転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1663.転売屋は牛筋を柔らかくする

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夏。

湿気が少ない分元の世界より過ごしやすかったりはするけれど、それでも暑いことに変わりはなく夏日が続けば体力も減っていく。

風呂に入ったり精のつくものを食べたりしてやり過ごしてはいるものそれにも限界が来てしまうわけで。

「店長、今日のお昼はどうしますか?」

「暑いし緑茶でサラサラっと茶漬けでもするかなぁ。」

「またそれですか?ちゃんと食べないと元気でないですよ?」

「それはわかってるんだが食欲がなぁ。」

バーバラに怒られながらも連日の暑さに胃袋のやる気は限りなく低く、無理に食べようものなら胃もたれしかねない。

とはいえ食べないと元気にならないのはごもっともな話、とはいえ食べたいものがないのもまた現実だ。

「ただいま戻りましたぞ。」

「おかえりなさいジンさん!」

「ご苦労さん、市場はどんな感じだった?」

「連日の暑さに露天の数も少ない感じでしたなぁ。雨でも降ってくれれば少しはマシになるのですが、しばらくその気配もなさそうです。」

取引先への定期訪問のついでに市場の状況を確認してもらったのだが、どうやら他の人も俺と同じで暑さに参ってきているらしい。

ジンの言うように雨でも降れば少しはマシになるんだろうけど、下手に降ると湿気がやばくなりそうな気もしないではない。

降るならどさっと降ってもらいたいんだがどうやらその気配はないらしいな。

「そうそう主殿、肉屋の主人からこちらを頂戴しました、これは主殿にそしてこちらはルフ様に。」

「これは・・・また馬鹿でかい牛すじだな。」

「また巨大化したワイルドカウが持ち込まれたそうで、そちらの肉は先日のお礼だとか。ルフ殿が何かされたので?」

「おっちゃんが酔っ払って荷物をどこかに置いてきたらしいんだが、それをルフが見つけてくれたんだ。この暑さで参っているだろうけど、肉を食べたら少しは元気になるかもな。」

暑さに弱いグレイウルフなので夏になってからは少しでも涼しい場所にとルフはウィフさんの屋敷に避難をしながら子守をお願いしている。

幸い食欲はあるようなのでこの肉の塊を食べれば少しは元気になるだろう。

問題はこの巨大な牛筋、そのまま食べることは出来ないしかといって煮込むのはかなりの時間を要する。

っていうか、このデカさを煮込んで柔らかくするのにいったいどれだけの時間がかかるのだろうか。

ぶっちゃけそれだけの労力をかけて食べたい物でもないので扱いに困るというかなんというか。

まぁ頂き物なのでどうにかして食べようとは思うけれど、はてさてどうしたもんか。

「それとですね。」

「まだあるのか?」

「いえ、市場に珍しい素材が売られていましたので知らせておこうと思いまして。ゴーレム系の素材ではありそうですが、何に使うのかはさっぱり。ですが主殿でしたらきっと何かに使われるのでしょう。」

「いや、何でもかんでも再利用できるわけじゃないからな。特にゴーレム系の金属素材は結局潰してしまうしかなかったなんてのはよくある話だし、そうなったら価値なんてあってないようなもんだ。」

毛皮とかならまだ使い道があるけれど、金属系の素材は使えたら万々歳使えなかったらただのゴミにしかならない。

最終的に潰して金属の塊として売るぐらいしか使い道がないだけに、下手な物を買いたくないと思うのがいつもの流れ。

だが、今日は不思議と見てみようかなと思ってしまいわざわざ炎天下の市場へと足を向けていた。

「お、あれか。」

空と地面の両方からジリジリと体を焼かれながら市場を見て回っていると、ジンの言っていたであろう店を発見した。

ガンメタリックというのだろうか、グレーっぽい色をした金属製の塊がドドン!と店の前に鎮座している。

とりあえず話を聞こうと店主を探すも店にその姿はなかった。

「店主ならさっき暑さに倒れて運ばれていったよ。」

「マジか。」

きょろきょろと辺りを見回していると、すぐ横の雑貨を売っている女性店主が不在の理由を教えてくれた。

この暑さだし熱中症にでもなったんだろうか、金属があっためられて暖房器具の前にいるような熱気だもんなぁ。

倒れるのも無理はないか。

「もし欲しいのがあるなら代わりに代金を受け取っておくけど。」

「あー、それはありがたい話だが・・・。」

「大丈夫大丈夫、倒れたのうちの弟だから。」

それは大丈夫なのかと心配になっていると、そのまた横の顔見知りの店主が頷いていたので間違いではないんだろう。

折角暑い中来たんだし手ぶらで帰るのも嫌なので、その言葉を信じて買って帰ることにした。

『マジックゴーレムの手装甲。マジックゴーレムは他の種と違いいくつもの部品がくっついて稼働する珍しい種類で、その接続部は決まった物同士しかくっつかず反対にすると強い力で反発する。結合部は内部からの強い圧を受けると一時的に結合が解ける場合がある。最近の平均取引価格は銅貨80枚、最安値銅貨55枚、最高値銀貨1枚、最終取引日は4日前と記録されています。』

炊飯ジャーのような見た目をした二つの装甲。

一つだけなら鍋にでも使えそうな感じだが、二つ近づけると縁の部分が磁石が吸い付き合うようにしてピタリとくっついてしまった。

引っ張ってもなかなか取れず境目に刃物を突き刺して何とか分離させ、今度はそこの部分を近づけると弾かれたように離れてしまう。

その名の通り磁石的なものが両端についていてそれがくっついたり反発したりするんだろう。

どのぐらいの密封感があるのかと試しに片方に水を入れてくっつけ合いひっくり返してみたのだが、驚くことに中身がこぼれてくることはなかった。

恐らく縁の部分が若干ゴムのようになっているのでそれがくっつきあっているんだろう。

代金は二つで銀貨1枚という破格値だったんだが本当に合っているのかは定かではないが、まぁこの値段なら使えなくても惜しくはないか。

「ものすごい接着力ですな。」

「だな、鑑定結果によると内側からの圧力をうけると接着が取れるらしいがどういう原理なんだろうなぁ。」

くっついたままの炊飯ジャーを横に寝かせて転がしても水はもれず、二人で片方ずつ持ち合って引っ張ってもかなりの力をかけないと取れることはなかった。

唯一の方法は隙間に鋭い刃物を入れてむりやり接着を取る方法だが、かなりの鋭さがないと隙間に入っていかないぐらいの接着力がある。

「物は試しにやってみますか?」

「どうするんだ?」

「これだけ密封されているのであれば火にかけてやれば圧力も上がりましょう。ただ、上がった圧力がどうなるかはわかりません。」

「店の中でやって爆発されても困るし外でやるか。」

「それがよろしいでしょうなぁ。」

台所で試して爆発されても困るので人気の少ない城壁沿いに移動して、持ってきた簡易コンロの上に設置。

中には水を入れてあるので、これを火にかければ水が蒸発して中の空気が一気に膨れ上がり圧力がかかるという寸法だ。

後はそれが一定以上になった時にどうなるか、おそらくは隙間から蒸気として圧力が抜けていくんだろうけど・・・アレだ、圧力鍋と同じ感じ。

確かあれには圧力を逃がす弁があって、一定以上になると蒸気機関車のようにシュッシュシュッシュと余分な圧力を逃がしながら中の物に圧力と共に熱を加えていたはず。

もし、同じ感じで使えるのならあの牛すじにも利用価値が産まれてくるぞ。

そんな淡い期待を抱きながらジンと二人でコンロを見つめること数十分。

火にかけるも全くと言っていいほど反応がなく、いい加減諦めかけてきたその時だった。

さっきまで何の反応もなかった炊飯ジャー同士の隙間から蒸気機関車のように勢いよく蒸気が噴き出した。

「出た!」

あまりに突然のことに飛び上がり急いで距離を取るも爆発する様子はない。

その後も定期的にシュー!という音と共に圧力が抜け、そしてまた静かになるのを繰り返している。

つまりこれは圧力鍋と同じ状態という事だ。

最後に火を止めて鍋が冷めるまで様子を見てから隙間にナイフを入れてこじあけると、中の水が半分以上減っていた。

「実験は成功という事でよろしいですかな?」

「成功どころか大成功と言ってもいいレベルだぞ、これがあると料理に革命が起きる。マジでヤバい。」

「そんなにですか?」

「とりあえず冒険者ギルドに依頼を出してこのサイズ以上の物をかき集めてくれ。条件は二つセットでしっかりくっつきあう奴だけ、隙間があるようなやつはアウトだ。」

「主殿のこの感じから察するにかなりの儲けが出るようですな。」

「俺はもう一回実験してみて本当に使えるかどうかを確認する。おそらく大丈夫だと思うが、簡単に言うとあのデカい牛すじがとんでもなく美味い物に生まれ変わるぞ。」

圧力鍋を使えば料理時間は通常の半分以下になる、つまりあの牛すじを長時間に込まなくても柔らかくなるだけでなく調味料も一緒に入れておけば味がしっかりと中までしみこんでいくはず。

他にもいろいろな料理で利用できるだけにこの発見はまさに革命と言えるだろう。

急ぎ店に戻って醤油などの調味料と食材をかき集め、再び火にかける。

これから出来上がる物を想像して腹の虫がグゥと小さく鳴る辺り、まだまだ食欲は失っていないようだ。

それから再び数十分、今度は美味しそうな匂いと一緒に鍋の中から蒸気が噴き出し始めた。

ヤバい、早く食べたい。

醤油や砂糖なんかでしっかり味付けされたトロトロの牛すじ、それを食べるのに必要なのは間違いなく米。

それ以外は認めん。

わずか銀貨1枚で買い付けた素材が無限の可能性を秘めていたなんて誰が想像するだろうか。

気付けば匂いにつられて周りに人だかりができている。

「シロウさん、今度は何を作ったんだ?」

「美味そうな匂い、絶対米に合うやつだよな!」

「いやいやこれは売りもんじゃないから。そもそもそんなに量もないし、うちの晩飯用だっての。」

「またまたぁ、そんなこと言わないでくださいよ!」

「そうですよ!銅貨30枚ぐらいでどうですか?米なら持参してるんで!」

ちゃっかり自前の米を手にスタンバイしている奴もいる。

いつもこんな感じで売り出しているだけに今更売りもんじゃないと言ったところで聞いてもらえるわけもなく。

結局出来上がったトロトロ牛すじは一人前銅貨50枚というぼったくり価格にしたにもかかわらず、あっという間に集まった冒険者によって食い尽くされてしまった。

「やべぇ美味い!」

「だよなマジで美味い、米が止まらなねぇ!」

「おかわりないんですか?金なら出します!」

「金の問題じゃねぇ、まったく俺の分まで食い散らかしやがって。」

「はやく次作ってくださいよ。」

「お願いします!俺も手伝いますんで!」

鍋は空っぽ、なんなら中に残った汁まですべて食い尽くされてしまったぐらいだ。

牛すじエキスをたっぷり含んだあれを米にかけて不味いはずがない。

だが、炊飯ジャー程度の大きさで調理できる量はたかが知れているだけに、集まったこの獣達の食欲を満たすにはあとどれぐらい作らなければならないんだろうか。

材料費がほぼタダなので売れば売るほど儲かるとはいえ、いくら時短ができても調理にもそれなりの時間はかかる。

せめてもう少し大きければ量を作れるんだが・・・。

「主殿、いい感じの大きさがありましたぞ!」

「ジンでかした!」

どうしたもんかと思っていると、夕日を背に寸胴鍋ぐらいデカい装甲を手にジンがこちらに戻ってきた。

あれだけ大きければかなりの量を一気に調理できるだろう。

幸い貰った牛すじはまだまだある、捨てるしかなかったこの素材に新たな価値を与える為にももうひと頑張りと行きますか。

この日、新たな調理器具が誕生したことでこの冬にかけて料理革命が起きるきっかけになる事を、今の俺はまだ知らなかった。

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