現実でぼっちなぼくは、異世界で勇者になれるのか?

シュウ

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五章 使節団

本当の居場所はここだと、ぼくはわらう

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 順調に旅は進み、夕暮れが迫るころになってきた。
 ヤマのクニは、日が沈むと気温がぐっと下がる。
 つばさの新しい服はずいぶんと暖かいのであまり気にならなかったが、馬車に乗っている女の子の一人が身震いするのが見えた。
 なにか暖かい毛布か何かをあの子に着せないと、風邪をひいてしまうかもしれない。

「霧が……」

 つばさがそんなことを思ったとき、兵士の誰かから声があがった。
 はっと馬車の外へ顔を出すと、霧が周囲に立ちこめていた。
 キムニの顔が引き締まり、途端に緊張が使節団の一同からあがった。
 業者の兵士が車を止める。
 それからたいまつに火を灯した兵士が、三人ほど霧の方を照らす。
 不快なにおいが漂ってきた。
 目をこらすと霧の向こうから、黒い影がゆっくりと近づいてくるのが見える。
 つばさは水がピチャピチャと落ちる音と、誰かがつばを飲み込む音を同時に聞いた。

「異形だ!」
「ひるむな! まずは女性たちを逃がすんだ!」

 慌てふためく兵士たちに、キムニが指示をげきをとばす。
 恐怖の感情が兵士たち、そして女の子たちからわきあがっているのを感じた。
 兵士たちがためらう中、つばさは車からゆっくり降りた。
 そして杖を構えて、霧の方に歩いて行く。

「つばさどの・・・・・・」
「大丈夫。ぼくがなんとかする」

 前にハシを襲った異形を追い払うことはできた。
 それに女王さまの話では、つばさには異形の周囲や障りを腐らせる霧は効かない。
 目の前に、深海魚のような異形が現れた。
 空いた手で鼻を押さえる。
 口から息を吸うと、それだけで吐きたくなるほどの強烈なにおいだ。
 こんなのを吸ったらそりゃ腐って当然だ。
 つばさだって異形はまだ怖い。
 でもぼくは選ばれし者なんだ。
 つばさは歯を食いしばると異形の前に立ち、杖を突き出した。
 杖は異形もあたり、打ち据える。
 杖の先からどろどろしたものに触れた感触が、指先、手首と伝わってくる。
 その直後だった。
 異形は黒い霧へとなる。
 そしてみるみるその形は崩れていった。
 完全に姿が消えるまで、つばさは杖を構えていた。
 異形の姿が霧となって消え、においもしなくなったところでようやくつばさはほっと息を吐く。
 わあ、と声があがった。

「すげえじゃねえか、つばさ。おまえそんなことができたのかよ」

 エドが興奮した声を上げながら近づいてくる。

「異形を本当に……こんなことができる障りが現れるとは」
「つばさどのこそまことの勇者!」

 兵士たちが次々につばさを褒め称え、照れくさくなった。
 サギは大丈夫だろうかと車の方を見上げる。
 サギの姿はなかったが、代わりに世話役の女の子たちがつばさをじっと見ていた。

「もう大丈夫だよ」

 笑ってみせると、彼女たちはたちまち尊敬の目をつばさに向けた。
 それは運動会で大活躍をする男子に、女子がむける目に似ていた。

「男たるもの、やっぱりメスにキャーキャー言われてなんぼよな」
「そのとおりだね」

 いつものエドの軽口に、このときばかりは力強く肯定した。
 キム二の命令で兵士たちは周囲の警戒や、腰を抜けたらしい仲間の介抱を行ったりしている。
 腰を抜かした兵士の中には、さっきサギに水をもらっていた若い兵士もいる。
 なんだかいい気分になり、心の中でふふんと笑う。

「つばさどの、お水を」
「汗はかいておりませんか? タオルをどうぞ」

 上気したような表情で、世話役の女の子たちがつばさの世話をしようと我先にやってくる。
 兵士たちが次々につばさに賛辞をおくってきた。
 ここではつばさは誰よりも尊敬される。
 元の世界では考えられないことだった。
 いや、きっと今までぼくが住んでいたところが偽りだったんだ。
 ぼくが本当にあるべきところは、この世界の方なんだ。
 尊敬のまなざしを一身にあびながら、つばさは確信した。
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