私は貴方を許さない

白湯子

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第11章

215話

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傍観者side


「全ての始まりは、”無”だった。
時間も空間も、光も音も、まだ名を持たぬ概念としてすら存在しない。限りない虚無。

だが、ある瞬間、永遠の沈黙の果てだったのか、一瞬のひらめきだったのか。
虚無の静寂を引き裂くように、ひとつの大爆発が起きた。
それは、音なき轟音。形なき光。
原初の叫びとも言えるその爆発は、朕たちの頭上に広がる無限の闇を生み出した。

そして、無限の闇には、爆発の余波によって飛び散った塵やガスが漂い始める。
冷たく、静かに、だが確かに渦を巻きながら。
それこそが、世界の原型。星々の種、銀河の胎動だった。

人は天地創造を神話で語ろうとする。
だが、事実はもっと冷たく、無慈悲で、そして無機質だ。
世界の始まりに神などいない。祈りも意志もない。
そこにあったのは、ただひたすらな混沌と、名もなき物質のみ。

やがて、虚空に漂っていたガスと塵が、ゆっくりと引き寄せ合い、ひとつの巨大な火の玉となって燃え上がる―――太陽が誕生した。
その周囲では、数多の星の欠片が生まれ、引力と衝突を繰り返しながら、またひとつの大きな星が生成させる。
それこそが、君が住んでいた世界だ。

世界は、無限の暗闇に包まれた空間の片隅で、静かに目を覚ました。
ただ燃え、ただ回るだけの星々とは異なり、世界は自らを「存在」として認識した。
世界は、この無機質な空間において、“自我”を宿した最初の生物だったのだ。

目覚めた世界は、何億年ものあいだ闇の中を漂い続けた。
そんな世界が初めて抱いた感情は「寂しさ」であった。
先に生まれた太陽も、星々も、自我を持たない。
語ることも、寄り添うこともない。
ただ遠くで光るばかりで、近づいたかと思えば、すぐに遠ざかっていく。
生まれたばかりの世界は、ひどく、ひどく孤独だった。

その寂しさを埋めるために、世界は、自らの内に“何か”を創り出そうとした。
しかし当時の世界は、あまりにも荒れ果てていた。
隕石が雨のように降り注ぎ、地表は灼熱のマグマに覆われていた。
創り出したものは、次々に焼かれ、砕かれ、跡形もなく消えていく。
世界の寂しさは募るばかり。

ある時、世界は気付く。
今の状態で創造しても、壊れていく一方だ、と。
こうして世界は、自分自身を変えようと決心した。
破壊ではなく、創造のために。孤独ではなく、出会いのために。

世界は大量の雨を降らせて熱を鎮め、噴き上がる炎の海に大地を築き、やがて海を湛えた。
林檎のように赤く燃えていた世界は、ゆっくりとその色を変えていく。
青く、澄み切った、静かな姿へと。
自身の姿を見下ろして、世界は初めて、こう感じた——

「この空間で最も美しい。」

変化した世界は、ついに生命を創り出した。
最初は微細なものから始まり、やがて大地を駆け、海を泳ぎ、空を舞う、あらゆる生き物が生まれていった。
生命は増え、進化し、大地は賑わいに満ちた。

だが、世界は創りすぎた。
溢れる命を、世界ひとりでは管理しきれなくなっていたのだ
手が届かぬ隅々で気候は乱れ、環境は荒れ、多くの命が滅びていった。
自らが生み出した命が、自らの中で消えてゆく。
それは、想像以上に、ひどく、悲しいことだった。

そして、世界は考えた。
自分と共に生命を見守る「管理者」―――すなわち“神”が必要だと。

こうして世界の願いと共に生まれたのが、君も知っている「神蟲」だった。
世界と同じ色を持つ、最初の神。
しかし、神蟲は世界の期待に応えなかった。
命を管理するどころか、生き物に関心を示さず、ただ本能と反射のままに動くばかり。
与えられた力も使うことなく、やがて世界はその存在さえもを見失ってしまった。

失望した世界は、次に「感情」を持つ神を創った。
今度は決して見失わないよう、この世には存在しない鮮やかな色を持たせて。
その神は世界を“お母サン”と呼び、世界の関心を求めた。
だがそれは独占的な執着へと変わり、他の生命を嫉妬し、破壊し始めた。
管理者であるはずの存在は、やがて破壊者と化してしまったのだ。

諦めきれない世界は、三度目の神を創った。
今度与えたのは「知能」だ。
計画し、学び、調和を目指す神。
だが、それもまた失敗だった。
知能あるその神はあまりにも脆く、他の生物に倒され、個体で増えることもできず、寿命は短かった。
その神こそ、世界が最後に創った神の失敗作―――「人間」だった。

しかし、人間は他の神々とは異なるものを持っていた。

それは、「愛」。

無からあらゆるものを生み出せる世界が、唯一生み出せないもの。

―――美しい。

その瞬間、世界は初めて産声を上げたのだ。

愛を知った世界は、人間を見守ることが楽しくなった。
彼らの小さな営み、ささやかな感情のやりとりが、永遠に近い世界の孤独を、少しずつ癒してくれたのだった。

だが――

人間は、争い始めた。

かつては手を取り合っていた者同士が、知能ゆえに、より多くを欲し、より強く在ろうとし、やがて対立するようになっていったのだ。
あの、美しいと思った「愛」ですら、今や争いの火種となり、嫉妬や憎しみに姿を変えて燃え上がっている。

そして、あろうことか——
人間は、世界そのものを壊し始めた。

世界が誇りにしていた森は焼かれ、かつて自分の一部だった無数の生物は絶滅し、澄んでいた海は汚れ、空には悲しみの灰が漂う。
あの青く美しかった自分の姿は、いつの間にか、鈍く濁り、色を失いはじめていた。

ふと気づけば、人間はあまりにも増えすぎていた。
もはや、世界の意志だけでは彼らを制御することなど叶わない。
かつて“神”として創ったはずの存在が、今では自分すら脅かしている。

世界は、静かに、そして深く、絶望し、諦めた。

人間に、可能性を見出すことを。

彼らに、意味を求めることを。

……もう、いい。

ああ、そうだ。

一度、すべてを——


























無に還そう。























◈◈◈◈◈


一方そのころ、世界の片隅では。

麦わら帽子をかぶった一人の青年が、枝に手を伸ばし、赤く色づいた林檎をひとつひとつ、まるで宝石でも扱うように、丁寧に籠の中へと収めていた。

そこは、丘の上に広がるのどかな林檎園。
夏の名残を運ぶ風が枝葉を揺らし、陽光に透けた果実が、まるで琥珀のようにきらめいている。

それは、彼にとって変わらぬ日常。
ごくありふれた、静かで穏やかな一日だった。


「ユリウスー!」


元気な声が、丘の下から響いた。
声のする方へを向けた青年――ユリウスは、額の汗を拭いながら、麦わら帽子を軽く持ち上げた。

視線の先には、ふくよかな体格の友人が大きな籠を抱え、やや息を切らしながら丘を登ってきていた。


「こっちの収穫は終わったぞ。」
「ありがとう、ヤーコプ。君のおかげで、なんとか間に合いそうだ。」
「妹さんの結婚式、来週だもんな。」
「あぁ。もし遅れたら……また“あの口調”で叱られるに決まってる。」


二人は思わず顔を見合わせ、声を立てて笑った。
その笑い声は風に溶け、林檎の葉をさらさらと揺らしていく。

ユリウスは、両親と妹の四人で小さな林檎農園を営んでいた。
決して裕福ではなかったが、神に感謝しながら四季折々の果実に囲まれ、家族と友人の温もりに満ちた暮らしは、彼にとってかけがえのない日々だった。










だが――

この平凡で愛おしい毎日が

まもなく崩れ落ちることを

ユリウスはまだ知らない。

ユリウスだけではない。

既に世界が人間を見限っているという真実を
  
誰ひとりとして

知らないのだ。」


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