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バーとカクテル
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「ところで、夜都賀さんとイブキくんはいつからバーをやっているんですか?」
「そうだな、俺は一度南北朝時代……と今は言うんだっけか、その頃に殺されて、明治の始めに親父……夜都賀に復活させられた。それで2人で人間界で生きていく為に、横浜で店を開いた。それから色々あって京都のあやかしに助けを求められてこの辺りにきて、今度は人間相手ではなくあやかし向けにアジトにもなるバーを作ったんだ」
「ええっ明治時代? 私生まれてないです!」
「どう考えてもそうだな」
「どんなお客さんが来たんですか? メニューは何を出してたんですか?」
「興味があるのか?」
「はい!」
甘祢の目がキラキラとしている。好奇心でいっぱいの瞳。昨夜出会った時には疲れて濁っているように見えたのに、あれから数時間でこんなにも前向きになれるものなのか。
「そうだな、明治の頃はまずワインと、ジンをベースにしたカクテルを主に出していた。海外のものに興味がある人間が多かったからな。客は主に富裕層の男で……」
甘祢を客室に案内しながら他愛無い話をする。俺の話を真剣に聞いて、相槌を打って、うんうんと頷いている。面白いのかわからないが、たまに笑う。怖い目に遭ったばかりなのに、見た目よりずっと強いのかもしれない。
……あいつも、そうだった。
「ここだ。客間はいくつもあるから、ここはもうお前の部屋にするといい」
「わぁ、こんな広い部屋! いいんですか?」
「広いか?」
「はい!」
甘祢を部屋に送り届けてから、廊下でゆっくりと伸びをする。この先のことを考えなくてはいけないが、その前にまず寝よう。あやかしは寝なくても問題は無い。とはいえ、やはりベストなコンディションを保つには休息が必要だ。
自室に戻り布団の中で目を瞑ると、先刻、甘祢に喋った明治の頃の記憶が蘇る。
「あれからほんの150年と少ししか経っていないのか。瞬きするような間だと思っていたが、それでも沢山のことがあった……な……」
やがて現から夢へと、意識は落ちていった。
「これが葡萄酒。ワインだね。健康にもいいと言われて人気なんだ。これはビール。麦のお酒で、刺激があって美味しいよ。これはジン。いい香りがするしアルコール度も高いから、色々なものと混ぜて『カクテル』っていう洒落た飲み物を作れるんだ。あとはお酒じゃないけど、珈琲に紅茶。どれもあの時代にはなかったものだし、まずは飲んでみて」
甘祢に話した記憶がそのまま再現されている。これは夢だ。
あのときはどう答えたんだっけか。と思いながら指で示された緑色の瓶を手に取り匂いを嗅ぐと、薬草のような香りとツンとする刺激が脳にまで突き刺さる。刺激のせいか、今「夢を見ている」という状態だということを忘れていくような気がした。
もう一度、匂いを嗅ぐ。
胸がすぅとするような爽やかな香りだ。
そうだ、今は明治時代。久しぶりに現世に復活して、人間の社会にやってきたところだ。
試しに、一口飲む。
「……うまい! この苦みと爽やかさ、癖になるな」
「ちょっとイブキちゃん、ジンのボトル直飲みしないでってば、これ輸入品で高いんだからね?」
「酒飲みなのはお前からの遺伝だろ」
「そうだけどさぁ、今から説明しようとしてるんだから全部飲んじゃダメだって~」
「はいはい、わかったよ」
「にしても、久しぶりにこうやって2人で話ができて嬉しいな、南北朝時代にイブキちゃんがボクを復活させてくれて、それから少し一緒に暮らせたと思ったらイブキちゃんが頼光に騙されて殺されて……それから500年ぶりかぁ」
もう夜だというのに、家の中も外も明るい。ガス灯というのだと親父――夜都賀――は教えてくれた。夜はあやかしの時間だった筈だ。人間は夜にまで浸食してきている。人の姿形は変わらないのに、皆知らない格好をしている。
「まさか国の中心が京都から東に移るとは思っていなかった。……街の様子も人の格好も食べ物も、とにかく変わりすぎて何がなんだかわからねぇな。それに俺のこと復活させるなんて大変だっただろ」
「それくらいしかボクの生きる目的、無かったから。親の愛ってやつ? それよりさ、今は食べ物とかお酒とかほんと色々進化してて楽しいよ。しばらくは横浜で過ごそうよ。世界中の色々なものが日本に流れこんできていて、楽しいよ」
少し照れたように笑う親父は、以前よりもずっと長く生きている筈なのにたまに若者のように見える。不思議だ。時代に飛び込んで生きていると、そうなるものなのだろうか。自分の親がかなり若く感じるというのも変な感覚だと思いながら、俺は周りをきょろきょろと見渡した。
黒を基調とした店内は不思議な灯りがいくつもあって、よくわからない道具も沢山置いてある。
「ところで、この店とやらも明治流なのか?」
「そう、バーっていうんだよ。ボクはバーテンやりながら人間のフリして生活してる。最近出来た職業なんだよ! 時々同じように人間のフリをしているあやかし達と交流したりして、情報収集をしてるけど……昔みたいに、鬼は敵視されていないからやりやすいし、今のところ人間には気付かれてないし。毎日楽しいよ」
バーカウンターとやらで色々な道具を取り出し準備をしながら、親父は嬉しそうに俺に向かって笑いかけてきた。
このまま、何事もなく人間の暮らしの中で生きていくのも悪く無い、と思うような笑顔だった。
――でも。
鬼が恐れられるどころか、人間の意識は人間が作り出したものにばかり向いている時代に見える。
この先はどうなるのだろう。鬼なんて存在は、あやかしごと全て忘れ去られてしまうのかもしれない。
その時、俺達は存在していられるのだろうか。それとも。
意識が少しふわりと浮く。
夢の中にいることを思い出す。
この頃感じた小さな不安。同じ気持ちを抱えているあやかしは沢山いた。彼らがそれから何を仕出かすのか、この頃の俺はまだ予想できていなかったのだ。
「そうだな、俺は一度南北朝時代……と今は言うんだっけか、その頃に殺されて、明治の始めに親父……夜都賀に復活させられた。それで2人で人間界で生きていく為に、横浜で店を開いた。それから色々あって京都のあやかしに助けを求められてこの辺りにきて、今度は人間相手ではなくあやかし向けにアジトにもなるバーを作ったんだ」
「ええっ明治時代? 私生まれてないです!」
「どう考えてもそうだな」
「どんなお客さんが来たんですか? メニューは何を出してたんですか?」
「興味があるのか?」
「はい!」
甘祢の目がキラキラとしている。好奇心でいっぱいの瞳。昨夜出会った時には疲れて濁っているように見えたのに、あれから数時間でこんなにも前向きになれるものなのか。
「そうだな、明治の頃はまずワインと、ジンをベースにしたカクテルを主に出していた。海外のものに興味がある人間が多かったからな。客は主に富裕層の男で……」
甘祢を客室に案内しながら他愛無い話をする。俺の話を真剣に聞いて、相槌を打って、うんうんと頷いている。面白いのかわからないが、たまに笑う。怖い目に遭ったばかりなのに、見た目よりずっと強いのかもしれない。
……あいつも、そうだった。
「ここだ。客間はいくつもあるから、ここはもうお前の部屋にするといい」
「わぁ、こんな広い部屋! いいんですか?」
「広いか?」
「はい!」
甘祢を部屋に送り届けてから、廊下でゆっくりと伸びをする。この先のことを考えなくてはいけないが、その前にまず寝よう。あやかしは寝なくても問題は無い。とはいえ、やはりベストなコンディションを保つには休息が必要だ。
自室に戻り布団の中で目を瞑ると、先刻、甘祢に喋った明治の頃の記憶が蘇る。
「あれからほんの150年と少ししか経っていないのか。瞬きするような間だと思っていたが、それでも沢山のことがあった……な……」
やがて現から夢へと、意識は落ちていった。
「これが葡萄酒。ワインだね。健康にもいいと言われて人気なんだ。これはビール。麦のお酒で、刺激があって美味しいよ。これはジン。いい香りがするしアルコール度も高いから、色々なものと混ぜて『カクテル』っていう洒落た飲み物を作れるんだ。あとはお酒じゃないけど、珈琲に紅茶。どれもあの時代にはなかったものだし、まずは飲んでみて」
甘祢に話した記憶がそのまま再現されている。これは夢だ。
あのときはどう答えたんだっけか。と思いながら指で示された緑色の瓶を手に取り匂いを嗅ぐと、薬草のような香りとツンとする刺激が脳にまで突き刺さる。刺激のせいか、今「夢を見ている」という状態だということを忘れていくような気がした。
もう一度、匂いを嗅ぐ。
胸がすぅとするような爽やかな香りだ。
そうだ、今は明治時代。久しぶりに現世に復活して、人間の社会にやってきたところだ。
試しに、一口飲む。
「……うまい! この苦みと爽やかさ、癖になるな」
「ちょっとイブキちゃん、ジンのボトル直飲みしないでってば、これ輸入品で高いんだからね?」
「酒飲みなのはお前からの遺伝だろ」
「そうだけどさぁ、今から説明しようとしてるんだから全部飲んじゃダメだって~」
「はいはい、わかったよ」
「にしても、久しぶりにこうやって2人で話ができて嬉しいな、南北朝時代にイブキちゃんがボクを復活させてくれて、それから少し一緒に暮らせたと思ったらイブキちゃんが頼光に騙されて殺されて……それから500年ぶりかぁ」
もう夜だというのに、家の中も外も明るい。ガス灯というのだと親父――夜都賀――は教えてくれた。夜はあやかしの時間だった筈だ。人間は夜にまで浸食してきている。人の姿形は変わらないのに、皆知らない格好をしている。
「まさか国の中心が京都から東に移るとは思っていなかった。……街の様子も人の格好も食べ物も、とにかく変わりすぎて何がなんだかわからねぇな。それに俺のこと復活させるなんて大変だっただろ」
「それくらいしかボクの生きる目的、無かったから。親の愛ってやつ? それよりさ、今は食べ物とかお酒とかほんと色々進化してて楽しいよ。しばらくは横浜で過ごそうよ。世界中の色々なものが日本に流れこんできていて、楽しいよ」
少し照れたように笑う親父は、以前よりもずっと長く生きている筈なのにたまに若者のように見える。不思議だ。時代に飛び込んで生きていると、そうなるものなのだろうか。自分の親がかなり若く感じるというのも変な感覚だと思いながら、俺は周りをきょろきょろと見渡した。
黒を基調とした店内は不思議な灯りがいくつもあって、よくわからない道具も沢山置いてある。
「ところで、この店とやらも明治流なのか?」
「そう、バーっていうんだよ。ボクはバーテンやりながら人間のフリして生活してる。最近出来た職業なんだよ! 時々同じように人間のフリをしているあやかし達と交流したりして、情報収集をしてるけど……昔みたいに、鬼は敵視されていないからやりやすいし、今のところ人間には気付かれてないし。毎日楽しいよ」
バーカウンターとやらで色々な道具を取り出し準備をしながら、親父は嬉しそうに俺に向かって笑いかけてきた。
このまま、何事もなく人間の暮らしの中で生きていくのも悪く無い、と思うような笑顔だった。
――でも。
鬼が恐れられるどころか、人間の意識は人間が作り出したものにばかり向いている時代に見える。
この先はどうなるのだろう。鬼なんて存在は、あやかしごと全て忘れ去られてしまうのかもしれない。
その時、俺達は存在していられるのだろうか。それとも。
意識が少しふわりと浮く。
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この頃感じた小さな不安。同じ気持ちを抱えているあやかしは沢山いた。彼らがそれから何を仕出かすのか、この頃の俺はまだ予想できていなかったのだ。
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