ピエロと伯爵令嬢

白湯子

文字の大きさ
26 / 30

落ちた先に見えるもの

しおりを挟む




どこからか御婦人方の甲高い悲鳴が聞こえる。
訳もわからず落ちている私には柵が外れ落下しているなど、分かる筈がない。
まず、落ちている理由よりも強い既視感を感じていた。
全身に風圧がかかる感覚、風を切る音、私は知っている。
前にも同じ体験をしていたのだ。
過去の記憶が稲妻のように私の脳裏に落ちてきた。

柵の向こうには私の名前を呼ぶ小さな男の子。
私はピアノを弾くのを辞め、窓に駆け寄る。
ピアノの感想を聞きたくて興奮気味に窓から身を乗り出す。

ねぇ、私のピアノのどうだった?
聞いていたのでしょう?
え?危ない?
大丈夫よっ!
ねぇ、それよりも私のピアノ

手が滑り、小さな身体が前へと傾く。

どうだった?

私の言葉は最後まで伝えることは出来ず、身体は下へと落ちてゆく。
鼻先に薔薇の香りを掠めた。
好きなお外の香り。
それは、貴方の香り。

「チェルシー!!」

呑気なことを考えていると男の子の声が聞こえた。
もはや下か上かもわからず、男の子の名前を呼ぼうとした。
―瞬間、私の身体に衝撃が走る。
そして、やってくるであろう痛みに身を固くするが、不思議なことに痛みは何時までたってもやってこない。
恐る恐る手を動かせば、指先に何やら生暖かい水の感触を感じた。
目を開け、自身の指先を見れば薔薇色に染まっている。
それは何だろうか。
その答えはすぐ知ることになる。

身体の下に男の子が寝ていることに気付いた。
どうしたの?
身を揺らせば、男の子身体から薔薇色の液体が次から次へと溢れ出す。
ツンとした鉄の匂いが鼻腔に突き刺さった。
…血だ。
私の手を染めたのも男の子の血だ。
私のせいで男の子が…。
事の重大さを理解した途端、私の身体は一気に冷たくなり、震えだす。
あぁ、どうして!
落ちたのは私なのに何故貴方が傷付くの!?
貴方が居なくなってしまったら私は、きっと生きていけない!

私の目からは涙が溢れ落ち、次々と後悔の波が押し寄せる。
私が身を乗り出さなければ、私が男の子の忠告を聞いていれば、私がそもそもピアノなんて弾いていなかったら…っ!

「チェルシー?チェルシーっ!?」

私の部屋から私を探す兄の声が聞こえる。
私は無我夢中で兄を呼んだ。

「兄さん、兄さんっ!!助けて!」

ごめんなさい、ごめんなさい!謝るから止まって。
私の身勝手な祈りなど届く訳もなく、溢れ出す血液は絶えず私の手を赤く染め上げてゆく。

駆けつける兄や使用人達を見つけると、私の意識は途切れた。

…逃げたのだ。

男の子を傷付けた罪から目を背けたのだ。
馬鹿な私。
守ってくれたことも忘れてしまうなんて。
本当に馬鹿。
ほら、またそうやって私の名前を呼ぶ。
呼ぶ価値なんて無いのにね。

あの時とは違う衝撃が私の身体にかかる。
昔と何が違うか、あの嫌な感触がないところ、体全体が暖かいところ、しっかりとした手を感じられるところ。
そして、今にも泣きそうに歪んでいる顔が見えるところ…。
やっと思い出せた。
やっと、会えた。

「相変わらず、泣き虫ね。」

頬を撫でれば指先から彼の暖かさが伝わってくる。
うん、大丈夫。
もう忘れない。

私は心から安堵し、目を閉じた。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢

かずえ
恋愛
第一王子は、常に毒を盛られ、すっかり生きることに疲れていた。子爵令嬢は目が悪く、日常生活にも支障が出るほどであったが、育児放棄され、とにかく日々を送ることに必死だった。 12歳で出会った二人は、大人になることを目標に、協力しあう契約を交わす。

【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい
恋愛
魔物を討伐し国を救った若き魔術師アリア・フェルディナンド。 国王から「望むものを何でも与える」と言われた彼女が選んだ褒美は―― 「国一番の美男子を、夫にください」 という前代未聞のひと言だった。 急遽開かれた婿候補サロンで、アリアが一目で心を奪われたのは、 “夜の街の帝王”と呼ばれる美貌の青年ルシアン・クロード。 女たらし、金遣いが荒い、家の恥―― そんな悪評だらけの彼を、アリアは迷わず指名する。 「顔が好きだからです」 直球すぎる理由に戸惑うルシアン。 だが彼には、誰にも言えない孤独と過去があった。 これは、 顔だけで選んだはずの英雄と、 誰にも本気で愛されたことのない美貌の青年が、 “契約婚”から始める恋の物語。

政略結婚の指南書

編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】 貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。 母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。 愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。 屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。 惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。 戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい…… ※R15は保険です ※別サイトにも掲載しています

【完結済】獅子姫と七人の騎士〜婚約破棄のうえ追放された公爵令嬢は戦場でも社交界でも無双するが恋愛には鈍感な件〜

鈴木 桜
恋愛
強く賢く、美しい。絵に描いたように完璧な公爵令嬢は、婚約者の王太子によって追放されてしまいます。 しかし…… 「誰にも踏み躙られない。誰にも蔑ろにされない。私は、私として尊重されて生きたい」 追放されたが故に、彼女は最強の令嬢に成長していくのです。 さて。この最強の公爵令嬢には一つだけ欠点がありました。 それが『恋愛には鈍感である』ということ。 彼女に思いを寄せる男たちのアプローチを、ことごとくスルーして……。 一癖も二癖もある七人の騎士たちの、必死のアプローチの行方は……? 追放された『哀れな公爵令嬢』は、いかにして『帝国の英雄』にまで上り詰めるのか……? どんなアプローチも全く効果なし!鈍感だけど最強の令嬢と騎士たちの英雄譚! どうぞ、お楽しみください!

ストーカーはもうしません!

エヌ
恋愛
ス、トー...カー? 自分の行為がストーカーかもしれないと気づき自重する令嬢と無表情無反応されるがままとみせかけたヤンデレ令息のお話。

虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。 その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。 敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。 言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。

処理中です...