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第二十八話 底知れぬ闇

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 奈々香達と出会った次の日の金曜日。
 いつもなら後20分は家でゆっくり出来るのだが、今日だけは意図的に早く家を出て学園へと向かう。
 時刻は8時前。
 Dクラスの教室にたどり着くと、入り口前には既に臭男の三人が待ち伏せをしていたかのように立っていた。

「よぉ。本当に来たな」
「そりゃあ、俺から言い出したことだからな」

 そう。この時間に待ち合わせを応じたのは俺の方からだ。臭男達の意思によるものではない。

「んじゃ、荷物を下ろしたらとっとと行くぞ」
「ああ」

 俺は自分の机の上に荷物を置いたあと、臭男達と一緒に特別棟へと向かった。


     ★


 特別棟に着いた俺達は、周りに人がいないことを確認したあと、俺と臭男達が対面するように話す。

「昨日の件だが、お前の言っていたことを一応奈々香達に確認させてもらった」

 臭男達の代表である勇男が第一声をあげる。

「結果的に、お前の言っていたことは本当だったようだ。疑って悪かったな」
「いや、別に気にしていない。それより、彼女達は大丈夫か?」
「大丈夫、とは言えねぇな。あいつにやられた部分がアザになって大分腫れてやがる」
「そうか。それは気の毒だな……」
「ああ。だから今日はその恨みを果たしてやるんだ。奈々香達からも仕返しをするようお願いされたからな。男としてやらねぇわけにはいかねぇ」
「確かに。彼女がやられて黙っているわけにはいかないよな」
「おうよ!」

 勇男が自分の掌に拳を打ちつける。静寂な廊下にはパシッと乾いた音が廊下全体に響き渡った。

「それで作戦の件だが、俺達は放課後、屋上で待機していればいいんだよな?」
「ああ。俺が上手く白雪を誘導させる。三人は先に屋上で待機してくれればいい。ただし、時間は厳守だ」
「分かってるよ。17時には待機してればいいんだろ?」
「ああ。昨日も言ったが、この作戦は隠密行動が絶対だ。他人に気づかれてはいけない。放課後すぐの時間帯だと人の目が多いから時間をズラす必要がある。来週は終業式でこの期間中は部活動も休みだから屋上を使われることはない。だから学園内に残る生徒がいなくなる17時が穴場だ」

 俺が話していることは昨日電話で伝えていることなので、臭男達も疑念を抱くことなく、薄ら笑みを浮かべながら理解している様子。

「ただ、イレギュラーが発生することも想定しなければならない。用心棒の方は大丈夫か?」
「ああ。お前の提案した通り、『アレ』で交渉が成立した。やっぱ男ってのは単純な生き物だよな。俺でもあれは引き受けるぜ」

 臭男達は鼻息を少しだけ荒くする。

「そっちも準備の方は大丈夫か?」
「おうよ! ちゃんと付けてきたぜ。なぁお前ら!」
「「うっす!」」

 臭男達は股間を数回優しくタッチし、装着してきたことをアピールする。何も今は付けておく必要はないんだけどな。

「それなら安心だ。あとは計画通り実行すれば、今後白雪は俺達にさからえなくなる。そうなれば、あいつは手駒も同然だ」

 俺は不敵な笑みを浮かべる。

「へっ。お前の用心深さと悪巧みには関心するぜ。お前はあいつと友達だと思っていたんだけどな」
「それは勘違いだ。俺はあいつと親しいわけではない。ただあいつが勝手に近づいてくるだけだ」
「確かに見ている限りじゃ、仲良くしている姿はねぇな」

 勇男の眉間にわずかだがシワが寄せられる。

「でもまぁ、お前がこんな外道なことを考える奴だとは思わなかったぜ。見かけによらず恐ろしいことを考えるんだな」
「そんな大袈裟なことじゃないさ。俺はただ平和に過ごしたいだけ。その為に、やれることはやっておこうと思っただけだ」
「ククッ。気に入ったぜお前。今までのことは悪かったな」
「いや大丈夫だ。気にしていない」

 なんせ––––––。

「それじゃあ、先に教室に戻るぞ。一緒になっていたら怪しまれるかもしれないからな」
「おう」

 俺が特別棟から去り、数分間を置いてから臭男達も特別棟を去る。
 最後に、カツンカツンとヒール音を鳴らしながら、誰かが去って行った。


     ★


 教室に戻ってきた俺。時計は7時25分を指している。
 そして自分の席に戻ろうとすると、隣の席であるアリアの元には黒崎がおり、二人が仲良さそうに話をしている。遠くから見ると、まるで姉妹のようだ。
 俺は自分の席に座り、鞄から取り出した文庫本を読み始める。実際は開いているだけで文字は一切読んでいない。いや、読むことに集中出来ないといった方が正しいか。
 何故なら隣から感じる二人分の視線が痛いからだ。痛すぎて大分県(※大痛)になっちゃいそうだ。あれ? 今の上手くね? 誰か座布団三枚を。
 そんな痛い視線を受けながら自分を鼓舞させ、なんとか精神状態を保つ俺……だったが、あまりにも気になりすぎてチラッとだけ隣に視線を向けてみた。そこには、哀れみのような目つきをした二人が。
 それは人を小馬鹿にしているような感じではなく、純粋に俺のことを心配しているかのようだった。
 何か声を掛けようと口が半分だけ開くが、すぐに閉ざしてしまう。
 話をしたいのに出来ない。それを俺のせいで制限させてしまっていることに心が痛んだ気がする。

(本当にすまないな。だが、それも今日で終わりだ)

 今日も一日、アリア達と一言も交わすことはない。


     ★


 昼食の時間がやってきた。いつもなら真っ先に食堂へ行く俺だが、今はアリア達と距離を置いている為、今日も購買で済ませる。
 だがその前に、俺は自分の席で昼食を摂ろうとする白雪に声をかけることに。

「白雪」
「うぉっ、びっくりした~! ……どうした?」
「その、なんだ……一緒に食わないか? 相談したいこともあるんだ」
「……分かった。いいぞ」
「ありがとな。じゃあ、学園の中庭でどうだ?」
「おう。私は別にどこでもかまわない」

 ここにきてコミュ障スキルが発揮されるのは、やはり女の子を誘うという行為に慣れていないからだろう。白雪は口調が荒いものの、容姿に関しては絵本から飛び出してきたようなお姫様で可愛いというのも原因の一つ。
 その可愛さがあれば周りからはモテて、人付き合いが多くてもおかしくないはずなのだが、白雪の性格と口調の荒っぽさから近づきにくい印象なのかもしれないな。


     ★


 中庭に着いた俺達は空いているベンチに座る。
 中庭には俺達意外に誰もいない。あるのは中央に建てられた噴水のみ。佐藤先輩との絡みもあり、もはや見慣れた風景に聞き慣れた水しぶきの音。
 違う点があるとすれば俺の隣に座っているのは兄ではなく、妹ということ。
 白雪は焼きそばパンにカツサンド、サラダチキンを袋から取り出し、サラダチキンから口にした。全部コンビニ商品か。
 そして俺は、見事に購買で買うのを忘れた。(遠い目)

「なんだ林。何も食わないとかダイエット中か?」
「うん、まぁそんなところ」

 もちろん、ダイエットなんてしていない。ここにきて購買で買うのを忘れたって暴露するのが恥ずかしくて言わないだけだ。

「ふーん。全然太っているうようには見えないけどな。––––––で? 相談事ってなんだ?」
「あいつらのことでな」

 白雪の眉がピクッと反応した。

「……またか」
「ああ。昨日、奈々香と絵理香、それに梨々香の三人に手を出したろ。どうやらその三人は、勇男達と恋人関係らしい」
「んなことは私の知ったことじゃない。あいつらが悪いんだからな」
「そうだな。でも、やられた方からすればいい気はしない。それで怒りが収まらず、勇男達に白雪のことを懲らしめるよう頼んだそうだ」
「ハッ」

 白雪は鼻で笑う。

「なるほど。それで林が伝言役として頼まれたわけか」
「そうだ。今日の17時に学園の屋上に来いだとさ。どうやら勇男がタイマンを張るらしい。勝った方は帝学園を卒業するまで相手の奴隷になる条件付きでな」
「……奴隷、か」
「ああ。ちなみに白雪側は俺もセットになっているらしくてな」
「つまり、私が負ければ林も奴隷になるというわけか」
「そうだ。ついでにいうと、タイマンを張るのは俺か白雪のどちらでもかまわないらしい。ただし勝負は一回限りで、負けた方は二人揃って奴隷確定だ。勝負の決着方法はどちらかが降参宣言をするまでだ」

 互いのチーム代表同士がタイマンを張り、負けたチームは勝ったチームの奴隷になるという至ってシンプルな決闘。

「なるほど。話の内容は分かった。つまり林の相談というのは、私にタイマンを張って欲しいということだな?」
「……ああ。頼めるか?」
「かまわないぞ。いい加減懲りない奴らだと呆れていたところだったからな。むしろいい機会だ」
「悪いな。俺は喧嘩が得意じゃないからさ」
「気にするな。とりあえず、今日の17時に屋上に行けばいいんだな?」
「ああ。俺は放課後、ちょっと学級委員の用事があるから一緒には行けないが」
「そっか。そういえば林は副学級員だったな。分かった。こっちのことは気にしなくていいからな」
「ありがとな白雪。色々頼んじゃって。本当はこんなことさせるべきではないと分かっているんだが……」
「あれだろ? 今回を機にあいつらを黙らせたいんだろ?」
「……ああ。それに、正直に言うと……俺がアリア達と縁を切ったというのは、あいつらのせいなんだ」
「なんだと!?」
「アリア達から離れなければ、今後の学園生活が地獄になるって脅されてな。本当は縁など切りたくなかったんだが、俺が弱かったせいで、あいつらとは縁を切ってしまったんだ……」

 うつむいて落ち込む姿を見せる俺。そんな俺の太ももに、白雪がパシッと叩いた。

「なら、なおさら勝つしかねぇな」
「白雪……」
「今日私が勝てば、林は赤坂達と復縁できる。そうだろ?」
「……ああ」
「私に任せとけ。あいつらは一度負かしているから勝機はある」

 自信満々に満ちた笑みを浮かべる白雪。その自信は数日前に臭男達を倒したことにより込み上がってきたものだろう。
 人は一回の成功体験を得ると、二回目からは自信を持って行動に移すことが出来る。白雪の場合は最初から自信がなかったというわけではないと思うが。
 それでも勝利した事実があることにより、白雪は自身が負けることなど全く思っていないようだ。


     ★


 放課後になり、時計の針が16時50分を指しているころ。
 屋上へと繋がる階段を一段一段軽い足取りで登って行く白雪。だが、屋上の扉の前に人が立っていることに気づき、足を止めてしまう。

「あん?」

 そこには焦げ茶色の髪をオールバックに仕上げた細身の男子生徒が門番のように立っていた。白雪から見て、そいつは全く面識のない人。

「誰だオメェ」
「おっ、君は佐藤白雪ちゃんッスね?」
「……そうだが?」
「どうぞどうぞ。通っていいッスよ」
「?」

 男子生徒は名前だけを確認すると、横にずれて白雪を通す。白雪は念のために背後を警戒していたが、何かをしてくることはなかった。
 そして扉を開け、屋上へと足を踏み入れる白雪。約10メートル先に臭男達の三人が腕を組んで立っていた。

「よぉ。10分前に来るとは、礼儀正しいところもあるんだな。関心したぜ」
「……」
「てっきり、俺達にびびって来ねえかと思ったんだがな」
「ハッ。私に負けておいてよく言うぜ。口だけは相変わらず達者だな」
「ククッ。前回は油断しただけだ。今回は負けることはねぇ」
「この期に及んで言い訳か。どこまでも見苦しい奴らだ」
「今のうちにほざいてな。その偉そうな口も今日限りで終わりなんだからよ」

 不気味な笑い声を上げる臭男達。

「ほら。ほざき終わったならかかってこいよ。俺が相手だ」

 勇男が二人を置いて三歩踏み出す。どうやらいつでもタイマンを始める準備はできているらしい。
 それに応じるように、白雪も三歩踏み出した。

「私にタイマンで勝負を挑んできた度胸は褒めてやる。だがお前らは、一つだけ致命的なミスを犯した」
「なにっ?」

 白雪が膝を軽く曲げ、助走の構えを取る。

「それは三人掛かりで勝てないのに、私にタイマンで挑んだことだ」

 白雪は地面を強く蹴り、助走を最大限に活かした凄まじいスピードで勇男に向かって行く。

「「速えっ!!」」

 正男と美佐男が本音を漏らし、素で驚く。声には出さなかったものの、勇男も驚きの表情で満ち溢れていた。
 確かに白雪のスピードは人間とは思えないほどに速い。速さだけみれば陸上選手はおろか、アスリート選手とも競えるのではないかと思うほどに。
 その特性は白雪の小柄で身軽な体だからできる芸当なのだろう。他にも、全身の筋肉が一定以上鍛え上げられていることも必須条件だと思うが。

「悔やみながら二の舞を演じろ」

 勇男との距離を1メートルまで詰めたあと、白雪の手が伸びる。
 狙いは前回同様、男の急所である股間部分。飛び蹴りの選択肢もあったが、白雪はあえて同じ結果を思い知らせることにより、より強い屈辱感を与えようという決断に至ったようだ。
 白雪の手が勇男の股間を捉える。白雪のスピードに反応が遅れてしまった勇男はなす術なく、あっさりと攻撃を許してしまった。


 ––––––グチュ。


 ……と、なるはずだった効果音。しかし、そんな生々しい音が鳴ることはない。

「なっ!?」

 そこには硬い素材で出来た何かが、股間部分に取り付けられていた。

 勇男が装着していたのは『ファールカップ』。

 ファールカップは野球や格闘選手が主に装着する物で、試合中などで発生する股間部分への衝撃を防いでくれる効果を持つ。
 勇男は元野球部であることからファールカップを所持しており、白雪の対策として今回装着したのだ。

「残念だったな。オラっ!」
「くっ!」

 一撃で仕留めるはずだった白雪は、ファールカップによる対策を取られていたことに隙が生じる。勇男はそれを逃さず、次はこっちの番だと言わんばかりに白雪の両手首を掴み、床へと押し倒した。
 勇男から逃れようと必死に抵抗する白雪だが、元野球部で力のある勇男から逃れることは出来ない。

「今だお前ら!」
「「おう!」」

 勇男が後ろで待機していた正男と美佐男に合図をかけた。それにすぐ応答するように、二人は白雪の元へと駆け寄る。

「なっ、おいテメェ! どういうつもりだ!? タイマンって言っただろ!」
「うるせえな。別にタイマンとかどうでもいいんだよ。目的はお前を奴隷にすることなんだからな」
「んだと……ッ!?」
「おい、さっさと始めろ!」
「「おう!」」

 そういうと、正男がバタつかせている白雪の両足首をガシッと力尽くで抑え、美佐男が制服のポケットから取り出したガムテープを使ってぐるぐると巻いていく。白雪をガムテープで拘束する狙いだ。

「おいッ!! なにする気だ!? やめろォッッ!!」

 当然、誰一人やめることはない。やがて数十秒ほどで白雪の両足首は完全に拘束された。

「おい、ついでに口も塞げ」
「そうだな。外のやつに気づかれたら面倒だし」

 美佐男が白雪の口にガムテープを貼り付け、声を出させないようにする。

「んんんっ!!」
「よし、あとは両手だ。さっさと拘束しちまえ」
「「おう!」」

 足、口に続き、最後に両手も後ろ手に拘束されてしまう白雪。これで完全に身動きを取れなくなってしまった。粘着性の高いガムテープは、いくら暴れようとも剥がれる気配はない。

「へへっ。どうだ? 拘束された気分はよぉ?」
「ンンッ! んんんんッッッ!!」
「ハッハッハ! なに言ってんだがさっぱり分からねぇな!」
「見事に作戦は成功したな!」
「そうだな! あとは動画に収めるだけだ!」
(動画……?)

 白雪が疑問符を浮かべていると、勇男が察したのか見下ろしながら言う。

「これで終わりだと思ったら大間違いだ。今からお前には恥ずかしい思いをしてもらう」

 そう言うと、美佐男が今度はスマホを取り出す。そして、カメラレンズを白雪に向けた。

「準備オッケー。いつでもいいぞ」
「よし、正男!」
「おうよ!」

 白雪の両足を正男が、そして両手を勇男が片手で抑え始める。当然ながら、白雪はピクリとも動かすことが出来ない。

「さぁて、今日は何色かな~?」

 勇男が空いている片手で、白雪のブラウスに付いているボタンを丁寧に外していく。
 数個外したところで、ブラウスをバッと豪快に開いた。
 それにより、白雪の白いブラジャーがあらわになってしまう。

「ッッ!?」
「へへへっ! 今日は白か。随分と可愛いの着けているじゃねぇか」
「うほぉ~! こりゃあレアもんっすよ!」

 美佐男が白雪に近づき、ブラジャー丸出しの白雪をしっかりと撮影する。

「んんん!! ンンンンンンンッッッ!!」
「そんなに暴れるなよ。ちょっとしたAV撮影だ。こんな体験滅多にないぞ?」

 勇男達は思春期男子。女子高生を強姦していることに興奮を覚え始め、性欲が込み上がってきてしまう。
 それだけではない。白雪の髪から漂う甘い香り、スベスベな肌。そしてフェロモン。性欲を刺激する数々の条件が合わさって、臭男達は一線を越えようとし始める。

「……こいつ、よく見たら結構可愛い顔してんな」
「それ、俺も思った」
「せっかくだからさ……いくところまでいっちゃう?」

 三人の鼻息と呼吸が荒くなり、頬が赤く染まる。それは白雪を力で抑え込んでいるからか、欲情しているからか。

「どうする? 予定だと撮影だけだが……」
「……いいんじゃね? ヤっちゃっても?」
「お、俺は賛成……」

 三人が目を合わせ、意思を共有する。そして遂に性欲を抑えきれなくなったのか、勇男が変態な笑みを浮かべ––––––。

「ハッハッハ!! この際だ! 思いっきり楽しんじまおうぜぇ!!」
「よっしゃあ!! やっぱそうこなくっちゃなァ!!」
「こんな機会滅多にないしな!! そうと決まれば! 次は下を脱がしちゃおうぜ!?」
「そうだな!」

 正男が白雪のスカートを脱がそうとする。
 そんな嫌らしい魔の手に、されるがままの白雪は屈辱と羞恥心でいっぱいだった。

(くそッ! くそォォォォッッッッ!!)




「はい、現行犯逮捕~」



     ★


 強姦される覚悟を心の隅で決めていた私。
 そんな時、屋上のさらに上、貯水槽が設置されている場所から聞き慣れた声が発せられた。
 それにより三人の動きはピタッと止まり、今は虚を突かれたように目を見開いている。
 三人は声の主に視線が引き寄せられるのだが、その人物を見て三人の目はさらに見開く。

「な、なんでお前が……ここに……ッ!?」


 そこには––––––林が立っていた。片手にはスマホをこちらに向けている。


「男子高校生が女子高生を集団レイプ。バッチリ証拠保存させてもらったぞ」

 林がスマホを手にしている理由は、先程の強姦を撮影していたかららしい。

「は、はぁ!? つ、つうかお前! いつからそこに!?」

 林は顎に手を添え、考える仕草を取りながら答える。

「確か、『よぉ。10分前に来るとは、礼儀正しいところもあるんだな。関心したぜ』ってセリフの時からだな」
「最初からじゃねぇか! ってか、俺達はここに16時30には来たんだぞ! お前はそれより早く来ていたってことか!?」
「そうだ。16時ぐらいにはここに来ていた」
「なんだと……っ!?」

 林の言っている意味が分からない。なぜそんな早くここに……。

「それより、さっき現行犯逮捕って言ったよな? あれはどういう意味だ!?」
「ググれ」
「言葉の意味を聞いているんじゃねぇ!! なんで俺達を犯罪者扱いしているのか聞いているんだよ!」
「いやいや。強姦は普通に犯罪だから」
「元々はてめぇが言い出したことだろうがッ! 俺達はお前に従ってやっただけだぞ!」
(林に従った!? どういうことだ……!?)
「確かに俺は言った。だが言っただけで、それを実行する選択権はお前達にあったはずだ。違うか?」
「ッ!」
「悪いと分かっていながらお前達は犯罪に手を染めた。誰がどうみても犯罪者だろ」
「ぐっ! それを言うならお前も同犯だぞ! この件はお前も関わっているんだからな!」
「分かっていないな。手を出したのはお前達だけで、俺は白雪に手を出していない」
「なんだと!?」
「さらに、俺が指示したという証拠はどこにも存在しない。つまり、お前達だけが犯罪者なんだよ」

 こいつらが強姦をしていたという証拠は既に動画として取り押さえた。だが俺がこいつらに指示をしていたという決定的な証拠はどこにもない。それでは俺を同犯にすることは不可能だ。

「……そうか。そういうことか。つまり俺達は、最初からてめぇにハメられていたってことか」
「そういうことだ。そして今撮影しているこの動画は、証拠として後で提供する為に撮っているだけにすぎん」

 後で証拠を提供する。そのセリフを聞いた時、臭男達は察する。

「なるほどな。それを脅しに使い、俺達を奴隷にさせる魂胆か」

 俺はあえて何も答えない。その無言の貫きは、臭男達は正解と捉えたようだ。

「……ククッ。クククッ……ハーッハッハッハッッ!!」
「!」

 突如、天に向かって大笑いし始める勇男。その笑いは何を意味しているのか。それに関しては普段から一緒にいる正男と美佐男も理解出来ていない様子。

「なにがおかしい?」
「ククッ。なぁに。お前みたいな貧弱陰キャ野郎がここまでよく頑張ったなぁと感心していただけだよ」
「…………」

 冗談で言っているわけではなく、素直な感想が漏れる勇男。だが笑顔から一変、今度は不適な笑みに変えて言う。

「だが詰めが甘ぇ。お前の計画には三つ落とし穴がある。それを今見つけたぜ」

 高笑いしたのはそれが理由か。

「落とし穴だと……?」

 俺の表情が硬くなる。

「どうした? 表情が硬くなっているぜ? 気になるだろうから特別に教えてやってもいいぞ?」
「……言ってみろ。この計画に落とし穴はない」

 相手の雰囲気に押しつぶされないよう、俺は虚勢を張り続ける。

「ククッ。まず一つ目。お前は今撮影しているその動画を使って俺達を懐柔させようしているようだが、それを今ここで奪っちまえばいいだけのこと」
「っ!」
「二つ目。一つ目のやり方は俺達にも使えるということ。俺達にはこいつの下着姿があらわになった動画を持っている。すでに保存もされ、やろうと思えばすぐに拡散も可能ということ」
「ッ!」
「そして最後に三つ目。こっちには人質がいるということだッ!!」

 白雪に指をさし、三つ目をわざとらしく強調した勇男。勇男達のすぐそばには拘束されている白雪が。
 三つ計画の落とし穴を指摘した勇男だが、白雪を人質にしている事実だけで俺を懐柔させることは容易だった。
 そのことにハッとさせれら正男と美佐男も関心の声を寄せている。
 一瞬の間でこれだけ計画の落とし穴を見つけ出すことが出来たことに、だてに帝学園の生徒ではないなと実感した。

「……ちくしょおおおおおおお!!」

 俺は自分の太ももをやつ当たりするように殴る。どうやら、完璧だと思っていた計画は、実は自分では気づかない穴だらけだったようで、臭男達には通用しなかったようだ。

「ククッ。残念だったな。俺達に歯向かった度胸は褒めてやる。だが、その分の代償は覚悟しておけよ。––––––行くぞお前ら!」

 俺のスマホを奪うことで、状況を逆転できることを確信した臭男達は、一斉に俺の方へと向かおうとする。
 俺はその状況を見て、思わずニヤついてしまった。

「な~んてな。––––––先生」



 俺は後ろにいる『ある人物』に向かって姿を現すよう促す。すると、その人物は塀の下から身を起こし始める。
『先生』という単語を耳にした臭男達も、虚を突かれたように思わず足を止めてしまう。

「全部、話は聞かせてもらいましたよ」

 俺の横に並んで、姿を現したのは––––––。

「「「朝比奈先生!?」」」

 臭男達の驚きの声が、綺麗にハモる。

「ちょ、えええっ!? なんで朝比奈先生がここにッ!?」
「俺が呼んだんだ」
「は、はぁぁぁぁぁっっ!? い、いつからそこに!?」
「確か、『よぉ。10分前に来るとは、礼儀正しいところもあるんだな。関心したぜ』ってセリフの時からだな」
「だから最初からじゃねぇか!! つうか、先生を呼ぶって意味が分かんねぇよ!」
「分かるだろ。こうしてお前達の動きを封じる為だ」

 さすがに臭男達といえど、先生の前では悪事を行うことはできない。元々は犯行現場を教職員に実際に見てもらうという目的だったが、こうして動きを封じる為でもある。

「くっ!」
「理解したか? 犯行現場を見ていたのは俺だけじゃない。朝比奈先生も最初から見ていたんだよ」

 俺一人だけだったらスマホを奪うという強行突破も出来ただろう。だが先生の前ではそれは出来ない。

「もう一度言う。お前達がしたことは立派な犯罪だ。脅迫罪、強姦罪、そして児童ポルノ法」

 隣に朝比奈先生がいるなかで、あえて犯罪のことを口にする。そうすることで場の緊張感を高め、臭男達がしたことは笑い事では済まされないことを暗示させるため。
 実際に臭男達は、まるで金縛りにあったかのように声も体も硬直していた。

「お前達はまだ15歳で少年法から守られているから牢屋にぶち込まれることはないだろうが、少年院に収容される可能性は十分にある」

 それを決めるのは家庭裁判所である為、なんとも言えないのが正直な感想。だがこれだけ罪を重ねれば、少年院の可能性は十分にある。

「そして、確かであることが一つだけある。気になるだろうから特別に教えてやるよ」

 臭男達は冷や汗を浮かべながら浅い呼吸を繰り返す。



「お前達は––––––退学だ」



 思いもしない言葉に、臭男達は。

「は––––––?」

 言葉が出ないようだ。今は頭の中が真っ白になっているに違いない。

「ですよね? 朝比奈先生」
「……残念だけど」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!!」

 気力を振り絞って大声を出す勇男。叫んだおかげか、今は硬直状態から解放されたようだ。

「なんだ?」
「確かに俺達は……罪を、犯してしまったのかもしれねぇ。でもこれは、元々こいつから手を出してきたからであって––––––」

 勇男が白雪に指をさす。

「今さら弁明か? 見苦しいぞ」
「本当のことだろ!! あの時お前も一緒にいたから知っているはずだ!」

 今度は俺に向かって指をさしてくる。

「本当なの? 林くん」
「いいえ、詳しく言うと違います。白雪があの三人に手を出したのは本当ですが、それは俺があの三人に暴行をされているところを救おうと止むを得ずにしたことです。あの三人も素直に引き下がってくれれば良かったのですがそれもなく……。結果的に白雪は身を呈して俺のことを守ってくれた恩人です」
「林くんの言っていることは本当なの?」

 朝比奈先生は勇男に問いかける。朝比奈先生は教職員として、あくまでも中立な立場で話を進めてくれるようだ。

「ッ……ほんとう、です……」

 嘘偽りを言っているわけではないので、臭男達に反論は出来ない。ましてや、先生の前で嘘をつくことはし辛いだろうしな。

「そう。だとすれば、これだけの被害を起こしてしまえば退学は免れないね……」
「どうかそこを考え直して下さい!! 退学だけは……お願いしますッッ!!」
「「お願いしますッッ!!」」

 勇男が深く頭を下げると、正男と美佐男もそれに続いて頭を下げ始めた。
 人は、相手が素直に罪を認め、誠意のこもった謝罪を見せつけられると同情心が芽生え、つい許してしまいたくなるもの。

 だが残念。今の俺には、同情心など欠片もない。

「そういえば朝比奈先生、食堂の時、俺があの三人と一緒にいるところに駆け付けてきた時ありましたよね?」
「うん、あったね」
「あの時俺は、先生になんでもないって言いましたけど、せっかくなんでこの場で話してもいいですか?」
「うん。聞かせて?」
「なっ!」

 慌てる臭男達。そんな臭男達の許可を取ることなく、朝比奈先生は話すよう促す。

「簡潔に言いますと、あの三人は俺がアリアと黒崎と連んでいることに嫌気をさしているらしくてですね。今週の月曜日に面識のない状態で初めて脅されたんです」

 朝比奈先生は俺の方を見ながら黙って聞く。

「最初に脅された時、俺は言ったんです。誰のものでもないんだから、自分からアタックしに行けばいいって」

 臭男達も歯軋りを鳴らしながら黙って聞いている。

「でもあいつらは納得しなかった。アタックする以前に、俺の存在が邪魔なんだと」

 自分で言っておきながら、心の底から憎しみの情が込み上がる。

「だからあの三人は、俺が二人から嫌われるきっかけを作るために、食堂で俺の足を引っかけ、アリア達に頭から料理を被るようにさせた」
「なるほど。赤坂さん達から聞いた話はこれに繋がっていたわけね」
「はい」

 朝比奈先生は顎に手を添え、納得のポーズを取る。

「つまり林くんや佐藤さんだけではなく、赤坂さんと黒崎さんも巻き込んだ、と」
「そうなります」

 臭男達が反論しないのが、何より事実だと物語っている。

「う~ん、これは思った以上に大きな問題だね……。このままだと少年院の可能性は十分にあるよ」

 先生が真面目な顔つきで言うものだから臭男達もビビって青ざめる。少年院に収容されれば、今後の生活に大きく支障をきたすことになるからだ。

「それだけではありません。俺はあの三人に、身体中ひどいアザができるほどに暴行をされました」
「本当なの? 三人とも」
「ちょっ、え!? ま、待ってくれよ! 俺達はそこまでした覚えはないぞ!?」
「その言い方だと、暴力は振るった、という点は認めるのね?」
「ッ! ……は、はい」

 朝比奈先生はもう救いの手は差し伸べられないと言わんばかりに小さくため息をつく。

「で、でも! 殴ったのは認めるけど、せいぜい一発二発だけだろ!? 身体中にアザができたというのはさすがにそいつの嘘ですよ! 朝比奈先生!」
「どうなの? 林くん」
「いいえ。あれもあいつらの嘘です。殴った側は覚えていなくても、やられた側はちゃんと覚えている。何より、夜桜先生がそのアザのことを知っています」
「月代ちゃんが……?」
(月代ちゃん? なんだ? 二人は友人関係か何かか?)

 まぁ、今はそんなことはどうでもいい。今はこいつらを徹底的に追い詰めないとな。

「はい。ですが、今はそのアザも完治してしまって、証拠を提示することは出来ないです。ただ、どの程度のアザであったのかは夜桜先生だけが知っていますので、多少信憑性は増すと思います」
「分かった。その点についても後で先生が確認しておくね」
「はい」

 朝比奈先生と勝手に話を進めていく姿を見て、臭男達は何を言っているのか理解できていない様子。
 それはそうだろう。こいつらの言う通り、俺はアザになるほど暴力は振るわれていない。
 そのアザをつくった犯人は白雪の兄、佐藤先輩なのだから。俺はただ、濡れ衣を着させたいだけだ。そうすればこいつらの罪を重くさせることに繋げることができる。
 ここで重要なのはアザをつくった事実を認めさせることじゃない。俺に暴力を振るったことを認めさせるのが重要だ。
 そうすればアザをつくった可能性もあると疑いをかけられ、罪を重くすることに繋げることが出来るからだ。
 証明はしなくていい。むしろ、アザをつくったかどうかの証明をさせない方がかえって疑心暗鬼をもたらせ、いかにこいつらがひどい悪党であるかを印象付ける最高のスパイスとなる。

(悪いな臭男達よ。お前達には関係のない罪も被ってもらうぞ)

 もはや臭男達に逃げ場はない。犯行現場を見られ、裏での悪事を暴露され、そして何よりそれを認めた。

「お願いだあああああああああ!! 俺達が悪かった!! だから今回のことはどうか許してください!! お願いします!!」
「「お願いします!!」

 だから臭男達は土下座して、今回は見逃してくれと懇願することしかできない。

「許すわけねぇだろ」

 想像以上に怒気を含んだ低い声を出してしまい、場が凍りつく。まるでこの屋上だけ温度が下がったように。
 この場にいる全員は俺へと視線が釘づけになる。

「今まで散々強気な態度で接してきて、自分中心に物言いをしてきた連中が、最後はプライドも捨て土下座かよ。だっせぇ連中だな」

 思わぬ台詞に、誰もが唖然としている。

「お前達のことだ。どうせここで許しても、今度は違う形で俺に仕返ししてくるつもりなんだろ? もう読めてんだよ」

 世の中には世間から許しをもらう為に、その瞬間だけプライドも何もかも捨て、誠意ある態度を見せる奴もいる。
 そして世間から同情と許しをもらったあと、今度は上手くやれる方法を模索し、また実行に移す愚か者も存在する。
 全員がそれに当てはまるとは限らない。臭男達ももしかしたら佐藤先輩のように改心するかもしれない。
 だが今回に限っては、俺はこいつらを許すことは出来ない。

「俺だけだったらまだしも、お前達は関係のないアリアと黒崎も巻き込んだ。お前は俺の大切な人を傷つけたんだよ……」

 俺の強気な態度にイラッとしているのか、勇男がここで反発する。

「大切な人って言うが、お前は二人と縁を切ったじゃねぇか! 所詮はその程度の関係でしかなかったってことだろ!」
「おいおい。本当に俺がアリア達と縁を切ったとでも思っているのかよ。お前達の方がよっぽど察しが悪いな」
「なんだと……!?」
「俺とアリア達は最初から縁など切っていない。そう演じていただけだ。お前達を騙す為にな」
「!?」
「アリア達は食堂で俺のことを悪く言っていたと思うが、あれは俺の指示によるものだ。自分の意思によるものではない」

 臭男達はハッとなる。アリア達と食堂を共にした時、やたらと俺に対しての愚痴をこぼしていたことを。
 そしてそれは、俺とアリア達の関係が壊れたことを示唆する為にやっていたことだと。

「お前達と出会ってから今日までの1週間、アリア達と一切口を聞かないようにしたのも、お前達とわざと連むように仕向けたのも全部俺の指示によるものだ。全てはこの日の為にな」

 臭男達はアリア達と連む目的が達成できて大変嬉しそうだったが、そんなのただの幻想だ。
 一方的な好意の押し付けなど相手にとって迷惑でしかない。その配慮にも気づけないこいつらは、やはり自分勝手で愚かな生き物だ。
 彼女がいながらも、アリア達をカラオケに連れ込んで性的な企みをしていたことにも腹が立って仕方がない。
 こいつらはやはり、救いようのないクズ共だ。

「っ……! で、でも! 退学はねぇだろ! せめて謹慎処分とか、停学とか、そこらへん––––––」
「お前達はこの学園の規約をちゃんと理解していないようだな」
「帝学園規約第27条その2……『学内又は学外において、違法行為を行った場合退学処分とする』」

 朝比奈先生が瞳を伏せながら、帝学園の規約を呟き始める。
 言い終えると、『台詞奪っちゃってごめんね?♡』と可愛くウィンクをこちらに向けてきた。どうやら朝比奈先生も臭男達の運命について既に察しているようだ。
 生徒の退学が掛かっているこの場でその緊張感のない振る舞いはいいのかと疑問に思ったが、それも束の間。
 臭男達は帝学園の規約にそんなことが記載されていたのかと未だに現実を受けられないでいる。
 臭男達は違法行為をしてしまった。だから退学は免れない。その現実が受け止められないのだ。

「せ、せんせい……っ……どうか、どうか……許してください……」

 勇男が泣き声にも似た弱々しい声で再び土下座をし始める。それは正男と美佐男も同じだった。もはやこいつらが生き残るには、俺達がこの件を訴えるべき人に訴えるかどうか。つまり、俺達が臭男達を退学にさせるかさせないかの決定権を握っているということ。

「それを決めるのは先生じゃない。林くんだよ」

 朝比奈先生が俺へと顔を向ける。
 この場においては一番地位が高く、かつ大人の朝比奈先生がジャッジを下すことはない。
 この一連の騒動は臭男達にこそ原因があるが、計画を立てたのは俺だ。
 つまり、訴えを引き下げるかどうかは俺に委ねられているということ。先生はあくまでも中立な立場におり、余計な口出しをすることはないようだ。
 臭男達は俺に許しをお願いしても無駄だと思ったから朝比奈先生に救いを求めたのに、それを俺に委ねるとは先生も酷なことをするものだな。

「そんなの初めから決まっていますよ。俺はこいつらを退学にさせる」

 許すわけがない。どんなに泣きついてこようとも、俺はその顔面を蹴り飛ばすだろう。

 アリア、黒崎……そして白雪。
 三人の屈辱も込めて、俺はこいつらを排除する。



「この学園から––––––消えろ」



 そうすることが、こいつらに最も大打撃を与えることができる正解の道なのだから。



「…………く、くそがあああああああああああああああああァァァッッッッ!!」

 臭男達の学園生活は、今日を持って終焉を迎える。
 今後裁判所からどのような刑罰が科せられるかは俺の領域じゃないためどうすることも出来ない。––––––だが少なくとも、臭男達は帝学園から消える。

(臭男達が退学になったら、奈々香達はどういう気持ちになるだろうな)

 彼女らは将来が勝ち組である帝学園のブランドに魅かれ、臭男達と恋人関係になった。
 なら、その臭男達が退学したなんて知ったら……ハハッ。

「––––––ああ。今は最高に気分がいい」

 無意識に自分らしくない感想が漏れてしまう。
 俺のことを下手に評価し、甘く見て、偉そうな態度で接し、傷つけてくる。
 これが、俺の今までの学校生活……。
 反抗、反撃、復讐……やりようはいくらでもあった。
 だが、そんな強い復讐心に対して自分でブレーキをかけてしまっていた。
 それは道徳的、社会的、人間的に間違っていると思っていたから。


 ––––––だが今回をきっかけに、それは間違いではないことに気づいた。


 言われっぱなしでいる必要はない。やられっぱなしでいる必要はない。
 世の中には、どうしようもない人間は存在する。これは宿命とも呼べるだろう。臭男達がいい例だ。
 今までの俺はそんな愚かで弱者な人間に、抗わないでいた。
 それが楽で、平和で……何より正しいと思っていたから。
 けど、これからは違う。



「オレに歯向かうやつは、誰であろうと容赦しない」



 また無意識に、自分らしくない感想が漏れてしまう。

「林くん?」
「––––––。え、あ、はい。呼びました?」
「……うん。さっきからぶつぶつ言っているけど、どうかしたの?」
「え、俺なんか言ってましたか?」
「うん。声が小さくてよく聞き取れなかったけど」
(一人でぶつぶつ言っているとか完全に怪しい人間じゃねぇか俺……)

 怪しい人間だと思われたら嫌なので、次からは気をつけようと心の中で決意した俺。意識を朝比奈先生から臭男達に向ける。
 臭男達は土下座したままだったが、これまでとは違い、肩を小刻みに揺らし始めていた。

「……ククッ。そうか。俺達は退学か……」

 不気味な笑い声をあげると共に、自身が退学する運命に立たされたことを認め始めた。
 俯いていて顔は見えないが、笑い声からして不気味な表情を浮かべていそうな雰囲気を感じる。
 そしてその予想は、見事に的中した。

「なら、もうやけだ! どうせ退学するなら、てめぇを今ここでボッコボコにしてから退学してやるよ! なぁお前ら!?」

 勇男が正男と美佐男にも問いかける。
 だが二人はこれ以上罪を重くしたくないのか、あまり乗り気じゃない。

「おいっ! どうしたお前ら!? いつものノリはどこいった!?」
「いや……俺達は……なぁ?」
「ああ……これ以上、罪を重くしたくないっていうか……」

 どうやら二人は俺の予想通り、これ以上罪を重くしたくないらしい。それは遠回しに、『やるならお前一人でやれ』というメッセージにも捉えられる。

「んだよ、びびりやがって! まぁいい。お前ごとき俺一人で十分だぜ! 今からそのスカした顔を絶望へと変えてやるから楽しみにしてなッ!」

 勇男が怒り狂った表情でこちらを睨みつける。そしてズカズカとこちらへと向かってくる辺り、どうやらハッタリではないようだ。
 朝比奈先生のいる前で、よくもまぁここまで悪事を披露できるものだと感心してしまう自分がいる。

「残念だが、お前の相手をするのは俺じゃない」
「あぁん?」

 俺は下にある屋上の出入り口に向かって、少し大きめに叫ぶ。

「せんぱ~い」

 それに反応するように、入り口のドアがすぐに開かれた。

「いや~。あまりにも合図が遅いものだから退屈だったよ」

 姿を現したのは男子生徒の二人。
 一人は意識朦朧の状態である細身の男子生徒。もう一人は世の男性が嫉妬してしまうほどに女性から大人気のモデル。

「遅くなってすいませんね。佐藤先輩」
(クソ兄貴!? どうしてここに!?)

 佐藤先輩は隣にいる男子生徒のネクタイを引っ張りながら、勇男達に向かって歩き始める。側から見ると、まるでペットを連れて散歩しているかのようだ。
 そして勇男達にある程度近づいたところで、ネクタイを強めにグイッと前に引っ張り、勇男達の元へ投げ捨てた。

「ど、どうして、三年の佐藤先輩がここにいるんだよ!?」

 さすが佐藤先輩。人気モデルなだけあって、臭男達からも知られているようだ。

「察しが悪いね。彼が僕のことを呼んだ時点で分からないかい?」
「……ま、まさかっ!」
「そう。彼の計画に僕も一枚噛んでいるのさ」

 佐藤先輩の登場に俺以外の全員が度肝を抜かれたことだろう。特に白雪。

「そこにいる女子生徒は僕の妹なんだけど……なるほど。だから門番を用意したわけか。用意周到だね」
「ち、違う! これは––––––」
「おいおい。また俺のせいにするつもりかよ。見苦しいぞ」
「てめクソ林ッ!」
「まぁなんだっていいけどさ。次からはもっと強い人を厳選した方がいいよ? あ、そうか。君達に次はないんだったな」

 佐藤先輩の喧嘩の強さは俺がよく知っている。あんな細身の生徒では相手にはならない。

「にしても、随分立派にやられたようだね。白雪」
「!」

 拘束されている自身の姿を兄に見られるというのは、想像以上に恥ずかしくて屈辱的なことだろう。白雪は少しだけ顔を赤く染め、目を合わせようとしない。

「安心しな。お兄ちゃんがすぐに助けてやる」

 戦闘モードに入ったのか、佐藤先輩が指をポキポキと鳴らし始める。

「一人ずつ相手にするのは面倒だからさ、三人まとめてかかってきてよ」

 臭男達に向かって挑発的に言うと、勇男は舐められたことにイラッとした表情をしたが、正男と美佐男は門番の男子生徒がうずくまっている姿を見て怯えている。

「おい、もうやめようぜ勇男!」
「そうだよ! 潔く諦めよう! もう無理だって!」

 正男と美佐男が抵抗することをやめるよう促すが、それでも勇男は止まらない。

「うるせえッ!! あんなクソ陰キャ野郎に負けてたまるかよ!」

 頭に血が登っているからか、勇男は自分の置かれている状況を理解できていない様子。

「おい、俺は先輩だからって容赦しねぇぞ!」

 勇男が怒りの感情に身を任せ、佐藤先輩に立ち向かって行く。
 勇男はそのまま勢いに乗せた拳を佐藤先輩の顔を目掛けて放とうとするが、佐藤先輩はそれを涼しげにかわし、カウンターパンチを顔面に決める。

「ブッッ––––––!!」

 元の位置に返されるように吹っ飛ばされる勇男。側から見ていた俺達も、そのダメージの痛々しは伝わってきた。それは自然と鳥肌が立ってしまうほどに。
 勇男は仰向けで倒れ、体を起こすこともできないまま苦痛に悶えている。鼻からは大量の鼻血が出ていた。

「あ、加減するの忘れた……。ま、いっか」

 佐藤先輩が勇男の姿を、その後に白雪の姿を見てそう呟く。それと同時に、この勝負に決着が着いたことを全員が確信した。


     ★


 勇男が戦闘不能となり、既に戦意喪失状態の正男と美佐男。そして門番の男子生徒。
 四人はこれから朝比奈先生による事情聴取を生徒指導室で行われる為、一緒になって屋上を出て行く。俺もその1時間後、18時30分に生徒指導室に来るよう言われた。
 静寂な屋上に残っているのは俺と佐藤先輩、そして白雪の三人。
 俺は白雪を拘束しているガムテープを剥がし、身を解放させる。

「……」

 自由の身となった白雪。顔には浮かない表情が。

「……お前が、仕組んだのか?」
「…………」
「この計画、全部お前が立てたのか?」
「……あぁ」
「屋上に私を誘導させたのも、強姦するよう指示したのも、クソ兄貴を呼び出したのも……全部お前が考えたことなのか?」
「ああ。そうだ」
「––––––ッ!」

 白雪が俺の顔に向かって拳を放とうする。––––––が、拳は顔すれすれの所で静止。
 その勢いで風が起こり、俺の前髪が揺らいだ。

「……殴りたければ殴れ。お前にはその権利がある」
「フゥーッ! フゥーッ!」

 白雪は俺に利用されたことにひどく苛立ち、理性で必死に押さえ込んでいた。拳も小刻みに震えている。

「……いや、いい……」

 そういうと、萎むように全身の力が抜け始める白雪。そのおかげか、今は落ち着きを取り戻しつつあるようだ。

「あいつらを、退学にさせる為にやったことなんだろ? そう思えば……いや、利用されたことはムカつくが……それでも多少は許せる」
「そうか。それはすまないな」
「いや、別に……」
「でも、身の程を知る良い機会になったんじゃないか?」
「……あん?」

 俺の思わぬ一言に、白雪に再び怒りの感情が込み上がる。

「白雪、お前は弱い」
「!!」
「お前は勇男達の一件以来、俺に対してやたらと付き纏うようになった。最初は恩返しのつもりで守ってくれたのだろうが、実態はそうじゃない」

 恩返しの部分がなかったわけじゃないが、真の目的はそうじゃい。

「お前は自分の力だけで誰かを守れるのか、それを試していたに過ぎない」
「……なにを根拠に」

 お前の兄から聞いた、といえばすぐに納得するだろうが、それは伏せておくべきだろう。俺に過去のことを話してくれたなんて知ったら、兄妹の関係はさらに悪化してしまう恐れがある。プライドの高い白雪だしな。

「お前はやたらと『タイマン』にこだわっていた」
「!」
「お前が初めて特別棟に現れた時と、市民公園で奈々香達と対峙した時、決まってタイマンを口にしていた」

 真実を突かれたのか、それとも細かいセリフまで覚えていることに対して白雪は驚いているのか分からない。
 俺は続ける。

「タイマンにこだわる理由。それはお前の『体格』にある」

 俺は白雪の体を指差す。そこで白雪は自身の肌が、下着があらわになっていることに気づき、バッと服を閉じて恥じらいながらも覆い隠す。

「お前の体格上、どんなに体を鍛えようと体格の良い奴が相手なら倒すことはほぼ不可能に近い。何故なら攻撃というのは体重による重心が非常に大事になってくるからだ」

 喧嘩や武道などで使われる殴りや蹴り。これらの威力は『体重』と『速度』で決まる。
 白雪の場合は屋上で見せた瞬発力から速度は十分にあるが、肝心の体重が極めて足りていない。
 実際に白雪の体重を把握しているわけではないが、身長が140センチほどで小柄である以上、体重は極めて軽いであろう。
 だがそれだと速いだけで、相手をねじ伏せるだけの力が足りていない状態。

「きっとお前は、そのことを十分に理解している」
「……」
「だから、相手の急所を狙う戦闘スタイルなんだろ?」
「っ」

 初めて白雪の戦闘を拝見した時、相手の股間を握り潰すスタイルには驚かせられたし、内心卑怯とも感じてしまった。
 相手を倒すためなら手段を問わないスタイルは嫌いじゃないが、白雪の堂々とした態度とタイマンを望む男前の印象に対して、その戦闘スタイルは違和感でしかなかったのだ。

「自分のことを理解しておきながらも、お前がそこまでして一人で戦おうとすることに関しては、正直分からん」

 いや、知っている。知っているけど言わないだけだ。言ってしまえば白雪のプライドを傷つけることになる。

「でも、一人の力には限界がある。今回の件がそうだ。お前には申し訳ないことをしてしまったが、アリアや黒崎、朝比奈先生……そしてお前の兄、佐藤先輩が協力してくれたから、結果的にあいつらを倒すことができたんだ」

 白雪にだけこんなひどい目に遭わせたのは、自分自身のことを改めて見つめ直して欲しかったから。
 プライドの高い白雪は口で言っても納得しない。だからこんな目に遭わせた。
 自分の実力を思い知り、屈辱を味わい、プライドを己の手でへし折ってもらうために。
 白雪はアリアと黒崎がこの計画に絡んでいることに驚きもしたが、今は処理すべき情報量が多いため深く気にする余白はないようだ。なら、俺もこのへんでそろそろ切り上げるべきか。

「もちろん個人の力も大切だ。けど、協力しないと勝てないこともある。お前には誰かに頼る強さを知って欲しい」
「…………」

 俺の言葉に白雪は何も答えない。ただ、ちゃんと受け止めてくれていることだけは感じ取れた。
 最後に俺は、白雪の頭をポンっと優しく置いてから告げる。



「でも、俺はお前のこと、結構好きだぜ」



 身を挺して誰かを守ろうとする正義感も。自分より強い相手に恐れない度胸も。

「じゃ、またな」

 白雪に別れの挨拶を告げ、俺はこの場を立ち去ろうと出入り口へと向かう。
 去り際、俺は佐藤先輩に視線だけで『あとは頼みましたよ』とだけ告げる。
 それに対し、佐藤先輩は薄く笑みを浮かべて返事を返した。
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