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2章
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しおりを挟む「ぜひー!」
久しぶりに見たぜフィーは、相変わらず無表情のままで、けれど腕には綺麗な花束を抱えていた。
私がベッドに臥せっている間も、2度3度、綺麗な花を贈ってくれたのだ。
ゼフィーはやはり相変わらずの呪文のような挨拶を唱え、私に花束を差し出す。今日は黄色と白の小ぶりの花を束ねた花束だ。
お礼を言って、リアンに花を生けてくれるようにお願いする。
「ぜひー、そふぁ、どうぞ。おちゃ、どうぞ」
まあまあそこに座ってお茶でも飲んでいって、と席とお茶を勧めると、ゼフィーはお礼を言ってからそっと腰を下ろした。
アリーがゼフィーの分のお茶を用意し始めたけれど、ゼフィーはお茶を待たずに「シュヴェルツ様、」難しい顔をしているシュヴェルツの名前を呼ぶ。
「先程、手紙が届きました。どうやら第一王子のリドウ様が使者としていらっしゃるようです」
「第一王子……そうか。では、―――」
二人が私の知らない言葉を並べ立てて会話を始めてしまったので、私は適当にヒアリングしながらお菓子に手を伸ばした。
今日のおやつはクッキーのような焼き菓子だ。
どうやらお隣の国から偉い人が来るらしい。とりあえず、ぼんやりとだけれど、それだけは分かった。
国の名前やその偉い人の名前も、その人がここに来る理由も、きっと二人の会話の中に散りばめられていたのだろうが、さすがにそこまでは聞き取ることができなかった。
まあ私にはそれほど関係あるまい、とクッキーをかじる。
ハーブでも入っているのか、ちょっと変わった香りのするクッキーだ。
うむう、日本では無い味だなぁ。これは結構好みが別れそう、なんて考えていると、何やら複雑な表情を浮かべたシュヴェルツと目が合った。
苦いものでも口に含んだようなその表情に、むっと眉を寄せる。
人の顔を見てそんな嫌そうな表情を浮かべるとはどういう了見だ。失礼な!
「……あとひと月も無いが、どうにかしてこれを人前に出せるように躾直さねばならないのか」
「?」
今の呟きはどういう意味だったのだろう。
シュヴェルツの疲労が全部そのまま言葉に出たような感じだったけれど。
きょとんとしていると、シュヴェルツは「リツ」と神妙な表情で私を呼んだ。うむ、と頷く。
目を合わせてたっぷり5秒後、シュヴェルツは散々言葉を選んでから、「……励めよ」と一言だけを口にした。
一言だけだったけれど、聞いたことのない単語だ。
分からない、という意味を込めて首を傾げると、シュヴェルツは突然立ち上がる。
「時間がない、とにかく礼儀作法を叩き込め。言葉はもう仕方が無い。挨拶だけは何通りか覚えさせろ。後はとりあえず私が横にいてどうにかする。お前はとにかく笑っていろ、分かったな?」
最初はメイドさんたちに、最後は私に向けて告げられ、私はとりあえずこっくりと頷いた。
早口で何を言っているのかよく分からなかったが、最後はゆっくりしていたので何とかだいたいの意味を理解することができた。
笑顔を絶やさないでね、という意味のはずだ。多分。
しかしどうしていきなりそんなことを言うんだろう。いや、たしかに笑顔は大事だけれど。
それは突然メイドさんたちや私の前で熱く発言するものか?と内心で首を傾げた。
そして。
その翌日、私は更に首を傾げることとなった。
朝食を摂り、今日も刺繍にでも励むか、などと思っていた私だったが、鏡張りの部屋に連れて行かれたのである。
学校の教室くらいの広さの部屋は壁一面に鏡が張られている。
すごい、こんな部屋あったんだ、と物珍しさに部屋の中をくるくるしていると、リアンが遅れて部屋に入ってきた。
リアンは珍しいことに―――というか初めて見た―――細身の黒いズボンを着用している。
上は少し緩めの白いシャツと黒いベストで、編み上げのブーツもよく似合う。
ブーツの底が高いのか、リアンはいつもより10センチは身長が高く見えた。シュヴェルツと同じくらいだ。
そして、いつもはそのまま下しているグレーの髪を、細い黒のリボンできゅっと一つに纏めている。
常日頃からリアンは美人だなぁと思っていたが、こういう格好をするととんでもなく格好よく見える。
宝塚の男役のスターみたいだ。
わあわあ素敵!と思わず目をきらきらさせると、アリーがそっと前に出た。
アリーはアリーで、今日はいつもと少し違う。
いつもはくるぶしが見えるくらいの紺色のロングスカートタイプのメイド服なのだが、今日は私服なのか何なのか、クリーム色のドレスみたいなものを着ている。
ドレスというには地味だけれど、普段使いの服としてはちょっと派手というか動き難そうというか、うーん。
裾が膨らんだドレスは床に触れそうなくらい長い。
私もいつも同じくらいの長さのドレスを着せられるが、本当に動きにくくて嫌になってしまう。
きゅっと眉を寄せた私の視界で、リアンは長い足を動かしてアリーの前までやってきた。
それからまるで王子様がするように、丁寧なお辞儀をする。そっとアリーの方に手を差し出すと、アリーもそっと膝を折ってお辞儀をしてから、その手を取った。
今から何が始まるのだろうと、きょとんとする。
その疑問に答えるように、二人が手を合わせたのとほとんど同時に、2人以外のメイドさんたちが音楽を奏で始めた。
そうして二人がゆっくりとステップを踏み始めたのを見て、あっと思う。
ダンス?
アリーとリアンは優雅にステップを踏んで、部屋中をくるくる回る。
そして2,3曲を踊り終えた二人は最後にお互いに丁寧なお辞儀をして、こちらに戻ってきた。
すごく上手だった!と賞賛の拍手を送ると、アリーははにかみながら「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べる。
リアンはそっと礼をとった後、今度は私の前に跪いた。
え、な、何?まさか今度は私の番?と目をぱちくりさせる。
困ったことになった、と思いつつ、私はリアンに手を引かれるままに部屋の中央に立った。
すると柔らかなメロディーが紡がれ始め、私はちらりとリアンに視線をやる。
リアンはもしかしてもしかしなくても私にダンスを教えてくれるつもりなんだろうか。
なんで。どうして。何のために?
一瞬そう思ったが、すぐに昨日の出来事を思い出す。
そういえばお隣の国の人が来ると言っていた。まさかダンスパーティーでも開かれるのだろうか?
ありえる!と私は内心で大きく頷いた。
ティーンズ小説でも主人公はあれやこれやと色んなパーティーに出席していて、慣れないドレスに戸惑い、慣れないダンスに戸惑い、そしてその慣れない姿に男性陣はみんな胸をときめかせていたのである。
ダンスパーティーという何だか胸躍る単語に、ちょっぴりワクワクしてしまった。
いつも部屋とお庭でしか生活できず、やることと言えば刺繍か読書かメイドさんの奏でてくれる音楽を聴きながら眠りに落ちるか、そのくらいなのである。
体育はあまり得意ではないし、リズム感にも不安はあるが、体を動かすのは楽しそうだ。
ダンスか、上手にできるかな。
ちょっとドキドキしながら、差し出されたリアンの手を取る。
するとリアンはゆっくりと「まずは右足を後ろに」なんて言いながらステップを踏み始めた。
“みぎ”、“あし”、“うしろ”
その簡単な3つの単語に、私もひょいと右足を後ろに動かして見せる。
リアンは軽く頷いて、ゆっくりと足を動かした。
ゆったりとしたリズム、足の動かし方、ターン、それらを一通り習って、私は「ふむう」と息を落とした。
何だか割と簡単である。
もっと難しいのかと思ったけれど、そんなことはない。
私は音楽に合わせ、ゆっくりと体を動かした。
ダンスは中学、高校と必須科目だったのだ。
勿論こんなワルツみたいなダンスは習わなかったけれど、いろんな音楽に合わせて体を動かしたことならある。
あの授業がこんなところで役に立つ日が来るとは!
一曲を踊り終えた後、リアンはちょっと驚いた様子で口を開いた。
「リツ様、ダンスの経験がおありなのですか?」
「はい、げんき!」
リアンが何て言ったのかは分からなかったが、多分疲れたかどうかとか聞かれたんだろう。
そう思って答えたのだが、リアンは「それはいいことですが、」と言葉を区切り、最後にはほっと息を吐き出した。
「お上手ですね」
「お、じょ?」
「ええ、―――“素敵”です」
あ、その言葉は知ってる。服が似合うとかそういう褒め言葉系の単語のはずだ。
しかし今朝からこのドレスを着ていて、今更服装を褒められるとは考えにくいから、多分ダンスが上手だねとか何とか褒められたのだろう。
私はにこにこ笑いながら「ありがとうございます」とお礼を述べた。
久しぶりの散歩以外の運動が楽しくて、もう一曲、とおねだりする。
きゅっと手を握ると、リアンは心得たように、もう一度ステップを踏み始めた。
そうして1時間、もしかしたら2時間くらい経過したかもしれない頃、私は「おつかれさまでございますー(疲れたー)」と、備え付けられていた椅子にどさりと腰を下ろす。
私に付き合ってずっと踊り続けていたリアンも、暑くなったんだろう、僅かに頬を上気させている。
「りあん、おつかれさまでございます、どうぞ」
リアンも疲れたでしょ?座って、と言葉をかけると、リアンは短く断りの言葉を口にした。
しかし何度も声をかけると、困ったようにしながら、そっと椅子に浅く腰掛ける。
シャナによく冷えた飲み物を渡され、私はお礼を言ってそれを受け取った。
リアンもどうぞ、と言いたいところだが、グラスはひとつ―――つまり私の分だけ―――しか用意されていない。
ということで、私は「どうぞ」と自分の飲みかけのグラスを渡そうとしたのだけど、キィ、とドアの開く鈍い音がして、ぴたりと動きを止めた。
「しゃーろっと?」
ドアの向こうからすいと長い足が見えたと思ったら、シャーロットだったか。
そういえばシャーロットも久しぶり!と片手を上げて挨拶すると、シャーロットはにこやかにこちらに歩み寄ってくる。
メイドさんたち、というかアリーとリアンがピリピリしているが、シャーロットはそれには気付かないのか気付いていないフリをしているのか、そのままの速度で私の目の前までやって来た。
椅子に座ったまま、なに?と首を傾げる。どうしたのだろう。
シャーロットもダンスの練習か?それならちょっとアリーと踊ってみて欲しい。絶対にこの二人は絵になるはずだ!
そう思ったのだけど、シャーロットは艶やかな笑みを浮かべ、おそらく挨拶だと思われる言葉を並べた。
意味はよく分からなかったが、アリーが顔を真っ赤にして「リツ様まで口説かないでくださいませ!」と怒った口調になっていることから考えるに、何か変なことを言っているのかもしれない。
とりあえず、うむうむと頷きを返してやり、飲み物をごくごくと喉に流した。うう、暑い。
「リツ様がダンスの練習を、と聞いて、私も一曲お相手願えればと思ったのですが―――もうお疲れですか?」
「だんす。おつかれさまでございます」
疲れたかどうか、って聞いてるんだよね。
まあ疲れたは疲れたけれど、わざわざ聞かれると、まあそれほどでもない気がする。
ということで、私は「すこし」と言葉を返した。
「では是非一曲お相手願えませんか?」
「……しゃーろっと、わたし、だんす?」
「ええ、私と、リツ様が。お嫌ですか?」
「わたし、しゃーろっと、だんす、いい」
ではお手を、と恭しく手を取られ、私は再びホールの真ん中に立つこととなった。
ブーツを履いたリアンよりもシュヴェルツよりも背の高いシャーロットだ。私も今はヒールが20センチはあるんじゃないかという靴を履かされているけれど、それでもシャーロットの胸までしか身長が無い。
これはちょっと踊り難そうだな、と眉を顰める。
けれど、音楽が始まって、ステップを踏み始めると、そんな考えはぴゅんとどこかに飛んでいってしまった。
「しゃーろっと、すてき、かわいい!」
「あはは、それは光栄です。リツ様もとてもお上手ですよ」
シャーロットはダンスが物凄く上手だったのである。
身長差なんて気にならないくらい上手にリードしてくれる。
リアンも上手だったけれど、シャーロットの方がずっと上手だ。すごく踊りやすい。
まだステップは完璧ではないけれど、シャーロットはそんなことも気にならないくらい、上手にリードしてくれる。
そうしてシャーロットと何曲か踊り続け、30分ほど経過した頃、私はついに床に座り込んだ。
「おつかれさまでございます……」
疲れた、とへろへろになりながら言葉を吐き出す。
シャーロットはちいさく笑ってから、失礼、と短い言葉とともに私を抱き上げ、椅子の上にやさしく下ろした。
「ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして。それにしてもリツ様は本当にお上手ですね。とても今日が初めてとは思えませんが、経験がおありでしたか?」
何と言われたのか分からないが、曖昧に頷いて、薄らと額に滲んだ汗を拭う。お風呂に入りたい。
いつの間にか用意されていた新しいグラスがシャーロットに渡され、彼はそれにゆっくりと口を付ける。
うーん、美形というのは何をしていても美形なんだなぁと、グラスを手の中で遊ばせながら思った。
その整った顔をまじまじと見つめていると、シャーロットがようやく視線に気付いたかのように、ちらりと、斜め45度の視線をこちらに寄越す。
うっ、色気が!フェロモンが!と思わず目を瞑って、顔を背けた。シャーロットは小さく笑う。
「リツ様はお可愛らしいですね」
「?ありがとうございます」
可愛いね、と褒められたのだと思うのだけど、いきなり何だ?シャーロットみたいな美形に可愛いと言われると何だか複雑な気分になるではないか。
「ダンスの他に、何か得意なことはございますか?」
「とーい?……なに?」
言葉の意味が分からずに首を傾げると、シャーロットは甘く微笑む。
シャーロットの微笑はうんと綺麗で艶やかだが、どうも掴み辛い。言葉が分からないせいもあるのか、何を考えているのかさっぱり分からないのである。
「いいえ、―――ああ、もうこんな時間だ。そろそろ失礼させていただきます。ではリツ様、また今度」
最後に指先に口づけられて、私は『結局何の用だったんだろう』と首を傾げながらさようならの挨拶を口にした。
そうして結局この日から、私の日課の散歩、刺繍、本の朗読の他に、ダンスの練習が加えられることとなったのだった。
あと、お辞儀の仕方や呪文のような挨拶の練習も加えられたことを、ここに付け加えておく。
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