浄罪師 ーpresent generationー

弓月下弦

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【伍章】光に向かう蛾と闇に向かう真実

裏切り者

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「柏木…お前…無事だったのか…」

「私があんな屑ヘレティック共に負けるわけないでしょう?」

自信満々でそう言った柏木は鎖を持って構える。

「俺の存在も忘れるなよ、蒼」

ふと、聞き覚えのある声がしたので、慌てて後ろを振り向くとそこには伊吹の姿があった。

「伊吹、お前も…」

伊吹は頬に深い切り傷を負っていたが、他にこれといった深手はなく、戦える状態であった。

「さてと、三人で倒そうか」

指と首からポキポキと音を鳴らしながら、伊吹は拳を握りしめて構えた。

「いいや、拝島が戻ってきたんだ」

何も知らない柏木と伊吹は目を丸くして、

「え?拝島が…」

「使徒として…か?」

「ああ。戻ってきたんだ。あいつは冤罪だ。人殺しなんかしちゃいない」

「皆、今まで迷惑を掛けた」

すると、丁度拝島が真雛と共にやってきた。

「真雛…!生きてたんか!」

伊吹は真雛様を見ると、驚きの声を上げた。

いや、だから真雛様が死んだら全てが終わりだろ、と蒼は心の中で呟いた。

「Sランク使徒4名…これで悪魔化した灯蛾を倒せるはずです」

真雛はそう言うと、4人の前に立って、

「灯蛾…さあ、掛かって来なさい。お前が勝ったら我の心臓を進呈しよう」

「シンゾウ…真雛ノシンゾウ…欲シイ…ホシイヨォ…」

相変わらず奇妙な声で呟いて、羽根を広げながら向かってきた。

灯蛾の動いた後は、体液が糸を引いて、くっきりと筋ができていた。

「よし、こうなったら俺と柏木で足を止めるから、拝島と蒼であいつの弱点を狙え」

伊吹はいつになく冷静に考え、三人に提案した。

「了解、じゃあ足止めは二人に頼んだ」

そして、別れる寸前に蒼は柏木と伊吹にこう言った。

「三百年前みたいに、また4人で戦う日が来るとはな」

蒼が記憶を取り戻したことを知らない柏木は驚いた顔で、

「記憶…戻ったんだ。孤白…」

―孤白。それは蒼の旧名。浄罪師の使徒をやっていた時はそう呼ばれていた。

しかし、まだ記憶を取り戻していない伊吹は、

「お前、俺より先に思い出したのか…」

と、若干悔しそうな表情を見せた。蒼はそんな伊吹の肩に手を置いて、

「そのうちお前も思い出すさ、じゃ、よろしくな」

そう言って、拝島と共に灯蛾に向かって走り出した。

灯蛾は爪を蒼に向けて振り下ろすが、蒼は逆に刀を爪に向けて振りかざし、爪にひびをつけていく。

「浄罪師ノコウケイシャハ…このオレだ…」

どうやら伊吹や柏木も灯蛾の足元に辿り着いたようで、灯蛾の動きが鈍った。右足には柏木が、左足には
伊吹が付き、二人とも素手や武器を使って足止めをしていた。

「ハナレロ…ハナレロ…俺ハ…オマエタチ二ハヨウハナイ…殺ス…コロスゾ…」

足の動きが止まっている隙に、拝島は灯蛾の体に飛び乗り、まず初めに忙しなく動いている羽をその鋭く
尖った弓の鳥打部分を使って根絶させにかかる。

「ハイジマァァァー、殺ス、殺スゾォォオ…」

一枚一枚宙に舞いながら落ちていく羽を見つめながら、蒼は刀を強く持ち、灯蛾の頭部目掛けて登り始め
た。

先程とは違って、揺れが少ない体は登りやすく、あっという間に頭部に辿り着くことが出来た。

「やあ、灯蛾」
大きく見開かれた赤い眼を覗き込んだ蒼は、刀を握り直して、直ぐに眼へと刃を突き刺した…

しかし、突き刺す寸前に灯蛾の爪が刃先を捕らえた。

爪が軋んだ音を立てながら、刃から眼を保護する。

「本当はお前と戦いたくなかった。でも…」

爪のひびが広がりを増していく…崩れるのも時間の問題であろう。

「今のお前は、昔のお前じゃない。一体何があったんだ…」

灯蛾の眼は蒼を捕らえたまま動こうとはしない。

「昔のお前は優秀で、頼りがいがあって、俺たちの憧れだった…」

すると灯蛾の眼からは赤い液体が少しずつ流れ出した。

「なあ、灯蛾。どうして忠告を破った…」

「俺は…俺ハ…俺ハ…俺ハ…俺ハ…俺ハ…オレハ…オレハ…オレハ…」

呼吸が乱れた灯蛾は急に暴れ始めた。激しく揺れる頭部から蒼は振り落とされないように、必死でしがみ
つく…

「ニンゲンなんかシンジラレルカ…裏切っタノは向こうノホウダァアアァ」

次の瞬間、灯蛾の口元から閃光が走り、その後、蒼の体をその光が貫通し、そのまま衝撃によって吹き飛
ばされた。

「っ……」

地面に思いっきり叩いつけられた蒼の背中に激痛が走った。

周りにいた柏木や伊吹、拝島も灯蛾から発せられた波動によって、吹き飛ばされた。

「殺しておけば、あの時…コロシテオケバヨカッタンダ…」

灯蛾は月の無い新月の夜空を見上げ、慟哭し始めた。

その大声は、周囲に響き渡り、蒼たちは鼓膜が割れないように急いで耳を塞ぐ。

「俺が悪かった…ワルカッタ…ユルシテクレ…」
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