『戦後80年の教室──記憶と対話のディベート』

キユサピ

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第九十二話 戦の起源――人はなぜ争うのか

 「戦の起源」を学んだ翌週。
 教室の黒板には新しい文字が書かれていた。

 「倭国大乱(わこくたいらん)」

 先生がチョークを置き、生徒たちの方を見回した。

「今日は、日本最古の“戦”の記録について見ていきます」

 その言葉に、クラスの空気が少しだけ張りつめる。

「弥生時代の終わりごろ、中国の『魏志倭人伝』に“倭国乱る”と書かれています。つまり、日本列島の中で、部族どうしが激しく争っていたんです」

 スクリーンには当時の勢力図が映し出される。
 北九州、吉備、出雲、そして大和。
 まだ“日本”という一つの国ではなく、数多の小さな国々が並び立つ時代だった。

「この戦乱を収めたのが、“卑弥呼(ひみこ)”と呼ばれる女王です」
 先生の声に、教室の視線が一斉に動いた。

「卑弥呼は争いの多かった国々をまとめ、魏という大国と交流を結びました。つまり――“戦ではなく、信頼と外交で秩序を作った”最初の人物とも言えます」

 前列の女子が手を挙げる。
「じゃあ、戦をやめさせたリーダーだったんですね?」

「そう。彼女は武力ではなく“まじない”と“信仰”の力で人々を導いた。
 戦を止めるために、心を支配する方法を選んだんです」


 すると、教室の後ろの席から男子が手を挙げた。

「先生、じゃあ“天皇”ってこの時代にはまだいなかったんですか?」

 先生は少しうなずきながら、黒板に新しい線を引いた。

「いい質問ですね。卑弥呼の時代には“天皇”という言葉はまだありません。ですが――“神に仕え、国をまとめる象徴的な存在”という考えは、このころすでに芽生えていたんです。
 のちに大和のリーダーたちが、この考えを受け継いで“天皇”という制度を形にしていきます」

 先生は板書をまとめる。

 卑弥呼 → 信仰による統治 → 大和の誕生 → 天皇の原型へ

「つまり、天皇という存在は、突然現れたわけではない。
 戦乱の時代、人々が“争いを止める力”を求めた結果として生まれたんです」

 窓の外では秋の風が吹き、夕陽が教室を黄金色に染めていた。
 その光の中で、誰かがぽつりとつぶやいた。

「……平和を願う力が、“王”を作ったんだね」

 先生は静かにうなずいた。

 その言葉に、教室は静まり返った。
 戦を力で止めるのではなく、信仰や象徴の力で止める――それは後の「天皇」の役割にもつながる考え方だった。

「卑弥呼の死後、また争いが起こります。ですが、その後に“ヤマト”という強大な勢力が現れ、少しずつ列島をまとめていきました」

 黒板には、こう書かれた。

 卑弥呼 → 混乱 → 大和政権の成立

「戦が続いた末に、“統一”という形が生まれた。
 つまり、平和は戦の反対側にあるんじゃない。
 戦の果てに、“どうすれば戦わずに済むか”を学んだ結果なんです」

 窓の外では秋の風が吹いていた。
 その風に、古代の戦の音がほんの一瞬、混ざったように感じられた。
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