29 / 32
参:火車
7.
しおりを挟む特別。特別な黒猫。虎に変身が出来るのだから、それはそうなのだが……彼女の口振りはそれ以外の意味も含んでいそうに聞こえた。
彼女が歯切れ悪そうにしていると、頭の上に乗っている猫が鳴き声を上げる。
「にゃあーん」
猫の言葉を解したのか、あるいはその視線を追ったのか、彼女は前を向いて。
「……到着したようです」
そこには二階建てのアパートと小さな駐車場があり、先ほどの車が停まっていた。
車のことにはあまり詳しくないが、それはいわゆる普通の乗用車で、特に珍しいものというわけでもない。むしろここまであとを追えた猫のほうがすごいかもしれない。
「あとを追えるとか、まるで犬ですね、この猫」
「にゃにゃん」
「あいたっ」
また額にネコパンチをされてしまった。
彼女はというと、目的の車まで近付くと、そーっと中の様子を伺っている。
「……どうやら持ち主のかたはアパートのほうに帰っているようです。いまのうちに解決しちゃいましょう。お願いします」
「にゃあーん」
彼女に言われて、猫が頭から地面に飛び下りる。スマートに着地すると、テクテクと車の後部タイヤの一つに近寄って、
「にゃあーん」
と声を上げながら軽くネコパンチした。すると、その後部タイヤから、何か、同じくタイヤ状のものが姿を現す。
「…………⁉」
直径数十センチくらいのタイヤの妖魔。普通のタイヤと違うのは、木材で出来ていて、円盤の中心に人間のような顔があり、また円盤の外周が炎で取り巻かれていることだった。
「……『火車』です」
彼女が言う。
「詳しい説明はあとにしましょう。いまは大人しくなってもらわないと……」
そう言いながら彼女がポーチから綾菓子を取り出そうとした時、火車は円盤外周の火を一際大きくさせると、道路のほうへと逃げ出していく。
「「あっ」」
慌てて彼女が追いかけようとすると、火車が急に方向転換して猛スピードで彼女のほうへと迫ってきた。てっきり逃げ続けるものだとばかり思っていたせいで、いきなりのことに彼女はびっくりした顔をする。
「危ない……っ!」
とっさに身体が動いて、彼女の身体をコンクリートの地面に押し倒していた。そのそばを火車が通り過ぎていく。またUターンしてきたらどうしようかと思ったが、今度は火車はそのまま道路の向こうへと走り去っていった。
「……あ、危なかった……大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「あ、ありがとうございます……」
彼女ともども身体を起こす。彼女は急いで周囲を見回して。
「早く追いかけないと……!」
そう言って道路の向こうへと駆け出していく。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる