輝くは七色の橋

あず

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第18話 夢

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第18話 夢
 (マレー視点)
 アメリアがいなくなった飲食店で私は激辛スープを飲んでいた。彼女が話してくれた盗賊との関わり、そして理不尽さ。自分の人生を狂わされて憎しみを抱いているはずだ。彼女がその憎しみをどうやって乗り越えるのか私は見届けなければいけない気がした。アイリスが回復したら、アメリアが話してくれた内容をアイリスにも伝える予定だ。アイリスがどういった反応をするのか、粗方想像はつくが、その話を聞いてアイリスがどうするかは、私も自分の想像の範疇を超えてくる。次の街の色の解放も延期にして、私は一つ溜息を吐いてから、激辛スープを飲み干したのであった。
 ――――――
 それからアイリスが目を覚ましたのは、翌日のことだった。私がお見舞いに病院に行くと、看護師さんが私のことを探していたようで、病院にやって来てくれた私を捕まえると、“お連れの方が目を覚ましましたよ!“言って強い力で私を病室まで連れて行った。看護師さんが病室の扉をノックすると、中から“はい“と返事が返ってきたので、看護師さんは“失礼します。お連れの方がお見えになりましたよ“と言って、私の腕を引いて病室の中に入った。病室はアイリス一人の個人部屋だったので、私は他の病人さんたちの目を心配することなく、アイリスがいるベッドまで行くことができた。そこにはベッドから起き上がっている元気そうなアイリスがいた。
「マレー!」
「アイリス、元気になってよかった!」
「心配かけちゃってごめんね?私が油断してたから…。」
「アイリスは謝らないで!全部はあの盗賊が悪いんだから!」
 私がプンスカと怒りながらアイリスのベッドの脇の椅子に座るとここまで案内してくれた看護師さんが笑顔で“担当の先生による診察がありますので、今先生を呼んで来ますね。“と言って病室を出ていった。
 看護士さんが出ていったのを確認してから、私は少し目線を逸らしながら、アイリスに話しかけた。
「あの、アイリス…、アメリアのことだけど…。」
「…何があったのか、全部話してもらったの?」
「うん。私が彼女から全て聞いたよ。今話す?」
「ん、お願い。」
 アイリスがコクリと頷いて、私からアメリアの話を聞く意思を受け取ると、私は昨日聞いたアメリアの話を全てアイリスに話した。全部話し終えるとアイリスは真剣な表情のまま、考える仕草をしていた。目の前のアイリスはアメリアに短剣を向けられるまで、彼女のことを信頼していた。だからこそ、裏切られたショックは大きいだろう。私がどうやって声をかけようか迷っていると、ちょうどいいタイミングで担当医師の先生と先程の看護師さんが病室に来てくれたので、私は椅子から立ち上がって、医師の診察が終わるのを待った。
「毒は完全に消えてるようだね。気分はどうだい?」
「はい、気分も優れています。体が怠いとか頭が痛いとかもないですし…。」
「そうかそうか。なら、もう退院していいよ。解毒薬が早めに効いていたようでよかった。お連れの方が解毒薬を飲ませてあげたのかい?」
「あ、はい!呼吸もまだ乱れる前でしたが、若干の方の震えがあったので、解毒薬を使用しました。」
「君の判断は間違っていなかったよ。毒状態のまま放置されると命の危険もあるからね。今回は君の大手柄だ。」
「ありがとうございます。」
 私は医師の先生から褒められたことで、少しこそばゆくなったが、大事なアイリスの命を守ることができたのだ、それはアイリスの両親にも頼まれていたことなので、私は笑顔でアイリスのことを見つめた。アイリスはすぐに退院できることになり、荷物を片付けて、病院を去ることになった。午後にアイリスのことを迎えに行くと、ちょうど彼女が医師の先生や看護師の人から手を振られながら病院を出てくるところだった。
「アイリス、迎えに来たよ。」
「ありがとう。マレー。さてと、私も無事に退院できたことだし、次の街の解放に必要な色素の小瓶集めでも…。」
「アイリス、その病み上がりの体でアンノーンたちを討伐するつもり?少しは休まないとダメ。」
「で、でも、街の色の解放を待っている人たちもいるし…。」
「だーめ!街の色の解放についてはサーシャさんと連絡を取って、アイリスが会得した必要な色素の小瓶の特定魔法を使って、すでにカーマインやビリジアンの人たちに共有されてるらしいから。アイリスが急ぐことではないわ。」
「う…、はい、分かりました…。」
 私の言葉にアイリスが力無く頷いたのを見ると、私はやれやれと一息吐いた。私の中ではアメリアの件も引っかかっている。アイリスと共に彼女のことについて、話し合う必要もあった。私とアイリスはとりあえず、カリステモンで取っている宿屋に戻って、シングルの部屋からダブルに変更して、私たちは宿屋の部屋のベッドにダイブした。
 それからひとしきりベッドの柔らかさを堪能して、私たちはベッドに腰掛けて、アメリアのことについて話し合いを始めた。
「アメリアの件はどうするの?」
「警察に話をしてみるのはどう?」
「まぁ、アイリスを背負ってカリステモンの病院に直行で峡谷に置いてきた盗賊たちのその後については何も聞いてないんだよね…。」
「それなら、尚更警察の人に話を聞いた方がいいと思う。アメリア自身に関わってくる人身売買のこととか。」
「そうだよね…、違法である人身売買をしているんだもん、その被害者であるアメリアは警察に相談すべきよ。」
 私たちはもう一度アメリアに会って、話し合いをした方がいいと結論づけて、その日はゆっくりと宿屋で眠った。翌日、私とアイリスは魔力鳩を使って、アメリアのいる場所に向かった。魔力鳩はカリステモンの街を飛び出して、方向的にクラレットに向かって飛び始めた。
「アメリア、いつの間にかクラレットに行ったのね。」
「アメリアの魔法はバイオリンの演奏だもの。音楽の街のクラレットの方が過ごしやすいのかもしれないわ」
 魔力鳩を追いかけて時折休憩を挟みながら、私たちはアメリアがいると思われるクラレットに到着した。音楽の街であるクラレットはそこらかしこでミュージシャンなどが路上ライブを繰り広げており、ここ数日でクラレットを訪れる人も多くなったらしい。人が多くなったクラレットで私たちは上空を飛ぶ魔力鳩を追いかけていた。すると、魔力鳩が一軒の酒場に降り立った。
「ここ…みたいだね。酒場でバイオリンでも弾いてるのかも。」
 酒場に辿り着いたアイリスが冗談混じで、そう言っていると、酒場から陽気なバイオリンの音色が聞こえてきた。私たちは思わず顔を見合わせて、すぐに酒場に入った。酒場は結構広く、たくさんの丸いテーブルが並び、立食形式で酒場は盛り上がっていた。テーブルのあるホールから、少し奥に行くと、小上がりのステージがあり、そこでは美しいドレス姿で舞い踊るサーシャさんがいた。
「サーシャさん!?」
 私が驚いていると、隣のアイリスも驚いた様子だったが、それよりも先に私たちはステージで踊るサーシャさんの隣で、優雅に曲を奏でるアメリアに気がついた。
「サーシャさんとアメリアがいつの間にかコンビ組んで酒場巡りしてるってこと…?」
「そう…なんじゃないかな。」
 私たちは驚きで呆然としていると、いつの間にか音楽が止み、彼女らはステージからはけて行った。私たちは慌てて、サーシャさんの元へと向かった。
「サーシャさん!!」
「あら、アイリスとマレーじゃない。久しぶりね。元気そうでなによりだわ。」
「サーシャさん、いつの間にアメリアと知り合いに…。」
「ああ、彼女のことね。魔力鳩で知らせようかと思ったんだけど、忙しくて。その話も含めて食事しましょ。私着替えてくるから、アメリアはこの二人と先に席についていて。」
「はい。」
 アメリアはサーシャさんを見送ると、少しぎこちない笑顔で私たちを出迎えた。
「アイリスさん、退院できたんですね。」
「ええ。毒の進行状況も遅くて助かったの。さ、ここで話すのもなんだし、テーブルに行きましょ。」
 私とアメリアを先導しながら、アイリスは空いているテーブルに移動すると、メニュー表を開いて、次から次へと料理と飲み物のを注文した。
「二人は何飲む?」
「私はオレンジジュース、アメリアは?」
「私はレモネードを…。」
 3人の注文が終わると、そのタイミングでサーシャさんがドレス姿から着替えて私たちのテーブルにやってきた。
「遅くなってごめんなさい。みんな注文はした?」
「ええ。さっき食べ物と飲み物を注文したところですよ。」
 私がそういうと、サーシャさんもメニュー表を見て、飲み物と少しの料理を注文して、私たちに向き直った。
「さてと…、どこから話す?」
「えっと、何故サーシャさんとアメリアが一緒にステージに立っているのか…ですかね。」
「わかったわ。どうして今こうしているのか、話しましょう。」
 サーシャさんが目を伏せながら、そういうと少しずつ今の状況になった経緯を説明し始めた。
「私はアイリスとマレーが峡谷で盗賊に襲われたという話をすぐにキャッチしたわ。援軍に行こうかと思って走ったんだけど、行った時にはもう全てが終わっていた後でね。縛り上げられた盗賊たちを警察の人が回収しているところだったの。そこで私が警察の人に連絡して来たのは誰なのか、今回の盗賊の襲撃についての全容を自分なりに調べて、ようやく盗賊たちに加担したとして警察に自首しようとするアメリアを見つけたの。彼女は自分の武器であるバイオリンを持っているからね。すぐにわかったわ。私はそんな彼女に話しかけて、警察に自首しようとしている彼女とまずは話をすることにしたの。」
 そこまでサーシャさんが話すと、私たちのテーブルに注文した飲み物と料理が運ばれてきたので、私たちはとりあえず乾杯をした。それから飲み物と料理を堪能してから、サーシャさんは先程の話の続きをゆったりと話し始めた。
「アメリアは自分が盗賊なんかの言いなりになったことでアイリスを危険な目に遭わせた、他力本願で誰かが助けてくれるのを待つしかなかった、そんな風に自分を責めていてね。警察に一緒に行くことにしたの。同伴者の私は何も罪は犯していないけど、警察も私が持っている情報を必要とするときがあってね。顔見知り程度ではあったの。それで知り合いの警察官にアメリアの話を聞いてもらったのよ。そうしたら、その人が違法である人身売買の取締の徹底を約束してくれてね。ありがたいことにアメリアは被害者として盗賊の言いなりになっていた、という話の観点から、私と一緒に行動して警察に人身売買についての情報が入り次第、逐一報告する義務を課せられたの。まぁ、それが盗賊の言いなりになってアイリスを傷つけた代償…とでもいうのかしらね。それでアメリアは無罪放免になったのよ。」
「そんなことが…。その警察官の方、いい人でよかったですね!」
「私が警察の中でも信頼している人物だからね。今回も話を上手いことまとめてくれたわ。」
 そこで話を区切るとサーシャさんは自分が頼んだ、ハンバーグを一口食べた。その美味しさに頬に手を当てて、幸せそうに微笑んだ。そんな彼女の笑顔を見て、隣にいたアメリアが口を開いた。
「サーシャさんには感謝してもしきれません。私が無罪放免になったのも、サーシャさんが口聞きしてもらったからでもあります。私は命をかけてサーシャさんのために尽くすと誓ったんです。」
「誓うだなんて大袈裟ね。情報を警察に回すのも重要な役目なのよ?」
 真剣な表情でサーシャさんへの思いを語るアメリアにサーシャさんは苦笑いをしながら、頼んだジンジャエールをぐいっと飲み干した。そしてグラスを置くと、サーシャさんはアメリアに感化されるように真剣な表情になった。
「私、アメリアが仲間になってくれて嬉しいわ。それで、一人で行動するようになって叶えたかったクラレットでの夢を思い出したの。」
「夢?」
 唐突な夢の話に私とアイリスは首を傾げた。サーシャさんの考えられる夢といえば故郷のフロックスを解放することではなかったのだろうかと思っていると、そんな私の考えなどお見通しのようで、サーシャさんはニンマリと笑った。
「ここクラレットで1年に1回開かれている音楽祭に出ることよ!」
「”音楽祭“?」
 
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