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第25話「ユリカさん、そんなことまでできるんですか?」
しおりを挟む区役所のロビーは、人と書類と静かなざわめきで満ちていた。
真木誠は、自販機の前で缶コーヒーを買いながら、少しだけ空を見上げる。
「……今日は晴れるって言ってたのにな」
その横では、天音ユリカがベンチに腰かけて、小さな手帳をパラパラとめくっていた。
「誠さん、ここ“午前中は高齢者優先”って貼ってありますよ。優しさですね」
「そうだな。……ただ、制度は優しくても、説明が不親切じゃ意味ないけどな」
そのとき、困ったような顔の高齢女性が近づいてきた。
「あの……すみません、この書類、やっぱり受け取ってもらえないって言われて……」
依頼人の名前は、浜田久子さん。
家の修繕費用の一部補助を申請しようとしたが、「受付は終了しました」と窓口で断られたらしい。
「“受付終了”? そんなはずは……」
誠が職員に声をかけようとしたとき――
「お待ちください、誠さん」
ユリカが、静かに立ち上がった。
「受付終了というのは、一般申請枠の話ですね? でも、交付要綱第7条に基づく“追加支援枠”は、条件付きで継続されていますよね」
職員の顔が一瞬こわばる。
「……えっと、それは……“知っている方”には、対応を……」
「“知っている方にだけ教える制度”というのは、制度の本質に反しています。少なくとも、浜田さんは要件に該当します。居住年数、年齢、そして先月の災害救助法による対象地区。……該当しています」
誠はそのやりとりを見ながら、口を開けていた。
「……今さらだけど、ユリカさん、何者?」
「いえ、たまたま調べていただけです。……ついでに、市の補助金交付要綱は“PDF形式で隠しリンク”だったので、見つけるのに少し時間がかかりました」
「それ、“たまたま”って言わないだろ」
職員はすぐに上司を呼び、確認ののち――浜田さんの申請は無事受理された。
「本当にありがとうございました……! あなたみたいな方がいてくださって……」
浜田さんは深々と頭を下げ、ユリカは控えめに微笑む。
「私は何もしていません。……ただ、ルールを見ただけです」
誠は自販機のコーヒーを渡しながら、ポツリと漏らした。
「……あれだけの情報を、PDFから引き出して、記憶して、法的解釈までして。おまけに、“市のサイトの隠しリンク”って……」
ユリカは缶のふたを開けると、香りを一度だけかいだ。
「……この缶、ロースト豆の産地はグァテマラですね。少し酸味があります」
「……はい、また出た」
誠は空を見上げた。
思わず笑みがこぼれる。
「たぶん、宇宙よりも不思議なやつと、俺は今日も仕事してる」
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