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八章 異形の主

おごったぼくを、みなはゆるし

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「みんな、いろいろとごめんなさい」

 みんなと合流したつばさは、これまでの自分の行いを謝った。
 王様みたいな気でいあったことを告白し、今後は同じ旅の仲間としてみんなと協力し合うことを誓った。
 障りたちは、大人たちはもちろん女の子たちも笑って許してくれた

「気にすることはない。間違いはだれでもある。間違いを繰り返し、大人になっていくものだ」

 チカプはくちばしの元をゆがませる。
 人間なら口角をあげ笑ったのだろう。

「そうだぜ。おれ様だってメスを何匹も泣かせたゆえの今のおれだからよ」
「それは若いころだけの話ですかな?」
「メスがおれを放っておいてくれないからな。もてないお前には関係ない話だろ? キムニ」
「つばさどのはこういう大人になってはいけませんぞ」

 熊の障りがすました顔でそんなことを言うと、周囲の障りたちからどっと笑いがわきおこった。
 エドは納得がいかないようで鼻を膨らませていたけど、やがて同じように笑い出した。
 笑いながらつばさは、大人になるということは許せることなんだと実感した。

 つばさは積極的に旅の仲間とコミュニケーションをとり、仕事を手伝い始めた。
 土木工事も、薪拾いも、見張りも。やれることはなんでも行った。
 みんなと同じものを食べ、同じように汗をかいていた。
 身体は疲れたけど、心は前よりもすっきりとした。
 はじめはとまどっていた兵士や女の子たちも、だんだんつばさに仕事を教えてくれるようになった。
 薪は乾いている枝がよいこと。それにどの種類の木が薪に適しているか。
 下に落ちていなくて樹を切らなければいけないとき、どの樹のどの部分なら切っても次が生えてくるからなどキムニや兵士たちから教えられた。
 見張りもただ闇雲に周囲を探すのが見張りではないこと。
 障りを襲う獣はいないか。
 サギは山草や樹をみて森をみるが、森を見る手段はそれだけではないこと。
 鳥やリスなどの小動物が森を離れていたら、何か異変が起きる前兆など森をみる手段はいろいろあり、たくさんのことがわかるとチカプが話してくれた。 
 異形が通った跡である腐った森を見たら、気をつけるのは霧だけでないこと。
 異形は障りや森を腐らせるように、獣をも異形へと堕とす。

「そんな獣はかわいそうだが刈るしかない」

 チカプは沈痛そうな表情を浮かべて教えてくれた。
 先日つばさを襲ったイノシシもそんな獣の一匹で、つばさの知らない間に兵士たちはそんな獣を狩っていたらしい。
 何も知らなかった自分が恥ずかしいと思った。

「恥を知るということは、悪いことではありませんよ」

 そのことを話すと、キムニは優しく答えてくれる。

「それにわたしもつばさ殿にあやまらなければならないことがあります」
「え、そうなの?」
「つばさ殿がおかしくなっていくとき、われわれの誰も大人として導こうとしなかった。いえ……」
 
 キムニは言葉を切り、戦闘で歩く白い馬をちらりと見た。

「エド殿とサギ殿のお二人だけが、ずっと心配しておられた。特にエド殿は「あいつはあんなやつじゃあない」と他の仲間からあなたをかばい、何度もあなたを正そうとしておりました。
「エドが?」
 
 エドはずっと嫌味なことばかり言っていた印象があった。
 何度も注意されたのだろう。
 でもつばさが説教はたくさんだと聞こうとしなかったのだ。
 でも、みんながよそよそしくなっても、ずっと話しかけてくれたのは彼だった。
 
「わたしが話したこと、エド殿には内緒ですよ?」
 
 そういって熊の障りは片目をつぶってみせた。
 まじめだと思っていたキムニも、話してみたらずいぶんとおちゃめなところがある。
 
 旅は順調に続いていく。
 深い霧は発生せず、異形の使者は約束通り邪魔はしてこなかった。
 食事中兵士たちと自然に話し、女の子たちもすっかりよそよそしさが無くなっていた。
 サギのけがも順調に回復し、数日もする頃にはすっかり元気に歩けるようになっていた。 
 彼女は他の仕事を出来ない状態だったが、それでも裁縫だけはずっと続けていた。
 わりかし他の女の子たちとも話をするようになっていたつばさだが、サギが何を編んでいるのかだけはだれも教えてくれなかった。
 つばさはすっかり旅の一員となっていた。
 特別扱いを受けている訳ではないけど、前よりもずっと楽しい時を過ごしていると感じていた。
 心のもやが晴れたように、心がすっきりとする。
 厳しくも楽しい旅を十日も続けた頃、一行の前に大きな館が現れた。
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