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7 王家の朝 〜胸の高鳴りは止まず〜
しおりを挟む第一王女の輿入れ前祝会から一夜明けたエシモワ王国フィーロイナー宮殿の最奥殿とも呼ばれる寝殿は、王族の完全なる私的空間である。
王家直系の居室だけではなく、当代王から三親等までの王族が宿泊する客室、食堂(用途毎に三室)、喫茶室(も同じく三)、図書室、娯楽遊技場、舞踏室、武道場、治療室、サンルーム、温室、中庭など、アイスワーレ王家の安寧と教育と健康の為に作られた場所だ。
前夜の就寝が公務で遅くなろうと、アーナルヤはいつもと同じ時間に起こされ、洗面、着替えを済ませる。
そして、いつもと同じ時間に朝食を摂る為に、居室から食堂に移動した。
「お早う御座います」
食堂の入り口に立つ近衛兵から声をかけられ、誰が見ても分かるようにゆっくり頷けば、ドアが開かれる。
当代王の家族のみが使用する食堂は、それほど広くはない。
エシモワ王国は一夫一婦制であり、例え王家でも側妃や側室、愛妾などといった女性は認められておらず、その為、利用する人数が少ないからである。
歴代の王直系家族が最も多かったのは、十人。
テーブルは十人が席に着いて、肘を広げてもぶつからない程度には余裕がある。
そこを席をそれほど離すことなく七人で利用している。
アーナルヤが自身の席に着くと、向かい側のシューサイラは、淡いオレンジ色の飲み物が入ったグラスに口を付けていた。
「お早う、シュウ。わたくしも同じ物が飲みたいわ」
「お早う御座います、アン姉上」
弟と朝の挨拶を交わし、椅子を引いた給仕の者に同じもの頼む。
程なくしてグラスがテーブルに置かれた。
ゆったりとグラス持ち、口元へ運ぶと爽やかな柑橘類の香りが鼻腔をくすぐった。
「いい香り。シトラスのジュースね」
「ええ。目覚ましにはピッタリですよ。そうそう、アン姉上。昨夜は楽しまれましたか?」
口に含む前にシューサイラから声を掛けられて、一旦テーブルに置く。
「勿論よ。どうして?」
「中々素敵な寸劇があったとか」
「まぁ失礼ね!中々素敵じゃなくて、かなり愉快でとっても素敵な寸劇だったわよ?観られなくて残念だったわね?」
そう言って、グラスを再び持って今度こそ中身を口に含んだ。
清々しい香気は鼻から抜け、程よい酸味と甘さが口に広がる。
弟の言う目覚ましにピッタリとは、成る程、中々良い表現だとアーナルヤの相好が崩れた。
「あら、アンったら朝からご機嫌ね。お早う、二人とも」
「お早う御座います、お姉様」
「お早う御座います、ミフィ姉上」
シューサイラの横に昨日の主役、ミフォーレが座り、給仕に声を掛ける。
「わたくしは熱いココアが飲みたいわ」
そうミフォーレが告げた直後に、食堂入口の方から声が掛かった。
「私もココアがいいわ!」
アーナルヤとミフォーレ、シューサイラはスンッと真顔になり顔を見合わせた。
一つ呼吸を置くと、入口に居るもう一人から窘める声が上がる。
「ブレンナ?注文は席に着いてからだよ?慌てん坊だなぁ。まぁそんなところも可愛いのだけれど」
そんな甘いセリフを吐きながらテーブルに近付き、王太子妃がアーナルヤの右隣に、王太子はその奥に座る。
「お早う御座います、お兄様、お義姉様」
王太子夫妻の着座と同時に、音もなく三人は立ち上がり頭を下げ、ミフォーレが弟妹の代表として挨拶の言葉を掛けた。
「うん、お早う。三人とも良い朝だね」
王太子ユゥシュートからの返事で三人共に着座する。
「お義姉様は今日も慌てん坊さんでしたわね?そんなに大きなお声を出さなくとも、ココアは逃げたりしませんのに」
座ると同時に『あらあらうふふ』と頬に手を当て、にこやかに嫌味を告げるアーナルヤ。それを受けた王太子妃ブレンナの口元がひくついた。
「そうですわね。私、ココアが大好きだから、どうしても逃したくなくて、声を上げてしまいましたの。朝からはしたなくてごめんなさいね?アーナルヤ様」
「アンは面白い表現をするねぇ。そうか、ブレンナはココアを逃したくなかったのか。よし、これからはココアをしっかり捕縛しておかなくてはね!」
誰が見ても分かるほどに蕩けた瞳で妻であるブレンナを見つめながら頭を撫でる。
そして、妹からの嫌味に気付きつつも、それを軽い冗談へと昇華させ、ユーモアを含ませ仲裁する。
そんな兄の手腕に、弟妹は勝ち目なしと目配せして笑い声を響かせた。
「おや、今日も皆、ご機嫌だねぇ」
そう言いながら国王夫妻が食堂に入ってくると、彼らは一斉に立ち上がり、礼を取る。典雅にして一糸乱れぬその所作は、王族として受けた教育の賜物。
「お早う御座います、我らが父上、母上。本日もご機嫌麗しく」
ユゥシュートの言葉に、国王・シュウィーッツ・ダートゥト・ハイ・アイスワーレが鷹揚に頷き、王と王后の席に座ると、全員が音もなく椅子腰を下ろした。
「昨夜の夜会、ビアイシンの小倅が、初の披露目をしていたなぁ」
心を奪われた相手の話題、しかも父親の口から出たことで、アーナルヤの心臓が大きく跳ねた。
「中々面白い趣向でしたわねぇ。でも、あのように荒々しい一面を、祝いの場で見せるのは考えものですわ」
母の言葉に内心で首を傾げていると、兄が苦笑混じりに首を振っている。
「なんでも、彼の婚約者がアンに対して『無礼』だと言ったんだとか」
「まぁ!王家の姫に『無礼』だと言ったのですか!?」
「本当なの?アン」
ブレンナが驚きの声を上げると、姉からは気遣わしげな声を掛けられた。
「ええ。でもわたくし、あの子女は虫ではないかと思いましたのよ?虫ならば腹を立てても仕方ございませんし」
しれっと恋敵ともいうべき相手を、鉄壁の微笑みを浮かべて貶めるアーナルヤ。
「ビアイシンの倅もまた中々であるな。アレが宰相府に入ったのは僥倖か?」
「父の侯爵は、十年前の領地を襲った災害で宰相府を辞してますからね。彼の地は穀倉地帯でもありますし」
「あの時も王家より賜りし領地の窮状に采配を振るうべく、とかなんとか言っておってなぁ。王都に居ては状況も伝え聞くだけで、まともに判断出来ないからと。見事な忠義よ」
兄と父がビアイシン家の情報をつらつらと談義する中、朝食が各々の席に用意され、話が中断する。
「ビアイシン家の方々と言えば、ダンスが見事ですわよね。とても安心出来ますもの、他の殿方とは違って」
ブレンナの言葉に、アーナルヤは再度胸の奥が大きな音を立てた。
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