短篇集 日常のくすり

糸田造作

文字の大きさ
5 / 8
短編集

天然水のペットボトル

しおりを挟む
「この量でこの値段かよ!高っ!」

クーラーの効いた涼しい飲食店で二人席に座りながら男は言った。

「ちょっとやめてよ、お店の方に失礼でしょ。私、あなたのそういうところ直して欲しいわ。」

男の正面に座るパートナーの女性は周りを気にしながら男を注意した。

「事実を言っただけだよ。こんなに少ない量でこの値段を取られるなんて、ぼったくりで訴えても勝てるに決まってるよ。」

男は悪びれもせず、不貞腐れた。

「もういい、あなたとは付き合っていけないわ。」

そう言うと、女性は財布から出した1万円札をテーブルに置き、席を立ってスタスタと店を出て行ってしまった。

「おいおい待ってくれよ、怒ることないじゃないか。」

男は慌てて会計を済ませ、女の後を走って追いかけた。

ばん!!
店を出た瞬間、男は痩せ男とぶつかった。
痩せ男が持っていたであろう水の入ったペットボトルがゴロゴロ転がった。女性を見失いイライラしていた男は転がったペットボトルを拾い上げると痩せ男に八つ当たりした。

「どこ見てんだよ!見失ったじゃないか!わざわざお金出して買うペットボトルの水がそんなに美味しいか?馬鹿か?」

すると痩せ男は不気味な笑みを浮かべ、グルグルと体を回転し始めた。ついには黒いマントを身に纏った怪しげな姿に変身し、男に語りかけた。

「ふっふっふ、初めまして。私は悪魔です。今あなた、お金を出してまでペットボトルで水を買うのが馬鹿だと言いましたね。」

男は驚いたが、すぐに言葉を返した。

「悪魔だと?アホくさ。せいぜい暑さでこれ以上馬鹿にならない為にそのペットボトルの水でも飲んだ方が良いな。」

男の言葉はまるで無視するかの様に不気味なほど落ち着き払って悪魔は語り続けた。

「私は100円でも買いますけどね。でも、そんなに言うなら、ペットボトルで売られる水はもはやあなたには必要ありませんね。いや、逆にあなたの方が必要とされて無いのかもしれませんねぇ。」

そう話すや否や、悪魔は身につけていたマントを男に被せた。

「な、何をするんだ!やめろ!」

真っ暗な視界の中、男は悪魔を掴もうと抵抗した。しかし、まるで存在しないかの様にその手は空を切るだけだった。

「あなたに合った素晴らしい世界へご案内しましょう。」

最後に聞こえたのは言葉とは裏腹な恐ろしい囁き声であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

目を覚ますと、男は山にいた。

「おーい!誰かー!」
男はひんやりとした空気と突然知らない場所で目覚めた不安を打ち消す様に大声で叫んだ。

周りには誰もおらず、あの憎い悪魔でさえ姿を消したようだった。

ここはどこか分からないが、自力でこの状況から抜け出すしかないと考え、男は山道を歩き始めた。

しかし、何時間歩き続けても周りの景色に変化は無かった。

次第に男は疲れ、喉が渇き始めた。

「山であれば近くに川があるかもしれない。」
そう考えた男は水を求めてまた歩き始めた。

額から汗が流れるほど、体中の水分が減っていることがひしひしと感じるようだった。

もうどれほど歩き続けただろうか、視界がぼんやりし始めたが、景色に変化がないことだけは分かった。

「自分はここで死ぬのだろうか」
喉の渇きと体力が底を尽きると感じた男がそう呟いた時、奥の木の影で見覚えのある黒い悪魔がいた。こっちを見て笑っている。

「あいつめ、ふざけやがって」
男の体力は限界だったが、悪魔への憤りと恨みが男の足を動かした。

ただひたすらに悪魔を追いかけたが、とうとう見失ってしまった。しかし、気がつくと水の流れる音がしていた。

「水だ!」
男は水音を頼りに歩き、ついに川を見つけた。

透き通った綺麗な水である。
男は流れる川に顔を突っ込みガブガブ水を飲んだ。

生き返る。
体の一つ一つの細胞に水が行き渡るようだった。悪魔は見失ってしまったが、ひとまず水が飲めて助かった。

もう一度、次は両手ですくって水を飲んだ。

美味しい。
こんなに美味しい水は初めて飲んだ。

すると後ろの方で何やら声がした。
「あなた何やってるの?正気?」

男が振り返るとそこには別れたパートナーが驚愕の表情で立っていた。

「君こそこんなところで何をやっているんだい?」
男は驚きを隠せずに聞き返した。

「何してるって、あなたの様子を見に来たのよ!別れた後、もう一度考え直そうと思って貴方に会いに戻って来たのよ。そうしたらまさか…」
女性は驚いたような目でこちらを見ていた。

「会いに来たって!?こんな山奥まで!?
こっちは別れてから色々大変で命からがら今ようやく水を見つけて飲んでたんだよ。ほら、この川の水をね。」
男は指を刺し、振り返ると目を疑った。

そこは元いた場所のレストランの出口であり、自分が指差す先には転がった天然水のペットボトルから水が流れ溢れていた。

驚いた男はもう一度、今度は女性の方を振り返った。するとやはり元の世界のレストランの出口であり、彼女がこちらを引くような目で見ており、見物人も集まっていた。

男は悪魔によって何をされたのか分からなかったが、自分がさっきまで何を行っていたのかはこの見物人と流れ溢れ出るペットボトルの水によって一瞬で理解し、絶望した。


「まさか、こぼした水までガブガブと飲むなんて。美味しい天然水がペットボトルで飲めるなんて幸せですね。」

見物人の中で悪魔はニヤリと笑いながら人混みに姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...