狂い狂って狂わせて

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――5月10日 自宅
へんてこな着信音が、暗い部屋に響き渡る。
憂欝な気持ちで携帯を手に取り、電話に出る。

「もしもし」

『くーちゃん?』

聞きなれた幼馴染みの声だった。
男にしては高いけど、決して女性そのものではない絶妙な声。
電話越しのその声が、震えているのが分かった。

『あのね、オレね……』

「…………」

『今から……』

『…………死ぬ』

「…………すぐ行くから、ちょっと待ってろ」

『…………今、家』

「分かった」



俺の家からあいつの家まで、ほんの数分の距離を、全力で走った。
時刻は深夜0時。
当然ながら外には俺以外、人は見当たらない。
インターフォンを鳴らさず、いきなり玄関を開けて、
一目散に風呂場へ駆けつける。

「浬!」

「くーちゃん……」

――音無 浬(おとなし かいり)。
俺の家の近所に住む、中学三年生の少年だ。
こいつの事は、小学校へ入る前から知っている。
いわゆる幼馴染みというヤツだが、年が離れている為か、友達というよりは弟のように思っている。
俺の事(本名は空也(くうや)だ)をくーちゃんなんて呼んできて、可愛い奴なのだが、少々問題がある。


「大丈夫か」

「あ、うん。くーちゃんが来てくれたから、大丈夫」

「大丈夫じゃないだろ」


――浬は、とにかく狂っている。
浬の手首からは、生々しい傷口から鮮血が溢れだしていた。
脂肪が見えるほどぱっくりと割れた、綺麗な白い肌。
浴槽に溜められたお湯は、ほんのりと赤く染まっている。

「ほら」

俺は浬の腕を掴んで、シャワーを捻る。
冷たい水を乱暴にぶっ掛けて、血を洗い流した。

「いたっ……痛いよ……」

「病院行ったほうがいいかもしれねぇな」

「別に、平気。大袈裟だよ」

「血が止まらん」

「そうだね」

吐きかけた溜め息を、ぐっと飲み込んで押し殺す。
浬は日常的にリストカットを続けている。
最早習慣と化したこの行為には、何か意味があるのか。

浬は、親の居ない夜には必ずと言っていいほど毎回「今から死ぬ」と俺に電話をしてくる。
死ぬ、というのが、本気でない事は分かっている。
こいつは、ただ寂しいだけなのだ。
死にたいわけじゃない。
そう電話して、手首を切って待っていれば五分もしないうちに俺が来る。
俺が来て、心配して、甘やかして貰える。
それら全てを分かっていて来てしまう俺は、駄目な大人なのだろうか。
だけど正解が分からない。
「死ぬ」と言ったこいつをほったらかして、何もしないのが正しいとは思えない。
突き離す事も、叱る事も、正しいと思えない。
それなら俺は、こいつの側に居て、我儘を聞いてやりたいと思うんだ。
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