狂い狂って狂わせて

3

結局、浬に会わずに帰って来てしまった。
本当にこれで良かったのだろうか。
正解が分からなくてもやもやする。

「！？」

再びＳＮＳをチェックする作業に戻っていたら、インターフォンが鳴った。
今、家には俺しかいない。
連続で何回も音が鳴っている。

こんな風にインターフォンを連打するのは、浬しか居ない。
無視するわけにはいかない。


「空也」

「浬……」

「なんでウチ来たんだよッ！？」

浬が血相を変えて叫ぶ。
今家に居るのが、俺一人で良かった。
心底そう思った。

「オレ、また怒られたじゃん！！空也のせいだよ！！」

「悪かったよ」

「バッカじゃないの！？
　なんでもっとよくオレの事考えてくれないの！？」

――考えてるよ。
俺はいつも浬の事で頭がいっぱいだ。

大学で授業を受けている時も、バイトをしている時も、友達と遊んでいる時も、
いつもいつも、お前の事ばかり考えてる。
だけど正解が、分からないんだよ。

「何黙ってんだよ！ムカツク！大嫌いだ！
　死ねばいいのに！！」

「…………ごめん」

「悪かったとかごめんとか、謝って済まされると思ってんの！？
　オレ、空也のそういう所が嫌なんだよ！超うざい！」


――じゃあどうすればいいんだよ。
こうやって理不尽に怒られるのは、いつもの事だった。
もう慣れてしまって、怒りよりも呆れが勝る。


「黙ってんじゃねーよ！　オレ、また殴られた！！
　もう空也に電話するなって言われて、
　やだって言ったら殴られたんだ！だから空也のせいだ！
　母さんはオレより空也の方が大切なんだ！
　むかつく！母さんも空也も大嫌いだ！！」

頬を思いっきり引っ叩かれる。
これもいつもの事だ。
痩せ型で力もない浬のビンタなんか、別にそこまで痛くない。
だからそんなに気にしていない。


「なんで！どうして皆、オレの事をいじめるんだよ！
　なんで誰もオレの味方をしてくれないの！？
　オレはただ、普通に生きたいだけなのに！！」

「…………っ」

浬が泣き叫びながら俺を蹴り、殴る。

抵抗する気は一切ない。
怖くて抵抗出来ないとか、そんな女々しい事ではない。
非力な浬の暴力なんか痛くない。俺は大丈夫だ。
浬が俺に暴力を振るう事で、一時的にでも楽になるのならそれでいいんだ。
こいつが感じている寂しさと不安が、暴力で誤魔化せるのならいくらでも俺を傷めつければいい。

「はぁ……はぁ……あ……あぁ……オレ……」

俺を殴り続けていた浬の手が、ふいにピタリと止まる。


「……あ……ご、ごめんね……」

ひりひりと痛む頬に、浬の細い指が優しく添えられる。
腫れて熱を帯びたそこに、ひんやりと冷たい浬の手が当てられて、気持ちいい。


「くーちゃん……ごめんなさい……」

「大丈夫だ」

「ごめんね、ごめんね……」

頬を撫でていた手が背中に回され、強く抱きしめられる。
そんな浬の細い体を、優しく抱きしめ返した。
浬は理不尽に怒り狂って暴力を振るったあと、決まって泣いて謝る。
こうやって弱い部分を見せられたら、俺は何も言えなくなってしまう。
ただ「守ってやりたい」という庇護欲と、「支えてやらなければ」という使命感のようなものが湧いてくる。


「オレの事、嫌いになった……？」

「なるわけないだろ。俺は浬が好きだよ」

「ほんと……？」

「本当だよ」

「じゃ…………キス、しよ」


浬の頬に手を当てて、顔を近づける。
柔らかい唇に噛み付いて、お互いの熱を確かめあった。
そのまま浬に押し倒されて、滅茶苦茶に身体を求められる。
年下に好き勝手にされて情けないという思いはあるが、抵抗する気は更々ない。
だって俺は、浬の事が好きだから。
理不尽に怒られて、滅茶苦茶に犯されても、それでも好きなんだ。
愛しいと思うんだ。
それに、この行為も毎回の事だ。
浬は同性愛者で、昔から年上の男ばかりを好きになる。
知らない中年男性と浬が一緒に歩いているのを、何度も目にしている。
おそらくＳＮＳで知り合った男なのだろう。
その男達と浬が何をしているのか、それを考えるだけで胸が苦しくなった。
浬を心配する気持ちと、
所詮は俺もその何人もいる男の中の一人でしかないのか、という嫉妬にも似た感情。
それらがごちゃ混ぜになって、頭が混乱する。