アリス×ゼロ

御船ノア

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国内編

第六話 気、現実、謎

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松岡、小林、伊能の三人が医務室へ運び終わったあと、その場で出会した傾木先生と人気のない廊下へと連れて行かれる。
「何があった?」
その一言に少しだけ怒りが込められているのが分かった。
それもそのはず。
アリスたちは傾木先生がグランドを離れている間、勝手な真似はするなと警告されていたのだから。
それを無視したからこそ、松岡に続き、小林と伊能も傷を負った。
「それは……」
「嘘はつくな。正直に話せ。あの二人が怪我を負っていることからして、お前かゼロが関係していることぐらいは予想つく」
傾木先生はすでに勘づいている様子。
小林と伊能をここまで追い込んだのは誰なのかを。
「……私が、やりました……」
「あ?」
予想と違っていたからか、傾木先生は間抜けな反応を見せる。
「……お前がやったのか? あの二人を」
「はい……」
「どうも信じられねーな。鬼ごっこのときお前はあいつらに防戦一方だったろ」
「確かに彼女たちの力は凄まじいものでした。でも反撃ができなかったわけではありません」
「というと?」
「私があれだけ防戦一方に見せかけたのは彼女らを油断させるため。その証拠に三人は最後隙だらけでした」
傾木先生も現場を見ていたから分かるはず。
「勝利を確信すると人は隙を生じます。私はそこを突いて最後に全員を返り討ちにする算段でした。結果的に邪魔が入ってそれは叶いませんでしたが」
あながち嘘ではない。
思い描いていた理想の続きと現実を織り交ぜることで、嘘に信憑性を持たせる。
傾木先生もまんまとその罠に引っかかり、顎をさすりながらどこか納得し出している様子。
「なるほど。そこまで計算していたとはな。つまり最初のは演技というわけか」
「はい」
「そうか。悪かったな。なんか尋問みたいな空気にしちゃって」
「いえ。こちらこそすみませんでした」
「でもすげーな。一人であの二人を倒しちまうなんて」
「あ、どうも……」
「どうやって倒したんだ?」
「え?」
「いやだから、どうやって小林と伊能を倒したか聞いているんだ」
「そ、それはですね……」
「それは?」
「えっとぉ……っ……こう素手でドカーンと吹っ飛ばして、さらにはズバッと……」
「なるほどな」
(え、今ので分かったの!?)
「ところでお前、ゼロとは仲が良いのか?」
「仲は良くないですよ。むしろ大嫌いです!」
「お、おう……っ。急にそんな語気を強めて言うな。びっくりしただろ」
「あ、すみません……」
「そこまで嫌いな理由とか聞いてもいいか?」
「……いや、それは聞かないでください」
「そうか。なら聞かねぇ」
「ありがとうございます」
「じゃあ別の質問だ。ゼロについて何か知っていることとかあるか?」
「知っていること?」
「ああ。些細なことでもなんでもいい」
「知っていること…………すみません。私にも分からないです」
「お前、面白いな」
「え?」
「普通よく知らない相手のことをそこまで嫌いになるもんか?」
「そ、そうかもですね……っ。私、変わっているかもしれません。あははっ……」
「最初は頑固な油汚れのようにクソ真面目な印象だったが、意外な一面もあるもんだな」
「誰が頑固な油汚れですか!」
「一種の褒め言葉だよ。お前みたいに真面目なやつはそういるもんじゃねぇ。むしろ貴重だ」
初めて傾木先生に褒められ一瞬だけドキッとしてしまう。
「だが気をつけろ? その真面目は使い方を誤ると光にも闇にもなる」
「はい?」
アドバイスのつもりだろうが、真意はよく分からなかった。
「うしっ、じゃあグランドに戻るか。松岡らはなんとか完治まで持っていけるらしいしな。ひとまず安心だ」
「そうですね。本当に良かったです」
「お前が言うことか?」
「……あ、そうですね! あはは……っ!」
「んじゃ、お前は先に行け。一緒に戻ったら周りにどんな関係か疑われるのも嫌だからな」
「考え過ぎだとは思いますが……まぁ先生がそう言うなら先に戻りますね?」
「ああ」
アリスは傾木先生にお辞儀をした後、スタスタと歩いてグランドへと戻っていく。
それを見届けた傾木先生もタイミングを見計らってグランドへと歩き出す。
「あいつ、嘘つくの下手だな」
アリスの背中を見ながら呟く。
グランドに戻ったアリスの元に歩み寄ってきたのはゼロ。
(三人をやったのはあいつで間違いねぇ)
小林と伊能の酷い打撲や深い切り傷から見て予想はついていた。
真面目なアリスにできる芸当じゃない。
それに真面目な人ほど嘘をつくのが苦手なものだ。
さっきの会話からもそれが面白いほど滲み出ていた。
(だがどうにも腑に落ちねぇな。あいつらの関係はなんなんだ?)
ゼロのことを嫌っておきながらゼロのことをよく知らない。
嘘で言っていた感じでもない。
(ゼロにも聞いてみるか? いや今は近づない方がいいか。変に詮索して警戒心を高められても困るしな)
ただでさえ異質な雰囲気を纏っているゼロだ。
能力も未知数な部分があるため、今はおとなしくするのが賢明だろう。
(一応、ばぁさんには報告しておくか)


     ★



16時40分。
機関でのレクリエーションを終え帰宅したアリス。
いつものように林の場所で修行をおこなっていた。
辺りの大木には乱雑に切り刻まれた跡や、鈍器のようなもので叩き込まれ凹んでいるものといった修行の跡が。
「はぁ……はぁ……。ダメだ。このままじゃ……っ」
アリスは鬼ごっこでの記憶が映像としてフラッシュバックさせられる。
(何もできなかった……何一つ……ッ)
傾木先生に話したことは当然全部嘘。
所詮は強がりによる虚言でしかなかった。
(あんなにコテンパにされるなんて思わなかった……ッ。少なくとも一人ぐらいは倒せると思ってたのに……それなのにッ!)
アリスはプルプルと握り拳を作り、大木へと打ち込む。
打ち込まれた大木の破片が微かに削られる。
「ぐぅっ……うぅ……ッ」
打ちつけた拳から血が垂れ始める。
同時に、アリスの頬にも水滴が。
「クソォォォッ!! なんでよ! なんで勝てないのよ! なんでっ…………私はこんなに弱いのよ……ッ! なんでぇぇええええ!!」
ガッ、ガッと何度も何度も拳を打ちつける。
怒り、哀れ、悔しみ。
映像から伝達される負の感情を全て拳に込め、八つ当たりするかのように打ち込み続ける。
それに比例して、垂れ落ちる血の量も増えていった。
「ッッ…………ううああああああああああああああああァァッッッ!!」
もう全てが終わってしまえと言わんばかりの渾身の拳を放つ。
ボロボロの皮膚。生々しい血肉。
これ以上拳を打ち込めば、アリスの右手は––––––。
「はいストップ♪」
アリスの右腕が何者かにガシッと掴まれ、押さえ込まれる。
「ゼロ……!?」
「これ以上はやめときな。そんな拳で打ち込んだら、しばらく動かすことができなくなるよ」
「……なんであんたがここにいいんのよ。またどこかに隠れて見ていたつもり!?」
「そんなつもりはなかったんだ。暇だったからアリスの家に寄ったんだけど留守だったからさ。もしかしてと思ってここに寄ってみたら、案の定アリスを発見しただけ」
「じゃあ隠れて見ていたんじゃない!」
「そうなるね♪」
「このストーカー悪魔……」
「♪」
熱くなって周りが見えなくなっていた思考が徐々に冷静さを取り戻す。
見られたくなかった泣き顔を隠し、慌てて袖で拭いた。
(まさかこいつに泣き顔を見られるなんて……!)
さらには弱音から叫び声まで全部聞かれていたことを想像すると胸の内から徐々に熱が込み上がってくる感覚が。
その熱は顔だけではなく頭から湯気が出るほどまでに熱くなっていく。
鏡を見なくとも自分がトマトのように真っ赤になっていることぐらいは想像がつく。
「それにしても随分と悔しそうにしていたね。やっぱりあの三人の件?」
「うるさい! 私のことはいいから放っておいて! あと今日のことは全て忘れなさい。いい!?」
「それは無理だよ。だってアリスがあんなに悔しそうにしながら、しかもあんなに涙をこぼしながら叫ぶなんて思わなかったもん。『クソォォォッ!! なんでよ! なんで勝てないのよ! なんでっ…………私はこんなに』––––––むぐぅ」
「それ以上言うと殺すわよ?」
「ふみまへん」
ゼロのイタズラ心が働きアリスのセリフを一言一句真似して芸を披露。
しかし本人に両頬を押さえつけられ強制的に止められる。
これまでにない殺意と冷徹の目を向けてくるアリス。だがそれ以上に顔がさらに赤く染まり出していることから羞恥心の方が勝っているようだった。
アリスはちゃんと反省しているのか分からないゼロの押さえつけている頬から手を離す。
ゼロはいつものと変わらず微笑を浮かべている様子から反省している様子はなさそうだった。
そのことに関してはアリスも分かりきっていたことなので何も言わない。
「……で? 今度は何の用? 前に私に話しかけないでって言わなかった?」
「そう警戒しないでくれよ。ワタシはただアリスを放っておくことができないのさ。色々とね♪ さっきの拳だってワタシが止めなかったらどうなっていたことやら」
「……そんなのいずれ治る」
「確かに生物には自然治癒力があるからいずれは治るだろう。でも重要なのはそこじゃない」
「?」
「仮にワタシが止めに入らずアリスがあのまま拳を放ったしよう。まぁそれなりの怪我を負うことにはなるわけだけど、そのタイミングで敵が現れたらどうするつもりだい?」
「それはっ……」
「君は何も分かっちゃいない。いや、分かった気になっている。それが全てズレていることにも気づかずにね」
「さっきから言わせておけばッ! 私が何か間違っているって言いたいわけ!?」
「そう言っているんだよ。あまりにも間違いだらけで口出しせずにはいられない。だからこうして君の前に現れている」
「あ、あんたなんかに私の何が分かるっていうのよ!」
「分かるさ。少なくとも能力者としての闘い方についてはね。忘れたかい? 伝説の勇者を殺したのは誰なのかを」
「ッ!」
「そんなに疑うなら試してみる? あのときは気が動転して冷静じゃなかったろう。今の君ならその心配はなさそうだし」
あのときとは試験を合格したあとの校舎内での一戦。
確かにあのときはママを殺したという事実と悪魔神が目の前にいるという衝撃でカッとなってしまい、お世辞でも冷静とは言えなかった。
おかげで立ち回りも雑なものに。
そんな考えなしに突っ込むだけの単純さでは悪魔神なんかに勝てるはずがない。
でも今は違う。
理性を保てている今ならそれをブレーキさせることができる。
立ち回りも攻撃も状況に合わせて対処もできるはずだ。
そういった意味で言えば、今からおこなわれる一戦は自分の実力を最大限発揮できるということに他ならない。
負けても言い訳はできない。
ゼロはそんな自分を利用しようとしている。
「ええ、いいわよ」
私は【氷の剣(アイスソード)】を創り出し、右手で握りしめる。
ズキンッと痛みが手全体に響き渡るが、グッと堪えた。
「フッ、相変わらずだね。ハンデをやろう。ワタシは能力を一切使わない。素手だけで君と戦う」
「……ふざけないでもらえる?」
「ふざけてなんかない。本気さ。命を懸けてもいい。というより……分かるだろう?」
挑発するように口角を上げるゼロ。
その憎たらしい笑みから何が言いたのかすぐに理解する。
「能力を使うまでもない、と言いたいわけね?」
「イエス♪」
「ッ」
舐めた態度にこれ以上は我慢ならない。
「後悔しても知らないわよッ!」
まずは先手必勝。
こちらから斬り掛かる。
だがゼロはそれを軽々とかわす。
「くっ」
何度も剣を振りかざすが、髪一本すらかすりもしない。
アリスは一度後方へと下がり、作戦を練る。
(やはり接近戦は無理ね。ここは私の得意分野で攻めるしかない!)
ブツブツと独り言を発しているアリスに対し、ゼロは余裕の表情で見守る。
(……よしっ、これならいける!)
「作戦は決まったかい?」
「ええ、おかげさまでね。ついにあんたを負かすときが来たわ」
「へぇ? それは楽しみだ♪」
「いくわよ!」
剣を握ったままアリスはゼロへと襲いかかる。
「君の剣ではワタシには届かないよ?」
「ええそうね!」
10メートルまで距離を詰めるとアリスは剣を振り投げる。
「!」
てっきり斬りかかってくるかと予想していたゼロはほんの少し反応が遅れるものの、指で挟んで容易く対処。
「【氷の槌(アイスハンマー)】!」
アリスはゼロが剣を対処する直前に能力を発動。
ゼロの頭上から氷の巨大なハンマーが下される。
「甘い」
剣で防いでいない方の手でゼロは拳を振り上げ容易く粉砕。
大量の氷の破片がゼロの周囲に散りばむ。
(アリスがいない?)
氷の破片を利用して視界を奪っている隙に姿を隠したようだ。
「!」
足に違和感を感じる。
目を向けるといつの間にか両足が氷漬けにされていた。
「【氷の束縛(アイスバインド)】」
リング状の氷がゼロを囲むように現れる。
すると、そのまま締め上げるように上半身を拘束。
上半身、足首と氷漬けにされ、拘束の身となったゼロは動けない。
「チェックメイトね」
数メートル先からゼロの前に現れたのは氷の弓を構えたアリス。
「あんたを倒すには動きを止める必要があると思ったけど、正解だったわね」
「なるほど。上空へと意識を逸らせたのは動きを封じるためだったか」
「その通り。最初の2撃は誘導。狙いはその足を氷漬けにするため。【氷の地(アイスグランド)】は地面に触れているもの全てを凍結させる。一度掛かってしまえばそう簡単に振り解けないわ」
「確かに結構ガチガチに凍っているね。何より冷たくて感覚がなくなりそうだよ」
「……随分と余裕ね。状況分かってるの?」
「もちろん。身動きが取れず、目の前で弓を放とうとしている絶体絶命の状況だね。これはまいったな~」
(……なんなの? この余裕な感じ……)
「ワタシを捕まえたことは評価しよう。でもちょっとやけくそな感じだったね。焦りのようなものも感じたし」
「そんなことはどうでもいい。あんたを捕まえることができた。それだけで結果は十分よ」
「捕まえた……ね」
「っ!」
ゼロにまとわりついていた氷にピキピキとひびが入り込む。
ひびの亀裂はどんどん加速していき、やがて全ての氷が粉々となって散る。
「そんな……っ!」
「次はこっちの番♪」
一瞬にして姿を消したかと思えば、ゼロは姿勢を低くした状態でアリスの足元に忍び寄っていた。
その姿勢を利用し、拳をアリスの腹へとねじ込む。
「がはぁッ!」
上空に浮いたアリスのさらに上に飛ぶゼロ。
そのまま落下する勢いを利用し、腹へ踵落としを決める。
「ぐぅッッ!?」
あまりのスピードに体が追いつかずアリスは受け身も取れないまま地面へと落下。
背中に骨が軋むような痛みが襲いかかる。
「同じ箇所を連続で喰らうと結構効くでしょ?」
「ガハッ、ゴホッ……!」
「君はしばらくまともに動けない。その痛みが退くまではね」
ゼロは腹部をギューッと抑え、痛みに耐えながらうずくまっているアリスの眼前に手刀を放つ。
切れ味のありそうな手刀はアリスの前髪を数本かすり取った。
「ワタシの勝ちだ」
「くっ……ぐぅううッ!」
「実を言うと君の攻撃は全て対処できた。ただアリスの実力がどれほどのものか好奇心が勝って敢えて喰らってみたわけだけど」
敢えて喰らってみせた。
その強者の余裕……そしてその実力の差という事実がアリスの鈍痛をさらに苦しめる。
「君、本当にアリアの娘?」
「ッ……!」
「アリアの実力は本当に素晴らしいものだった。本来人間に興味がないワタシでさえも惚れ惚れしてしまうほどにね。まぁ最後は人間特有の老いによってその輝きは薄れていったわけだけど」
過去を思い出しながら感傷に浸るゼロの瞳はどこか寂しげ。
ゼロはアリスに向ける手刀を引く。
「いい加減認めたら? 君の実力はアリアの足元にも及ばない。それどころか今日戦ったあの三人にもこてんぱにされる始末。こんなんじゃ一生勇者になんてなれないよ」
「あ、あんたに言われる筋合いはない! 悪魔神が私に偉そうなこと言わないでよッ!」
ゼロがアリスの横腹を蹴り飛ばす。
「まだ認めないつもりか」
「痛ッ! くっ!」
「ホントごうじょっぱりだね」
ゼロは一歩ずつ、ゆっくりとアリスに近づく。
「君の弱さの原因はそこにある」
「!」
「本当は気づいているんじゃないの?」
「……」
(ワタシがアリアを殺したとはいえ、それまではアリスの修行に付き合う時間は十分あったはず。でも今のアリスはその恩恵すら受けていないほどに雑魚すぎる)
あの責任感の塊であるアリアが放任主義の性格だとは思えない。
であるならば、親子の間に何か問題が生じていたと考えるのが妥当だろう。
アリスの弱さはそこが関係しているのかもしれない。
「君はアリアから何を教わってきた?」
「……何も、何も教わってなんかいないっ」
「!?」
そう。アリスは何も教わってなんかいない。––––––いや、教わろうとしなかった。



私が勇者を目指そうと思ったのは小学1年生のときだ。
モンスターに襲われているところをママに助けてもらい、その勇ましい姿に憧れたことがきっかけ。
決め手となったのは小学2年生の授業で、クラス内で夢を発表するときのこと。
私はみんなの前で高らかにこう言った。

「ママのような伝説の勇者になる!」と。

しかし当時、からかわれるだけで涙目になるほど弱虫だった私はみんなから馬鹿にされた。
挙げ句の果てには伝説の勇者の子供だから調子に乗っていると噂され、罵詈雑言を受ける始末。
やり返そうと思ってもやる返す勇気が出なかった私は、自分は勇者になれない器なのだと落ち込むようになった。
一人で抱えているのが辛くて思い切ってママに相談すると、こんなアドバイスをもらった。

「やり返すことが強さじゃない。自分の信念を貫くことが強さだ」と。

しかし当時幼かった私はそれを理解することができなかった。
むしろやり返して見返させることが強さだと信じて疑わなかった。
私は強くなりたい。どんな相手が掛かってこようとやり返せるほどの強さを。
そうなるために私はママに修行をお願いする。
ママは一人の女の子が自己防衛できる強さを身につけることは戦のこの時代において教えておいて損はないと感じ承諾。
本格的な修行の前にまずは日々の習慣を正し、精神を養う必要があるため学校の成績では上位を目指すことはもちろん、家事全般を容易くこなすところから始まった。
それが小学3年生を卒業するまでの2年間続く。
そして小学4年生に上がった修行開始から3年目。
ここから本格的に強くなるための修行がおこなわれる。そう期待していた。
「ごめん、アリス。これからママたちは日本に転居することになった」
そんな急なことを言い出す。
どうやら人類に脅威を脅かす悪魔神というものが日本に出現したそうだ。
ニホンという国は初めて聞いたが、どうやら私たちの国とは違い能力者も少数でモンスターも出現しない比較的平和な国らしい。
ママは悪魔神の襲撃に備え、能力の発展が未熟の日本で勇者を育成することを決めたという。
私は修行の約束を問い詰める。
ママは日本での手続きや立ち会いで私の修行に費やす時間が取れないとのこと。
私は約束を破ったママが嫌いになりふてくされるようになった。
もうママなんか頼らない。自分の力だけで強くなることを決意する。
日本に移住してからもママは手続きや立ち会いなどで私と過ごす時間は極限まで減っていった。
ほとんど一人での生活が続く。
そんな生活が4年半経過したころだった。
ママが久しぶりに家に帰ってくる。
するとママが「勇者育成機関」に入学することを私に薦めてきた。
そこはママが創立者である話題の専門機関。
だが私は入学を拒否した。
私との約束を破り、生活もほったらかしにしていたのに、そんなときだけ自分の願望を押し付けてくるなんてありえない。
でもママは悪びれる様子もなく、むしろ口角を上げて何かに期待を寄せていそうだった。
ママ曰く、どうやらここで認められれば勇者としての称号を手に入れられることができるのだそう。
今まで時間を費やせなかった分、代わりに勇者になれる場を設けた。
勇者育成機関を卒業できればママと同等、またはそれ以上の勇者になれるはずだと確信を持って言う。全てはアリス次第だと付け加えて。
私は勇者になりたい想いと、独学で学んできた自分の実力を試したい好奇心から言葉に乗せられる。
「あの時、約束を破ってごめん」
ママが謝罪の言葉を口にする。
私は未だに根を持っているためか、そっけない態度でこう返した。
「私は、自分一人の力で伝説の勇者になってみせる」
勇者育成機関には通う。だがママの教えは一切受けないことを遠回しに伝えた。
(娘より仕事を優先するママなどどうでもいい。信じられるのは自分だけだ)



「まさか、アリスにそんな過去があったなんてね。要するに親子喧嘩ということかい」
「いや、ただ私が意地っ張りなだけ。ただそれだけよ……」
楽しみにしていた約束を当日になって反故され、変に意地っ張りな態度を取り続ける子供と同じ。
アリスが全て悪いとは言い切れないが、それでも許してあげられるタイミングはあったはずだ。
「でも、こんな関係で終わるなんて思わなかったな……っ」
アリスの目尻に小粒の涙が浮かび上がる。
その涙は悲しみより悔やみの涙か。
ゼロからアリアの死を告げられた後、どうして許してあげられなかったのだろうという自責。
どんなに悔やんでも、どんなに謝ろうとアリアがここに戻ってくることはもうない。
「後悔とは非常に残酷なものだね。時間は戻せないのに過ぎてからその結果を知らせてくるんだから」
顔をくしゃっとしながら涙を堪えているアリスにゼロは向き合う。
「アリス、君が何故そこまで弱いのか。その根本の原因が分かった気がするよ」
「……?」
「君はアリアという師匠に相応しい存在が身近にいながらそれに頼らなかった。ということは、ここまで独学の自己流で登り詰めたということだろう?」
「そう、ね……」
「ならアリアに代わってワタシがはっきり告げてあげる。––––––アリス、君は勇者を諦めな」
「ッ!?」
「このまま続けても君が成長することはない。仮に目指しても戦死するのがオチだ」
「な、なんであんたにそんなことを言われないといけないのよっ!」
「これはワタシの優しさだ。わざわざ死に急ぐような子をこうやって引き留めているわけだからね」
「う、うるさいうるさいッ! 私は絶対に勇者になる! あんたを殺して、ママの仇を取って、それで! 私はママを超える伝説の勇者になるんだ!!」
「無理だね。君がこのまま道を突き進んだとして、アリアを超える実力が身につくのは早くても20年はかかる。いーや、この際甘く見積もるのはやめよう。––––––一生かけても無理だ」
「ッ……!!」
「人間っていうのは寿命があり、それに伴って老化が進むんだろう? アリアもその影響で動きやキレがなくなっていた。そうばればワタシを殺すどころか、アリアも越えられない。いい加減現実と向き合いなよ」
「……い、いやだ。私は、勇者になるんだ……」
「人生の道は一つじゃない。例えば君なら料理が美味いから料理人とか。他にも結婚して専業主婦として夫を支えていく生き方もあるだろう?」
「…………」
「君はアリアに憧れて勇者を目指した。でも残念なことに、そこには勇者の素質というのもあると思うんだ」
成長が見込めないアリスは、勇者の器じゃないということ。
「君はまだ若い。今なら別の道に進んでも間に合う。これ以上悪いことは言わない。勇者の道は諦めな」
これまでのアリスなら誰になんて言われようと揺らがない芯というものがあった。
しかし今になってその芯は揺らぎつつあり、へし折られそうになる。
ゼロにかすり傷さえ負わせることができない。アリアを超えられる自分を想像できない。
それどころか、松岡ら三人にすら歯が立たない現状。
自分が今どれほどの底辺にいるのか……その現実をようやく思い知らされた。
これまで自分の努力を否定したくなくて、現実から目を逸らしていたのだろう。
けど、もう認めるしかない。


自分が雑魚であるということを……。


「……うぅ、ッ……!」
「泣くほど悔しいのかい?」
「悔しいわよッ!! 一人でここまで頑張ってきたのに、なんの成果も得られない……っ。そんなの、悔しいに決まっている……ッ!」
大粒の涙をこぼしながら地面に拳を打ちつける。
「こんなに周りが強いなんて思わなかった……自分がこんなに弱いなんて思わなかった……!」
アリスは地面に生えている雑草を握り締める。
「強くなりたい……強くなりたいよぉ……っ!」
「……諦めないのかい?」
「……諦めたくないッ。ここで諦めたら、絶対に後悔すると思うから……っ!」
「よく言った」
「––––––え?」
「これだけ現実を見せつけられても折れない心。やっぱり君はアリアの娘だね♪」
「きゅ、急になによ?」
「ちょっと試させてもらった。君の想いが本物なのかをね」
ゼロはアリスの手を握り、無理やり立ち上がらせる。
「君が良ければワタシが師匠になってあげてもいいよ?」
「……何が目的? そんなこと、あんたになんのメリットもないでしょ」
「暇つぶしになる。それがメリットさ」
「……」
「ワタシはね、生きる目的が欲しいのさ。アリアを殺した今、ワタシの生きる目的はなくなっているからね」
「……殺すことしか脳がないの? 生きる目的なら他に探せばいくらでもあるでしょ」
「勘違いしないでおくれ。ワタシは誰これ構わず殺したいわけではない。当時はアリアがワタシのことを殺そうとしてきた。だからワタシの生きる目的がアリアを殺すことにあっただけ」
あくまでも自己防衛。
何もしてこなければ手出しはしないということ。
「そして運命ながらアリアには娘がいることを本人から聞いた。だからアリス、ワタシは元から君に興味がある」
生きる目的は厳密には見つかっていないが、その糸口はアリス自身にあると感じている。
「つまりだ。ワタシは君の師匠になって、君の将来をこの目で見届けたいと思っている」
「……信用できない」
「あれま」
「あんたはママを殺した。それに15年前、東京を半壊させ多くの人々の命を奪った。そんなやつのことを素直にはいと頷くと思う?」
「正直な話、アリアに関してはワタシは自業自得だと思っている。だってそうだろ? 先に手を出してきたのはあっちだ。ワタシは正当防衛として返り討ちにしたに過ぎない」
「先に手を出したのはそっちでしょ!? 東京の件を忘れたとは言わせないわよ!」
「申し訳ないがワタシにそのような記憶はない」
「本気で言っているの? あんたが生まれた瞬間にあれほどの大規模な事件を起こしたのよ!?」
「じゃあ聞くが、君は生まれた直後の記憶を覚えているかい?」
「そ、それは……」
「それと同じさ。ワタシは物心がついたときには日本ではない薄暗い洞窟の中にいた。記憶はそこから始まっている」
「……」
「信用できないならそれでいいさ。話はこれで終わり。これからも一人で頑張りな」
ゼロはそれだけ言い残すと、この場を去って行く。
「待って!」
「……ん?」
「……本当に、強くしてくれるの?」
ゼロは口角を上げる。
「ああ。少なくとも今よりは確実に強くなる。知りたいか?」
「知りたい」
「そういうところは素直なんだね。ツンデレだなぁアリスは」
「……もし嘘だったら、許さないから」
「嘘なんてつかないよ。ワタシにメリットないし」
今のアリスは喉から手が出るほどに強さの秘訣を知りたがっている。そう簡単に拒否するような真似はしない。
ゼロは心の中で扱いやすいなと面白がっていた。
「では教えよう。まずは基本からだ。アリスは『気』については知っているね?」
「当然よ。答えるまでもないわ」
「いや、答えてもらおうか。アリスがちゃんと理解しているのか確かめたいからね」
バイアスに囚われないためにも必要なこと。
アリスは唇を結んで不満気だったがグッと堪え、言われた通りにする。
「……『気』というのは体全体に流れているATPの全体量を指したもの。能力を使用するにはそのATPを必要な分だけ使用する。これでいい?」
「うん。それをスラスラと言える時点でATPの理解については問題なさそうだね」
アリスは当然であるかのように感情を表に出さない。
「そう。ATPとはアデノシンホストリフェイトの頭文字を取ったもので、人間が活動にするのに必要なエネルギー源となるもの。能力者はこのATPを扱えるようになって初めて能力者として覚醒する」
人間の体の隅々まで血液が循環しているように、ATPもまた同様に循環している。
本来血液が流れている感覚を生物が味わうことはないが、ATPだけは少し特殊。
「アリス、君は能力者として覚醒する前はどんなことをしていた?」
アリスが能力者として覚醒するきっかけを与えてくれたのは伝説の勇者ことアリア。
当時の小学生だった頃の記憶を振り返りながら答える。
「まず前提として能力者として覚醒するには体全体に血液が流れているように、ATPもまた同じように流れているのをイメージしろって言われたわ。ATPを白い血液と仮定してね。手先から足先、頭のてっぺんまで隅々まで流れているのを頑なにイメージさせられたわ」
「いいアドバイスだね。さすがアリアだ♪」
「最初はとにかく、ひたすらイメージ練習をやり続けたわ。ママ曰く無意識レベルでやれるぐらいじゃないと効果は出ないって。仮に効果が出たとしても半分意識が削がれている状態じゃ危険を伴うっていうから」
戦闘になれば基本相手のみに意識を集中しなければならない。
そこでATPの流れも同時に意識しているようじゃ戦いに集中できず隙が生じやすい。
能力者がまともに戦えるようになるには無意識レベルでのイメージが必要不可欠。
アリアのアドバイスを受けながら続けた結果、アリスはこうして能力者として覚醒することに成功した。
「覚醒する原理も知っているね?」
「もちろんよ。ATPを無意識にイメージできるようになると突然変異が起こり、覚醒。そして一度覚醒してしまえば能力を使用する際には脳が自動的に必要な分だけATPを用意してくれるようになる。でしょ?」
「イエス♪」
『気』について迷うことなくスラスラと答えたアリスに拍手を送るゼロ。
だがアリスは能力者としてこんなの常識よと言わんばかりに謙虚な姿勢を崩さない。
「ところで、君の潜在能力は氷で間違いないかい?」
「ええ」
そう言うと、アリスは手のひらを上にして一点に集中し出す。
するとそこに手の平サイズの丸い氷塊が創り上げられた。
「なるほど。確かに氷だね」
潜在能力とは本人が宿している能力。
能力者がなんの能力に目覚めたのかはアリスが見せたように手のひらに気を集中させればすぐに分かる。
炎が出現すれば炎使い。木が出現すれば植物使い。精霊が出現すれば精霊使いと判別することができる。
「まさか私の能力も疑っていたわけ?」
「そうじゃない。これは確認だ。ワタシがバイアスに引っかからないためにね」
すでにアリスの弱さの原因を理解しているゼロだ。だがそれでも、他の要因もある可能性も捨てきれないため敢えて基礎から確認していることを説明した。
アリスは渋々とそのことを受け入れる。
「顕在能力は?」
「氷を自由自在に操れることができるわ。形として創り出すことはもちろん、触れたものを凍らすこともね」
「ふむ。さっきの戦い方がその例だね」
顕在能力とは潜在能力を用いて発揮できる能力。
先ほどの一戦のときもアリスは剣や槌、弓にリング状と様々なものを創り出し、さらには地面に触れたものも凍らせていた。
これがアリスの潜在能力『氷結』を用いた顕在能力。
「なるほど。ここまで来るとやはりワタシの予想は当たっていたようだ」
アリスの弱さの原因。
ゼロは確信を持ってそう告げる。
「ここまで『気』、『ATP』、『潜在能力』、『顕在能力』について話してもらった。残り二つ大事なことがあるんだけど、それもご存じかな?」
「……あと二つ?」
「その様子だと知らないみたいだね」
「ええ」
「分かった。詳しく説明するよ。残りの二つ、『型』と『得意系統』についてね」
「型と得意系統……?」
それはママからも教わっていない。
初めて聞いた言葉に思わず前のめりになる。
「まず『型』から説明しようか」
ゼロは地面に落ちていた小枝を拾い、それを鉛筆代わりとして土を削りながら書き出す。
「型は一言で言えば自分に合った戦闘スタイルのこと。型は主に4つある。『屈強型』、『迅速型』、『安定型』、『特殊型』だ」
アリスは地面に書かれた4つのタイプを見て真剣に頭に叩き込んでいる。
「能力者はこのいずれか一つに当てはまる。それぞれの特徴を簡単に説明しよう」
アリスは無言でうなずく。
「まずは『屈強型』。これは力技を得意とし、さらには肉体も頑丈という特徴がある。欠点は機動力が他の型よりも劣るということ」
「あっ」
アリスには思い当たる節があった。
それは試験管のアレックス。
アリスの攻撃が一切通らない頑丈な肉体。そして攻撃の全てを素手で防ぐ力技。
思えば戦い方に動きが見受けられなかったのも自分の戦闘スタイルを理解しているからか。
ゼロの説明を聞いて点と点が繋がる感覚を覚える。
「何か心当たりがあるようだね」
「うん」
試験での出来事をゼロに話す。
「ワタシが実際にこの目で見たわけじゃないから判断はつきにくいが、聞いた限りだと確かに屈強型だろうね」
(やっぱり!)
「説明に戻ろう。次は『迅速型』だ。これは早技を得意とし、人間の足では絶対に捕まえられない素早さが特徴だね。欠点は力が他の型よりも劣るということ」
アリスはここでも思い当たる節があり声を出そうになったが、また話の腰を折らないようにとグッと堪える。
「次は『安定型』。これは屈強型と迅速型を足して2で割ったものをイメージすると分かりやすい。特別力や素早さがずば抜けているわけではないが、どちらもバランスよく備えている。欠点としてはそれこそ他の型に比べて尖った部分がないということだね」
ゼロは続ける。
「最後は『特殊型』。これは字の如くちょっと特殊でね。屈強型や迅速型のように力や速さが秀でているわけでもなければ、安定型のようにバランスというわけでもない」
「それってつまり、ステータスに依存しないってこと?」
「その通り。特殊型はどの型よりもステータスは劣るが、その分能力が他の型に比べて強力というのが特徴。欠点としてはスタミナの消費が激しくバテやすいということだね」
強力な能力を使用すれば比例してATPの消費量は増える。
「型の説明は以上だ。理解できたかな?」
「ええ。どの型にも強みと弱みがあって、それに合わせた戦い方を選ばないといけない。その為にはまず自分の型を知る必要がある、というわけね?」
「君の理解力は素晴らしいね♪」
「それで? 自分の型を知るにはどうしたらいいの?」
「もう答えは出ているよ」
「えっ?」
「君の今持っている氷さ」
それはさっき手の平に創り出した丸い氷塊。
「さっき君の顕在能力を確かめるために創り出したその氷の特徴でその人の型が分かる。能力によって判別の仕方は変わってくるけど基本は一緒さ」
「私はなんの型なの?」
「アリスは安定型だね」
「安定型……」
「型の判別方法にはそれぞれ特徴がある」
ゼロは特徴を書き出す。


・屈強型……形が大きく歪。またそのどちらか。
・迅速型……形が細長く鋭利。またそのどちらか。
・安定型……形が均一で小型。またそのどちらか。
・特殊型……形や大きさとは無関係に浮遊しているか。


「そっか。私の場合は球体で形が均一。そのうえ手の平サイズの小型だから安定型なんだね」
「イエス♪」
「じゃあゼロは何型なの?」
「見てみるかい?」
アリスはコクリとうなずく。
ゼロは手の平を上にして気を集中させる。
するとそこには黒い炎が出現。そしてフワフワと浮いていた。
「炎が浮いてる……ということは特殊型?」
「そ♪」
(ということは、強力な能力使いということね……!)
アリスは恐る恐る聞いてみることに。
「一体どんな能力なの?」
「それについては後回し。そのうち分かるだろうからね」
「?」
ゼロは口元に人差し指を当てウィンクを見せてくる。
まるで後のお楽しみと言っているかのように。
「最後は得意系統だ。能力には様々な系統というものがある。自分自身を強化する『自強化系』。逆に他人を強化する『他強化系』。物や形を創り出す『創造系』。人や動物に命令して動かす『命令系』。人から動物に化けたりする『獣人系』と挙げたらキリがないほどにね」
「じゃあ、私の【氷の剣(アイスソード)】や【氷の槌(アイスハンマー)】は創造系に該当するということね。……あっ」
アリスは松岡ら三人との戦いを思い出す。
「もしかして松岡さんたちの得意系統は獣人系?」
「ピンポーン♪」
「……なるほど。得意系統って言うぐらいだから人にはそれぞれ得意な系統があって、あの三人は獣人系が得意ってことね」
「そう。ここで知っておきたいのは、能力は必ずしも遺伝しないけど型と系統は遺伝するということだね」
「型と系統は遺伝……」
能力が遺伝しないことはなんとなく理解していた。
アリアは炎使い。
アリスは氷使い。
この時点で能力は遺伝と関連性がないことは予想付きすい。
しかし型と系統という概念すら知らなかったアリスにとって、遺伝が関係することは当然初耳で、好奇心がくすぐられる。
「おそらくだけど君が戦ったあの三人は自分の型と得意系統を理解している。でないとあれだけの実力を発揮できるとは思えないからね」
ここまで型と系統の話を聞いたうえで三人との戦いを振り返ってみる。すると確かに三人は自分のスタイルに合った戦い方をしていることに気が付く。
松岡は獣人系の能力を得意としゴリラへと姿を変えた。見た目からしても型は屈強型だろう。戦い方も力技が目立っていた。
小林も同じ獣人系だが彼女はチーターに姿を変えた。こちらに襲いかかってくるとき肉眼で捉えるのが難しいほどに彼女のスピードは凄まじかった。つまり迅速型で間違いない。
伊能も同じく獣人系で彼女はワシへと姿を変えた。あのとき松岡と小林の攻撃に対処するのが精一杯で分析する余裕はなかったが、気配を感じさせず背後を取る攻撃から恐らく彼女も迅速型だろう。攻撃の威力的にも屈強型ではない。安定型ならもう少し攻撃と速さが劣っていてもいい感じだった。
答えを擦り合わせるように独り言を放ちながら分析をしているアリスを見てゼロは薄く笑みを浮かべる。
アリスの導き出した答えはゼロの答えと同じだった。
「……すごい。型と系統が見事にマッチしている。道理で強いわけだ……」
「誰にしも得意不得意がある。それは能力者も同じだ。自分に合っていない戦闘スタイルだと必要以上に体力を消耗するうえ、効果も十分に発揮できない。今のアリスがいい例だ」
「……後付けだけど、私、自分の戦闘スタイルは迅速型の創造系が合っていると思っていた。私には力がないから、その分速さで補おうと思って。創造系を扱っていたのも素手で戦う自信がないからそのためで……。ゼロは、私がそのどちらでもないって言いたいんでしょ?」
「ああ。君は迅速型でも創造系でもない。アリアと正面から交えたワタシには分かる」
アリアと唯一戦を交えたゼロにはアリアの型と系統を理解している。
それはつまり、アリスに合った型と系統も理解しているということ。
ゼロはアリスに人差し指を向けて告げる。
「ズバリ言おう。君の型と系統は––––––『安定型』の『自強化系』だ」
「安定型の自強化系……!」
そう告げられたものの、半分納得の様子のアリス。
「安定型はなんとなく分かるけど、私が自強化系!?」
「納得しきれていない感じだね」
「だって私、自分を強化するよりも武器を使って戦う方が性に合っているし……」
「その思い込みがそもそもの間違いさ。それに自強化系は必ずしも自分自身で戦うとは限らない。それこそ武器を使って強化することもできる。まぁその分ATPの消費量は増えてしまうどね」
思い込みが原因という指摘を受けハッとさせられる。
自分の理想とする戦闘スタイルは速さを軸とした武器による攻撃。
女性だから素手による力勝負では勝てる見込みが少ない。
そこで考えたのが武器を用いたスタイルだった。
素手の力で勝てないのなら武器の力を使えばいい。
殺傷の高い武器なら力が弱い女性でもそれなりのダメージは与えられる。
いつしかそれが自分の極めるべき戦闘スタイルだと思い込むようになり、それを元に鍛錬に励むようになってしまった。
そしてその思い込みこそが全ての弱さの原因。
「ちなみに、自分に合っていない型と系統を極めることはできるの?」
「できない、とは言わないでおく。ただ成長は遅くなるだろうし、何より通常に比べてATPの消費量は倍になると思った方がいい」
「そんなに!?」
「能力の使用にはそれなりの器用さが求められるからね。不得意なことをすればそれだけ力んでしまうし、コントロールが難しくなる。そうなれば必然的にATPの消費量は増え、体力の消耗も激しい」
慣れていない作業をすると変に力んでしまうあの現象と同じ。
(私がすぐにバテるのもそういうことなのね!)
「まぁなかには憧れでその選択をするものもいるらしいがオススメはできない。いつどこで戦闘になるか分からないこのご時世において非効率極まりないからね」
(苦手を克服するよりも得意を成長させていったほうが得られるものも大きいということね。確かに納得だわ)
「気持ちは分からなくもないけどね。なんせ型と系統は遺伝で決まってしまうんだから」
「悪魔神のあんたでも、そんな風に思ったりするの?」
「ワタシは別になんとも思わない。目的を達成した今、自分の強さに酔いしれても虚しいだけだからね」
「…………」
ゼロが一瞬、視線を後ろの方へと向ける。
「【死炎(ヘルファイア)】」
黒炎を創り出したかと思えば、その炎はある対象へと放たれる。
木の裏に潜む黒いフードを被った人影。
気づけば太陽はとっくに沈んでおり、林という環境もあってか辺りは真っ暗に染め上げられていた。
身を潜めるには最適な環境。
そんな暗闇と同化した黒炎に見えづらくて反応できなかった人物は、呆気なく喰らう。
メラメラと燃え続ける不審の人物。
「ちょっとあんた! 何やってんのよ!?」
誰かも分からない相手にいきなり能力をぶつけるゼロを見て咄嗟に叫ぶアリス。
しかしゼロはそれをスルー。
今は謎の人物の正体が気になってそれどころではない。
「コソコソと隠れて盗み聞きとはね。ワタシが気づいていないとでも思った?」
「盗み聞き……?」
まさか自分たちの会話を盗み聞きしている人物がいたとは気づかなかった。
(もしかして、すぐに分かるって言っていたのはこのときのため!?)
黒炎によって両足が焼き尽くされたその人物はバランスを崩し前に倒れる。
「弓!?」
倒れた瞬間、既に弓を放てる準備が整っていたその人物は、一本の弓を引いてゼロに放つ。
しかしゼロはそれを軽々と黒炎で防ぎ、焼き尽くした。
「腕も燃やすか♪」
有無を言わさず腕にも黒炎を付着させ、メラメラと燃やし尽くす。
「安心しな。顔と胴体は残す。君の正体を探らないといけないからね」
ゼロは軽い足取りで近づいていき、頭に被っていたフードに手を伸ばす。
「さて、一体何者かな?」
そのときだ。
謎の人物がパッと消える。
フードも武器も、所持していたもの全てが。
「!?」
「消えた……?」
「……気配も感じないね。瞬間移動でもしたかな?」
「そんな楽観視して大丈夫なの!?」
「ワタシの黒炎は一度でも触れたら対象が燃え尽きるまで燃え続ける。骨もろともね。つまり逃げたところでワタシの黒炎からは逃げられないのさ。絶対にね……♪」
「な、何よ……そのチート能力……っ」
触れたらおしまい。
かすりでさえも死に直結するその強力な能力に思わず鳥肌が立ってしまう。
「単純な話だとね。でももしそこに黒炎の効果を打ち消す能力者がいたら? もしくは物理的にガードしてくれる能力者もそうだね。そういう輩を相手にしたとき、ワタシの黒炎はチートではなくなる」
「……そっか! どんな強力な能力でも、相手の能力次第では効果が発揮できなくなる」
「そ♪ どんなに強力な能力も相手の能力次第で優劣は変わる。戦い方を含めてね」
「……勉強になるわ」
能力に絶対はない。
必ず弱点が存在するということを肝に銘じた。
「でもさっきの人、なんだったんだろう?」
「さぁ。ワタシにだって分からない」
「そうだよね……」
「そんな不安になる必要はないさ。ワタシが付いている。ひとまず今日はここを離れた方がいい。もう暗いし家に帰ろう」
「そうね。……って、さりげなく家に上がろうとしてない?」
「ダメ?」
「……~~~! 分かったわよ! 特別に上がらせてあげる。色々と教えてもらったし、さっきも……助けてもらったし……」
「やった♪ ありがとう。できれば一泊をお願いしたいんだけど」
「……分かったわ。今回だけ特別よ?」
「ホントに!? 嬉しいね♪」
「その代わり、私の言うことはちゃんと守ってもらうわよ? もし勝手なことしたらすぐに追い出すからね?」
「は~い♪」
二人は隣り合わせで暗い林の中を抜けて行った。
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