」と慌てて起き上がった。
「ほん?よむ、たくさん!」
ちゃんと本を読んで勉強していないんだろうと叱られたのだと思い、毎日ちゃんと本の朗読をしているに決まっているだろうと私も怒る。
人がどれだけ努力していると思っているのだ!
「たくさん!」と言葉を重ねれば、シュヴェルツは「読む本を選べ!」と返してくる。
「え、えらう?なに?」
それは意味が分からないと眉を寄せれば、シュヴェルツは今度こそ疲れきったのか、「もういい」と言葉を残して布団を被った。
むっと眉を寄せつつその様子を見つめ、けれどやっぱり気になってそろそろとベッドに近づいた。
「しゅべるつ」
小さく呼んでみて、返事をしてくれないのなら私も部屋に戻ろうと思ったけれど、シュヴェルツは最後の力を振り絞って「何だ」と問うてきた。うつぶせになっているので、声がくぐもって少し聞き取りづらい。
シュヴェルツの疲れた様子を眺め、こんな疲れた日に姉から彼女と仲直りしろなんて言われたら嫌だろう、なんて考える。
ていうか私だったら「関係ないでしょ!放っといてよ!」と本気で怒る自信がある。
ということで、私は布団を被ったシュヴェルツに近づき、その頭に手を置いた。
そのままよしよしと頭を撫でて、ついでに「いいこ、いいこ」とお姉さんらしく優しい言葉をかけてあげる。
男のくせにさらさらの髪は触ってみるとなかなか気持ちよく、これが絹糸のような、と称される髪なのかなぁなんてくだらないことを考えた。
私の髪も最近(メイドさんたちが)お手入れを頑張ってくれているおかげで結構さらさらになってきたと思うんだけど、さすがにこれほどではない。
どれだけお手入れを頑張ったらこんな髪になるのだ。
でもこんなに柔らかい髪だと、将来髪が抜け落ちたりしないものだろうか。
少し心配になって、ぎゅうぎゅうと頭皮マッサージをするが、シュヴェルツの反応はない。寝たのだろうか。
それなら私ももう部屋に戻ろうかと思ったけれど、そういえば肩も凝ってそうだし、とついでに肩も揉んでやることにした。
鉄板か!と思うような肩を揉み解そうとするけれど、横からマッサージをするというのは物凄くやりにくい。
それならばと靴を脱ぎ、よいせとベッドに上る。
そしてそのままよいせとシュヴェルツの背中の上に跨ろうとしたところで、「何をしているんだお前は」と、ほとんど眠る寸前のような声が聞こえた。
『マッサージ』と日本語で返せば、シュヴェルツは「まっさーじ?」と間抜けな発音で言葉を返してくる。
うむと頷き、「はなす、ない」と頭を枕に軽く押し付けた。
いいから黙ってろ、と言いたかったのが通じたのか、それとも反応するのが面倒だったのか、シュヴェルツは言う通りにしてくれる。
それからせっせと肩を揉み解し、ついでに背中までマッサージしていると、静かな寝息が聞こえてきた。
どうやら本気で眠ってしまったらしい。
シュヴェルツが何をしているのかよく分からないけれど、大変そうだなぁと眉を寄せる。
お姉ちゃんはいつも見守っているぞ!手伝えないけど!と心の中で声を上げ、せめて少しは楽になるようにと丁寧に凝りを解してやる。
その大きな背中を眺めつつ、肩凝りがひどい父を思い出した。
―――お父さん、元気かなあ。
兄や弟では力が強すぎるし、母では力が弱すぎるしということで、父の肩揉み係はずーっと私だったのだけど、お父さんの肩と腰は大丈夫だろうか。心配だ。
遠くにいる父のことを思いつつ、目の前のシュヴェルツの背中や腰の凝りを解していると、だんだん私も眠くなってきた。
きっとこれで明日は少しは楽になるだろうとあくびをしつつ、シュヴェルツの背中から下りる。
小さくおやすみを告げてから、部屋に戻ろうとドアを力いっぱい押した。
しかし、眠いのとマッサージで疲れたのでうまく力が入らず、ドアはなかなか動こうとしない。
1,2分は頑張ってみたものの、ついに面倒になって、私は先日のようにシュヴェルツの部屋にあったブランケットを拝借してソファに寝転がることにした。
寝心地のいいソファで手足をいっぱいに伸ばして、ぼんやりと窓の外を見つめる。
月は眩く、そういえば昔の人が月は故郷と繋がっているとか何とか詠っていたな、なんて国語の授業で習ったことを思い出した。
この世界の月は私の故郷のものとは違うもので、それが少し悲しかったけれど、私はゆっくりと目を閉じた。
それでもきっと、私が世界を超えてしまったように、きっとどこかで何かが私の世界と繋がっているのかもしれない―――なんて考えながら。
その日、私は何だか変な夢を見た。
どこかの森の泉の周りを、変な格好をした男の人が囲んでいる。
ゼフィーが着ているような、踵まですっぽりと覆ってしまうローブのようなものを纏った人たちだ。
その人たちから少し離れたところに、何人かのお仕着せを着た女の人―――多分メイドさんなんだろう―――と、シュヴェルツが着ているような中世の偉い人が着ていそうな服を着た男の人たちが見えた。
全員合わせて100人は居そうだけれど、半分はローブを着た男の人で、彼らは皆一心に何かを唱えているようだった。
額に汗がにじみ、握る拳に血が滲んでいる人も居る。
彼らが言葉を紡いでいくと同時に、だんだん泉の中央が明るくなっていく。
薄暗い森に、発光する泉。その対照的な二つは、なんだかとても不気味だ。
発光する泉の傍らで、メイドさんたちはタオルのような大きな布や、簡易なドレスらしきものを用意しだす。
そして、一瞬、爆発でも起こったのかと思うほど眩い光が目を射た。
視界が真っ白になるような、そんな光だった。
目がちかちかするような光が収まると、泉の中央には、さっきまでは居なかったはずの長い黒髪の女の人がいた。
ブラウンのワンピースを着た女の人は、呆然と辺りを見渡して、何かを呟く。
二十歳くらいだろうか。少し大人っぽい、いかにも女子大生!という感じの女の人だ。
腰まで水に浸かってしまった彼女は、寒さのせいなのか、それとも理解できない現状のせいなのか、ぶるりと体を震わせた。
同時にメイドさんたちはタオルを持って泉に入り、彼女にそれを被せる。
そしてメイドさんたちに促され、泉から上がった女の人に、誰かが、低い声で尋ねた。
「―――お前が私の花嫁か?」
女の人は、言葉の意味が理解できなかったかのように、僅かに首を傾げた。
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