妖怪たちの夜

江木 三十四

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第三章

お江戸の誘拐事件三(福住と江戸の人々)

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 和久郎が浮き浮きしながら歩いていきますと、路地の陰から子供たちの声がいたします。             
「わー、すげー」              
「ままちゃん、もう一回やって」             
「いい、これを入れるとほーら」
ままが、盃に入っている紫の汁をどんぶりに注ぎますと、中の透明な液体が真っ赤になりました。                                    
「たまげた、色が変わった」
少女が驚きの声を上げます。             
「お梅ちゃんもやってみる?」                      
「うん」
お梅という娘が盃から汁を注ぎますとこれも真っ赤になります。                                
「おれも、おれも」
鼻をたらした男の子も手を出します。                              
「千ちゃんはこれ」
ままはぐい飲みを渡します。千吉という男の子がどんぶりに注ぎますと、今度は緑色に変わりました。
「不思議だね」
子供たちが感心しております。                                   
それを見ていた和久郎が子供たちの輪の中に顔を入れます。
「何やってんだ?」                                 
「あっ、お侍さんも見て」
ままがやって見せると再び色が変わりました。                   
「ほー、何だこれは?」
和久郎が聞くとままが答えます。
「不思議水ですよ」                           
「不思議水?これで何するんだ?」                
「水が酸っぱいか、苦いかが分かるんです」
ままの説明を聞いた和久郎はつまらなそうな顔をします。
「そんなの、なめてみればいいではないか?」
「じゃ、なめてごらんよ」
お梅が差し出したどんぶりをなめてみます。
「うぇ、酸っぱいな。桜、何をなめさせた」                               「あたし、梅だよ」                             
「お侍さん、名前間違わないでくださいね」
ままが和久郎を見て笑いながら説明します。
「ねえ、酸っぱいでしょ。これ酢なんです。こうして不思議水を酢に入れると赤くなるんですよ」                  
「それで?」                         
「それでって・・色が変わればきれいでしょ。それに、今みたいになめてまずかったら困るでしょ」                   
千吉が別のどんぶりを和久郎に差し出します。
「こっちもなめてみる?」                              
「いや、もういいよ」                 
それでも、ままの持っている盃の匂いを嗅いだ和久郎がすぐさま中身を当てます。
「これは紫蘇だな」
「あたりです」
子供たちが口々にほめそやします。      
「しかし、だから何だというんだ」            
和久郎はすでに興ざめしたようです。
「それより、相模屋の娘。お主こんなところで遊んでいていいのか?寺子屋とか、習い事とか良いとこの娘がすることがあるんじゃないか?」
「いいの、いいの。源久先生の寺子屋には今日は行ったし、お茶とか踊りはしなくって良いって言われてますから」
そう言うままは他の町屋の子供たちと同じような格好をしています。
「お前の親は娘と同じで変わってるのかな」
「これから、世の中はどう変わるか分からないから、いろいろな知識を身につけなさいって言われてます」
「なるほどな、黒船が来てから幕府の屋台骨もずいぶん軋んできたからな」
すると、黄色い声が和久郎に向かってかけられます。
「やだ、福住様~」
目の前の飲み屋から若い女が現れました。                                「おう、おせん」                      
「素通りは許しませんよ」
その娘は嬉しそうに和久郎の袖を引っぱります。                       
「分かっておる。邪魔するぞ」                    
おせんは、店先にたむろしているままたちをにらみつけます。
「お前たち、うちの店の前で遊んでんじゃないよ。商売のじゃまじゃま。あっちに行きな」                      
子供たちも負けていません。
「ブス!」
「行かず後家!」 
「出戻り」                             
「何だって~!言うに事欠いて『行かず後家』に『出戻り』だって!あたしゃまだ17だよ。この悪ガキども」
持っていたお盆を振り上げます。
「福住様、またねー」
子どもたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去りました。              
「まったく、可愛げのないガキどもだ。親の顔が見たいよ」
仁王立ちで肩を怒らせております。
「子供のことだ。そうそう目くじらを立てるな」
和久郎の声に振り向いたおせんは、今までの鬼のような顔から満面の笑みに変わりました。
「福住様~、おいしい肴がありますよ」
コロッと声まで変わります。
和久郎は、それを見てニヤニヤしています。
「それと熱燗をもらおうか」
「はーい。お父っつぁん、お願いね」
奥に声をかけますと白髪頭の男が出てまいります。             
「これは、福住様」
「おう、源吉、元気そうだな」        
「へえ、ありがとうございます。福住様もご機嫌よろしくて何よりで」
その先は誠に言いにくそうなセリフになりました。
「それはいいんですが・・あの、まことに言いづらいことが・・大分、つけがたまっておりまして」                       
「やだ、お父っつあん。福住様からお金なんかもらっちゃだめよ。うちの恥じゃん」
おせんが真っ赤になって父親に抗議いたします。                              「いつもすまん。今日はわずかだが手持ちがあるから、少しは払えるぞ」
和久郎が懐に手を入れますと、おせんが顔の前でお盆を振り回します。
「いいんですよ、そんなの。好きなだけ飲んでいってくださいね。はい、どうぞ」             
「かたじけない。あー、うまいな。酒良し、肴良し。これだからつけがたまってしまうのだな。おっと、これはあいすまん、源吉」            
「めっそうもない」
人の好い主人はやれやれと笑っております。                       
「福住さま、もひとつ、女も良しでしょ。はい、もう一杯」
おせんがとっくりを差し出します。                     
外では子供たちがワーワー言いながら通り過ぎていきます。
「うるさいね。また戻って来たよ」                   
「ままは仲間に人気があるな。みんなを集めて講釈をしていたぞ」                 
「全く、子どものくせに小生意気なんだから。福住さま、あんな小娘相手にしちゃだめですよ」      
奥から源吉がとっくりを持って出てきます。
「おせん、その小娘にやきもちか」             
「そんなんじゃないよ。第一、あたしとは月とすっぽんよ」                        
「お前、すっぽんだったのか。俺の娘は人間だと思っていたがな」
源吉が笑いますとおせんはムキになっております。
「お父っつあん、それはひどい。マジひどい」

つづく                      
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