私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
85 / 237
第5章「正義の履き違え」

82話

しおりを挟む


私と殿下の間に、再び重い沈黙が流れる。
それを先に破ったのは殿下だ。


「…お前は聖母にでもなったつもりか。」
「そんなつもりは…」
「お前のそういう所、本当嫌い。」


嫌い。
そう言いながらも彼の腕は、私に縋りついている。


「そんなんだから、変なのに付け込まれるんだよ。
「…。」


変なの、とはアルベルト様のことを言っているのだろうか。

殿下は深いため息をついた。


「…なんか、どっか遠い所に行きてーな。」
「…殿下…」
「例えば、デューデン国とかどうだ?あったかいし、海もある。お前、魚好きだろ?毎日新鮮魚の食べ放題だ。」
「それは…」


彼は私の言葉を遮り、話しを続ける。


「こんな寒くてなんも無い国なんか捨ててさ、新しい国で嫌なこと全部忘れて暮らせたら…幸せだろうな。」
「…。」
「お前もそう思うだろ?」


正直、とても魅力的だ。誰しも1度は夢にみることだろう。こちらの芝生が澱んでいればいるほど、隣の芝生はより一層青く見えるものだ。だが、


「それは…許されないことです。」


彼の言っていることは、所詮夢物語に過ぎない。現実はそう甘くはないのだ。それは、彼も重々理解しているはず。

それに、国が悪いのではない。これは、人間同士が招いた悲劇なのだ。根本を解決しなければ、同じことの繰り返し。また苦しむだけ。

殿下は乾いた笑い声を上げた。


「誰が許さないんだ?」
「…民衆が許しません。」
「馬鹿だな。アルベルトのように魔法で全員の記憶を消してしまえばいい。」
「…。」


皇族が持つ〝青の魔力〟なら、それが可能なのだろう。神からの加護と謳われているほどの偉大な力なのだから。
そう、神。
神は全てを見ている。


「民衆を騙せても、神様までは騙せません。」
「神なんて居るわけがないだろ。」
「え、」


吐き捨てるように言った殿下に、目を見張る。

ノルデン帝国には、数百年に一度に神に愛された聖女が現れるという言い伝えがある。そのため、神に対する信仰心は他の国と比べてると極めて高い。
そして、実際に私たちの目の前に聖女は現れている。神の存在は明確だ。


「本当に神がいるなら、俺にアルベルトの容姿なんかを与えなかったはずだ。」


彼の悲痛な呟きに、心を締めつけられるような息苦しさを感じた。


「日に日にアイツに似ていくこの顔が気持ち悪くて、気が狂いそうだった。何度も、何度も顔を剥がそうとしたけどよ、この忌々しい血のせいで綺麗に戻っちまう。」


彼の顔には、傷一つ残っていなかったはずだ。すべて青の魔力による治癒能力が働いた結果なのだろう。

幼い子供が自身の顔を剥がそうとするだなんて、尋常ではない。想像以上の痛みを伴ったはずだ。それでも、彼は何度も剥がそうとした。何度も、何度も、何度も。痛みに弱い、小さな子供が。
その時の彼を想い、泣きそうになった。だが私に、そんな資格なんてない。


「奇跡の魔力とか神からの加護とか言われてるけどな、俺から見たら呪いだ。この魔力のせいで、俺は一生この顔と付き合っていかないとならない。…地獄だ。」
「…。」


なにか、なにかを言わなければ。
そう思えば思うほど、脳が麻痺し頭には何も浮かばない。

私が弱っている時、いつも彼は私に言葉をくれた。その言葉は、私の心を軽くしてくれた。私も、そうしてあげたいのに…。

あぁ、不甲斐ない自分が嫌になる。
いや、自分の不甲斐なさに嘆くよりも、彼のことを考えろ。考えろ、考えろ…

自分のことだけを考えるのは、もう、やめろ。


「けど、この顔のおかげでお前を見つけることができた。」
「…、」
「どうしようもない地獄でも、お前が居てくれれば…」


彼は途中で言葉を切る。その言葉の続きを待っていると、規則正しい穏やかな寝息が聞こえてきた。
…どうやら、寝てしまったようだ。

彼は魔力切れと言っていた。その上、最近は年末の政務に追われており、疲れ果てているはず。睡眠も十分にとれていないのだろう。


「…、」


…結局、彼に何も言えなかった。
だが、それに安堵している自分がいるのに気付き、吐き気がした。なんて、狡い人間なのだろう。
そして、そんなどうしようもない自分に縋ってくれる彼を想い、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

幼い彼が、全ての元凶であろうアルベルト様を殺せば楽になると思い込んでしまったのは、容易に想像できる。そう思い込まなければ、自我を保てなかった。
絶望の中で、人は何かに光を見出さなければ生きていけない。私もかつては、そうだった。アルベルト様という光に縋りつかないと、生きていけなかった。

この負の依存の連鎖が、こうして300年後も続いてしまっている。間違いないなく、殿下は1番の被害者だ。そして、加害者は、300年前の人間。もちろん、私も含まれている。彼にモニカの記憶がなければ、彼はこんなにも歪むことはなかった。

そんな300年前の人間である私が、彼に正義を語るなど、烏滸がましいことかもしれない。それでも…


「何の罪のない貴方手を、汚したくない。」


私のお腹に顔をうずめたままの彼の背中を、そっと撫でる。
指先に伝わるのは、人間の温かさ。


―きっと綺麗事を言うなと、貴方は怒るでしょうね。


彼に対する、この気持ちはなんだろう。
子供のように私に縋り付く彼を見て、ひどく庇護欲が掻き立てられる。ほおっておけない。
少し、聖女ベティに向けているのと似ている気がする。


「…。」


貴方の為に、私は何ができるのだろう。

































《おまけ》

お題『エリザちゃんを褒めて下さい。』


テオ様「おっぱいデカい!(最上級の褒め言葉)」

聖女ベティ「お優しくて、上品で、気高くて、肌が綺麗で、いい香りがして、姿勢が綺麗で、ピアノがお上手で、食べ方が綺麗で、チョコレートが好きなところは可愛くて、耳に馴染むような少し低めな声は最高で、栗色の髪でふわふわで美味しそうで、本物の宝石のようなエメラルドの瞳は神秘的で……ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ(無限)」

ユリウス「生きているだけで偉いですよ、姉上。」
しおりを挟む
感想 473

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞
恋愛
「おいで」と優しく差し伸べられた手をとってしまったのが、そもそもの間違いだった。 何故、あのときの私は、それに縋ってしまったのか。 生まれ変わった今、再びあの男と対峙し、後悔と共に苦い思い出が蘇った。 「我が番よ、どうかこの手を取ってほしい」 過去とまったく同じ台詞、まったく同じ、焦がれるような表情。 まるであのときまで遡ったようだと錯覚させられるほどに。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...