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【第三部 悪魔の末裔】
29 波動爆破
しおりを挟む「……私が使うのは風魔法だけじゃないさ」
ルナの足元に小さな紅い魔法陣が出現し、高熱を帯びた紅いオーラが彼女の足にまとわれる。炎魔法による高熱であり、それはコンマ数秒という速さで彼女の足を凍らせていた氷を解かし、蒸発させた。
ルナの冒険者職は魔法剣士であり、位階は魔法士である。主に使用するのは風魔法ではあるが、水魔法や土魔法、およびアカが炎魔代行になったあとは炎魔法も契約していたのだ。
「はっ!」
ルナが側転するように横側に翔ぶ。間一髪、彼女がいまいた場所を魔力包丁が飛び過ぎていき、彼女は逆さまの体勢で一度地面に片手をつけたあと、側転の要領で再び地面に足をつけた。
「なるほど。想定していたよりは強いようだ」
「っ!」
そのルナの眼前に、男がいた。いつの間に迫っていたのか……両足に魔力をまとっているところを見るに、ルナが側転回避している一瞬の間に、彼女が気付けないスピードで迫っていたのだろう。
「だが、それでもまだ俺の敵には遠い」
男が洗練された動きで、魔力を集中させた包丁の一本を握った手をルナへと突き出してくる。何度も同じことを繰り返し反復鍛練したような、無駄のまったくない突き刺しの一手。その凶刃は彼女の胸元、胸骨の奥にしまわれた心臓を寸分違わずに狙いすましていた。
魔力をまとっているだけの薄い装甲では、この魔力集中の包丁を防御するのは無謀に等しかった。
「く……っ!」
刹那、ルナは胸元に極小の円形の魔力盾を作り出し、その一撃を受け止める。瞬時に可能な限りの魔力を固めて作った即席の盾だったが、ぎりぎりで凶刃の進行を食い止めることが出来た。
「いまの一撃で死んでいれば、楽に死ねたものを」
「……っ⁉」
その瞬間、ルナの背中にいくつもの衝撃。鋭い刃物によって突き刺された感覚。
「これ……は……っ!」
目だけを背後に向ける。背中に刺さっていたのは、直感に反することなく、紛れもなく先ほど避けたはずの魔力包丁だった。
「俺の魔力で作った包丁だ。自在に操れないわけがないだろう」
ファイアボールやアイスニードルなど、魔法で作られた攻撃を魔力操作で自在に動かすように。男は空中を飛び滑る魔力包丁の軌道を操り、旋回させて、ルナの背中へと突き刺したのだ。
「鍛練された良い魔力だ。俺の魔力包丁が数ミリしか刺さらないとはな。だがしかし、俺の魔力はいま、お前の体内の血液に触れた」
「っ⁉」
ルナはやばい!と思った。なにがどうやばいのか、具体的なことは分からない……だがしかし、いまこの状況を、『男の魔力包丁に触れている』という状態をそのままにしているのは、致命的な事態につながると直感した。
「はあっ!」
瞬時にルナは背中の魔力を爆弾のように破裂させて、その勢いによって、刺さっていた魔力包丁を吹き飛ばして破壊する。だがそれでも背中側の違和感と致命的な直感は消えず、むしろより強く彼女に危機感を伝えてくる。
……速くなんとかしなければ、残り数秒で死に至ってしまう、と。
「無駄だ。俺の魔力は、いまこの瞬間、お前の心臓に到達した。潰れたトマトのように心臓を破壊しろ」
「……っ」
たったいまルナが自身の魔力を破裂させたように。男は心臓に到達した魔力を爆発させて、彼女を即死させようとしているのだ。
回避も防御も不可能な即死の一撃。『敵』は自分の体内に在るのだから。心臓に到達した魔力を、心臓だけを無事なまま外部に追い出すことは、いまのルナの技量では出来なかった。
(やるしかない!)
躊躇している余裕はなかった。迷っている余裕も他の選択肢を考慮している余裕もなかった。この心臓が破壊されることは、もう変えることの出来ない決定事項だった。
だから。
ルナは魔力を集中させた右手を自分の胸元に突き入れて、脈打つ心臓を自らの手で摘出した。
「何だと⁉」
いまこの瞬間において、男は心からの、真からの驚愕を顔面に表した。どっちみち破壊されるのなら、自分から取り出してしまえばいい……理屈としては理解出来ても、まさか、それを実行してしまうことが信じがたかったのだ。
「く、らえ……っ!」
……ごぼっ……口から大量の血液を吐き出しながら、ルナが心臓を握りしめた右手を、男の魔力が張りついている心臓を、眼前にいる男へと突き出す。
心臓を破壊されたり摘出してしまえば即死することに違いはないが、厳密には脳を破壊されたときとは異なり、死亡までには数秒のタイムラグが存在する。そのかすかに残された猶予の間に、残された血液と酸素を使って、ルナは行動したのだ。
魔法ではない。自身の魔力を右手と心臓に込めて、凝縮して、一つの塊とする。集中した魔力の光が、ルナの決死の生命の輝きが、右手と心臓から放たれた。
魔力による波動爆破だった。
「ヴ、ヴヴオォッ⁉」
至近距離であるがゆえに、ルナを確実に仕留めるために接近したがゆえに、男は回避も防御も間に合わず彼女の一撃をその身に受ける。爆風に巻き込まれて、彼女から数メートル離れた場所まで吹き飛ばされる。
「ぐ……」
そしてまた、ルナも地面へと落ちていく。べぢゃり。血の池に落ち、うつ伏せに倒れ、顔まで地面に向けているため死に顔は判然としなかった。
しかし、彼女が決死の覚悟で放った一撃を受けてなお……地面に倒れた男は指先を動かし、ボロボロになりながら、皮膚が裂け血が流れる足に力を込めて立ち上がった。
「……危なかった……あと少し威力が高ければ、殺られていた……」
額から血を流し、片目はつぶらざるを得なく、血に赤黒く塗れて動かない右腕に左手を添えるように当てている。残る右目で、遠くに倒れる彼女を見つめる。
その眼差しにはさっきまでの怒りを込めたような鋭さはなく、強者に対する畏怖の念が宿っていた。
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