輝くは七色の橋

あず

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第4話 稽古の成果

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第4話 稽古の成果
 シダヤとノゼルがしっかりした子に育ってくれて私は嬉しかった。そして、次の日から私はお店の掃除などをシダヤとノゼルに教えてから、マレーのお父さんが経営する道場に出入りするようになった。
「マレー、ガレットさん、おはようございます!」
「ああ、おはよう、アイリスさん。」
「おはよう、アイリス!お店の方は大丈夫だった?」
「うん、私の双子の兄妹がしっかりした子に育ってくれてて、"お店のことは僕たちに任せて!"なんて言ってくれたから、私嬉しくなっちゃって。もう7歳だもんね、自分のことは自分で出来るようになるのね…。」
「あはは!頼り甲斐のある双子ちゃんだね!私は一人っ子だから、羨ましいよ!」
「さぁ、マレー、アイリスさん、稽古を始めるよ。」
「「はい!」」
 カーマインの本部の前での出来事はさほど大きな事件としては取り扱われていなかった。それはガレットさんが私を保護してくれたことでカーマインの上層部に口止めしているようだった。それほどガレットさんの知名度というか名前の力があるらしく、私は益々すごい人に助けてもらったのだと思った。
 それから私は今までお店の手伝いだけをしていた体を強くするためにガレットさんの指導の元、マレーと一緒に稽古をしてもらうことになった。
 まずは体力をつけるために毎日の走り込みからスタートした。私は身体強化の魔法が使えるからと言って体力作りを怠ると、飴玉を作るための自分の体内の基礎魔力量が下がり、そもそもの飴玉を生成する数が少なくなってしまったり飴玉の精度が下がってしまうとのことをガレットさんから指摘された。
 今まで自分の魔法のことは自分がよく分かっていると思っていたが、魔法を扱って戦うことに長けているガレットさんの指摘と先日の50個の飴玉の生成の経験を通して自分の基礎魔力量が少ないことを自覚した。
 その欠点をガレットさんに指摘され、私は自分の魔法を見つめ直すようになった。いきなり走り込みと言っても、長距離を走らせるわけにもいかないと、ガレットさんの配慮で、プルウィウス・アルクス王国の全体の外周を3周するマレーに対して、私はまず武術エリアの外周を5周することを目標にして、走り込みを開始した。
 私は自分の体力を見誤っていたようで、武術エリアの外周を5周という目標を達成するのに、2週間を費やしてしまった。このままでは両親を助け出すことに時間をかけすぎてしまう。そう思った私は焦っていた。だが、それもガレットさんにはお見通しのようで、稽古の途中の休憩時間に私はガレットさんに呼び出された。
「アイリスさん。焦ってはいけないよ。」
「えっ…。わ、私は焦ってなんて…。」
「いつも休憩時間だと言っているのに、休むことなく体を動かし続けているのに俺が気付いていないとでも?」
「うっ…。」
 私は最近ようやく外周の走り込みに慣れてきたので、休憩時間中もマレーが話しかけてくるのを何かしらの理由をつけては、筋トレをするようになっていた。それをガレットさんは見抜いていた。
「休憩時間はきちんと休むこと。筋肉を酷使し続ければ、いつか限界が来る。いいかい、焦っても体はついていけなくなる。心ばかりが先行していては意味がないんだ。体は正直だ。その正直さを受け入れなければ強くはなれないよ。」
「…はい。」
「罰として休憩時間を延長させるよ。マレーにも伝えてくれ。」
「はい。すみません、ありがとうございます。」
 私は大事なことを教えてくれたガレットさんにお礼を言うと、道場の方で休憩として床に座り込んで、本を読んでいるマレーに休憩時間の延長の話をした。
「お父さんには隠し事はできないんだよ。私もアイリスが頑張りすぎているのには気付いてしね。焦っちゃいけないって叱られたんでしょ。」
「う…。まさしくその通りです…。心ばかりが先行しすぎても体はついていけないよって…。」
「ここはお父さんの言う通りにしたほうが強くなる近道だよ!少しずつでも、アイリスは体力がついてきてるよ!」
「ありがとう、マレー。それで、その読んでいる本は?」
「ああ、これはね…。最近学術エリアの友達が面白いよって貸してくれた本なんだけど、難しくて言ってることがさっぱりでね…。友達に分からなかったっていうのも癪だから頑張って理解しようとしてるんだけど…。」
「なんていうタイトル?」
「えっと、“魔法属性の掛け合いによる新たな魔法属性の可能性“っていうの。学術エリアの頭のいい人が書く本は難しいのばかりなんだよね…。」
「新たな魔法属性の可能性か…。私も気になるかも…。」
「えっ、アイリス、このタイトルだけでそそられるものがあったの!?」
 マレーが驚いた顔をしながら、私にその本を手渡してくれた。パラパラとめくると文章と図がわかりやすく配置されており、これは読みたいなと思い、今日の稽古の後、商業エリアの本屋さんでその学術エリアの人が書いたという本を購入してみようかと思った。
 そんな風にマレーと談笑をしているといつの間にか休憩時間は終わり、次の稽古に移った。
 その日の夕方、マレーの道場からの帰り道、商業エリアの本屋さんで私はマレーが読んでいた本を探していた。新たな魔法属性の可能性なんて夢のある話だと思い、興味を持ったのだ。この国と同じように4つのエリアに分かれている本屋の中を進み、学術エリア向けの本が揃っている本棚に辿り着くと、そこには平積みにされたお目当ての本があった。
「これだ!」
 私はすぐさまその本と料理のレシピ本を購入して、帰宅した。双子が出迎えてくれたのを笑顔で返して、私は自室に戻ると、夜ご飯の支度のために服を部屋着に着替えて、早速買ってきたレシピ本を参考に料理をしたのだが…。
「今日も失敗しちゃった…。どうしてレシピを見てるのに失敗するのよ…。」
「お姉ちゃん、元気出して!今日の料理も美味しいよ!」
「ありがとうね、ノゼル…フォローしてくれて…。」
「ノゼル、キチンとマズイ!と言ってあげないと、お姉ちゃんの為にならないよ!」
「シダヤは辛辣すぎるよ…。」
 シクシクと泣き真似をしている私の前には黒焦げになったハンバーグ…のような物体があった。今日の料理も失敗してしまったことにしょげていると心優しいノゼルは“よしよし“と私の頭を撫でて慰めてくれた。だが、兄のシダヤは厳しい口調で、今日の料理の評価をしてくれた。これが愛の鞭か…と思いながら、その日はあっという間に過ぎ去った。
 日中はマレーの道場に通って体力作りと、軽い護身術の特訓、帰ってきてからはレシピ本と睨めっこをして、夜ご飯を作る。その繰り返しの中で、私は少しずつ自分の中で成長していると実感するようになってきた。
 まだマレーと同じメニューをこなすことはできないけど、この王国の4分の3である武術エリア、学術エリア、商業エリアの外周を走り込めるようになってくると、料理の腕前も少しずつ上がってきているように感じた。ガレットさんの指導と休憩時間のマレーとの勉強会も取り組むようになり、私は体力と知識を蓄えていった。
 そんな生活が2ヶ月続くと、稽古の休憩時間にガレットさんが私とマレーを呼んだ。
「アイリスさん、マレー。こっちに来なさい。」
「?どうしたの、お父さん。」
 私はマレーと顔を見合わせて首を傾げてから、ガレットさんの近くに行くと、彼の手には一枚の文書があった。
「これはアイリスさんのご両親の釈放願だ。私がこの2ヶ月間、カーマインの上層部と掛け合って、なんとか交渉条件付きで、アイリスさんのご両親を釈放する手続きをできることになった。」
「!」
「やったじゃん、アイリス!!これでお父さんたちに会えるよ!それで、交渉条件っていうのは?」
「…魔法の飴玉20個の追加注文だそうだ。」
「また!?前にカーマインの門番の人いらないって地面にぶちまけたのに!?」
「今回俺と取り合ってくれたカーマインの上層部のグミルという男性が今回のアイリスさんに対する無礼を詫びたいと言っている。アイリスさん、どうする?」
「今なら私は体力もついて基礎魔力量も上がっています。魔法の飴玉20個なんて、お茶の子さいさいですよ!それで、期限はいつまででしょうか!」
「うん。頼もしくなったね。期限は3日。向こうも上層部で揉めているようでね。本当は1週間と言っていたんだが、俺が急かしたんだ。アイリスさんの両親を冤罪のまま、牢獄に入れているのもアイリスさんや双子の兄妹にも悪影響だからね。」
「ありがとうございます、ガレットさん!私3日以内にすぐに魔法の飴玉を20個作ります!」
「20個の飴玉が完成したら、俺とマレー同行のもと、カーマインの本部へ行こう。俺がいれば門番も止めることはない。グミルという話のわかるやつにもすぐに面会できるだろう。」
「何から何まで…。」
「よかったね、アイリス!稽古の成果を見せる時だよ!」
「うん!」
 私は嬉しくなってマレーとハイタッチを交わし、その日の稽古終わりに家に帰るとすぐに双子にお父さんたちが帰ってくる話をした。二人は嬉しそうに笑顔担ってぴょんぴょんと跳ね回り、そんな風に喜んでくれる双子の姿を見て、ようやくだと涙ぐんでしまった。
 そして夕食後から寝るまでの時間に私は少しずつ魔法の飴玉を生成し、カーマインから出された追加の20個の飴玉を作り上げ、約束の3日後には、おまけとして更に30個を作り、合計50個の飴玉をバスケットに入れて、マレーとガレットさんと待ち合わせをして、早速カーマインの本部へと向かった。
 その日の門番は前回来た時とは違う門番で、ガレットさんの顔を見るなり、敬礼をして、私とマレーのことも頷いて通してくれた。そしてようやく本部の中に入ると、ガレットさんは慣れた足取りで、本部の中を突き進み、一つの扉の前で立ち止まると、コンコンコンとノックをした。中から“はい“と返事が返ってきたのを確認してから、ガレットさんが扉を開けると、そこには忙しそうに書類に目を通している、緑の髪の毛をポニーテールにして、毛先をカールさせている中性的な顔立ちをしている男性が座っていた。
「ああ、ガレットさん。ご足労頂きまして、ありがとうございます。」
「グミルさん、交渉条件の魔法の飴玉の納品に、アイリスさんが出向いたことにまずは感謝をしてくれ。あんなに門番に暴行をされたんだ、トラウマになってもおかしくないんですよ?」
「その件は大変申し訳ございませんでした。アイリスさんとそのご家族にはご迷惑と怖い思いをさせてしまい、カーマインを代表して、お詫びを申し上げます。」
「あ、あの!魔法の飴玉、交渉条件では20個でしたが、難癖をつけられてはたまらないので、50個作ってきました!」
 私がガレットさんとグミルさんのやりとりを横で見ていると、ガレットさんから視線で合図を出されたので、飴玉の入ったバスケットをずいっと前に出して、グミルさんに数の確認をしてもらった。
「私共からの条件は20個でしたのに、追加で30個も作っていただいて…。すみません。私共の上層部からの勝手な指示で、末端が動き、暴力で言い聞かせようなど…。数はしっかりいただきました。それで、2ヶ月前に対応した門番と、アイリスさんたちの家に押しかけたカーマインの魔法使いたちはアンノーンがのさばる色素6カ国に放り出してきたので、もう危害を加える人はいませんよ。」
「え、色素6カ国って、危ないんじゃ…。」
「一応はカーマインの魔法使いの端くれ…。なんとかアンノーンも倒して生き残ることくらいできるでしょう。」
 グミルさんはそう言ってにっこりと笑っているが、なんだか底知れぬ怒りを感じた私は、苦笑いをしてそれ以上は聞き出そうとはしなかった。
 そうして飴玉の納品を済ませると、私はようやく投獄されていた両親と再会を果たした。投獄されていたとはいえ、食事は質素ながらも与えられていたようで、少し痩せ細ってはいたが、元気な両親の姿に 私は泣きながら両親に駆け寄って抱きついた。
「二人共、無事でよかったぁ~っ!」
「ごめんね、アイリス…。この2ヶ月よく頑張ったわね…。」
 お母さんが優しく私の頭を撫でてくれて、私は涙を余計溢れさせて、家族の温もりを感じた。そんな中、お父さんはやつれた姿でもガレットさんに挨拶をして、“娘がお世話になりました…“とお礼を言っていた。こうして、私家族は感動の再会を果たし、3人で双子の待つ家へと帰ったのであった。
 そこで話は万々歳で、終わるはずだった。少しばかりの平和を享受していた私はこの後待ち受ける悲しみと試練に打ち勝たなければならなかった。
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