吸血公ヴェルド侯爵の憂鬱~魔王の生贄となった病弱王子は、魔獣たちを従えて無双する

一ノ瀬 薫

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第76話 アリの智謀

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「先帝は確かに帝国の版図を広げましたが、それで帝国民の生活の豊かになったかと言えば、それは逆です。属国にした国は山がちな辺境、多少の鉱物資源が手に入っても、それくらいで帝国が費やした戦費を賄えるはずはありません。結局は国民への課税で補っていたのです。いい思いをしていたのは、戦争がらみの商人だけでした」
 アリはそういって肩をすくめた。
「貴族たちはどうなんだ」
「貴族の私兵など数も練度も到底帝国軍には敵わないのですから、彼らは皇帝に無理を言われても言いなりになるしかありませんでした。なので、まず私は貴族への課税率を下げました、私を支持することを条件に。それから軍縮と同時に国民への課税方法を変えました。一律課税は廃止し、資産と収入に応じて払わせるようにしました。一律では払える者からしかとれませんし、戦争商人から可能な限り搾り取りたかったので」
 ヴァンはアリの語るのを聞きながら、彼は皇子であった時からずっとこの国の状況を憂いて対策を考えていたことが分かった。

「それですんなり商人らは納税したのか」
「するわけがありませんよ。でも、それは想定内です。役人の綱紀もだいぶ緩んでましたからので、脱税を見つけて告発した者には、脱税者から没収した資産の一割を報奨金として出すと布告しました。これで脱税者とそれに協力していた役人を摘発できました。同時に税収を増やし、役人の首を切って出費が減ったので一石二鳥というわけです」
 これだけのことをしたアリが、今回のユリウスの件をどう考えているのかヴァンはいよいよ知りたくなった。
「全くアリには驚かされるな。で、その才能ある施政者に訊ねるが、今回の特使の件も含めて、ユリウスのことはどう思っているのだ」

「私としてはそれほどの危機は感じておりません。ただ、別の意味で彼には挑まれている気はします。謎を掛けられて、これを解けるかと」
「それで、それは解けているのか」
「半ばまでは。完全に解くには私では役者が劣るのです。そこで閣下にお出ましを願ったわけです」
 わがままを上手く言う、とヴァンはくっくっと笑いを漏らした。
「アリが行っては、向こうは話が違うということになるのだろう」
 アリは肩をすくめた。
「それはそれで面白いのですが、答えを導き出すには閣下のお出ましが必要です。私としてはその方が、この件の解決は早いかと」
 同感だ、とヴァンは言った。

「ロアの件がこんなことになるとは考えもしなかった。いい加減お役御免にしてもらいたいものだ」
「それは私も同じです。まさか殺されると思っていた身の上が皇帝とは思ってもみませんでした。それもこれもすべては閣下の掌の上のことでした」
 はっはっとヴァンは声を上げて笑い、すぐに声を低くして言った。
「それはこっちのセリフだ。では、問う者と答える者の阿吽の呼吸を見せてもらいに行くとするか」
と言ってヴァンは立ち上がると、アリは椅子から降りて跪いた。
「ご面倒をおかけします」
「この使いの駄賃はなかなか高くつくぞ」
 そう言ったヴァンに、アリはニッコリ笑い、承知いたしましたと答えた。
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