『戦後80年の教室──記憶と対話のディベート』

キユサピ

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第九十七話 奈良の都と国家仏教──祈りが形を成した時代

「先生、“律令国家”ができて、天皇が国を治めるようになったって言ってましたけど、
 それで本当に国はまとまったんですか?」

授業の冒頭、ひとりの生徒がそう問いかけた。
教師はにこやかに頷きながら黒板に一文字、ゆっくりと書く。

『奈良』

「そうですね。国をまとめるために、“形”が必要だったんです。
 それが都――つまり、“国の中心”を作ることでした。」

教師は続けた。

「710年、元明天皇は都を藤原京から平城京へと移しました。
 この平城京こそ、日本で初めての本格的な都。
 唐の都・長安を手本に、碁盤の目のように整えられた都市計画でした。
 ここから、いわば“日本の国家運営”が本格的に始まります。」

黒板には「710年 平城京遷都」と書かれ、教室の中に静かなざわめきが広がる。

「でも、国を一つにまとめるのは簡単ではありませんでした。
 豪族同士の争い、地方の反乱、天変地異――不安は絶えなかった。
 だからこそ、当時の政治の中心には“祈り”があったのです。」

教師は黒板の左端に「仏教」と大きく書く。

「このころ、仏教は“国を守るための宗教”、つまり国家仏教として広まりました。
 奈良の大仏を思い浮かべる人も多いでしょう? あれはまさに“国の安泰を祈る象徴”なんです。」

生徒の一人が手を挙げた。
「それって、聖武天皇の時ですよね?」

「よく知っていますね。」教師は微笑む。
「聖武天皇は、地震・飢饉・疫病・反乱と、次々と国を揺るがす出来事に見舞われました。
 だからこそ、“すべての人の心を仏の教えで一つにしたい”と願ったんです。」

教師は黒板に次の言葉を書き加えた。

『大仏建立(743年)』
『東大寺 盧舎那仏(るしゃなぶつ)』

「聖武天皇の“祈り”が形になったのが、奈良の大仏です。
 その規模は当時の技術では考えられないほど巨大で、全国から人や物資が集められました。
 つまり――日本中の力を“祈り”で結びつけるという壮大な国家事業だったのです。」

すると別の生徒が首をかしげる。
「でも先生、そんなにお金や人を使って……みんな納得してたんですか?」

教師は少し目を細めた。

「良い質問ですね。
 確かに、“国のため”という名のもとで多くの人々が働かされました。
 だからこの時代、仏教が権力と結びつくことへの批判も生まれるんです。
 僧侶たちの中には贅沢をする者も現れ、信仰が形骸化していきました。」

教室の空気が少し重くなる。
教師はチョークを置き、静かに続けた。

「でも、その矛盾こそが“次の時代”を生むんです。
 奈良の時代は、“祈りの形”が完成した時代。
 しかしその形があまりに大きくなりすぎて、やがて新しい風――“平安”の時代が必要になるんですね。」

黒板には最後の一行が書かれた。

『祈りが形を得た時、形はまた祈りを縛る』

「次回は、平安京へ――。
 “祈り”が政治から離れ、“美”と“心”の時代へ移っていく過程を見ていきましょう。」
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