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第15話「数字の罠」
しおりを挟む午後三時。喫茶《ふたたび》の奥のテーブルで、真木誠とユリカはコーヒーを挟んで依頼人の話を聞いていた。
「父が倒れて……会社を一時的に引き継ぐことになったんです。でも、どうしても帳簿の数字が合わなくて」
そう語るのは、印刷会社「大谷印刷」の社長令嬢・大谷瑞季。切れ長の瞳が揺れていた。
「もともと経理は関口さんというベテランの方がやってたんですが、最近やけに説明が雑で。書類を見るたびに胸騒ぎがして……」
「資料をお持ちですか?」
ユリカが柔らかく訊ねると、瑞季はA4のクリアファイルを差し出した。中には月次の損益報告書と決算書が整然と並んでいる。
ページを一枚めくっただけで、ユリカの目が細くなる。
「この月、原価率が急に落ちてますね。前月に比べて6.2%も」
「そこは仕入れ先を変更したと関口さんが……」
「それにしては在庫推移が一定です。つまり、仕入れ単価が下がった形跡はない。逆に、帳簿上だけ“仕入れが安く済んだ”ように見せてるだけかと」
真木が瑞季とユリカの間に視線を走らせた。
「ユリカ、お前今何ページ見た?」
「……三ページ目までです。あとは類似パターンなので、推定可能です」
「(三ページで全体像か……)」
その日、二人は瑞季から詳細な資料一式を預かり、調査に移る。
⸻
翌日、真木が朝のコーヒーを淹れていると、ユリカがA3の資料をずらりと並べながら現れた。
「不自然な経費記録が10か所。特に注目すべきは“広告費”の増減です。前年のデータが、今年の“資材費”にコピペされています。誤差は端数の調整のみ」
彼女の手元には、納品書の写しと入出金の記録。それらを照らし合わせながら、淡々と話す。
「しかも、去年のフォーマットをそのまま流用してるので、日付欄のズレがあります。今年度のは“日曜開始”のフォーマットなのに、この資料、月曜始まりですね」
真木が唸った。
「まさか、年度単位のデザインの癖で偽装を見抜くとは……」
「ふふ。数字は人を裏切りません」
⸻
午後、ふたたび「大谷印刷」を訪れると、関口が渋い顔で応対に出た。
「……帳簿のことで何か?」
「いえ、念のために確認を。もし可能なら、原本をお見せいただけますか」
関口がやや嫌そうな顔をしながら資料室へ向かう。その隙に、ユリカは机の引き出し下をそっとなぞった。
カチ。
「これ、隠し板ですね」
ユリカが取り出したのは、SDカードとUSBメモリ。中には改ざん前の帳簿と、架空取引の詳細なログが残っていた。
⸻
関口は観念したように、すぐには口を開かなかった。
しかし、ユリカがデータを整理してホワイトボードに不正の構造図を描き始めると、その口は自然と開いた。
「……社長がいなくなって、会社が揺れるのが怖かった。余裕を見せるために、数字を整えてしまった。だが途中から、取り戻せなくなったんだ……」
瑞季は俯きながらも毅然と言った。
「あなたに任せた父の顔を思い出して。これ以上、誰かを騙さないでください」
⸻
その後、証拠資料とSDカードは顧問弁護士を通して警察へと提出され、関口は業務上横領と帳簿虚偽記載で立件されることになった。
会社は大きな損害を被ったが、瑞季は父のためにも、地道に再建を始める覚悟を決めた。
その背中を、ユリカは微笑みながら見送った。
⸻
帰り道。
「ユリカ……あれだけの数字、どうして一晩で?」
真木の問いに、彼女は少し考えてから答えた。
「数字って、ある意味では言語より正直なんです。噓をつこうとすれば、必ず歪みが出る。私は、その歪みの“リズム”を見つけるのが得意なんです」
「……まるで、音楽みたいだな」
「はい。数字は、静かな旋律なんです」
ふたりは夏の夕方の街並みを歩いていく。その背中に、静かだが確かな余韻が残っていた。
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