妹に悪役令嬢にされて隣国の聖女になりました

りんりん

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36、ミセススパイス

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「きっと王子様は首を長くして待っているはずじゃ」

 スパイスさんはある部屋の扉の前で足を止めると、手を頭上にのばして必死にノブを回す。

 小男のスパイスさんにとっては扉を開くのも一苦労のようだ。

「おジョーちゃん。
 この扉の奥にレストランSがある」

 やっと扉が開くとスパイスさんが私を誘導する。

「スパイスさんがお先に行ってください」
 
「残念ながら、レストランSには出禁になっている。
 支配人のババアがワシの口が軽すぎるって理由でそう決めた」

 スパイスさんは不満そうにプウッと頬をふくらませた。

「ここからはおジョーが1人で行くしかないんじゃよ。さいなら」
 
 胸の前で開いた両手を左右にふったスパイスさんの姿が、だんたんと透明になってゆく。

「スパイスさん、ババアって人はまさかおぞましい魔物じゃないでしょね」

 スパイスさんは口をパクパクさせて何か言っていたけれど、声にならない。

 そして、ついにシャボン玉のように消えてしまった。

「しかたない」

 1人で先へ進んで行ったものの、そこはただの物置のようだった。

 部屋のあちこにに大小の不要物が乱雑に置かれている。

「どう見てもレストランなんかじゃないよね。 おかしいわ」

 首を傾けていたら、物置の奥の方からフラン様の声がする。

 キョロキョロあたりを見回していたら、入ってきた扉と反対側の扉がバタリと開く。

「ようこそ、レストランSへ。
 見習いシェフのフランでございます」

 開いた扉の先で、黒いエプロンをつけたフラン様がやわらかい目で笑っていた。

 エメラルドの瞳にブロンドの髪。 

「今日は黒髪じゃないんですね」

「ひょっとして黒髪の方が良かった?」

「そんな事ないです」

 私は激しく首を左右にふる。

 どっちも素敵すぎます!って、心で叫びながら。

「君は初めて出会った時と全然ちがうね。  
 とても可愛い女の子になってる。
 今日はとても君をハリス君なんて呼べそうにない。
 なんて呼べばいいのかな」

 フラン様の頬が少し赤い。

 私の方は真っ赤だけれど。

 こんな顔をフラン様に見られるのは恥ずかしい。

「じゃあ。アイリーンって呼んでください」

「わかった。アイリーン。
 アイリーンってとても可愛い名前だね。
 君にぴったりなのに、どうしてハリスなんて名のっていたの?」

「そ、それは。
 話せば長くなるんでやめておきます」

 真向かいに立っているフラン様に、ショボンと頭をたれて細い声をだす。

「ごめんね。
 たちいった事を聞いてしまって。
 でも、僕はアイリーンの事をなんでも知っていたいんだ。
 どうしてかな」

 フラン様はそう言うと私の髪を一束つまんで、自分の長い指先にまいてゆく。 

 こんな事をされたら身体に悪すぎます。

 立っていられないぐらい、心臓がバクバクしているし。

「い、いけなくなんかないです」

 声を絞りだした時だった。

「王子様。
 もしこの子が敵のスパイだったらどうしますか。 
 王子様は難しい立場なのですから、よく知らない者に心を許すのはおやめください」

 厳しい女の人の声が耳に届いた。

「ミセススパイス。
 この子だけは信じたいんだ」

 そう言ってフラン様が振り返った方に視線を移せば、ステーキを焼く大きな鉄板が目にとびこんでくる。

「王子様はすっかりそのピンクスパイにはめられているのですね」

 鉄板の上に立った赤いハイヒールをはいた小さな女の人が、刺すような視線を私にむけた。

「アイリーン、気を悪くしないで。
 彼女はね。レストランSの支配人でスパイスさんの奥さんなんだ。
 とってもいい精霊なんだけど、僕の事には神経質すぎるんだ。
 スパイスさんのレストランへの出入りを禁止したほどにね」

 そう言うとフラン様は私にむかって、可笑しそうに片目をつぶる。

「ミセススパイス。
 僕がアイリーンと最初に出会った時は、彼女は少年の姿だったんだ。
 だから絶対ピンクスパイじゃない」

「それじゃ色仕掛けではなさそうですわ。 
 けど、少年のフリをしてフラン様に近よるなんて、それはそれで怪しいです。
 やはりお気をつけくださいませ」

 ミセススパイスさんは、両耳にぶらさげたキノコ型のイヤリングをふるわせながら、首を左右にふる。

「よく見ればこの子って、少しも色気がございませんね。
 ま、これじゃピンクスパイはしたくてもできませんことよ」

 失礼な言葉に一瞬ムッとしたものの、すぐに吹き出してしまった。






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