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プロローグ
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「都より生け贄として遣わされました。私は貴方様のものです。どうぞこの身体と命。お受け取り下さい」
険しい路を登ってきた少女は少し息を整えると、凜とした声を響かせた。
自分の命の終わりを意識した人間とは思えぬほど、少女は落ち着いていた。まるで、恐怖という感情を知らぬように。
「……女は嫌いだ、さっさと失せろ。それにオレは人間は喰わん
」
少女の声に応え山頂の洞窟からのそりと出てきた赤毛の少年は、少々うんざりしたような様子で答える。
「帰れません。都は行方知らずの者が多く出ております。私は彼らの身代わりとなる使命があるのです」
「民の不満を解消する為の生け贄の儀式、その道具か。生憎オレは人間共に手など出していない。おおかた人間が起こした事件が全てオレのせいにされているんだろうよ」
「……そんな……」
「女。帰ったところでお前も消されるだろう。この山を越え隣の国を目指すといい」
「いえ、それはできません」
まさか自分の意見に従わないと思わなかったのか、少年は年相応の表情で目を丸くし少女を見つめた後、溜息をついた。
「ならばどうする。その辺で野垂れ死ぬか」
「使命は放棄できません。あなたの言う事が本当か、一緒に過ごしてこの目で確かめさせて頂きます」
「好きにしろ。但し、確かめたあとは――」
――1年に1回か2回、この夢を見る。何度も同じ映画を見ているようだ。私は少し離れた場所から、ずっと2人を眺めている――
山頂の大きな岩の上で、少年と少女は少しの距離をあけて座っていた。
「なぁ、お前」
少年は赤毛を風に揺らしながら口を開いた。少女は手に持った籠の中で豆の鞘を丁寧に剥きながら、目線を動かさずに答える。
「何でしょう?」
「ここに来て半年経っただろう。確かめられたか?」
「……どうでしょう」
「人間ははっきりものを言わないし、嘘をつく。お前もそうなのか」
「答えが出たらきちんとお伝えしますよ」
少女の真意について考えているのか、ゆっくりと動く雲を目で追いながら、少年は少しだけ固い声で問いかけた。
「信じているぞ。……ときにお前。人間について、どう思う?」
「私は……私は人間扱いされてこなかったので、正直なところ、わからないのです。彼らの考えていることが」
「人間達はオレを憎む。オレと一緒にいるということを知られれば、お前も一緒に憎まれる。お前という人間は、ここに居て辛くはないのか」
「今、目の前に居ない者についてどうして悩む必要がありましょう。こうして毎日あなたとお話しできる生活を、私は幸せに思います」
ざざざ、と強風が木々を揺らし、パラパラと枝の屑や葉が2人の間に落ちてくる。つるりとした岩の上をころころと転がった枝は、やがて山の下へと転がり落ちていった。
少女は最後の豆を鞘から出すと、満足げに息をつく。
下を向いている少年は、まるで独り言のように小さな声で返す。
「人間の醜さを嫌という程見てきた。言葉を交わしたこともないのに勝手にオレに惚れ想いを募らせ、やがて叶わないそれを憎しみへと変えオレを呪う女達。勝手にオレを恐れ、一方的に卑怯な手を使って殺そうとしてきた男達」
「今。今を見て下さいな。あなたの横にいるのは、私でしょう」
少年は顔を上げて、少女と目を合わせた。
「……そう、だな。……なんだろう、言いたいのはこういうことではないんだ。その……お前、酒は飲むか?」
「産まれてこの方、そのような上等なものは口にしたことがありませんけれど……」
「では、今夜からオレと共に酒を飲め」
「貴方が望むのなら」
「酒でも飲まないと話せないことばかりなのだ、オレのような鬼は」
「ふふ。何をお話しして下さるのでしょうか。楽しみにしておりますね。約束ですよ」
「ああ、約束だ。鬼は嘘をつかないからな」
夢はいつもここで終わる。細かいことはわからないけれど、静かで幸せな空気を感じるのに、なぜかこの夢を見た朝は、とても悲しい気持ちを抱えて起きる。
夢の中の少女も、鬼を自称する少年も。幸せになってくれればいい、と、私はその度に願うのだった。
険しい路を登ってきた少女は少し息を整えると、凜とした声を響かせた。
自分の命の終わりを意識した人間とは思えぬほど、少女は落ち着いていた。まるで、恐怖という感情を知らぬように。
「……女は嫌いだ、さっさと失せろ。それにオレは人間は喰わん
」
少女の声に応え山頂の洞窟からのそりと出てきた赤毛の少年は、少々うんざりしたような様子で答える。
「帰れません。都は行方知らずの者が多く出ております。私は彼らの身代わりとなる使命があるのです」
「民の不満を解消する為の生け贄の儀式、その道具か。生憎オレは人間共に手など出していない。おおかた人間が起こした事件が全てオレのせいにされているんだろうよ」
「……そんな……」
「女。帰ったところでお前も消されるだろう。この山を越え隣の国を目指すといい」
「いえ、それはできません」
まさか自分の意見に従わないと思わなかったのか、少年は年相応の表情で目を丸くし少女を見つめた後、溜息をついた。
「ならばどうする。その辺で野垂れ死ぬか」
「使命は放棄できません。あなたの言う事が本当か、一緒に過ごしてこの目で確かめさせて頂きます」
「好きにしろ。但し、確かめたあとは――」
――1年に1回か2回、この夢を見る。何度も同じ映画を見ているようだ。私は少し離れた場所から、ずっと2人を眺めている――
山頂の大きな岩の上で、少年と少女は少しの距離をあけて座っていた。
「なぁ、お前」
少年は赤毛を風に揺らしながら口を開いた。少女は手に持った籠の中で豆の鞘を丁寧に剥きながら、目線を動かさずに答える。
「何でしょう?」
「ここに来て半年経っただろう。確かめられたか?」
「……どうでしょう」
「人間ははっきりものを言わないし、嘘をつく。お前もそうなのか」
「答えが出たらきちんとお伝えしますよ」
少女の真意について考えているのか、ゆっくりと動く雲を目で追いながら、少年は少しだけ固い声で問いかけた。
「信じているぞ。……ときにお前。人間について、どう思う?」
「私は……私は人間扱いされてこなかったので、正直なところ、わからないのです。彼らの考えていることが」
「人間達はオレを憎む。オレと一緒にいるということを知られれば、お前も一緒に憎まれる。お前という人間は、ここに居て辛くはないのか」
「今、目の前に居ない者についてどうして悩む必要がありましょう。こうして毎日あなたとお話しできる生活を、私は幸せに思います」
ざざざ、と強風が木々を揺らし、パラパラと枝の屑や葉が2人の間に落ちてくる。つるりとした岩の上をころころと転がった枝は、やがて山の下へと転がり落ちていった。
少女は最後の豆を鞘から出すと、満足げに息をつく。
下を向いている少年は、まるで独り言のように小さな声で返す。
「人間の醜さを嫌という程見てきた。言葉を交わしたこともないのに勝手にオレに惚れ想いを募らせ、やがて叶わないそれを憎しみへと変えオレを呪う女達。勝手にオレを恐れ、一方的に卑怯な手を使って殺そうとしてきた男達」
「今。今を見て下さいな。あなたの横にいるのは、私でしょう」
少年は顔を上げて、少女と目を合わせた。
「……そう、だな。……なんだろう、言いたいのはこういうことではないんだ。その……お前、酒は飲むか?」
「産まれてこの方、そのような上等なものは口にしたことがありませんけれど……」
「では、今夜からオレと共に酒を飲め」
「貴方が望むのなら」
「酒でも飲まないと話せないことばかりなのだ、オレのような鬼は」
「ふふ。何をお話しして下さるのでしょうか。楽しみにしておりますね。約束ですよ」
「ああ、約束だ。鬼は嘘をつかないからな」
夢はいつもここで終わる。細かいことはわからないけれど、静かで幸せな空気を感じるのに、なぜかこの夢を見た朝は、とても悲しい気持ちを抱えて起きる。
夢の中の少女も、鬼を自称する少年も。幸せになってくれればいい、と、私はその度に願うのだった。
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