声を聞いた

江木 三十四

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身元不明の死体

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 ここは、みさとが占いをしている倉里川にかかる橋のたもと。時間は午後10時をまわっている。
 「お客さん、こないなぁ」
 欠伸をかみ殺していると足元から男たちの怒鳴り声が聞こえたきた。
 それは、足元を流れる川沿いの歩道からで、男が2人で何か言い争っているようだった。
 (何かな?)と下を覗きこんでみたが、そこは街灯もない暗闇で二人の風体はまったく分からなかった。
 (言ってることは分からないけど、二人とも怒ってるね。コワ―!)
  しばらくすると収まったのか、声がしなくなったのでみさとも自分の椅子に座り直す。
 「なによ、立体的な出会いってこれのこと?」
 ただ、男たちの声は印象に残った。

 益子君と福田君の熱演にもかかわらず、それから間を置かず、特殊詐欺が発生してしまった。被害者は、市内に住む高齢の女性で、被害額は300万円だった。
 警察官が女性から話を聞いた。それによると、東署の刑事を名乗る男から電話があった。
 「あなたの家の墓石が、手入れを怠っていたため倒れた。そのさい、隣の敷地の墓石にぶつかって壊した。警察として、器物損壊で捜査している。墓の持ち主は、損害賠償の訴訟を起こすと言っている。金額は500万円だが、弁護士が仲介してくれ、今なら300万円で済む。警察としても金銭で解決するなら、それが一番だと考えている。今ここにその弁護士がいるので話をして欲しい。弁護士さんお願いします」
 電話口の声が代わる。
 「お電話かわりました、弁護士の渡辺です。今回は大変なことになり、持ち主が激怒している。裁判も辞さないと言っていたが私がうまく説得した。和解の条件は、現金で300万円をすぐに相手に払うことです。今日中に用意しないと訴訟となります。その場合、あなたの方に明らかに過失があるので、残念ですが必ず負ける。そうなれば、あなたには被害者への慰謝料と裁判費用を上乗せした400万円近い賠償金の支払命令と他に前科がつくことになる」
 弁護士を名乗る男は、女性に何も言わせずに一気にまくしたてた。特に400万円と「前科」というところを強調した。
 女性は「前科」という言葉に恐ろしくなり、現金を渡してしまったというものだった。
 それを聞いた益子君がこぼす。
 「また、被害者が出た。残念だな」
 福田君も相槌をうつ。
 「この女性は、講習には来ていなかったのかな」
 「聞いていてくれてたらな・・」
 「うん」
 二人は顔を見合わせ、ため息をつく。

 ところが、さらに警察をあざ笑うように事件が発生した。
 ある男性が、ロマンス詐欺に引っかかり、600万円をだまし取られたというものだった。
 こんな詐欺事件が倉里市で立て続けに発生した。                                    
 そんな中、高齢の男性から東署に電話があった。それは、特殊詐欺の講習会から1週間ほどたったころだった。電話を受けた警察官に相手はこう言った。
 「私、沢渡と申します。先日は、あの面白い詐欺の講習会でお世話になりました。実は、さっき電話がありまして、クレジット会社の課長を名乗る人から『あなたのクレジットカードが偽造され、貴金属店で使われて100万円の被害が出た。幸い犯人は捕まえた。ところがあなた名義の銀行口座とキャッシュカードの暗証番号を持っていた。
 他にもカードを使った形跡がある。あなたが、犯人でないという証拠が必要です。今あるカードを確認させて欲しい』というものでした」
 警官は聞きながらメモをとる。
 「講習会で詐欺のことを聞いていたので、これはと思って連絡しました」
 沢渡の話では、もうすぐ担当者がやってくるというものだった。
 東署では警官を急行させた。そして、のこのこ現れた男を確保した。その後、男の交友関係から残りの容疑者が4人逮捕された。
 しかし、最初の容疑者を含め、犯行については警察の追求にも関わらず自供することはなく、否認するか黙秘を通した。取り調べは犯人との持久戦になりつつあった。
                                   
 ところが、特殊詐欺の容疑者たちが自供を拒否して2日たったころ、東署はまったく別の事件に忙殺されることになった。
 男の死体が発見されたのである。
 死体が発見されたのは、まだ真っ暗な午前3時頃だった。見つけたのは新聞の配達員だった。場所は、市内の倉里川にかかる橋の下にある川沿いの歩道。
 倒れている男を見つけた配達員は、こう証言した。
 「はじめはでかい、ごみだな。こんなところに上の道から捨てたなと思いました」
 そこは、人通りがまれなため、橋の上から川にごみを投棄する不心得者が後を絶たなかった。
 しかし、近くに行ってみて配達員は腰を抜かすほど驚いた。ごみと思ったかたまりには手足、頭があったからである。
 普段は漆黒の闇に沈んでいるはずの現場は、多数のパトカーの回転灯と大勢の捜査員で、そこだけ繁華街のように賑わっていた。
 被害者は、若い男性で胸を刺されたことによる失血死だった。ポロシャツは血に染まっていたが出血量は多くはなかった。鋭利な刃物で一突きにされたためと鑑識は推定した。また、出血や現場の状況から、殺害は発見場所で行われたと特定され状況から殺人と判断された。
 人通りの殆どない時間と場所から、目撃者がなく、被害者の財布や免許証等の持ち物や凶器等の遺留品もないため、身元が分からなかった。
 胸に残った傷の形状から凶器は、薄く幅の狭い鋭利な刃物のようなものと考えられた。しかし、遺体の周辺に凶器と思われるものがなかったため、明るくなってからダイバーが川を捜索した。しかし、現場から1㎞ほどの河口まで探したが、見つからなかった。
 犯人が財布など身元が分かるものと一緒に持ち去ったのではないかと判断された。
 遺体の状態から、死後5・7時間はたっていると考えられるため殺害されたのは、前日の午後8時から10時の間と推定された。 
 その日のうちに、殺人事件として東署に捜査本部が設置された。
 捜査方針は、被害者の身元の割り出し、犯人につながる遺留品と目撃者捜しに重点が置かれることになった。刑事たちそれぞれに役割が割り振られ、捜査にあたるため街に散っていった。
                                   
 益子君と福田君のコンビは目撃者探しの担当となった。早速、現場に出向き近隣の聞き込みを行ったが、昼間でも人通りが少なく、聞き込みは難航する。一日を費やしたがめぼしい証言はなく、すでに夕方6時を過ぎ、日が暮れはじめた。
 益子君がぼやく。                        
 「福田、車はそこそこ通るが、歩いている人はいないな」
 「寒いもんな」
 「これじゃ、目撃者は出てこないぞ。聞き込みの範囲を広げるほうがいいのかな」     
 「事件が起きた時間まであと2時間ほどか。その時間帯になれば、何か収穫があるかもな」
 「そうだな。もう少し粘るか」
 さらに、二人の捜査は続く。
 「しっかし、人通りの少ないところだな」
 福田君がこぼすと益子君も同意する。
 「繁華街から外れているからな」
 「そろそろ、犯行時間だな」
 益子君が時計を見る。
 「8時過ぎたぞ」           
 すると路地の奥から声が聞こえてきた。
 「何か事件?」

つづく
 ★この物語はフィクションです。人物や場所等が実在したとしても一切関係ありません。 

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