輝くは七色の橋

あず

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第2話 歯車が動き出す

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第2話 歯車が動き出す
「50…個!?」
「なんだ、そのくらいの数も量産出来ないのか?」
「…ッ!」
「あの!娘は魔法の飴玉を作るのに1日での限界があります、明日までに50個というのは娘の体に影響が及ぶ可能性が…!」
「口答えをするな!」
 私が高圧的な態度で煽ってくる屈強な髭面の男性に反論できないでいると、傍からお父さんが割り込み私を自分の背中の後ろに隠し、男性との間に立ってくれた。
 だが、目の前の男性はそんなお父さんの態度が気に入らなかったのか、お父さんのパティシエの服の襟元を掴むと、ガシャン!!!とショーケースに向かって突き飛ばした。
 ショーケースは頑丈なガラスでできているため、割れることはなかったが、店内にあるお持ち帰り用のクッキーの詰め合わせなどが並ぶテーブルにぶつかった所為でガラガラガッシャン!と大きな音を立ててしまった。
「ふんっ、お前が楯突くから悪いんだぞ。いいな、明日の昼までに魔法の飴玉50個用意出来なかったら、こんな街のちっぽけな店など潰してやるかるな。」
 お父さんを突き飛ばした男は謝ることもせず、最後に捨て台詞を吐いてお店を後にして行った。
「お父さん!」
 私は男たちがお店から離れていったのを確認してからショーケースに背中を打ち付けたのであろう、痛みを我慢する表情をしているお父さんに声を掛けた。
「いたた…、アイリス、怪我はないかい?」
「わ、私は…大丈夫だけど、お父さんが…。」
「俺なら大丈夫だ…!ちょっと背中をぶつけて痛かったけど、直ぐに痛みは引いたよ。」
「それなら…いいんだけど…。でもお店の中がぐちゃぐちゃだね…。せっかく私が朝掃除したのに…」
 私がしょんぼりと項垂れていると、そんな私の頭の上にお父さんの大きな手がポンポンと撫でてくれた。
「アイリスが無事ならお父さんはそれだけで十分だよ。さ、お母さんにも手伝ってもらって片付けをしよう。アイリス、悪いけど、飴玉の生成をしておいてくれ、明日のお昼ギリギリまで作れる分だけ作ってみなさい。」
「分かった。」
 店内がメチャクチャになってしまったのを両親が片付けてくれている間に私は急遽店じまいをすることにして、扉の前のプレートを"OPEN"から"CLOSE"にひっくり返してから2階へと上がり自室に篭った。
 私の魔法は身体強化や魔力強化のバフを飴玉を舐めるだけで舐めている間、持続的にかけ続けることができる。その能力がこのプルウィウス・アルクス王国のギルドシステム、7色素ギルドの魔物討伐メインのカーマインというギルドに目をつけられてしまったのだった。
 私はあの高圧的な態度の男性が怖くて何も言えなかったことが悔しかった。両親が念願のマイホームも一緒に夢を叶えるために開いたパティスリーをめちゃくちゃにされたことが許せなかった。自分にもっと力があれば。そんな風に思いながら私は自室でひたすら飴玉を作った。
 時計を見ずに作っていたのでいつのまにか外は暗くなり、部屋に灯している蝋燭の灯りだけで作業をしており、いつまで経っても部屋の外に出てこない私を心配してか、お母さんが部屋に尋ねてきた。
「アイリス、無理することないんだからね。この店のことも、私たちのことも心配しなくていいから…。ちゃんと休みなさい。」
「うん、分かってる。でも…、私は何があってもこのお店は守らなくちゃいけないもの。50個作ってみせるよ。」
 そう言って苦笑いをする私にお母さんは近付いてきたかと思えば、ゆっくりと私を抱き締めてくれた。
「あなたのその力は誰かに使うものであっても、強要されて使うものではないわ。使う瞬間は自分で決めるものよ。他人に指図されてなんて、もってのほか。いい、自分で使うタイミングを判断するのよ。」
「お母さん…。うん、分かってる。ありがとう。」
 齢16でここまで体に負担のかかる魔法の使い方をすればどうなるかはアイリス自身も未知の領域で不安があった。だが、やらなければこの店が、家が、家族が、危険に晒されてしまう。そう思うと私は頑張れる気がした。
 お母さんが時折様子を見に部屋まで来てくれることがあり、夜食を貰ってから飴玉の生成にさらに力を入れた。
 だが。
 "うわーん"という泣き声と共に私はハッとした。
「(泣き声?シダヤ?ノゼル?てか、私寝てた!?飴玉はいくつ出来上がってる?)まだ25個…?間に合わない…!」
 泣き声が誰のものなのか気になり、私は自室から飛び出すと1階に駆け降りた。するとそこにはスイーツが並ぶショーケースには魔法が打たれたのであろう、ヒビが入っており、床にはお持ち帰り用のクッキーが散乱し、踏みつけられていた。そのそばにはシダヤとノゼルがうわんうわん泣いていた。この状況がどういうことなのか、私は寝起きの頭では直ぐには答えに辿り着けなかった。
 とりあえずまずは双子の元に駆け寄る、ぎゅっと抱きしめると2人は安心する姉の匂いを嗅いで泣き喚いていたのが次第にぐずりに変わった。
 それから店内の状況の確認をすると、ショーケースに何やら赤いインクかペンキか何かで文字が書かれていた。そこには「お前らのちっぽけな店など潰れてしまえ!」と。私がそれに近付くとその文字が血液で書かれていることに気が付いた。そして何よりお父さんとお母さんの姿が見えなかった。厨房に顔を出しても、真剣そうにスイーツを作る2人の姿は無く、店舗側をもう一度見てもえぐえぐとまだ泣いている双子を残して誰もいなかった。それが私にとっては最悪のケースを考えてしまった。
 どういう状況なのか飲み込もうとしても昨日夜遅く、寝落ちするまで飴玉の生成を行なっていて魔力が枯渇している頭では直ぐに処理が追いつかなかった。
「シダヤ、ノゼル。何があったか教えてくれる?」
「ぐすっ…、お姉ちゃんが頑張ってるから、今日は、僕たちがお姉ちゃんの代わりに頑張ろう…って思って開店準備してたら、ひっく、怖いおじちゃんたちが突然やってきてお父さんとお母さんに怒鳴って…。アイリスお姉ちゃんの飴はまだかって…、お父さんたちがお姉ちゃん守ってくれてたけど、怖いおじさんたち、怒っちゃったみたいで、お父さんとお母さんを連れていかれちゃって…うわ~んっ!!!」
 双子の兄であるシダヤが涙を拭いながらなんとかここで起こった出来事を説明してくれた。その状況を察するに、私が50個の飴玉を用意できなかったばかりに、お父さんとお母さんがギルドカーマインの人たちに連れて行かれてしまったのだと理解した。
「すぅ~、はぁ~…。いい、シダヤ、ノゼル。お姉ちゃんこれから飴を作ってお父さんとお母さん連れ戻しに行かなきゃいけない。このお店と家を2人に任せちゃうことになる。隣のお店のおじさんには私から話をしておくから、2人は自分の部屋で誰が来ても部屋から出てきちゃダメだよ?いいね?」
「ぐすっ、お姉ちゃん…。」
 私は深呼吸をして真っ直ぐシダヤとノゼルの顔を見て話すと私の真剣な表情に2人も唯ならぬ雰囲気を察したのか、泣くのをやめて私のことをじっと見つめた。
「…お姉ちゃんが無理することはないって、お父さん言ってた…。」
「お姉ちゃんはこれくらい大丈夫よ!それよりお父さんとお母さんが心配だもの。飴玉くらい、怖いおじさんたちもびっくりしちゃうくらい沢山作って持っていくんだから!だから、シダヤとノゼルはこの家を守ってね。」
「…うん。」
「よし!いい子。飛び散ったガラスは危ないから触っちゃダメだからね?さぁ、自分たちの部屋にいるんだよ?」
「うん…、分かった。」
私が説得している間にシダヤは涙を拭って強い意志が籠った目で私を見返してきてくれた。妹のノゼルの方はまだぐずっているが、兄であるシダヤがしっかりしてくれているのだ。大丈夫だろうと思い、私も自室へ行き、目標50個の飴玉作りを再開し、約束のお昼ギリギリに50個全てが完成した。
「よし!出来た!カーマインの本部ってことは武術エリアだよね…。早く行かないと!」
 私は作業机から離れて膝の上をパンパンっと叩いて汚れを落とし、部屋着から外に出かける時のために着ているお気に入りのセーラー襟のトップスにプリーツスカートを合わせて全身鏡で身だしなみのチェックをした。最後にベレー帽を被って気合いを入れた。
 飴玉が50個入ったバスケットを持って、私は自室に篭っている双子の元へ向かった。
 ノックをしてから部屋に入ると、双子はベッドの上で2人で抱き合いながら小さく震えていた。
「シダヤ、ノゼル。お姉ちゃん、飴玉をカーマインの本部に届けてくるから。お父さんとお母さんも一緒に連れて帰ってくるから。大人しく待ってるんだよ?」
「…うん。お姉ちゃん、絶対帰ってきてね?」
「うん。絶対帰ってくる。シダヤとノゼルがいるこの家に帰ってくるから。いい子にしてるんだよ?」
「「うん。」」
 まだ不安そうにしている双子の頭を優しく撫でてから私は立ち上がってシダヤとノゼルに手を振って家を出発した。カーマインの本部に行く前にお店の隣のおじさんに先ほど起こった出来事をかいつまんで話をし、自分がこれからカーマインの本部に飴玉を持っていくことを話してシダヤとノゼルのことを頼んでおいた。隣のお店のおじさんも私たちの家での騒動を知っているようで私に「無理しちゃいけないよ?」と言ってくれた。心優しいお隣のおじさんの言葉に救われながら、私は王国の4つのエリアの中でも大きめなカーマイン本部がある武術エリアへとやってきた。
 初めて来た武術エリアで私はキョロキョロと辺りを見渡しながらカーマイン本部がある場所へ向かおうとしたのだが…。
「そういえばカーマイン本部ってどこにあるんだっけ…?」
 さぁーっと顔の血の気が引くような感覚を覚えて自分が計画も無しにやってきたことを後悔した。周りの人に聞いてみようかな…と迷っていると、ポンっと私の肩に手が置かれた。
「ひゃッ!!」
「ああ、ごめんごめん。驚かせちゃったね。何か道に迷っている様子だったから。私で良ければ教えるけど。」
 急に自分の肩に手を置かれたものだから、私は必要以上にびっくりして体を跳ね上げた。そして肩に手を置いた人物を振り返って確認すると、そこには燃えるようなオレンジ色の髪の毛がグラデーションになっていて、緩くカールした髪の毛が印象的な活発そうな女性が後ろに立っていた。
「えと、私カーマインの本部に行きたいんですけど…。場所が分からなくて…。あ、私はアイリス。アイリス・シュガーツといいます。商業エリアに住んでて武術エリアに初めてきたんです。」
「カーマインの本部ね。そこまで案内するよ。私はマレー・クラウド。この武術エリアで道場を開いていてね。私はそこに一人娘なの。カーマインの本部まで案内しながら、お話聞いてもいい?」
「はい!よろしくお願いします、マレーさん!」
「マレーって呼び捨てでいいよ。私もアイリスって呼ぶし。」
 なんだかフレンドリーで優しい人に声を掛けてもらえたおかげで、私はマレーに先日あった出来事を話しながら、カーマインの本部まで送り届けてもらったのだった。
 この出会いが私の運命の歯車が嚙み合わさり、ゆっくりと動き始めたのには。私は到底気付くことはなかったのだった。
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